アドテク企業サイズミック(Sizmek)の破産申告のニュースはデジタル広告企業の役員たちを震え上がらせた。同社の広告サーバー事業は、Googleの重要な対抗馬と目されていた。だが、アドテクの複数の関係者によると、サイズミックの掲げた完全統合型の購入技術スタックというビジョンは、砂上の楼閣だったという。
アドテク業界でまた、企業破産が発生した。アドテク企業サイズミック(Sizmek)の破産申告のニュースはデジタル広告企業の役員たちを震え上がらせた。同社の広告サーバー事業は、Googleの重要な対抗馬と目されていた。だが、アドテクの複数の関係者によると、サイズミックの掲げた完全統合型の購入技術スタックというビジョンは、砂上の楼閣だったという。同社にとって逆風となったのが、アドテク分野で大手テック系企業が力を増したこと、そしてブランド各社のあいだでメディアバイイングをインハウスでおこなうケースが増えたことだ。
サイズミックの破産申告は、アドテク市場の競争の激しさと独立系ベンダーが価格構造を圧迫するコストの問題に苦しんでいることを、あらためて浮き彫りにした。
サイズミックは自社で技術開発をせず、2011年から2017年にかけて小規模な買収を繰り返すことで対処した。同期間の同社による買収は、2012年のセマンティック技術ツールを保有するピア49(Peer49)、2014年のモバイル追跡ツールを保有するエアリファイ(Aerify)、2015年のモバイルDSPを保有するストライクアド(StrikeAd)、そして2017年のロケットフューエル(Rocket Fuel)を1億4500万ドル(約159億円)で買収したことが挙げられる。
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ビジョンと現実の乖離
アドテク企業ビーズワックス(Beeswax)のCEO、アリ・パパロ氏は次のように指摘する。「サイズミックのプログラマティック広告分野への進出は驚くほど遅く、ずさんだった。サイズミックの主要な競争相手だった(Googleの)ダブルクリック・キャンペーン・マネージャー(DoubleClick Campaign Manager)やダブルクリック・ビッド・マネージャー(DoubleClick Bid Manager)がソリューションとして人気を博したのに対し、サイズミックは何年も遅れをとり、小規模で大した価値のないDSP企業を2、3買収したのみで軌道に乗せることができなかった」。
同社の戦略的なビジョンは、購入におけるDMPやDSP、広告サーバーを密に統合したアドテクスタックを構築することだった。だが現実には、多数の異なるテック系企業の統合はうまくいかなかった。こうした統合には莫大な資金力とエンジニアリングにおける投資が必要であり、(Googleのように)実現可能な企業は決して多くない。
サイズミックから直接コメントは得られなかったが、同社のウェブサイトでは次のような発表がなされている。「重要な点として、サイズミックは事業を継続する。連邦倒産法第11章は、ほかの倒産スキームとは異なり、当社のような企業が財政上の問題を解決するあいだも通常どおりに事業を行えるように特別に作られている。当社はこれからもクライアントの皆様が当社に期待する、これまで通りの高い基準でサービスの提供を継続していく。また、プラットフォームへの影響が最小限に抑えられるように懸命に対応を行っている」。
ロケットフューエルの買収
2016年に、サイズミックはプライベートエクイティ企業のベクター(Vector)に1億2200万ドル(当時で約122億円)で買収されている。同社がロケットフューエルを買収したのはその翌年だ。ロケットフューエルはプラットフォームでフラウドを許容しているとして物議をかもしていたが、同時に注文ベースの非透明な広告ネットワークモデルで管理されたサービス事業で莫大なマージンを得ていることでも知られていた。
本記事の執筆にあたってアドテク企業やエージェンシーの役員、コンサルタントら11人にインタビューを行ったが、大きな物議をかもしていたDSP企業のロケットフューエルを2017年に買収したことがサイズミックの行く末を決定づけたとする声が大きかった。デジタルメディアコンサルティング企業デジタル・ディシジョンズ(Digital Decisions)のCEOを務めるルーベン・シュラーズ氏も「今回の破産申告の最大の原因はロケットフューエルの買収だろう」と指摘し、次のように述べている。「ロケットフューエルのブランド名を外してサイズミックに統合したことで期待したような成果が得られず、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)をはじめとする企業と効果的に競うことができなかった」。
