Appleはモバイル広告ビジネスから撤退する。ハードウェアの販売とプラットフォーム運営によるビジネスに注力する傾向がより鮮明になった。Appleは富裕なユーザー層を活かしたマネタイズモデルに傾く一方、GoogleとFacebookの広告モデルに対して完全に距離をとり始めた。お金はかかるが広告フリーなネットか、それとも無料だが広告のあるネットか、Appleの決断はネットを二分する可能性がある。
iAdはAppleが運営する、モバイルアプリのアドネットワークだったが、今後はアプリ内広告は各ディベロッパー(アプリ開発者)の「セルフサービス」にする方針だ。これまで広告収益の分配はディベロッパー70%、Apple30%だったが、これからはディベロッパー100%になる可能性がある。eマーケター(eMarketer)によると、iAdのシェアは2015年のモバイル・ディスプレイ広告市場の5.1%。世界一キャッシュをもっている企業にとってはモバイル広告は小さな欠片に過ぎなかったようだ。
Googleが成功させたネット広告ビジネスのモデルを、Appleが模倣することをやめたことを意味している。
Appleはモバイル広告から撤退し、サブスクリプション(定額制)モデルに活路を見出した。GoogleやFacebookたちの「広告のあるネット」と世界を切り離し、「お金はかかるが広告フリーなネット」に向かう。Appleの決断は、モバイルの将来を二分する可能性がある。
Appleが広告ビジネスをやめる
Appleはモバイルアプリのアドネットワーク「iAd」の運用を2016年6月中に取り止める(参考:THE VERGE[英文])。「iAd」はAppleが運営する、モバイルアプリのアドネットワークだったが、アプリ広告は今後、各デベロッパー(アプリ開発者)の「セルフサービス」にする方針だ。これまで広告収益の分配はデベロッパー70%、Apple30%だったが、6月以降はデベロッパー100%になる可能性がある。
「iAd」のシェアは、2015年のモバイル・ディスプレイ広告市場の5.1%。世界一キャッシュを保有する企業にとっては小さな欠片に過ぎなかったようだ。これはまた、Googleが成功させたネット広告のビジネスモデルを、Appleが模倣しなくなったことを意味している。
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Googleも富裕なAppleユーザーに頼る「ねじれ」
その要因としては、少ないAppleユーザーが、モバイルに絡む大半の利益を生み出している、という「ねじれ」が大きい。以下に3点を書きだした。
- (1) モバイル検索収益の75%はiOSユーザーから
ゴールドマンサックスのアナリスト、ヘーザー・ベリニ氏によるレポート(2014年)はAppleのデバイス利用者がGoogleにも大きな売上をもたらしていると指摘する(参考:ビジネスインサイダー[英文])。
2014年のGoogleのモバイル検索関連売上118億ドル(約1兆4100億円)のうち75%の89億ドル(約1兆700億円)がApple製品を利用するユーザーからもたらされているとベリニ氏は算定。そのうち50%の44億ドル(約5400億円)がApple提供のブラウザ「Safari」が絡んだものだ。
Googleが自社のサイト(検索エンジン、YouTube、Googleマップなど)を利用してもらうために提携先に支払う手数料のことを、トラフィック獲得コスト(TAC=Traffic acquisition costs) と呼ぶ。ベリニ氏はGoogleがAppleに支払うTACが2014年会計年度で16億ドル(約1900億円)に達したと算定した。
ブルームバーグがGoogleとオラクルの特許訴訟で2016年1月22日までに開示された裁判文書を報じたところでは「2014年Googleは検索バーをiPhoneに残してもらうためにAppleに10億ドル(約1200億円)を支払った」とされている。額は多少違うが、先述のゴールドマンサックスによる推計を裏付けている。
また、Googleの親会社アルファベット(Alphabet)の第4四半期決算では、増収増益の要因としてモバイル検索が挙げられている。少なくとも日米を含む10カ国でモバイル検索がデスクトップ検索を上回っているという。Appleにお金を渡してでも、検索を入れてもらわないと広告で収益が得られない構造だ。アルファベットのGoogleセクターの売上のうちAndroidは10%程度に過ぎないともいわれる。
- (2)iOSのダウンロード数はAndroidの2分の1、儲けは2倍
- 世界的に見てアプリのダウンロード数はAndroidがiOSの2培近いが、アプリ収益はiOSが2倍近く多い
- Google Playの著しいダウンロード数の伸びは、ブラジル、インド、インドネシア、トルコ、メキシコなど人口の大きい新興国が貢献
- iOS App Storeの収益拡大は日米の高所得国、分厚い富裕層をもつ中国に支えられている
App Annieによる2015年の調査では、モバイルアプリに関して、AndroidとiOSのねじれを指摘している。

全世界のApp StoreとGoogle Playのアプリダウンロード数推移(出典:App Annie)

全世界のApp StoreとGoogle Playのモバイルアプリ売上推移(出典:App Annie)
- (3)Androidのフラグメンテーション(断片化)
Androidは世界のスマホ出荷の80%を占めるが、無数のベンダーが市場に溢れ、さまざまなバージョンのAndroidを搭載している。特に低所得国で売られる100ドル(約1万2000円)周辺のAndroid(なかには非公式なものもある)と、高所得国で売られる300ドル(約3万6000円)以上のAndroidは別世界といっていい。Appleのような収益を生み出すエコシステムを造ることは困難な状況だ。
その理由はAndroidが後発だったためだ。Googleは2005年7月にAndroidを買収。iPhoneを追撃するためオープンプラットフォーム戦略を敷き、さまざまなベンダー、デベロッパーを招き入れた。その結果、世界2位の経済である中国には「GoogleなしのAndroid」が生まれてしまうことになった。
Appleの真似がしたい
