プラットフォームに障害が発生するのは珍しいことではなく、とりわけトラフィックが急激に増加した場合に起きやすい。D2C企業の味方として成長してきたECプラットフォーム、ショッピファイ(Shopify)のエコシステムにも同様の問題がおきはじめている。
YouTuberのジェフリー・スター氏とシェーン・ドーソン氏は2年前、メイクアップ製品の大規模なオンライン販売に向けてコラボを行った。両名のYouTubeチャンネル登録者数は合わせて4000万人近くに達し、コスメに関するアドバイスを欲しがる熱烈なファンがついていている。商品のローンチは成功間違いなしに思われた。
実際ロールアウトの反響は凄まじかった。
あまりの熱狂ぶりに、ジェフリー・スター・コスメティクス(Jeffree Star Cosmetics)の展開しているショッピファイ(Shopify)のサイトはクラッシュした。商品を買おうとしたがエラーメッセージしか返ってこなかったファンから怒りのメッセージを山ほど送りつけられたドーソン氏は謝罪のツイートを投稿する羽目になった。その後、同氏は「ショッピファイが原因であることが確認できた。我々とともに問題解決に向けて動いてもらっている」というお知らせをツイートしている。
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プラットフォームに障害が発生するのは珍しいことではなく、とりわけトラフィックが急激に増加した場合に起きやすい。だが前述の出来事は、いまのショッピファイのエコシステムにおける問題を浮き彫りにしている。同社はEC企業として、新分野や企業買収、カスタマー獲得などの面で積極的な拡大策を続けてきた。だがインフラがなかなか需要に追いついていないのが現状だ。成長を続けるほかのプラットフォームのほとんどが同じ問題に直面しているが、もともと小規模なデジタルネイティブブランドであったショッピファイの場合は、とりわけコアユーザーへの影響が大きい。
ショッピファイはプラットフォーム上に100万を超える販売業者を抱えており、前四半期の収益は3億9000万ドル(約430億円)だった。これは前年同期比で45%の増加にあたる。同社はAmazonの密かな対抗馬として名前が挙がることが多い。ショッピファイはマーケットプレイスや商品をコントロールするのではなく、分散しつつ拡大を続けるベンダーのネットワークを支援することに力を注いでいる。
同社の設立は2004年だが、収益面でもマインドシェアにおいても本格的な成長を遂げたと呼べるのはここ数年だ。ショッピファイの台頭はD2Cブランドブームと時を同じくしている。デジタルネイティブ企業は次々に独自のオンラインストアを立ち上げるなかで、ショッピファイやマジェント(Magento)、ウーコマース(WooCommerce)、スクエアスペース(Squarespace)といったプラットフォームに技術的なソリューションを求めるようになった。ショッピファイはカスタマーに対して安価ですぐに利用できるプラットフォームを提供している。実質的に、カスタマーはチェックボックス数個をクリックするだけで即座にオンラインのマーケットプレイスを利用できるようになるのだ。だがこれらD2Cブランドが成長を遂げるなかでショッピファイもまた大きく伸びた。同社は大幅に価格の高い企業向けソリューションの「ショッピファイプラス(Shopify Plus)」を2014年にローンチしている。ステープルズ・カナダ(Staples Canada)やビクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)といった名のしれた企業も同社の企業向けソフトウェアを採用している。
だが、最近になって、ショッピファイのカスタマー体験が低下していると感じる企業が出はじめた。プラットフォームにおけるバグや、前述のスター氏とドーソン氏のケースのように、時にはシステム全体のダウンも起きる。さらにプラットフォーム全体における使いやすさが優先されて、事業面で複雑さが生じている側面もある。ショッピファイではタグの実装方法のせいで重複商品の掲載が難しく、サブスクリプションの価格や会計プロセスのカスタマイズも頭痛の種だ。
米DIGIDAYの姉妹サイトのモダン・リテール(Modern Retail)に対し、ショッピファイの広報担当はメールで次のように回答している。「ショッピファイは当社を必要としているお客様に向けて、最適なタイミングで最適なソリューションを提供することに誇りを持っている。特定の販売業者についてお答えはできないが、事業主の皆様に対し、オムニチャネルにおける成長を後押しし、ストアごとの管理から事業全体の管理にまで成長できるようなツールを提供している」。
