3月25日、Appleがついに、ストリーミング動画サービス「Apple TV+」の計画を発表した。ハードウェアの売れ行きが停滞しているAppleは、サービス事業の伸びに大きな期待をかけている。しかし、業界のベテランたちは、Appleはオリジナル番組をつくり続けることにどれくらい情熱があるのかと疑問に感じている。
Appleがストリーミング市場を制するための最大の壁は……Apple自身だ。
3月25日、Appleがついに、ストリーミング動画サービスの計画を発表した。Appleはこれまでと同様、クパチーノの本社で発表する内容について口をつぐんできたが、同社はリース・ウィザースプーン、クリス・エバンスなどの大物スターが出演するいくつかの注目のオリジナルTVシリーズと、CBS、ショウタイム(Showtime)、バイアコム(Viacom)といった番組制作者のストリーミング動画チャンネルのサブスクリプションを販売する新たなOTT配信ビジネス「Apple TV+」について明らかにした。これらは、iPhone、iPad、Apple TVなどにプリインストールされた「Apple TVアプリ」で視聴できるようになる。
ハードウェアの売れ行きが停滞しているAppleは、サービス事業の伸びに大きな期待をかけている。サービス事業は直近の四半期に109億ドル(約1.2兆円)の売り上げをもたらし、過去1年間に前年比19%の成長を記録した。Apple Music、Apple News、iTunesなど、サービス事業にはほかのメディアのプロダクトもあるが、オリジナルを含む動画は特に重要だ。
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しかし、「スティーブ・ジョブズ・シアター(the Steve Jobs Theater)」で行われた発表までの道のりは決して平たんではなかった。秘密主義ですべてをコントロールしたがるこの大手テクノロジー企業は、エンターテインメント業界にとって、手ごわい相手とはいかないまでも、間違いなく厄介なパートナーだ。Apple幹部による創作への介入、ストリーミング動画サービスの戦略計画に関する情報不足を目の当たりにした業界のベテランたちは、Appleはオリジナル番組をつくり続けることにどれくらい情熱があるのだろうかと疑問に感じている。
Appleのストリーミング動画サービスはAmazonやロク(Roku)のサービスと競合することになる。コネクテッドテレビデバイスの市場シェアでは、どちらもAppleを上回っている。また、すべてのテレビチャンネルがAppleによる番組の再販を望んでいるわけではない。
ただし、Appleには2000億ドル(約22兆円)超の資金力がある。しかも、Appleはマーケティングの達人であり、全世界で数億人がiPhoneを使用している。つまり、Appleを無視するのは難しいということだ。
Appleとハリウッドの関係に詳しいある業界幹部は、「Appleは成功できるか? それはApple次第だ」と話す。
Appleにコメントを求めたが、本記事の締め切りまでに回答を得られなかった。
シリコンバレーとハリウッドの溝
ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)によれば、Appleはすでに、10億ドル(約1100億円)以上をオリジナル番組に投じている。準備中の番組は30ほどあり、そのうち約10番組がすでに完成しているか完成間近だ。また、2020年にも数番組の制作が計画されているという。
この旺盛な購買力にウィザースプーン、M・ナイト・シャマラン、オプラ・ウィンフリーなどの大物が引き寄せられている。
しかし、Appleの経営陣は幅広いオーディエンスを引きつける家族向けの番組を求めており、この「放送感受性」が一部のプロデューサーをひるませている。Appleに番組を売り込んでいるある人物は「『Appleには刺激が強すぎるだろうか?』など、気にしなければいけないことがいくつもある」と話す(それほど刺激が強くないものに関しては、神経質になることをやめたようだ)。
Appleが番組にゴーサインを出したら、プロデューサーは「ネットワーク」ノートと「ブランド」ノートに従わなければならない。複数の情報筋によれば、Appleがオリジナル番組の監督に起用した業界幹部がネットワークノートを作成し、ブランドノートは多くの場合、ストーリー上、つじつまが合うかどうかより、Appleのブランドがどのように描かれるかに関心を持つApple幹部が用意するという。たとえば、未来を舞台にした番組で、未来のApple製品を登場させたら、Apple幹部は削除を求めるだろう。たとえつじつまが合わなくても、既存のApple製品を使わせたがると、ある情報筋は話している。
ビジネスのあらゆる面を厳しくコントロールするAppleの慣習も、ハリウッドの「縁の下の力持ち」たちを苦労させている。複数の情報筋によれば、カラーコレクションから視覚効果、音楽まで、制作プロダクションはAppleのセキュリティープロトコルに対応しなければならず、資産の管理や移動がはるかに難しくなっているという。
「ソフトウェア開発の世界では機能するのかもしれないが、番組制作の世界では通用しない」と、ある情報筋は語る。「テクノロジー企業は決して、どのように行われているかを理解し、その伝統に従おうとは言わない」。
チームは素晴らしいが、オリジナル番組への情熱は?
