iOSユーザーにアプリ間トラッキングを無効化できるという通知が届きはじめてからしばらく経つが、現段階ではそこから有意義な結論を引き出すことは難しい。ひとつはっきりしているのは、広告業界幹部たちはこれから、AppleのApp Storeの壁の内側でユーザーの同意を得るため、創意工夫をする必要に迫られる。
転換点が近づくほど、不確定要素は増えていく。
そのことは、プライバシーに関するAppleの重大なアップデートの意味を理解しようと躍起になっている、モバイル広告業界幹部たちを見れば明らかだ。
iOSユーザーにアプリ間トラッキングを無効化できるという通知が届きはじめてからしばらく経つが、当然ながら、現段階ではそこから有意義な結論を引き出すことは難しい。ひとつはっきりしているのは、広告業界幹部たちはこれから、AppleのApp Storeの壁の内側でユーザーの同意を得るため、創意工夫をする必要に迫られるということだ。ユーザーはiOS用の広告識別子IDFA(Identifier for Advertisers)のデータを、お気に入りのアプリと共有することに乗り気ではないようだ。
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モバイルゲームパブリッシャーのティルティングポイント(Tilting Point)で成長担当シニアバイスプレジデントを務めるジャン=セバスチャン・ラバージ氏は、「我々のゲームポートフォリオ全体でIDFAを共有しないユーザーの増加傾向がみられる。その割合はIDFAを保有しているユーザーが20%で、保有していないユーザーは80%にのぼり、ATT(App Tracking Transparency)のスクリーン実装とユーザー獲得戦略が要因となっている」と述べる。「IDFA非共有ユーザーの増加ペースはゲームによって異なり、とくにATTスクリーン通知に関してどのような方針をとっているかが影響を与える」。
最良のシナリオでも半分を失う
ほかの分野も似たような状況だ。
モバイルアドテクベンダーのブリス(Blis)がATT発足後の3日間に記録した入札リクエストのうち、IDFAが付与されていたのは3分の1以下で、モバイル識別子のないものが70%を占めた。
アプリ開発者と提携するモバイルDSP(デマンドサイドプラットフォーム)のビガビッド(Bigabid)でも、同期間に同様の数字が確認されている。
アドテクベンダーであるビガビッドの創業者でプレジデントを務めるイド・ラズ氏は、ATT発足から6日後の米DIGIDAYの取材に対し、「トラッキングを許可しているユーザーの同意率は、私が観測している限られたアプリの範囲でいえば、約33%だ」と話す。
ただし、こうしたデータの解釈には注意が必要だ。というのも、すべてのアプリ開発者がATT対応を積極的に進めているわけではないからだ。実際、多くのアプリはまだアップデートが済んでおらず、したがってiOS14.5搭載端末のIDFAへのアクセスが認められていないと、ブリスは結論づけている。オプトイン率が市場によって異なる理由の一部は、これで説明がつく。
ブリスのデータによると、たとえば米国ではプロンプトを受信できるデバイスのトラフィックのうち約半分(46%)がデータ共有に同意を示したが、英国とオーストラリアではそれぞれ19%、13%にすぎなかった。
「だが、現在の米国でみられるような最良のシナリオであっても、広告主はiOSユーザーの識別能力のおよそ半分を失うことになる」と、アドテクベンダーのブリスで最高技術責任者を務めるアーロン・マッキー氏は述べる。「価値あるオーディエンスへのリーチが半減するのは、けっして良い状況とはいえない」。
見通しは明るいものではない
これこそが問題なのだ。数字にはいろいろと注意が必要とはいえ、この初期段階においても、見通しは明るいものではない。
むしろ注目すべきは、ATTアップデートの直後、iOS14.5を経由したトラフィックは全体の約1.3%でしかなかった(数字はブリスによる)点だ。この割合は1日に約50%ずつ増加している。
ブリスのCEO、グレッグ・イスビスター氏は声明のなかで、「モバイル広告IDのリターゲティングだけに依存したメディアバイイング戦略をとっている広告主は、リーチの50~80%を失い、早々に危険信号が灯るだろう」と警鐘を鳴らした。
多くの広告主が次の一手を決めかねているのは無理もない。現状ではモバイル識別子が少ない、あるいはまったくない状態での広告ビジネスに関する十分な情報がないため、確信を持って次のステップに進むことができないのだ。たとえ計画を立てたとしても、市場全体が準備不足であるなかで、適切に実行するのは難しいだろう。
アドテクベンダーのインモビ(InMobi)でSSP(サプライサイドプラットフォーム)部門シニアプロダクトマネージャーを務めるセルジオ・セラ氏によれば、SKAdNetworkのIDすら持っていないアドテクベンダーもあり、彼らの広告パートナーはATTトラフィックへのリーチ拡大に取り組むことができない。一方、測定を手がけるパートナーのなかにはFacebookキャンペーンのコンバージョンデータを受け取るための適切な設定ができていないところもあると、モバイル広告インテリジェンス企業のアップシューマー(Appsumer)でCEOを務めるシューメル・ライス氏は指摘する。
困難極める「既知の未知」への対策
しかし、以前からATTへの対応を注視してきた人々にとって、こうした状況に意外性はない。