ショッピファイがマジェントやアドビ(Adobe)といった大手と異なるのが、自らをD2C企業の味方として位置づけている点だ。だが、もともと小さかったD2C各社とともに成長を続けていくなかで需要に応え続けるのが難しくなっている。これによりショッピファイから他社に乗り換えるブランドも出てきている。ほかにもショッピファイの脆弱性を補うため共同で考案したソリューションを運用しているブランドもある。この問題の根源にはショッピファイの中核をなす哲学がある。同社は参入障壁が低く、簡単なテンプレートを用いたアプリストアを主としたソリューションを目指している。だが、成長と収益源の多様化を目指している企業にとっては、これが融通の効かないプラットフォームとなってしまう。
オムニチャネルの悩み
モダン・リテールが10月に開催し、小売企業30社が集まったモダン・リテール・サミットではショッピファイも話題にのぼった。D2Cをはじめたあるブランドは商品とチャネルの増加に伴い管理が難しくなったと指摘し、「ショッピファイでオムニチャネルを実現するにはどうすれば良いのだろう」と、疑問を投げかけている。「(ショッピファイでは)小規模ながら月に1度は、なんらかの障害が発生している」という声が複数のブランドから聞かれた。「APIへの変更も告知なしに実施している」と、問題視する企業も1社ではない。
このように不満ばかりが目立つセッションとなったが、同時にEC企業の弱みも明らかになった。小さかった企業を、ショッピファイの安価で極めて実装の容易なプラットフォームのおかげで成長させられたブランドは多い。だが、こうした企業が新たに卸売、実店舗、Amazonといった複数の収益チャネルを有するようになり、ショッピファイを使っていてはすべてを把握しつづけるのが難しくなっている。
急激に成長を続けている、あるD2Cブランドの成長担当バイスプレジデントは、まさにその理由からショッピファイへの依存度を徐々に下げているという。同社のウェブサイトはもともとショッピファイに完全に依存する構成となっていたが、注文管理以外はショッピファイから徐々に脱却する形でリニューアルを行うことを決めた。「ウェブサイト上において、自分たちで当ブランドのストーリーを確実に決めて伝えられるようにしたかった」と、同バイスプレジデントは語る。同社はまず商品ページを作り直した。また、ショッピファイでは同社が望むようなサブスクリプションサービスの統合に問題を抱えていたため、会計プロセスもまた改善する必要があったという。「ショッピファイではサポートしていないような、よりカスタマイズされた複雑なプロセスが必要だった」という。
同氏はさらに、「ショッピファイの利用に伴うコストと、そこから得られる利益を天秤にかけ、本当に同社と提携する価値があるかを考えなければならない。いままさにこの件について話し合っている」。
事業を拡大しようとしている中小ブランドにとって、これはまさに切迫した問題だが、それは何も中小ブランドに限った話ではない。ショッピファイは小さなプラットフォームからEC大手へと変貌を遂げている最中だ。同社は似たようなソフトウェア・ソリューションを求めているデジタルネイティブなブランドたちの勢いに乗って拡大した。これらD2Cブランドが伸びるなかでショッピファイもまた大きく成長したのだ。新たな商品、サービス、商品層を追加することで同社は競争力を保ち、クライアントと豊かな関係を築くことで事業を拡大してきた。だが、商品の根幹部分において、ショッピファイもまたD2Cブランドと同じ問題に直面している。
同社にプラットフォームの堅牢性をいかに向上するかについて尋ねたところ、同社の広報担当は次のように回答した。「巨大かつ成長の速い企業は、専門性のある複雑さを排した大規模なプラットフォームを必要としている。だからこそ当社は今年、複雑性を排除しつつ企業の拡大を行えるショッピファイプラスを新たに発表した」。
規模に関する問題
エージェンシーもまたショッピファイの問題点に気づきつつある。ECエージェンシーのネタリコ(Netalico)の創業者でありCTOのマーク・ルイス氏は「D2Cブランドが最初に使用するには素晴らしいプラットフォームだ」としつつも、「だがブランドが拡大していくなかで、業績面でも企業のEC構造の面でもややこしい問題が生じてくる」と指摘する。
オンライン企業が直面する最大の問題は、配送や税金、物流といった面で無数の入力を1カ所にまとめあげることにある。「ECプラットフォームとして、非常に多岐にわたるサービスを提供する企業を相手にしているのだ」とルイス氏は語る。まったく同じ企業は存在せず、成長を続けるブランドは既存の商品では不十分な場合があるのだ。だからこそ「ショッピファイは成長という観点からすると非常に物足りない」と、ルイス氏は分析している。ショッピファイはクライアントが追加サービスを利用できるようにAPIとアプリストアを提供しているが、あくまでショッピファイという壁に囲まれた庭のなかでの話にすぎない。
