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Facebook の信頼構築に勤しむ、C・キャンベル氏の仕事:「常にまっすぐな人」

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2018年、オーストラリアのシドニーで、Facebookのある幹部がパブリッシャーの一団に向かってこう語った。「我々はジャーナリズムの活性化という使命を負っている」。そして豪紙オーストラリアン(The Australian)の報道によると、Facebookとの協力を拒むメディア企業に対しては、「数年のうちに、あなたの死にゆくビジネスを、私が看取ることになるだろう」と警告したという。

この身も蓋もない発言をしたFacebookの幹部とは、同社でグローバル・ニュース・パートナーシップ担当のバイスプレジデントを務めるキャンベル・ブラウン氏だ。ブラウン氏は「報道されたコメントは正確ではなく、会合での議論を正しく反映していない」と反論するが、「キャンベル・ブラウンとは誰か?」と問われたときに、誰もがまっさきに思い浮かべるのは、このような登壇時の発言なのだ。

米紙ニューヨークタイムズ(The New York Times)のメディアコラムニスト、ベン・スミス氏は、米DIGIDAYの取材に対して、こう語っている。「パブリッシャーたちは彼女の率直さを歓迎する。というのも、我々はみな、プラットフォーマーの幹部が語る、中身のない軽口に辟易しているからだ」。

信頼回復という想定外の任務

ブラウン氏がFacebookに入社したのは2017年のこと。このとき同氏を待ち受けていたのは、Facebookに対するメディア企業の信頼を回復するという思いもよらない任務だった。2016年に行われた悪名高いアルゴリズムの変更は、パブリッシャーたちを疲弊させ、あるいは廃業に追いやった。その結果、彼らはトラフィックの創出を単一のプラットフォームに頼ることは、もはや容認しうるビジネス戦略ではないことを悟った。以来、Facebookとパブリッシャーのあいだには、波乱含みの関係が続いている。

一方、舞台を降りて、Facebookのニューヨークオフィスで働くブラウン氏は、ともに仕事をする同僚やメディアパートナーから、冒頭の発言から想像されるような不穏当な人物とは見られていない。

「彼女はいつでもまっすぐだった」。米誌アトランティック(The Atlantic)の最高経営責任者(CEO)で、ワイアード誌(Wired)の前編集長を務めたニック・トンプソン氏はそう振り返る。ブラウン氏と接する機会がもっとも多かったのは、ワイアードの前編集長時代だという。「彼女は立場上、Facebookの意見を代弁するが、その意見に賛成であっても反対であっても、友情は変わらない」。

その理由は多分に、ブラウン氏がほかの多くのソーシャルメディア関係者とは異なり、シリコンバレーの出身ではないことによる。同氏はニュースの地方局および全国ネットで、政治記者やニュースキャスターとしてキャリアを積み、2014年には教育問題にフォーカスした非営利のニュースサイト「The 74」を立ち上げた。

ニューヨークタイムズのスミス氏は、ブラウン氏についてこう語っている。「プラットフォームのニュース部門責任者という役割は、伝統的に、何か問題が起きたときに対外的な対応を担う広報機能であり、社内的には何の力も持たない。Facebookがブラウンの採用を決めたとき、彼女がそれだけの人物ではないという認識があったか否かは分からない。しかし、彼女は明らかに、社内外で政治的に動く能力を持った人物だ」。

いまでも自分はジャーナリスト

ブラウン氏は、いまでも自分はジャーナリストだと思っているが、それはハイテク企業では希有な強みでもあると言っている。さらに言えば、メディア業界に明るくないプラットフォーム幹部とのやりとりに慣れた、メディアパートナーに対する強みでもあるという。

アトランティックのトンプソン氏は、「自分とFacebookの関係は極めて複雑だ」と語る。この発言は多くのパブリッシャーが置かれている立場を代弁するものだ。同氏はさらにこう続ける。「私はFacebookについて報道した。Facebookに批判的なパブリケーションを運営していたこともある。しかし同時に、トラフィックや購読者の獲得をFacebookに依存していた。また、広告市場ではFacebookと競合した。私がキャンベルについて言えることは、彼女がFacebookの新しい企画や施策について語るとき、その言葉に嘘やごまかしは感じなかったということだ」。

ブラウン氏によると、これほどの信頼を回復するために、ジャーナリストとしての経験とメディアビジネスの経営者としての経験を活かし、全米規模の報道機関から地方のニュースルームまで、あらゆる形態、あらゆる規模のメディア企業に恩恵をもたらす施策の開発に取り組んだという。

「ニュースルームの成功はジャーナリズムとジャーナリストにかかっている。キャンベルはそのことをよく理解していた」。そう語るのは、ブラウン氏とともにThe 74を立ち上げたロミー・ドラッカー氏だ。