ATTが劇的な変化をもたらすことは事実だが、多くのアドテク企業幹部は、起こりうる問題に対してぎりぎりまで対策をとってこなかった。加えて、Appleがどこまで積極的にATTを推進するのか、彼らには見当もつかない。改正されたプライバシー規制の回避策として、フィンガープリンティングがいまだに使用されているのが、何よりの証拠だ。
「ほとんどの広告主はATTに対して必要な準備ができていないが、そもそもできることはあまりなかった。対策をとるのに十分な情報が得られなかったからだ」と、ライス氏はいう。
「既知の未知」にあたる事項リストは長大だ。
たとえば、広告主がキャンペーンの効果測定のためにSKAdNetworkから取得できるデータにはプライバシー基準が適用される。問題は、Appleがこの基準を明確に示していないことだ。一部のSKAdNetworkデータには、インストール後のコンバージョンが含まれない可能性がある。
当然ながら、マーケターもパブリッシャーも、どのユーザーがトラッキングを「許可」していて、どのユーザーが許可していないかを知ることはできない。コンバージョン率の変化を確認することはできるが、通常のクリック/インストール比率の変動と比較して、ユーザーがトラッキングに同意しなかったことに起因する変化がどれだけあったのかを知ることは不可能なのだ。
「現時点では、オーディエンスターゲティングやキャンペーンの最適化に関して、ただちに戦略的変更を実施するつもりはない」と、メディアエージェンシーのスペース&タイム(Space & Time)でペイドソーシャル部門責任者を務めるブルース・ティッシントン氏は述べる。「我々は、必要に応じて戦略を迅速に切り替えられるよう、あらゆる事態に備えてクライアントに対応を促している。発足後1カ月の時点で、どのような影響がみられるかをより正確に把握できると考えている」。
「CPMレートに30%の差」
失うものの多さを考えれば、マーケターがATTに関して慎重を期すのは当然のことだ。
「正直に言って、これは慎重に進めるべき案件であり、前進には時間をかけるつもりだ」と、ある消費財企業の最高メディア責任者は匿名を条件に語った。「我々は(Appleの)決定や、それに対する議会の対応をじっくりと見定める必要がある。現状は曖昧な点が多すぎる」。
こうした自信の欠如は、広告主の予算の使い道を見れば一目瞭然だ。ブリスによると、ATT開始から3日目の時点で、iOS14.5のクリアリングCPM(落札価格)はiOS14.4よりも約10%低かった。これはATTの通知を受け取ることができるiOSデバイスにおいて、競争率が大幅に低下していることを示唆している。
競争率の低下は、モバイル識別子が提供されているかどうかに直接影響されているように見える。それはすなわち、昨年中盤にはすでに来ることがわかっていた変化に対して、多くのバイヤーが先見性のある戦略調整をしてこなかったことの証拠でもある。
「現在、IDFAを共有しているユーザーとしていないユーザーでは、CPMレートに30%の差が生じている」と、ラバージ氏はいう。「今後も差は開いていくだろう」。
解決策が見つかるまでの時間稼ぎ
しかし、広告料金がいつ下げ止まるかを判断するには時期尚早だ。フルーエント(Fluent)でモバイル部門シニアディレクターを務めるジョージ・イームズ氏は、次のように説明する。「iOS全体で、クリック/属性付きインストール比率にわずかな低下がみられている。iOS14.5が広く利用されるようになる1~2週間後には、より多くのデータが得られ、クリック/インストール比率の変化を正確に把握できるようになるだろう」。
先行きが不透明ななか、多くのアプリパブリッシャーは、コストを吸収するために手を尽くしている。動画リワード広告やプレイアブル広告など、CPMやフィルレートが高く、最終的に広告主から多くの広告費を得られる、高パフォーマンスな広告フォーマットを優先する方法もそのひとつだ。こうした動きは、アプリパブリッシャーの収入源をATTから守ることはできなくても、解決策を見つけるまでの時間稼ぎにはなるだろう。
あるモバイルアプリ開発会社の最高売上責任者は、匿名を条件に次のように述べた。「我々の入札リクエストの15%はIDFAに依拠しており、9~12%の売上の減少を想定しているが、我々のユーザーはiOS端末とAndroid端末が半々だ。つまり、こうしたユーザーからの売上が完全に失われるわけではなく、実際の損失はその半分だ。また、すでに入札リクエストの30%で、ユーザーがLimit Ad Trackingを利用した結果IDFAが無効になっており、こうしたデータも参考になる。このような大きな地殻変動の前例がないわけではない」。
予算の一時停止、引き上げ、再配分
ほかの手段がうまくいかなければ、一部のマーケターはiOSキャンペーン向けの予算の一時停止、引き上げ、再配分も辞さないようだ。本記事のためにインタビューをおこなった6人のモバイル広告業界幹部によれば、少数ながら一部のアプリ広告主はすでにiOSから資金を引き上げ、Androidに振り替えている。
「ブランドは準備ができておらず、フリクエンシーキャップからリターゲティングまであらゆる機能が壊れてしまうため、広告費の多大な浪費につながるだろう」と、アドテクベンダーのインモビでパブリッシャープラットフォーム・エクスチェンジ担当ゼネラルマネージャーを務めるクナル・ナグパル氏はいう。「モバイルウェブ、デスクトップ、CTVなど、スクリーンの数は(アプリ以外にも)十分にあるので、予算配分を変えればいいと、マーケターは考えている。だが、これはあくまで短期的解決策だ」と、同氏は述べた。
SEB JOSEPH(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:長田真)