9月12日(現地時間)、Appleの新製品発表イベント「ワンダーラスト(Wonderlust)」が開催され、iPhoneとApple Watchシリーズの最新モデルがお披露目された。レビューの多くで指摘されたのは「インク […]
9月12日(現地時間)、Appleの新製品発表イベント「ワンダーラスト(Wonderlust)」が開催され、iPhoneとApple Watchシリーズの最新モデルがお披露目された。レビューの多くで指摘されたのは「インクリメンタル(部分的な)」アップデートというものだった。
Appleには新製品の投入で低迷する端末の売上に拍車をかけたい思惑がある。売上が振るわない理由は販売競争の激化など、いくつかあった。中核市場である欧米で生活費危機が悪化し、買い替えサイクルが長期化していることも一因だ。一方、Appleのサービス部門は突出した好調ぶりを見せている。直近の決算報告書には、全体の売上高(818億ドル[約12兆2511億円])は減少だったものの、サービス部門は212億ドル(3兆1752億円)の売上高を計上し、「記録的な四半期」だったとある。しかも、同部門は漸進的な拡大を続けている。
しかし、Appleのサービス部門とアドテクマーケットプレイスには、もっと大きな展開がいくつか待ち受けている。複数の情報筋が米DIGIDAYに語ったところによると、「プライバシーの審判の日」が迫り来るなか、この新たな動きがメディア所有者とその取引先アドテクベンダーに重大な結果をもたらす可能性があるという。Appleが描く広告事業の計画について、米DIGIDAYがこれまでに把握している情報を以下にまとめる。
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AppleのDSP設立計画は?
昨年、米DIGIDAYはAppleが運用型広告の入札ツール、いわゆるDSPの設立を計画していると明かした。その後、インサイダー(Insider)がこの計画の責任者をヴィシャル・グルブクシャニ氏であると報じた以外、詳細は不明である。Appleにもっとも近しい広告パートナーたちでさえ、詳細を把握するために手を尽くしたにもかかわらず、いつ公開されるのか分からない状態だ。
いずれは公開されると分かっていても、具体的にいつ公開されるか分からない。現状では、皆等しく待つしかない。
ある広告関係者は、「Appleはほかのどのアドテク企業よりも切実にDSPを必要としている」と語っている。DSPがないままでは、Appleの媒体から直接的に意味ある規模で広告を買う方法がまったくないため、広告事業の成長は著しい困難を強いられる。
また、「DSPはAppleには必要なものであり、非常にゆっくりではあるが、その構築に着手している」と、あるアドテク企業の幹部は話す。この人物はAppleとこの件について話したことがあるという。「Amazonと似たようなやり方で、AppleはDSPを活用してIP(たとえば、App Store、Apple News、Stocks、Apple TVなど)の収益化に弾みをつける計画だ。だが、DSPの構築となると3年はかかるだろう」。
どの情報筋もはっきりしないのは、Appleのアドテクへの野心がそこで止まるのかということだ。
Appleは自前のSSPも検討していた
ある2人の広告関係者によると、この12カ月間に、Appleの広告部門ではSSP、あるいは少なくともアドエクスチェンジの自社運営についても議論されたという。しかし、当面はDSPに注力するとして、SSPの議論は宙に浮いたかっこうだ。
とはいえ、Appleがプログラマティック広告のプロセスにより強いコントロールを利かせたいと考える理由は理解するに難くない。
「Appleが自社のネイティブアプリで販売する広告在庫向けにアドテクスタックを構築するのは確実だろう。いまのところ、どのような形でそれを実行するのか不明なだけだ」と、前述の広告関係者は話す。「広告を配信するすべてのプラットフォームを順次追加することになるだろう。そしてゆくゆくは、購入と効果測定に関係のあるApple Search Adsの傘下に統合されるのだろう」。
では、なぜAppleはSSPやアドエクスチェンジにまで関心を示すのか。この議論を煮詰めれば、Appleが広告でどれだけ稼ぎたいのかという問いに行きつく。その答えが「最大手のプラットフォームに匹敵するほど」であれば、包括的なアドテクスタックの構築が実績のある確かな方法ということになるだろう。
前段の問いに答えるとすれば、「メディア所有者が広告在庫の販売を自動化するために使用されるのが主にSSPだから」となるだろう。また、アドエクスチェンジはパブリッシャーと広告主が高速かつリアルタイムの入札環境で広告枠の売買を行うために必要なプラットフォームである。
アドテク経験者を募集中
iPhone 15を発表したのと同じ週に、Appleの広告プラットフォーム部門ではエンジニア、プロダクトマネジャー、営業など、40人の上級職を募集していた。Appleは手の内を見せないことで有名だが、この求人情報からは、マディソン街でApple TVなどの商品を継続的に売り込みたいとするAppleの腹づもりが透けて見える。
Appleの広告プラットフォーム部門が掲げる数え切れないほどの求人票は、その多くが機械学習とAI(人工知能)の経験者を求めるもので、具体的には「機械学習の経験10年以上、プラス各種プラットフォーム(アドエクスチェンジ、SSP、モバイルアドネットワーク、検索連動型広告など)を含むアドテクの開発経験5年以上を有する製品管理責任者を求む」といった内容だ。
さらに別の求人では、高度なゲーム理論、オークション理論、機械学習技術を応用して、プライシング戦略またはオークション戦略、ランキングアルゴリズムを設計する「オークションおよび機械学習に精通したシニアサイエンティスト」を募集している。