マジェントやウーコマースといったほかのプラットフォームでは「あらゆるコードを自由に制御できる」と、ルイス氏は指摘する。「ショッピファイはブランドに箱を与えて、箱のなかにいればこういった機能が使えると教えている。ほかの機能を使いたければ迂回できる汚いコードでも書いてくれと言わんばかりだ」。これによってストアのパフォーマンスに悪影響が出てくる場合も多い。「とりわけ企業として拡大してくにつれて、さまざまな妥協を強いられることになる」とルイス氏は語る。
ショッピファイプラスは、急成長中の企業に起きるこうした問題に対するショッピファイからの回答といえる。だがルイス氏は、数十万円という毎月の費用を除いてショッピファイとショッピファイプラスのあいだで大きな違いがあるとは思えないと語る。同氏は「異なるサービスではない。元のプラットフォームの機能をいくつか落としただけにすぎない」と指摘し、「ショッピファイプラスはお話にならない。ほとんど詐欺のようなものだ」としている。
ショッピファイとの取引が多いあるECエージェンシーのCEOは、匿名を条件に次のように語った。「ショッピファイの『企業向けソリューション』と、ほかのプラットフォームの企業向けソリューションのあいだの隔たりは大きい。間違いなく、本当の意味で企業向けと呼べるレベルではない」。
「オンラインで1000万ドル(約11億円)から2000万ドル(約22億円)へと成長して事業が一定レベルまで複雑になると、ショッピファイで拡大を続けるのは非常に難しくなる」と、エージェンシーらは語る。クライアントごとの特定の問題に合わせたソリューションが必要になるにもかかわらず、「ショッピファイは融通がきかない。APIでアクセスできるものが限られている」という。結果としてエージェンシーらの一部クライアントはマジェントへと移ったという。マジェントは導入プロセスが複雑だが、開発における自由度はショッピファイよりも高い。
将来に向けて
このように最初はショッピファイを利用していたが、あとからプラットフォームへの移行を考えるブランドも存在する。だが、ショッピファイはいまも新しい企業に対して、ショッピファイプラスを積極的に推奨している。現在ショッピファイプラスは、同社の毎月の定期収益の27%を占めている。投資家に向けた業績報告のなかで、同社のCOOハーレー・フィンケスステイン氏は次のように語っている。「小売ブランドとして世界的に有名な企業や急成長を遂げている新しいブランドのあいだで、ショッピファイプラスはもっとも重視されているプラットフォームとなりつつある」。
同社は高成長を成し遂げるための約束として、投資家に対してあらゆる規模の企業をサポートするソフトウェアパッケージを構築すると宣言している。「現在ショッピファイは事業としてショッピファイプラスに大きく依存するようになった」と、前述のエージェンシーのCEOは語る。「そして、多くの企業が現在よりもはるかに企業にとって適したソリューションを必要としている」。
ショッピファイプラスは高成長企業に向けた、よりユーザーフレンドリーなプラットフォームとなっている。あるD2Cのアパレル企業は、使いやすさを理由としてショッピファイプラスへ切り替えを行った。モダン・リテールに対して同ブランドのEC担当リーダーは「当社は社内に開発者がいない」と語っている。開発者の負担が大きいマジェントよりも、すぐに利用を開始できるショッピファイプラスを導入することで、技術面での外注に対する依存度を減らせるという考えだ。「エージェンシーの開発者に依存していたが、その必要がなくなった」という。「これまでは外注で契約しなければ成り立っていなかった」。
前述のEC担当リーダーは「当社のニーズに合わせたカスタマイズができるというわけではない」としつつも「ショッピファイを通じた統合のほうが、ずっと簡単に事業をスタートさせられる」と語る。
こういった成長中のブランドにとって、ショッピファイはコストやメリット面を天秤にかけざるを得ない悩ましい状況となっている。ショッピファイは各社に対して導入の容易さとテンプレートを用いたソリューションを売りとしてきた。これは確かにその通りなのだが、各社はそれぞれ独自のニーズがあり、このニーズを満たすような制御をショッピファイでは実現できない。それはカスタマー体験やウェブサイトのパフォーマンスにも悪影響を及ぼしかねない。
このためほかのソリューションへの移行や、すべて内製化しようとするブランドも出てきている。その一方で、トータルで見ればいまだショッピファイのほうが有利と考えるブランドも存在する。前述のEC担当リーダーは次のように語っている。「結局の所、『ショッピファイへの移行を考えているがどうだろうか?』と誰かに相談されたら、『移行すべきだ』と言うだろう」。
Cale Guthrie Weissman(原文 / 訳:SI Japan)