アドテク業界に本格的な業界再編の波が押し寄せているが、いままで以上にまとまりのないものになっている。ここ数カ月のあいだに起こった主だった合併・買収・IPOだけでも相当数に及び、業界を観察している人間が戸惑うくらい交渉のスピードが加速している。そして、そこにはアドテク業界を取り巻くもっともな理由がある。
アドテク業界に本格的な業界再編の波が押し寄せているが、いままで以上にまとまりのないものになっている。
マグナイト(Magnite)とスポットX(SpotX)。バーブ(Verve)とネクスター(Nexstar)の動画広告のデジタルプラットフォーム。スマート・アドサーバー(Smart Adserver)とキャピタル・クロワサンス(Capital Croissance)。ライブランプ(LiveRamp)とデータフリーツ(Datafleets)。ディストリクトM(District M)とシェアスルー(Sharethrough)。クビエント(Kubient)。パブマティック(Pubmatic)。そして今度はビアント(Viant)だ。これらはここ数カ月のあいだに起こった主だった合併・買収・IPOの一部で、実際のところ、そばで見ている人間が戸惑うくらい交渉のスピードが加速している。そして、それにはもっともな理由がある。
投資家は、公開・非公開を問わず、そもそもコストのかかるアドテク企業の大規模な統合に満足しているように見える。これは主に、利益ではなく売上の成長が今の企業価値を牽引しているからだ。別の言い方をすれば、アドテクがいま多くの不確実性に満ちていることを、投資家が忘れてしまったかのようだとも言える。
Advertisement
流れ込む大量のキャッシュ
クリテオ(Criteo)を例にとってみよう。同社の現在の価値は19億ドル(約2013億円)と評価されている。1年前、GoogleがアドテクベンダーがChromeブラウザでユーザーのリターゲティングをするために用いているCookieをブロックすると発表したあと、同社の株価は52週間ぶりに大きく値を下げた。だがGoogleはまだCookieのブロックに踏み出しておらず、その開始は2022年のどこかになる予定だ。そして現状では、誰もその問題を解決する代替案を持っていない。しかし、1年前よりもいまのほうがクリテオの価値は上昇している。
テクノロジーコンサルタント企業アドプロフス(AdProfs)の創業者、ラトコ・ビタコビッチ氏は、「もはや理屈は通らなくなっている」と話す。
このような瞬間は、投資家と一定の距離を保ってきた業界では珍しいことで、多くの未確定要素を調整しなければならない。それでも、オンライン広告支出は加速しており、アドテク企業の評価額は過去最高を更新し、戦略投資家と未公開株投資家の両方でアドテクに対する関心が再燃している。さらに、資金は手に入れやすい。
これらを総合すると、アドテクベンダーの周りにはいま、大量のキャッシュが流れ込んでいることになる。この業界にとっては、滅多にない出来事だ。つまり、スクランブル発進をして取引をまとめさせる合図が出たとも言える。これを「戦略的楽観主義」と呼ぶ。
個人投資家も成長に期待
バーブ・グループ(Verve Group)のCROを務めるサミーア・ソンディー氏は、「いまの市場の状況は、さらなる業界再編に向けてのビッグチャンスを意味する」と語る。
アドテク企業のネットワークであるバーブ・グループは2021年1月、電気通信企業のネクスターからモバイル動画広告プラットフォームのLKQDを買収した。ソンディー氏は、コネクテッドTVやデジタルOOH、未来のコンテキストターゲティングにフォーカスした領域でさらなる契約がまとまることに期待している。
「アドテク企業は長年、投資家から二流扱いをされてきたので、この機会を逃すまいとしている」と、ビタコビッチ氏は述べる。「そして、これらの市場を活用する方法は、規模のある事業体を作ることだ」。
価値評価に関連した例を紹介しよう。マグナイトはスポットXを11億7000万ドル(約1240億円)で買収した。この額は、同社の2020年の売上1億1600万ドル(約123億円)の10倍以上だ。スポットXとの契約前、マグナイトの株価収益率は20倍だった。アドテク企業にいま欠けているものはいくつかあるかもしれないが、楽観主義はそのうちのひとつではない。
