AppleによるIDFA規制を目前に控え、その膨大な利用者のトラッキング能力を失ってしまう事態に対し、準備はどの程度できているのか? 広告業界の準備が整っているようには見えないし、具体的な対応も聞こえてもこない。多くのマーケターはいまだに答えを求めて決断を先延ばしにしているが、それも限界を迎えつつある。
そのシニアマーケターの目には、諦念の色が滲んでいた。いまや世界中でおなじみのテクノロジーとなったAppleデバイス。その膨大な利用者のトラッキング能力を失ってしまう事態に対して、準備はどの程度できているのか? この筆者の問いに対し、答えは予想どおり、曖昧なものだった。
「我々のモバイルアクティビティに関するファーストパーティデータの活用に、よりいっそうフォーカスしている」と、そのマーケターは匿名を条件に語った。
Appleデバイスユーザーを追跡する企業への「取り締まり」決行日は、間近に迫っている。だが、広告業界の準備が整っているようには見えないし、そうした噂も聞こえてもこない。
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様子見はもう限界に
Appleが今年1月の第5週に行った曖昧な発表に対する反応がこれを裏付けている。同社がIDFA(Identifiers for Advertisers)でユーザーを追跡する企業への取り締まりを「早春」にも実施すると発表して以来、業界の水面下では、マーケター勢が答えを求めて奔走している。この発表は事実上の警告だった。各社ともに現在これを緊急案件とし、対応に追われている。
昨年9月にAppleが取り締まりの決行を延期して以来、マーケターは皆、程度の差はあるが様子見の姿勢をとってきた。業界大手が計画をひねり出すまで決定を先延ばしにしているのか、あえて最小限度の準備に留め、周囲の対応を見てから決断を下そうとしているのか、そのいずれかといったところだ。
だが、タイムリミットが刻々と迫るなか、これ以上先送りするわけにもいかない。そろそろ、苦渋の決断を下すしかない。ただし、Appleが変更を実施した途端、一体どれほどの人数の広告識別子からもたらされる詳細データが認識不能となるのかは、誰にもわからない。それゆえ、マーケター勢はどうしたらいわゆる「ワイズスペンディング(賢明な投資)」ができるのか、頭を悩ませている。Appleの広告識別子IDFAは彼らの支出を支えるバックボーンであり、ターゲティング広告、リターゲティング、フリークエンシーキャップ、キャンペーン効果測定、そしてアトリビューションの動力源だからだ。
「あの発表以来、すべてとは言わないが、多くのクライアントがAppleの計画によって自社のキャンペーンに生じる影響の程度について、答えを出そうと努めている」とコンサルタント会社カントン・マーケティング・ソリューションズ(Canton Marketing Solutions)の創業者ニック・キング氏は言う。
だがそれは、一部のマーケターにとって容易に答えを出すことができない、きわめて複雑な難題だ。
専門家たちの見解はさまざま
極めて単純化してしまえば、モバイルマーケティングはふたつに大別される――ユーザーアクイジションとユーザーエンゲージメントだ。ユーザーアクイジションを追う企業はモバイル広告からのコンバージョンに依拠している。一方、ユーザーエンゲージメントにフォーカスするマーケターはプッシュ通知といったメッセージに依拠しており、広告識別子がくれる詳細データにはさほど依存していない。そのため、Appleのトラッキング弾圧は前者、つまりアプリインストールを追う広告主には厳しい締め付けになることが予想される一方、ユーザーエンゲージメント用に広告を買う後者は、比較的軽傷で済むと思われる。
「要するに、モバイル広告がブランドメトリクスに及ぼす影響について、マーケターがどの程度理解しているかの問題だ」とキング氏は指摘する。「ブランドが単に特定のメッセージを伝えることに満足しており、追跡機能を丸々失ってしまうことが別にどうということはないと思うのであれば、そこまで心配する必要がどこにある?」。
とはいえ、マーケター勢はやはり、自身のキャンペーン露出の程度を知る手段を見つけねばならない。
「広告主は――少なくともiOSでキャンペーンを行う者たちは――成功の程度を計るのに、アドテクや詳細なキャンペーンレベルの指標ではなく、ビジネス指標に目を向けるようになると予想される」と、広告業界専門の調査会社アドバタイザー・パーセプションズ(Advertiser Perceptions)のビジネスインテリジェンス・ヴァイスプレジデント、サラ・ボルトン氏は言う。
現段階で、Appleデバイスにおける広告パフォーマンスが下がることだけは、確実に言える。そして、マーケター勢はそれに付随する価格高騰に備えている。
「オーディエンスを探す苦労が増せば、必然的にCPMは上がる。探すために、まったく異なる複数のデータセット上を行き来する必要があるうえ、もっとも信頼性が高いデータにはプレミアが付くからだ」と、大手エージェンシー、ハバス・メディア・グループ(Havas Media Group) デジタルストラテジー&インベストメントのトップ、サーギ・マン氏は言う。
OSごとにメディアプランが用意される?
