Amazon がセラーに提供する情報は、何年も前から顧客のユーザーネームと所在地だけだ。ほかのデータはすべて、Amazonが独り占めにしている。そして2021年4月から、その情報はさらに少なくなる。
Amazonのサードパーティセラーにとって、顧客情報はブラックボックスだ。自社サイトで売上を得た場合であれば、彼らは買い物客の属性情報やメールアドレスにアクセスできる。しかし、Amazonがセラーに提供するデータは、何年も前から顧客のユーザーネームと所在地だけだ。ほかのデータはすべて、Amazonが独り占めしている。
しかも、同社が出品者と共有するデータ量は、さらに少なくなりつつある。Amazonはこれまで、同社のフルフィルメント代行サービスを利用するすべてのセラー(いまや大多数がそうしている)に、FBA在庫出荷レポート(Amazon-Fulfilled Shipments Report)を提供していた。これは、購入者の住所・氏名を提供するためのレポートだ。以前であれば、Amazonにフルフィルメント業務を委託するセラーなら誰でも、このレポートをダウンロードすることができた。ところが2021年4月からは、フルフィルメント代行サービスを利用しているセラーでも、(納税の手続きに必要といった)顧客の住所・氏名が必要な明確な理由がある場合を除き、これらの情報にアクセスできなくなる。
この変更自体は、些細かもしれない。しかし、Amazonのこの動きは、マーケットプレイス企業とセラーのあいだで高まっている緊張を、さらに高める材料のひとつにすぎない。サードパーティセラーの売上は、Amazonのそれの約半分を占めている。にもかかわらず、彼らセラーは、販売過程で顧客と十分なやりとりができるだけのデータを受け取っていない。この変化は、この種のレポートを使って顧客基盤の概略を割り出しているセラーにとっては、状況を悪化させる材料以外の何ものでもない。
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高まる緊張感
「怒りを感じている」と、フォレスター(Forrester)でeコマースアナリストを務めるジョー・チックマン氏は語る。「しかしそもそも、顧客データはマーケットプレイス出品者のものであるという契約があったわけではない」。
顧客データに制限を加えているのは、Amazonだけではない。ウェイフェア(Wayfair)やウォルマート(Walmart)など、マーケットプレイスを展開するほかの大手企業も、セラーには情報をほとんど提供していない。いまのところ、データはどのオンラインマーケットプレイスでも、サードパーティセラーであることとトレードオフな要素とされている。「顧客を呼び込んでいるのは自分たちだ」というのが、マーケットプレイス側の主張だ。「私が知るかぎり、セラーに顧客データの使用を無制限で許しているマーケットプレイスはひとつもない」と、チックマン氏は語る。しかしAmazonに関して、ひとつ異なるのは、同社は自らのマーケットプレイスでの独占販売をブランド各社に呼びかけてきたという点だ。これは、Amazonのデータを巡る問題がこじれている理由のひとつといえる。
Amazonセラーにとって、かねてからデータが共有されないことは腹立たしい問題だった。しかし、Amazonはかつて、出品者が顧客像を描くのに十分な情報を提供していた。たとえば送り先情報だ。セラーにとって、これは非常に役に立つ情報だ。「たとえばネブラスカ州への出荷が多ければ、どこがホットゾーンなのか、地域的に把握できる」とチックマン氏は語る。(ただAmazonは、以前から一貫してFBA在庫出荷レポートのデータを、納税手続き以外の目的では使用しないように呼びかけている。同レポート内にも、その使用は納税手続きにのみ使用できると明記されている)。
メールアドレスを巡る問題
マーケットプレイスコンサルタント企業、ジェイ・ストリート・パートナーズ(Jay Street Partners)で、eコマース担当ディレクターを務めるロリ・フィールズ氏によれば、セラーがもっとも頭を悩ませているのは、メールアドレスが取得できないことだという。というのもセラーは、顧客のメールアドレスを確認できない。しかし、この状況もいずれ変わるはずだと、フィールズ氏は希望を込めて話す。顧客の連絡先にもっとアクセスできるようになれば、「出品者と顧客の関係にもたらされるのはプラスの効果だけだ。両者間のエンゲージメントを高めることができるだろう」と、同氏は語る。
