5月14〜17日、広告関連のイベント「アドバタイジング・ウィーク・アジア」が東京ミッドタウン六本木(東京・港区)で開催される。そこで、同イベントのエグゼグティブ・プロデューサー、笠松良彦・イグナイト社長に「いま広告業界で起きていること」を東洋経済オンライン編集長の山田俊浩氏が聞いた。
本記事は、DIGIDAY[日本版]の提携サイトで、東洋経済新報社が運営する「東洋経済オンライン」からの転載となります。
5月14〜17日、東洋経済オンラインがメディアスポンサーを務める広告関連のイベント「アドバタイジング・ウィーク・アジア」が東京ミッドタウン六本木(東京・港区)で開催される。そこで、2016年の第1回、2017年の第2回では事務局長、今年の第3回からはエグゼグティブ・プロデューサーを務める笠松良彦・イグナイト社長に「いま広告業界で起きていること」を東洋経済オンライン編集長の山田俊浩氏が聞いた。
Advertisement
山田俊浩氏(東洋経済オンライン編集長:以下、山田):フェイスブックから8700万人分の個人情報が流出した件が大きな話題になっています。今のインターネット広告における2強といえば、グーグルとフェイスブック。広告業界に与えるインパクトも小さくありません。
笠松良彦氏(以下、笠松):利用者のプライバシーに対する感覚は、いままさに過渡期にあると思います。問題を指摘する人たちの声は大きいのですが、デジタルネイティブ世代が多数派になり、利便性とのトレードオフが明確であれば、それほど問題視されなくなるのではないかと思います。
世の中のインフラとしてフェイスブックやアマゾンのようなデジタルプラットフォーマーが出てきている。それを拒絶したり、機能を制限して使うことは可能なんだけど、たぶんそれでは日常生活が不便になるだろうなと思うんですね。
もはやデジタルプラットフォーマーを必需品として取り込まないかぎり、生活そのものがつまらなくなってしまう時代です。逆に、デジタルプラットフォーマーに問われているのは「プライバシーの一部をさらすに値する満足度があるか」ということ。気に入らなければ、人は集まらない。その相互関係がいちばん重要なポイントだと思っています。
「よいID」と「悪いID」
山田:デジタルプラットフォーマーに個人情報を委ねるのが当たり前、という社会がもう訪れています。それに合わせてプライバシーに対する感覚も大きく変容している最中であり、むしろ(フェイスブックCEOのマーク・)ザッカーバーグさんには未来のプライバシー感覚を先取りしてもらい、「何が悪いんですか? 嫌ならばフェイスブックを使わなくていいんですよ」と開き直ってくれたほうがわかりやすかった。
笠松:本心ではそう思っているかもしれませんね。そもそもデジタルマーケティングを行おうとして多くの企業がIDを収集して、それを利活用している。フェイスブックだけを批判できるわけではありません。
むしろここで重要なのは、IDには「よいID」と「悪いID」があるということ。フェイスブックやアマゾンが集めているIDは質の高い「よいID」なので、行動履歴を用いたマーケティングを有効に行うことができる。
特に突出してすごいのがアマゾン。これから、アマゾンが顧客データを使ってどこまで精緻なマーケティングを進めていくのか。これに大きな関心を持っています。
山田:アップルのように顧客のデータを集めない会社もあります。「よいID」「悪いID」の前に、「IDを取らない」という選択もありえるかもしれません。
「IDを取らない」という選択もある
笠松:それをできるのは現時点では圧倒的な商品差別力を持っているアップルくらいであり、他社がまねできることではないと思います。やはり、自社のファンをID会員として組織するのが王道です。潜在的な顧客を含む自社のファンを集めていけば、それは「よいID」といえますが、抽選で何かをプレゼントするようなキャンペーンによってIDを集めているのであれば、それは「悪いID」です。数を増やすことを目的化してしまうと、必ずこうしたおかしなことになってしまいます。
しかも、悪いIDは役に立たないだけでなく会社にとっての害悪にもなるので、すぐにやめるべきだと思います。おかしなIDを集めるくらいであれば、自社ではID会員を持たず、フェイスブックなどを使ってターゲティング広告を打ったほうがよほどいい成果が得られるのでは?と思います。
山田:アマゾンは、アメリカではレジに人がいない無人コンビニ「Amazon Go」や人気書籍を並べた「Amazon Books」などのリアル店舗を展開していますね。
笠松:物流コストを考えると、商品によってはお客さんの自宅に運ぶよりもお客さんに来てもらったほうが合理的。「ネット企業がなぜ?」みたいなことを言う人もいますが、ネットとリアルは対立概念じゃないので、きわめて自然な流れだと思います。
アマゾンだけでなく、中国のアリババは盒馬(フーマー)というリアル店舗を運営しています。「生鮮食品って、ECで買わないよね。だったら店舗を自分たちで作ろう」ということ。どうせ倉庫は置かなきゃいけないんだから、その倉庫を店舗にしちゃえばいいよね、という発想です。店舗というリアルのタッチポイントがあることの強みは大きく、そこで買って満足すれば顧客の心の中に安心のブランドとして確立されるので、その後はECでどんどん買い物をしてもらえます。
こうやってファンを作っていくことは、正しい判断だと思います。おそらくPL上はリアル店舗は稼げているわけではない。でもリアルのタッチポイントとして、お客さまに感動を与えればいい。感動を与えれば、自分たちの会員になってくれる。これは典型的な「よいID」だと思います。
広告業界全体にとって最大の競合は?