このところアドテクを敬遠していた個人投資家でさえ、この分野の将来性には熱い期待を寄せている。「我々は、特にフランスのアドテク企業をいくつかフォローしている。業界が小規模で透明性が高いので、投資するにはいい時期だ」と、投資会社キャピタル・クロワサンスのマネージングパートナー、セドリック・ボックスバーガー氏は述べる。同社は2月初め、フランスに拠点を置くアドテク企業スマート・アドサーバーの株式の過半数を取得している。
ボックスバーガー氏のような個人投資家にとって、このような激動の経済状況のなかで、これほど強力なリターンをもたらす資産はほとんどない。「今後5年のあいだに、我々(スマート・アドサーバー)は――もしかしたら米国で――公開市場に出るか、あるいはさらに投資家を増やすか、いずれかの機会がある」と、ボックスバーガー氏はいう。
古いものが再び新しく
アドテクが最後の高みに達したのは、デジタル広告をめぐる興奮をきっかけに起こったブームのさなかの2013年のことだった。この間、市場には開拓時代の西部のような雰囲気が漂っていた。不透明な技術についての誇大な主張は投資家を感心させた。2015年にバブルが見事に弾けたときには、この業界の低マージン、大量のダイナミクスを覆すのに苦労しているテクノロジーから投資家が目を背けるために必要なすべての証拠がそろっていた。その後、新型コロナウイルスのパンデミックが起こった。だが、前回とは異なり、今回は「賭け金」がはるかに高くなっている。
この業界での稼ぎ方は、今後2年間で後戻りできないくらいに変化するだろう。彼らのビジネスのバックボーンを形成するデータは、最大手のオンラインメディア所有者が牛耳っている。サードパーティCookieやモバイル広告識別子に依存している企業は、もしかすると、近いうちに少ない量のデータでやりくりしなくてはならなくなる。
アドプロフスのビタコビッチ氏が語る拡大路線の話が真実味を増す理由は、ここにある。より大規模で統合されたアドテク企業であれば、市場がどう転がろうとも対応できるだけの備えができそうだ。アドテクベンダーは特に、まだコモディティ化されていない2分野、コネクテッドTVとIDデータ検証/照合に焦点を絞っている。
アドテクベンダーであるビアントの最高執行責任者、クリス・バンダーフック氏は、2月初めに同社が株式公開を行った日に、「Cookieのない環境はSafariやFirefoxから始まり、いまではすべてのコネクテッドTVに広がり、まもなくChromeに行き着く」と語った。「我々は我々の世帯ID(Household ID)に関する技術の特許を取得し、いまだにCookieに依存している競合他社と対抗している」。
よくも悪くも、アドテクは最新の業界再編の波を経て元に戻りつつある。かつては、細分化された状況から成功するために構築された企業は、逆のことをしなければならなくなっている。彼らは、アドテクの初期の成功を牽引した広告ネットワークのように、プログラマティック市場のバイサイドとセルサイドの両方に迎合しようとしている。古いものが再び新しいものになるのだ。
「細分化」の終わり
「アドテク市場は、有名なLUMAscape(ディスプレイ広告の業界地図)が示唆しているように見えるにもかかわらず、本来、少数の巨大な勝者に適しており、そのリーダーに買収されるまでのあいだ、独立系企業やスタートアップが周辺で活動するものだ」と、メディアコンサルタントのイービクイティ(Ebiquity)でグループCPOを務めるルーベン・シュラーズ氏は述べる
過去10年間のアドテクの進化の多くは、広告ネットワークのアンバンドリング化(分割)であり、それがこのセクターの最初の真のサクセスストーリーとなった。その後の細分化はアドテクにとって魅力的なものだったが、そこには消費者のプライバシーという代償が伴った。
そしていま、細分化が逆方向へ進んでいる。
[原文:‘Nothing makes sense anymore’: What’s driving ad tech’s latest consolidation wave]
SEB JOSEPH(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:分島 翔平)