eコマースの巨人、Amazonはいま、自社のモバイル決済サービス「Amazon Pay」を通じて、このシステムをAmazonのエコシステムの外にいる小売業者にまで広げたいと思っている。Amazon Payは、Amazonが持つ支払い資格情報を利用して、顧客がスマートフォンで実際の支払いをできるようにするものだ。
Amazonの熱心な支持者にとって、このマーケットプレイスで何かを購入することの魅力は、スピードと取り引きの容易さに尽きるだろう。そうした魅力はすべて、バックグラウンドで生み出されている。顧客は欲しいものを画面で見て、たった1回クリックするだけで、保存されたカード情報をもとに購入を完了できるのだ。これは、昔ながらの小売業者が真似しようとして格闘しているが、超えられないハードルとなっている。ユーザーにとっては、便利すぎて、一度使うと病みつきになる代物だ。
eコマースの巨人はいま、自社のモバイル決済サービス「Amazon Pay」を通じて、このシステムをAmazonのエコシステムの外にいる小売業者にまで広げたいと思っている。Amazon Payは、Amazonが持つ支払い資格情報を利用して、顧客がスマートフォンで実際の支払いをできるようにするものだ。
競争が少ない分野から
Amazonにとってこれは、米大手スーパーマーケット「ホールフーズ(Whole Foods)」の買収や自社の食料品販売事業「Amazon Go」の成長に支えられた、伝統的な小売業を探求するもうひとつの取り組みとなっている。だが、小売業のライバルたちのあいだを縫って進んでいくのは、至難の業だろう。
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Amazonからのコメントは得られなかったが、同社はAmazon Payを、ガソリンスタンドやレストランなど、大手小売業者との競争が少ないと見られている分野の実店舗に拡大することで、「Apple Pay」のようなモバイル決済システムへの挑戦を目論んでいるようだ。だが、小売業者のAmazon Payの利用に対する抵抗は、2019年に伝統的な小売チャンネル全体にスケールアップするうえでの主要な障害になると専門家はいう。小売業者がデータ共有を懸念していることや、消費者が店舗でモバイル決済を使用することを嫌っていることも、Amazonの行く手に立ちはだかる大きな障害だ。
「自分が小売業者で、Amazonのことを考えると、Amazonはありとあらゆる製品カテゴリーを販売している巨獣だ。Amazon Payが使われるたびに、人々が何を買い、いくら支払っているかをAmazonに正確に知られるのは嫌だと思っている」と、メリーランド大学ロバート・H・スミス・スクール・オブ・ビジネスの教授でマーケティングを専門とするP・K・カンナン氏は語る。「これは純粋なデータゲームであり、小売り品の提供に関して、より競争力を持てる可能性があるからだ」。
大手と小規模、立場の違い
フォレスター(Forrester)と全米小売業協会(National Retail Federation)が2018年11月に実施した調査によると、小売業者たちは店内での支払いオプションとしてAmazon Payの登場を大歓迎してはいないようだ。Amazon Payを追加するつもりはないと答えた小売業者が80%だったことが調査からわかっている。フォレスターの主席アナリストで、調査報告書の著者のひとりでもあるブレンダン・ミラー氏は、Amazon Payはリーチを最大化したいと考える小規模ビジネスに、より受け入れられる可能性があると話す。
「Amazonは燃料分野やいくつかのサービス分野に進出してきた。それは、家族経営の商店のような小規模ビジネスにとっては特に、理に適ったことだと考える。地元のコーヒーショップ用アプリをAmazonが作成してくれて、(顧客が)Amazonを通じてコーヒーを注文できるようになれば、そこに本当の価値がある」。
小規模ビジネスは、大手企業のようにデータ共有を懸念しそうにない、とミラー氏は付け加える。Amazon Payが顧客体験を容易にできるなら、それは勝利につながる。
Amazon Pay導入後の効果
だが、実店舗にAmazon Payを採り入れる取り組みの結果は明確ではない。Amazonは2017年はじめに、「Amazon Pay Places」と呼ばれる機能を通じてAmazon Payをオフラインで利用できる機能を追加した。同年、支払い技術を手がける企業ファースト・データ(First Data)がAmazon Payと提携し、物理的ロケーションでのAmazon Pay向けの販売時点管理(POS)ソリューションを開発した。支払い方法は、モーダ・オペランディー(Moda Operandi)とAmazonブックス(Amazon Books)でも導入された。