笠松:実は、広告業界全体にとって最大の競合がいるとすれば、それはアマゾンだと思っているんです。あの勢いで取り扱うアイテムをどんどん増やしていったら、広告活動も彼らのプラットフォームの上でかなりの部分が賄われちゃうかもしれない。アマゾンのレコメンド機能が最強のマーケティングになるのかもしれない。だから、アマゾンさんには「あなたがたは広告業界をディスラプト(破壊)するんですよね?」って聞いてみたい。そうとは絶対に言わないでしょうけど、意識せずとも広告業界を良い意味で破壊していくんだと思います。
僕はそのことに対して敵対心を持っているわけではなく、ある種のあこがれの心を持っています。心の底からアマゾンって本当にすごいなあ、と思う。すごい時代になってきたな、と思います。
もし、アマゾンからジョブオファーがあったら?
山田:アマゾンのサイト内でどのように表示されるかがてきめんに売り上げに影響する。アマゾンでの表示をうまく最適化できれば、ベンチャー企業の商品であっても飛ぶように売れる。モバイルバッテリーなどのスマートフォン周辺機器では、多くのベンチャー企業が「アマゾンで売ること」に集中することで、効率的に成長しました。
笠松:データマーケティングでアマゾンは先端を行っており、ほかを突き放している。僕はそれでいいと思うんです。そういうものを止められないし、止める必要はない。アマゾンという存在があることを粛々と受け止めつつ、足りないパーツって何だっけ? と考えていく時代なのかもしれない。アマゾンがやっていないことを考え、どうするともっとみんなが幸せになるのか、ということをやっていくのが広告業界の仕事になるのかもしれません。
山田:アマゾンが笠松さんのようなプロのマーケッターを何人も雇う日が来るのかもしれませんね。もし、「ぜひ来てください」と言われたらどうしますか?
笠松:即、行きます。断る理由がありません。
今はルールチェンジの時代
笠松:今はあらゆるものが混沌としている時代です。カオスの時代であり、広告業界においてもゲームチェンジ、ルールチェンジが始まっている。だから、今までにないほどの大きなチャンスがあると思うんですよ。
ゲームのルールが変わるタイミングにビジネスをできているというのは、超幸せなこと。なにしろ広告業界は過去50年、ゲームチェンジなんてなかった。(電通の)吉田秀雄さんが築いてくれたすばらしいビジネスモデルのおかげで、誰も困ることなく、みんなが成長できた。それが今このタイミングでゲームチェンジ、カオスのタイミングが来たというのは、すごくチャンス。資産をたくさん持っていない会社であっても、何かのアイデアひとつだけで突破できる可能性がある。大手だけが勝ち組になるかどうかは、もはや分からない。広告業にとって、今はとても楽しい時代だと思います。
Written by 山田 俊浩(東洋経済オンライン編集長)
東洋経済オンラインの関連記事
・アマゾン「最強会員サービス」に死角はないか:米国本社プライム事業の責任者に直撃
・もしアマゾンが本気で「金融事業」を始めたら:銀行にとって大きな脅威となりうる
・アマゾン「当日配達ドライバー」の過酷な実態:記者が潜入!疲弊する都内の下請け配達現場