準備ができていようがいまいが、間もなく、モバイル広告界は激変させられる。Appleがトラッキングにユーザーの同意を求めさせるプライバシー保護強化を、ついにこの春、実施するからだ。Appleはなぜ、モバイル広告市場を壊滅させる鉄球を振り回そうとしているのか、そして、後には何が残るのか、以下にざっと説明する。
準備ができていようがいまいが、間もなく、モバイル広告界は激変させられる。Appleがトラッキングにユーザーの同意を求めさせるプライバシー保護強化を、ついにこの春、実施するからだ。
具体的な日時は発表されていないが、これまでの動きから推測するに、2021年3月末か4月のどこかと思われる。そして、実施されると同時に、選択肢があることを知った人々が次々にトラッキングを拒むことは、十分考えられる。広告業界にパニックが生じるのは、必至だ。
FacebookのCFO デヴィッド・ウェナー氏は1月27日、最新の収支報告において、Appleデバイスにおけるユーザートラッキング能力を制限されれば、広告収入の急減は避けられないと、アナリストらに警告した。Facebookでさえそうなのだから、ほかの不安ぶりは推して知るべしだ。
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デジタル市場調査会社イーマーケター(eMarketer)のアナリスト、ニコル・ペリン氏はこう説明する。「この議論の中心は、たいていターゲティング側なのだが、実はキャンペーンのアトリビューション側にとっても同じく重大な変更だ。クロスアプリトラッキングの喪失は、広告を見てから購入する人物像の不可視化を意味する」。
これに備え、Facebookはすでにアトリビューションウィンドウのデフォルト日数を短縮している。この点について、ウェナー氏は「オンサイトコンバージョン機会を増やす」ことが、AppleのIDFA方針変更に伴う総影響を最小化する方策のひとつと発言している。
Appleはなぜ、モバイル広告市場を壊滅させる鉄球を振り回そうとしているのか、そして、後には何が残るのか、以下にざっと説明する。
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――モバイル広告業界に対するAppleの宣戦布告になぜ、誰もが戦々恐々としている?
まずは、IDFA(Identifiers for Advertisers)と呼ばれるトラッキングシステムを理解する必要がある。簡単に言うと、これはモバイル端末の広告識別子であり、広告主はその数字の羅列を利用してAppleデバイスユーザーをクロスアプリで識別する。これをトラッキング(追跡)することで、彼らの行動がかなり明確に見えてくる。モバイル業界版のサードパーティCookieのようなものと考えてもいい。現状では、ユーザーは広告主/アドテクベンダーとの個人情報の共有を望まない場合、これをあえて拒否する必要があり、Apple側は同意を望んでいる。逆に言えば、このデータ共有を拒む人の増加は、アプリ内行動の把握を糧とする企業にとっては、死活問題となる。行き着く先は、IDFAによる破滅だ。
――それは言い過ぎなのでは?
そうでもない。選択肢があることを知らされて、一体何人のユーザーが識別子の共有を拒むのか、現段階では誰にもわからないが、楽観主義者でさえ、相当な人数に上ると見ている。また、一部のアナリストが予想するように、たとえオプトイン(同意)率が80%近くまで行ったとしても、依然1/4近くはトラッキングを拒否するわけであり、つまり、それだけの人数が急に認識不能となる。これは当然、フリークエンシーキャップからキャンペーン効果測定、ターゲット広告、アプリインストールのアトリビューションに至るまで、多くの広告関連業務に支障を来しかねない。
そして、一部の企業は識別子の不在をほかよりも強く感じることになる。モバイルアプリパブリッシャーはその最たる例だ。彼らは収益をAppleのApp Storeに大きく依存しており、それゆえ気づかないうちに、収益モデルを砂上の楼閣にしてしまっている――つまり、IDFAを失うと、途端に脆く、長続きしなくなるモデルだ。無論、そうしたパブリッシャーを支援するアドテクプラットフォームにも影響が及ぶ公算は大きい。
「これは劇的な変更であり、この移行が完了したら最後、エンドユーザーのことが『見えていた』または『わかっていた』モバイルアプリパブリッシャーの業務が阻害されるに留まらず、その波及範囲は果てしない。オプトインするユーザーの割合はごく小さいことが予想されるからだ」と、IDソリューションを提供するライヴランプ(LiveRamp)のアドレサビリティ/エコシステム部門SVP、トラヴィス・クリンガー氏は言う。
――なぜ、企業によって不安の程度に大きなばらつきがある?