この問題がなぜ厄介なのか? 簡単に言うとこうだ。Appleデバイスでの広告パフォーマンス力の急落がすなわち、アプリ内広告の機能停止を意味するわけではない。広告識別子によるトラッキングをオプトアウトしたとしても、広告はそのユーザー端末に表示されるが、それはコンテクスチュアルターゲティングといった、別の手法を介したものとなる。つまり、その広告効果の見極めは確実に困難になる。Appleが用意している個人情報に優しい代替案は、マーケター勢が慣れ親しんでいるものに比べて、詳細度ははるかに低い。だがそれでも、「合理的結論」を導き出すことは可能だ。
「影響を受けることになる分野に、今後も自信を持って資金を費やしていいのかと、広告主からひっきりなしに問合せが来ている」と、プログラマティックエージェンシー、インフェクシャス・メディア(Infectious Media)のプロダクト&パートナーシップでマネージングパートナーを務めるダン・ラーデン氏は言う。
多くのマーケターは難しい判断を迫られている。今後もAppleデバイスの広告枠を買い続けるべきなのか、それともその予算をほかに持っていったほうがいいのか。その見極めに基づき、メディアプランを一から作り直す必要がある。さもないと、たとえばiOSとアンドロイドの両端末に対して、後者のほうがはるかに詳細なデータをくれるにもかかわらず、まったく同じアトリビューションでキャンペーンを行ってしまう、ということにもなりかねない。Appleが用意している効果測定およびアトリビューションの代替案は、コンバージョンデータは広告主に提供するが、ユーザーレベル・端末レベルのデータは共有しない。となれば、マーケターが比較検討の結果、売上により繋がりやすいと判断し、メディア予算の投入先をiOSからアンドロイドに変えることは十分考えられる。
「今後、Appleデバイスにも個人を特定できるオーディエンスは一定数残るだろうが、大半のユーザーについては、マーケターはコンテクスチュアルソリューションに切り替えるか、あるいはまったく別の方法でオーディエンスを探すしかなくなる」と大手エージェンシー、エプシロン(Epsilon)のデジタルケイパビリティーズVP、サラ・スティーヴィンス氏は言う。「Safariにしろ、それ以外の端末にしろ、同様のオーディエンスはほかでも見つかる」。
心して準備せよ
現状を覆す巨大な変化への準備は、往々にして、労苦を伴い、煩雑を極める。そして利害関係者は、ぎりぎりまで決断を先延ばしにする。IDFA終焉に対する準備もこれと同じなのだと考え、心してかかるべきだ。やれることはまだまだある。ベンダー勢の見直し、ファーストパーティデータの採用、広告を打つ場所の再選定――GoogleとFacebookの計画が徐々に見えはじめた今、これはとりわけ重要だ。
「今は、間もなく役目を終える方法を使いながら、新たな効果測定法を試すという贅沢を享受できるわけであり、柔軟な変化と順応が求められている」と、アドフラウド軽減に特化する企業、トラフィックガード(TrafficGuard)の創業者ルーク・テイラー氏は言う。
[原文:‘You can find those audiences elsewhere’ Advertisers scramble for answers after Apple’s IDFA update]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)