Amazon上で顧客情報を得るべく、セラーたちは以前から独自の実験を試みてきた。Amazonから出荷される箱に差し込みの案内を入れて、自社サイトへの訪問やニュースレターの登録といった、自社とのエンゲージメントを顧客に促すセラーもいる。うまくいけば、それが顧客像を把握するきっかけになるかもしれない。ほかにもやりようはある。チックマン氏によれば、自社製品を特定のアプリや、顧客の登録が必要な保証書と紐づけているセラーもいるという。「保証書への登録が必要な、Bluetooth内蔵型の体重計もある」と、同氏は話す。
フィールズ氏も、購入者がセラーのサイトに直接訪問できるように、商品にステッカーやQRコードを貼るなどの実験を行ってきた。しかし、「こうしたアプローチにおいては、実際に行動を起こすのは顧客なので、どうしても受け身になってしまう」という。また、反応を示す顧客はごくわずかだと、同氏は話す。「反応を示すのは、一部の顧客に限られる」。
背景にはAmazonへの疑惑が
顧客データに関する問題がサードパーティセラーのあいだで議論の対象になっているのは、Amazonが自らの手で商品を開発するために、マーケットプレイスのデータを使っているという疑惑のせいでもある。ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)が報じているように、実際Amazonは顧客データの一部を取り出し、それを使って出品者と競合している。
たとえばAmazonは、Amazonベーシック(Amazon Basics)というプライベートブランドを展開している。セラー界隈ではいま、同ブランドを巡り緊張が高まっており、Amazonが自社のデータ共有プロセスに施すわずかな縮小措置でも、波紋を呼びかねない状況となっている。
Amazonベーシックについて
ピーター・デリング氏は、2017年からカメラバッグ、エブリデイ・スリング(Everyday Sling)を販売している。この商品は、デリング氏が経営するピーク・デザイン(Peak Design)が製造を手掛けている。同氏によれば、エブリデイ・スリングはさまざまなチャネルで販売されているが、売上全体の20%をAmazonが占めているという。
エブリデイ・スリングとほとんど同じカメラバッグを、Amazonのインハウスブランド、Amazonベーシックが売っているのをデリング氏が知ったのは、2020年12月だった。同じなのは見た目だけではなかった。商品名も同じエブリデイ・スリングだったのだ。おまけに、ピーク・デザイン製のエブリデイ・スリングが99.95ドル(約1万880円)であるのに対し、Amazonベーシックのそれは32.99ドル(約3590円)で売られていたのだ。
そこでデリング氏は、1本の動画を制作することにした。そして、動眼(人形などに付ける動く目玉)をつけたAmazon社員が登場する、風刺に富んだクリップができあがった。この動画のなかで同氏は、Amazonがピーク・デザインのエブリデイ・スリングを盗んだとを告発している。
ピーク・デザインだけではない。オールバーズ(Allbirds)など、Amazonベーシックを非難する出品者は増加の一途を辿っている。デリング氏はこの輪に加わることを思い立つが、「最初から泣き言をいうのではなく、嘲笑しようと考えた」という。
セラーサイドが望む関係
このような動画を、同氏が恐れることなく作成したのは「Amazonは、いま我々が感じているほどに邪悪ではない思っている」からだ。また、どんな形であれ、デリング氏に報復すれば、Amazonが悪く映るだけだろう。「Amazonにそこまでするような悪人はいないと思う。それに、Amazonに対して厳しい監視の目が向けられているいま、彼らは特に足元に気を付けているはずだ」と、同氏は語る。
この動画の公開からわずか数時間後、デリング氏はひとつの勝利を手にした。Amazonが、Amazonベーシック版エブリデイ・スリングの名称を、Amazonベーシック・カメラバッグ(Amazon Basics Camera Bag)へ変更することを決めたのだ。ピーク・デザインのファンも大挙して否定的なレビューを投稿しはじめ、Amazonベーシック・カメラバッグのレビューは、販売を一時停止に追い込むほどの勢いだった。
それでもデリング氏は、これが良い結果を生んでくれることを期待しているという。「我々が望んでいるのは、大手販売パートナーとのより良好な関係だ。それがすべてだ」と、同氏は語った。
[原文:Amazon Briefing: The growing customer data war]
MICHAEL WATERS(翻訳:ガリレオ、編集:村上莞)