そもそもこれは、ばらつきというか、どこか1社が他社よりも不安を感じている、という話ではない。アップフライヤー(AppsFlyer)によると、iOSデバイスの広告関連ダウンロードの大部分を占めているFacebookのようないくつかの企業は、特に声高に主張している。そして、数十億ドル(数千億円)が危機に瀕していることを考えれば、これは理解できる。事実、Facebookは第2四半期、総収益の実に7%を失う可能性があり、その額は50億ドル(約5260億円)にのぼると、モバイルコンサルタント、エリック・スーファート氏は言う。2021年度の最終結果はともかく、きわめて重大な事態であることは間違いない。そうでなければ、Facebookがこうして、誰彼構わず不満を垂れているはずがない。ついには、わざわざ全国紙に広告を出し、広告トラッキングの遮断を容易にするAppleの計画は中小企業いじめだと、公に宣言までしている。人間、絶望的な状況に置かれれば、破れかぶれに(そして、少々皮肉的に)なるものなのだ。
――Googleは?
もちろん、かの検索エンジン界の巨人だって、これまでどおり、アプリ内の目論みをIDFAに先導してもらいたいと考えている。アプリインストールのアトリビュートや、アプリ内行動のリターゲティングへのリンクに、つまりプログラマティックから有料検索に至るまで、同社の全プロダクトの購入促進に利用したいはずだ。だがAppleへの抵抗は、自身のプライバシーポリシーに矛盾することになる。すでに、自社ブラウザにおけるサードパーティCookie廃止を宣言しているからだ。したがって、Googleがアプリでのトラッキングに関する同意をユーザーに求めず、IDFAの収集を完全に停止したとしても、驚くには当たらない。これはつまり、SKAdNetworkがアプリインストール測定の事実上のスタンダードになり、すべてのアドテクベンダーがこれを支持する状態を意味する。
――ちょっと待って。SKADNetworkとは?
IDFAに代わる、Apple独自のソリューションだ――ただし、代替とはちがう。広告主はコンバージョンデータにアクセスできるが、ユーザー/端末レベルのデータは開示されないのだ。選択の余地がないため、Apple端末におけるターゲティング広告は、ほぼ完全に息の根を止められる。言い換えれば、誰かが広告をクリックしたあとにアプリをインストールしても、広告主にはごく小さな窓からそれを覗き見ることしかできない。つまり、広告主が手にできるのは、精度のごく低いアトリビューション分析のみ、ということだ。
「64ビットに制限されているため、マーケターはごく少数のKPIをまずまずの数のキャンペーンにアトリビュートするか、より多くのアプリ内イベントをそこそこの数のキャンペーンにアトリビュートするか、いずれかを選ぶしかなくなる」と、ユー&ミスター・ジョーンズ(You & Mr Jones)のデータエージェンシー、フィフティ・ファイヴ(Fifty Five)のマネージングディレクター、ヒューゴ・ロリオット氏は言う。「時間制限(24時間タイマー)も厄介で、ライフタイムバリューや週間収益に最適化しているマーケターにとっては、かなり厳しい」。
――業界は来たるべき混乱への備えができている?
答えはノーだ。準備は遅々として進んでおらず、実際、その遅れのせいでAppleは2020年9月、実施時期を数カ月先に延ばさざるを得なかった。ただそれでも、いくつか進展は見られている。たとえばGoogleのFLEDGEはその一例で、長期的に見れば、ATT(App Tracking Transparency)による反動を最小限に抑えられる――しかも、Appleの精神に則りながら、それができるはずだと、モバイル広告企業インモビ(InMobi)のプロダクト・マネジメント、セルジオ・セラ氏は言う。
「このように、諸問題の回避法がはっきりと見えている一方、既存データベースへの依存状態に慣れきっている重要企業らが、短期的には相当な痛手を受け入れざるを得ないことも否定できない」と、セラ氏は続けた。「iOS14による波及的影響の最小化に、Googleおよび同エコシステムはかなりの時間を割くことになるし、それは間違いなく、彼らの財務に反映されることになる」。
[原文:Cheat Sheet: As Apple preps IDFA crackdown for ‘early spring’, here’s everything you need to know]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:)