もっとも誇りに思うプロジェクト

ブラウン氏のチームがFacebookで担当するのは、主に「Facebook News」のようなプロジェクトだ。Facebook Newsに対するパブリッシャーの評価は、当初こそあまりパッとしないものであったが、アトリビューションツールの進化にともない、トラフィックの流入元としての評価は着実に高まっている。また、パブリッシャーの購読料収入を伸ばすことを目的とした、3カ月間のアクセラレータープログラムも、参加企業の収益にプラスの影響を与えているようだ。

Facebookに入社してからの4年で、ブラウン氏がもっとも誇りに思うプロジェクトは、ほかでもないFacebook Newsだという。「ニュースはユーザーがFacebookで共有するコンテンツのごく一部にすぎないが、情報に通じたコミュニティの構築を支援するという重要な役割を果たすためには、必要不可欠な要素だ。ニュースフィードとは別に、ニュースの発信や共有を担う仕組みを作ることで、この役割を果たせると思う」とブラウン氏は話す。

ブラウン氏はレジス大学で政治学の学位を取得したが、大学卒業後にキャピトルヒルで働くうちに、自分は政治には向いていないと悟った。ニューヨーク市のラジオ局WNYCに友人を訪ねた折、放送前のニュースルームの活気に触れて、「自分の居場所だ」と感じたという。ニュース放送業界への転職活動を開始したブラウン氏は、200本におよぶ履歴書動画を送ったが、同氏の求職に応答し、また最終的に同氏を採用したのはカンザス州トピカのNBC系列の地方テレビ局KSNTだけだった。

数年後、ブラウン氏はNBCに移り、放送ジャーナリストのティム・ルサート氏のもとでさらにキャリアを磨いた。ルサート氏はブラウン氏に、自分が報道するどのニュースに対しても、常に懐疑的、批判的であれと教えた。CNNに移ったあとも、ドラッカー氏とThe 74を立ち上げたときも、ブラウン氏がこの教えを忘れることはなかった。

ドラッカー氏はブラウン氏についてこう評している。「先を見通す力を持ち、正統派の意見を鵜呑みにせず、どんな問題についても、興味深い方法で固定概念に挑戦する。彼女との関係を『ビジネスパートナー』と考えたことは一度もない。我々はミッションとビジョンを共有する同志だ」。

疑問があれば、おそれず質問

ルサート氏のもとで培った「常識を疑い、あえて反対の立場に立ってみる」という姿勢は、Facebook入社後、技術的なバックグラウンドをまったく持たない自分を助けてくれたとブラウン氏は述べている。「自分にとってはまったく新しい環境で、学ばなければならないことが山ほどあった。疑問があれば、おそれず質問した。なにしろ、かつては質問することが仕事だった。よいアイデアがあれば、積極的に推したし、明確に説明することもできた」。このような能力は、ソーシャルメディア企業での同氏の躍進を大いに助けたという。

同時にそれは、チームをまとめる求心力としても働いた。たとえば、レイチェル・シンドラー氏はFacebookに入社してから1年あまりあとに、全社会議を通じてブラウン氏と面識を得た。この会議でプレゼンテーションを行ったチームリーダーのなかで、ブラウン氏はひとり抜きん出ていたという。「言葉が巧みなだけでなく、担当プロジェクトに対する情熱を感じた」とシンドラー氏は述べている。

これをきっかけにブラウン氏のもとで働きたいと思うようになったシンドラー氏は、のちにブラウン氏のチームに入り、ニュース部門でグローバル戦略、企画、運営を担うリーダーとして活躍した。

一方、Facebookでニュースの品質とエスカレーションを統括し、ブラウン氏のもとで3年以上仕事をしているメレディス・カーデン氏は、ブラウン氏について「率直に語る能力を持ち、本音で話す人だが、共感力や思いやりもある人だ」と述べている。もともと部下や同僚に最大限の配慮を示す人ではあるが、とくにコロナ禍中、周囲に対する気遣いは遺憾なく発揮されたという。

カーデン氏によると、Facebookのグローバルなニュース会議には100人以上が出席するにもかかわらず、ブラウン氏は毎週または隔週で開かれる会議のかなりの時間を、スタッフの健康状態の確認に割くという。

「彼女と働くのはとても楽しかった」

今年初め、シンドラー氏はFacebookを退社して、パンチボウルニュース(Punchbowl News)という新会社の設立に携わり、そのまま成長および製品担当のバイスプレジデントに就任した。転職に際して、同氏が最善の形で新たな一歩を踏み出せるように、ブラウン氏は上司として、より良き先達として、親身に支えてくれたという。

「実を言うと、離れがたい思いはあった。彼女と働くのはとても楽しかったから」と、シンドラー氏は言い添えた。

[原文:‘Always a straight shooter’: How Campbell Brown is working to close the trust gap between publishers and Facebook

KAYLEIGH BARBER(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)