Appleが大きな一歩を踏み出すか否かはいずれ分かることだ。このような行動は慎重な検討を要するもので、思いつきで実行できるものではない。
プライバシー保護規制
一方で、Appleは信頼の置けるアドテクベンダー(というより、Appleが承認した各種の公式ポリシーを掲げるベンダー)との連携も続けている。iPhoneメーカーが約束するブランドプロミスの根幹、すなわち「ユーザープライバシー」関連の指針についてはことさらに厳格だ。
Appleは堅牢なツールセット(いわゆるAPI)を用意しており、厳選されたアドテク企業に限り、検索連動型広告をApple Search Adsプラットフォームで直接またはプログラマティックに購入する際に利用できる。これはいわば検索連動型広告を買いつけるための専用ツールがあるのと同じで、マーケターはAppleのプラットフォームに自らログインしなくても、ベンダーのプラットフォームを介してリモートで広告を購入できる。さらに、アルゴリズムの最適化やキーワードブロックなど、Appleから広告を購入する場合には必ずしも利用できない各種のツールにもこのプラットフォームからアクセスできる。
ベンダーとのこうした関係は、広告事業の拡大をもくろむAppleにとって極めて重要である。アジアのような急成長市場では特にそうだ。実際、今年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルで行われたAppleとベンダーの議論でも、まさにこの問題が繰り返しテーマとなっていたようだ。アドテク企業とのパートナーシップを育むことで、Appleは主要地域で迅速かつ効果的に広告事業を拡大したいと考えている。
しかし、肝心要の問題が残っている。Appleはユーザーのプライバシーをどう守るつもりなのか。広告事業への野心を募らせるほど、iOSのエコシステム、さらに言うならAppleのブランドプロミスの中核とも言えるユーザープライバシーを、多様な問題に彩られたメディア環境にさらすことになる。
Appleはこのほど、「プライバシーマニフェスト」(上の動画を参照)と呼ぶユーザープライバシーを規制するためのツールを発表した。多くの人々はこのツールについて、Appleが不正なユーザー追跡、いわゆる「フィンガープリンティング」の根絶に(ついに)本腰を入れはじめたと解釈している。
iOS開発者に迫り来る審判の日
iOSアプリ開発者に測定サービスを提供するあるアドテク企業の幹部は、「SDK(ソフトウェア開発キット)のプライバシー基準に対して、どの程度の強制力を持つものなのかを知りたい」と話し、「この分野の企業は皆、Appleからの知らせを心待ちにしている」と話した。
この幹部は当該の問題に関してマスコミにコメントすると、Appleの反発を招く恐れがあるとして匿名で取材に応じ、こう語った。「Appleが我々のような企業に遵守を求めるプライバシー関連の基準は近々発表されると思われる。とりあえずそれを実装し、どのような種類のネットワークリクエストが許可されるのか、確認することになるだろう」。
別の複数の情報筋は、AppleがアドテクベンダーのSDKからのネットワークリクエストを拒否するようなことになれば、ベンダーにとっては破滅的なダメージになりうると指摘する。アプリ開発者、すなわちメディア所有者に対するベンダーの価値提案が無効になりかねないからだ。
具体性に欠けた文書
アプリ開発者に提供された資料のなかで、Appleはどのような行為を禁止する意向なのかについて詳しく説明している。この資料には、「サードパーティーSDKのなかには、ユーザーが許可しない追跡をアプリ開発者が手動で無効化することを想定しているものがある」と記されており、こう続けている。「ユーザーが追跡を許可していない場合、iOS 17はアプリ内のプライバシーマニフェストに指定された追跡ドメインへの接続を自動的にブロックする」。
さらに別の情報筋が米DIGIDAYに語ったところによると、Appleがどのような測定技術を承認するかに関する文書は、多くの人々が求める具体性に欠けており、当面、彼ら関係者にとっては、Appleから恐れていた更新情報が届いていないか、受信トレイを確認する日々が続きそうだという。
モバイルアプリのエコシステムに詳しい業界コンサルタントのマイク・ブルックス氏によると、「開発者のあいだでは、iOS 17に関する入手可能な文書は以前のアップデートに比べて乏しい」との声が聞かれ、これが多くの人々の不安を助長しているという。
このさき数週間、多くのiOS開発者やアドテクベンダーは、じりじりとした気持ちでAppleからの電子メールを待つことになる。なお、Appleは上記のような方針を公式に表明している。
ブルックス氏はさらに、「平たく言えば、我々が心待ちにしているのは、Appleがプライバシー保護の観点から好ましくないと判断した特定のSDKのリストだ」と補足した。「『プライバシーに影響を与えるSDK(privacy-impacting SDKs)』(およびこれを提供する企業)が発表されるのではないかと思う。おそらく、2、3カ月程度の猶予期間は設けられるだろうが、プライバシーマニフェストへの準拠を真っ先に要求されるのは、この種のSDKになるだろう」。
Appleは収入の多様化を図る試みの一環として、メディアへの関心を高めている。その一方で、(ほぼ間違いなく)どの政府よりも広範囲に及ぶであろうプライバシーの大鉈(なた)を振るおうとしており、当面その標的はアドテクベンダーとメディア所有者となりそうだ。
[原文:Apple’s expanding ad ambitions: A closer look at its journey toward a comprehensive ad tech stack]
Ronan Shields and Seb Joseph(翻訳:英じゅんこ、編集:島田涼平)