Appleには素晴らしいテレビ番組をつくるための強力なクリエイティブチームがある。『ブレイキング・バッド(Breaking Bad)』がつくられた当時、ソニー・ピクチャーズ・テレビジョン(Sony Pictures Television)の社長を務めていたザック・バン・アンバーグ氏とジェイミー・エーリヒト氏もその一員だ。エンターテインメント業界のベテラン、マット・チャーニス氏とモーガン・ワンデル氏が米国内外向けのコンテンツ開発を担う。
しかも、制作予算は10億ドルを超えており、2020年にも番組の制作が計画されている。間違いなく、Appleは大成功を収めるつもりだ。
Appleのコンテンツチームに詳しいある人物は、「良い番組を作ることを阻むものは何もない」と話す。
それでも、エンターテインメント業界の関係者たちは、Appleはオリジナル番組をつくり続けることにどれくらい情熱があるのだろうかと懐疑的だ。2019年だけで100億ドル(約1.1兆円)を優に上回るNetflixのコンテンツ予算を引き合いに出し、OTTビデオの世界で本当に勝負したければ、いまや10億ドルでは不十分だと指摘する者もいる。
Appleにとって、ビデオは戦略の中心ではなく、サービス事業を構築するという広範な戦略の一部にすぎないという指摘もある。もしオリジナル番組がほかのApple製品の利用につながらなければ、Appleは餌をまくのをやめ、利益が上がる分野に注力するのだろうか? CEOのティム・クック氏は自ら番組プロデューサーにメモを送ると伝えられているが、AmazonのCEO、ジェフ・ベゾス氏と同じくらいオリジナル番組に力を注いでいるのだろうか? ベゾス氏は自ら『ロード・オブ・ザ・リング(The Lord of the Rings)』シリーズの権利獲得に動いた。
現在Appleへの売り込みを行っているテレビスタジオの幹部は「彼らに必要なのは、3つの魅力的な番組だ」と話す。「どのような作品になるのか誰も知らないが、財布が開かれたら、(ハリウッドは)興味を示す。彼らにとって、(オリジナルコンテンツは)ほかの製品を売るための客寄せ商品かもしれないが、それでも構わない」。
これほど楽観的でないエンターテインメント業界関係者もいる。
米国のケーブルネットワークを率いるある人物は「彼らがネットワークかスタジオを買収するまで、オリジナルコンテンツの制作者としてどれくらい本気かはわからない」と述べている。
ライバルはNetflixではなくAmazon
Appleのオリジナル番組制作予算と最高の人材を起用した番組づくりは、Netflixの真のライバルにふさわしいものだが、Appleの野望はむしろAmazonの方向性に近い。Amazonがオリジナル番組を制作しているのは、Amazonプライムに登録する人やオンラインショッピングする人を増やすためだ。Appleも動画を利用し、製品やサービスの利用者を増やそうとしている。
インフォメーション(The Information)によれば、AppleはApple TVアプリでオリジナル番組とともにAmazon Prime Videoチャンネル(Channels)そっくりのサービスを提供する予定で、パートナーにはショウタイム、スターズ(Starz)など15のテレビチャンネルが名を連ねるという。複数の情報筋によれば、Appleは2018年にテレビチャンネルへの接触を開始し、3月25日のイベントまでに契約をまとめようと急いでいたそうだ。
この件に詳しい複数の情報筋によれば、Appleの取り分はサブスクリプション収益の約30%だという。Amazonはサブスクリプション収益の30~50%を受け取っているため、AppleにはAmazonの条件にうんざりしているテレビチャンネルを取り込むチャンスがある。ただし、iTunesでは、初年度30%の手数料が参入の妨げになった過去がある。また、少なくともiTunesではいまだに、AppleやAmazonのチャンネル登録サービスのようなエコシステムではなく、チャンネル独自のアプリで登録、利用されている。
AmazonとApple両方での展開を予定しているケーブルネットワークの幹部は「彼らは新しいフレネミーだ」と話す。「サブスクリプション・ビデオ・オン・デマンド(SVOD)コンテンツの有機的成長が、同時に自社製品の妨げになる」。
しかも、Amazon Prime Videoチャンネルはすでに大成功を収めている。BMO Capital Markets(BMOキャピタル・マーケッツ)の予測では、2019年の収益は26億ドル(約2877億円)に達する見込みだ。BMOのレポートによれば、Amazonは2019年、チャンネル所有者に18億ドル(約1990億円)を支払う予定だという。「HBO NOW」は現在、登録者の35%をAmazon経由で獲得している。
1月には、ロクもAmazon Prime Videoチャンネルと同等のサービスを開始。ショウタイム、スターズ、エピックス(Epix)などのチャンネルに登録できる。
パークス・アソシエイツ(Parks Associates)が2018年5月に公開したレポートによれば、米国ではApple TVよりAmazonとロクの方が売れているという。米国の市場シェアはロクが37%、Amazon Fire TVが25%、Apple TVは15%だった。Apple TVにはFire TV Stickのような廉価版が存在しない。
前述のケーブルネットワーク幹部は「Fire TVに比べると、Appleの消費量はごくわずかだ」と話す。「彼らは間違いなく、12~20時間分の素晴らしいコンテンツをつくるだろう。しかし、人々が主な消費の場として夜な夜な訪れるようなエコシステムをつくることができるだろうか? そのためには巨額の投資が必要だ」。
もしかしたら世界中の金をかき集める必要があるかもしれない。
Sahil Patel(原文 / 訳:ガリレオ)