一方、レストランチェーンのTGIフライデーズ(TGI Fridays)は2017年7月にAmazon Payを導入し、その5カ月後には、Amazonの音声アシスタント、Alexa(アレクサ)とAmazon Payを統合する機能を発表して、顧客がAlexa経由でAmazonから注文と支払いができるようにした。Amazon Pay導入の最新情報についてファースト・データとTGIフライデーズに問い合わせたが、どちらからもコメントは得られなかった。
Amazon Payのオフライン取引については、Amazonもまた沈黙を守っている。米DIGIDAYに宛てた電子メールのなかでAmazonは、Amazon Payを利用して取引をした顧客が170カ国以上に「数千万人」存在すると書いている。Amazonは2017年2月に、顧客数は3300万人と発表して以来、Amazon Pay取引の最新情報を公開しておらず、2017年後半以降、Amazon Payに関するニュースは比較的静かな状態が続いている。Amazon Payについてのメディア報道記事を集めたプレスページは、2017年12月以来更新されていない。
あきらめていないAmazon
しかし、Amazonが自社のエコシステムを超えてAmazon Payを成長させたいと考えている指標はいくつもある。2018年12月19日の時点で、Amazon Payユニットは29人の求人を出している。12月14日に出された最新のシニア製品マネージャーの求人からはAmazonの野望がうかがえる。求人情報にはこう書かれている。「Amazon Echo(エコー)の脳ともいうべきAlexaやFire(ファイヤー)タブレット、Fire TVなどを含む、製品部門の一部として、我々Amazon Pay(原文ママ)は、この体験のいくつかの側面をAmazonの外にいるパートナーやブランド、そしてより広範につながっているコマースの風景へとエクスポートする手段を提供します」。
さらに、11月30日にアップされたグローバルマーケティング部門の執行責任者の求人情報には、Amazon Payの実店舗導入に関する野望や、「ペイパル(PayPal)」の先を行くための計画が書かれている。「我々は商売人が、我が社の信頼されたシームレスな購買体験を活用できるようにし、3億人以上いるアクティブなAmazonの顧客がオンラインや実店舗、市販デバイス群を通じて、彼らからものを購入できるようにします。ペイパルに代わるものとしてAmazon Payが登場し、我々のビジネスは急成長しており、我々は、顧客のアイデンティティや支払いを再定義し続ける準備ができています」。
つまり、Amazonは、Amazon Payに関して白旗を揚げてしまったわけではないのだ。だが、小売業者のなかにシステム採用に戸惑いを示すものがいることに加え、少なくとも米国内では消費者からの需要もまた、モバイル決済の空気を全般的に温めはしていない。サイモンークッチャー・アンド・パートナーズ(Simon-Kucher & Partners)が今年行った調査をペイメントソース(PaymentsSource)が引用しているところによると、米国の消費者の5%がモバイルウォレットでの支払いを好んでいる一方、90%はデビットカードやクレジットカード、現金での支払いの方がいいと回答している。Amazon Payが直面する課題は、決済方法が伝統的な手段にさらなる価値を追加していることを、小売業者や消費者に納得してもらうことだ。
長期戦となりそうな様相
Amazon Payの導入普及を阻む数々の障害にも関わらず、Amazonは、ユーザーによる採用とモバイル決済利用の成長をひたすら待つつもりなのだろうと、カンナン氏はいう。Amazonは、ガソリンスタンドやレストラン、その他大規模ではない小売りチャンネルでのAmazon Payの利用をゆっくりと奨励する、長いゲームに取り組んでいるのかもしれない。ホールフーズでのAmazon Payの利用は、採用を促すもうひとつの可能性だろう。顧客、特にプライム(Prime)会員がAmazon Payの利用に慣れていくにつれ、彼らは、より多くの小売業者に右に倣えすることを要求するかもしれない。
「(課題は)ガソリンスタンドやレストランでAmazon Payを使うよう顧客を奨励して、導入に拍車をかけることだ。それがうまくいくかどうか、結果がわかるのはずいぶん先だ。Amazonは大きな子猫を持っていて、お金(インセンティブ)を使い、人々を呼び込むことができる」と、カンナン氏は語った。
Suman Bhattacharyya(原文 / 訳:ガリレオ)