Appleがハイエンドなユーザーを束にしてごっそり稼いでいるとすれば、Googleはネット広告で小さな粒をかき集めてごっそり稼いでいる。もし、GoogleがAndroidプラットフォームを管理し、より利益を生むようにできれば、ユーザー数はiOSの数倍なので、Googleはもっと収益をあげられる。
先日の決算発表において、時価総額でAppleを抜いたGoogleだが、Appleのウォールド・ガーデン(壁で囲まれた庭)に食い込みたいはずだ。その尖兵がNexusだといわれる。
「The Information」によると、Googleは同社のAndroidブランド「Nexus」で、AppleがiPhoneで実現しているプラットフォームビジネスを行いたがっているという。
同誌の取材によると、Google内にはNexusの生産者との関係を、これまでのイーブンな関係から、Appleと鴻海科技集団(フォックスコン・グループ)のような「ブランドと受託生産者の関係」に変えたいという議論がある。
OEM(相手先ブランド製造)相手として、台湾メーカーのHTCに白羽の矢が立っているそうだ。HTCは旗艦機の「One」が英テックレビュー誌でiPhoneを越える評価を得るなど、高品質な製品を生産してきたが、販売に波があり、経営状態が難しくなっている。GoogleはHTCの技術を評価しており、両者が提携する可能性があるという。
それ以前にも、Android情報サイト「ドロイド・ライフ(Droid life)」が、中国のTwitterである微博(ウェイボー)で、HTCが2016年にNexusを2機種生産すると噂されている、と報じた(HTCは台湾企業だが中国深セン周辺で生産しているので、微博の情報は一定の確度がある)。
Nexus6Pが漂わせる野心
2015年末に発売されたNexus6Pの価格やスペックにも、iPhoneに近づこうとする意図が透けて見える。
Image via Google
「ウォールストリートジャーナル」によると、2015年初頭の時点でiPhoneの平均価格は687ドル(約8万2000円)、Androidが254ドル(約3万円)と2倍以上の開きがある。
しかし、「カカクコム」と「Googleストア」によると、SimフリーのNexus 6P(32GB)が7万4800円。SimフリーのApple 6s(64GB)11万9336円と比較的接近している。Nexus 6P(32GB)は、Android平均の2倍の価格であり、iPhoneの平均価格と同水準の「強気な」プライシングなのだ。
ハードウェア基点のエコシステム
そもそも、Appleは広告ビジネスに積極的ではなかったのかもしれない。「Appleは広告主にユーザーのデモグラフィック(人口統計学)、行動データを渡さなかったことが、『iAd』が振るわなかった一因になった」と、「Appleインサイダー」の記者ダニエル・エラン・ディルガー氏は書いている。
Appleは決済サービス「Apple Pay」でも同じ態度をとっている。電子決済の収益源としては、手数料と決済記録の売買が挙げられるが、Appleは決済記録を2次利用しない考えを示している。iPhoneの購買層はプライバシーに関して厳しい基準をもっている場合が多く、パーソナルデータの活用は、法的リスクにつながる可能性も否定できない。
利益を生む定額制モデル
AppleはハードウェアとiOSなどのエコシステムで足場を固め、サブスクリプション(定額制)モデルを約束の地にしようとしている。実際、2015年は音楽ストリーミング、ビデオオンデマンド、デートアプリが、サブスクリプション(定額制)で成功した年だった。AppleもiTunes、App Storeなどに加え、音楽ストリーミングサービスApple Musicの加入者を増やした。さらにハリウッドとの交渉次第ではApple TVもサブスクリプションモデルの柱になるかもしれない。
iOS shipments (includes estimated Watch units) pic.twitter.com/EXBexyFZcU
— Horace Dediu (@asymco) 2016, 1月 26
フィナンシャル・タイムズによると、Apple Musicの加入者は2016年1月10日までで1000万人を超えている。2015年6月に100カ国でリリースされたサービスは、Spotifyが6年かけて獲得した加入者数を、6カ月間で達成したことになる。Spotifyは56カ国展開、加入者は2000万人(2015年6月時点)。音楽ストリーミングはSpotifyとApple Musicの2強になる。音楽業界アナリストのマーク・マリガン氏は「2017年中にSpotifyを追い抜く可能性がある」と指摘した。
Apple TVにはアプリが3600種類あり、エコシステムが構築されつつある。今後は「箱」だけでなく、コンテンツ配信を拡大する方向に向かっている。Appleはコンテンツをめぐりハリウッドの製作コミュニティと2015年後半から交渉を続けているが、まだサインに至っていない(参考:Forbes[英文])。交渉中の案件は、iPhone7のリリースとともにサービスとしてリリースするという観測があり、Netflix、Amazonプライムビデオのような定額制コンテンツ配信と考えるのが自然だ。なかには1940億ドル(約23兆円)のキャッシュを活かし、株価が低迷するNetflixを買収するという憶測すらある。
Google、Facebookを圧迫する戦略
Appleは全世界で10億台以上のAppleデバイスを利用する富裕なユーザーに広告フリーでハイクオリティなネットを提供することで、定額制の収益を得ようとしている。インターネットが「広告フリー」と「広告あり」の世界にくっきりと割れることにつながるかもしれない。
Appleは2015年秋、iOS9で広告ブロックを利用する自由を与えた。Appleの客層を広告ブロックに駆り立てたインパクトは大きく、アドブロック問題の深刻さが増すことになった。広告モデルを主軸とするGoogle、Facebookのビジネスを圧迫しながら、自身のエコシステムを両者から切り離していく戦略とみるのが自然だ。Googleにとっての最悪シナリオは、SiriがGoogleの検索を代替できるパフォーマンスを手に入れ、Googleの広告収入に大打撃を与えることだ。
Written by 吉田拓史
Photo by Thinkstock / Getty Image