より厳しい批判の声も上がっている。あるアドテク企業の役員は匿名を条件に次のように指摘した。「ロケットフューエルの買収は取り返しのつかない過ちだった。あの企業は毒杯だ。ロケットフューエルのあくどいやり方は誰もが知っていた」。
「砂上の楼閣」の状態
サイズミックが債権者として記載した48社のうち、上位7社はSSPであるインデックス・エクスチェンジ(Index Exchange)やルビコンプロジェクト(Rubicon Project)、オープンX(OpenX)、パブマティック(PubMatic)などで、その総額はほぼ4000万ドル(約44億4000万円)となっている。そして8位のビッドスウィッチ(BidSwitch)はSSPとDSPをつなげる企業だ。このインベントリーは名目上サイズミックが実施しているものの、実際にはサイズミックのDSPであるロケットフューエルを通じて提供されるはずだった。
アドテク企業の買収合併を次々に行い、名を馳せたロケットフューエルも、2017年にわずか1億4500万ドル(約159億円)で売却することとなった。同社の時価が最大で20億ドル(約2220億円)だった頃を思えば、これは雀の涙だ。パパロ氏は「サイズミックは必死だったから、明らかに落ち目でバーゲン価格だったロケットフューエルを買収したのだ」と指摘する。同社はロケットフューエルについて、「ロケットフューエルに関わったことは誤りだ。非常に積極的な販売戦略と非透明モデルで売り出した同社だが、透明性が欠如しており、フラウドで販売していることにエージェンシーが気づいたのだ」。
これによって、いくつかのエージェンシーから信頼を失ったのは、サイズミックにとって痛手だった。折しも広告主のあいだで、インハウスによるメディアバイイングが増えており、エージェンシー各社は広告のサプライチェーンを整理するため、アドテク企業との提携数を削減していたのだ。
パブリッシャーとテック系連盟のオゾン(Ozone)でマネージングディレクターを務めるクレイグ・タック氏は次のように分析している。「非公開でサービスを管理するロケットフューエルの買収は、サイズミック自身のアイデンティティを損なう行為だった。サイズミックが取り組む業務の透明化に影を落とす存在となっていたのだ」。
悲観的な周囲の見方
サイズミックが抱えていたもうひとつの問題が大きなマージンによる財政圧迫だ。サイズミックは三大陸に展開する大企業だ。同社のウェブサイトによれば、同社はアメリカに14、EMEAに22、アジア太平洋に20のオフィスを構えている。LinkedIn(リンクトイン)には同社の社員が1000人以上登録されている。
あるエージェンシーの役員は、クライアントがサイズミックを使っているため、匿名とすることを条件に次のように述べた。「アドテクという言葉が持ち合わせていた華やかさは色あせつつある。かつてのようにアドテク企業を立ち上げても莫大な収益を上げるのは難しくなっている。ここ2年間は新規上場において買い手市場だったからまだ良かったものの、2019年はそうはならない気配だ」。
エージェンシーのなかには、状況がさらに悪化していくことを懸念する声もある。結局のところ、サイズミックの広告サーバーは、広告主のあいだで広く普及しており、移行は容易ではない。先ほどのエージェンシー役員は、次のように述べている。「サイズミックが撤退することが実質的なリスクになりうるかどうかは様子見が必要だ。とはいえ、ブランドやエージェンシーらがすでに代替策を考えていたとしても不思議ではない」。
だが、応援する声もある
だがGoogleが支配する市場のなかで、独自のソリューションを提供する競争相手としてサイズミックは、いまでも貴重な存在だと応援するエージェンシー役員も存在する。ある大手エージェンシーの親会社のディレクターは次のように語る。「サイズミックは広告サービス分野で一部ではなく全体にわたって有効なソリューションを提供してくれる数少ない存在だ。現在の財政危機を乗り越えられれば、市場に健全な競争をもたらしてくれるはずだ」。
サイズミックの競合他社であり、今回の件で優位になりうる立場のアドテク企業のアドフォーム(Adform)ですら、サイズミックの退場を望んではいない。
アドフォームのCTO、ジェイコブ・バック氏は次のように語っている。「ウォールド・ガーデン以外の選択肢を狭めてしまうことになる。業界全体で見れば良いことではない。Googleの立場がさらに支配的になってしまう恐れがあるからだ」。
Jessica Davies(原文 / 訳:SI Japan)