マイクロソフト(Microsoft)はがバイトダンスからのTikTok買収に名乗りを上げたとする7月31日の報道は驚きをもって迎えられた。さまざまな憶測が飛びかうなか、本稿ではTikTok買収がテレビ事業における成長の一助となる可能性を含め、マイクロソフトの思惑をめぐる主な疑問について答えを探っていく。
中国のIT企業、バイトダンス(ByteDance)がTikTokを売却せざるを得ない状況を想定してみると、売却先としてマイクロソフト(Microsoft)はまだマシなほうなのかもしれない。ベライゾン(Verizon)のように、メディアプラットフォーム買収で成功していない例もあるからだ。とはいえ、Microsoft Officeを販売するマイクロソフトは、高校生に大人気のソーシャル動画アプリを運営するTikTokの親会社候補の筆頭に挙がりそうな企業ではない。
マイクロソフトがバイトダンスからのTikTok買収に名乗りを上げたとする7月31日の報道は驚きをもって迎えられた。トランプ政権はTikTok事業が米国企業に売却されるべきだとし、さもなければ米国内でTikTok使用禁止の措置をとると主張した。一方、マイクロソフトは9月15日までの合意成立を目指して交渉を進めていることを認めた。しかし同社は、買収検討の理由やプラットフォーム事業をどうするかについては明らかにしていない。
さまざまな憶測が飛びかうなか、本稿ではTikTok買収がテレビ事業における成長の一助となる可能性を含め、マイクロソフトの思惑をめぐる主な疑問について答えを探っていく。
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1. マイクロソフトはなぜTikTokを買収したいのか?
これが今、最大の疑問だろう。マイクロソフトは検索エンジンのBing(ビング)やゲームコンソールのXbox、ポータルサイトのMSNなどの事業を保有しているが、そういった一般消費者向けの製品・サービスというより、近年は法人向け事業に注力するIT企業としての存在感が大きい。だからこそビジネス特化型のSNSであるLinkedIn(リンクトイン)買収は理にかなっていたわけで、それだけにTikTok買収に食指を動かす理由が不可解に思える。買収が消費者向け事業活性化への布石だとすれば、その意図も納得できるのだが。
「マイクロソフトはつねに、Googleと競争できる事業を追求してきた。最近はFacebookとも、またGoogleの傘下に入ったYouTubeとも競合している。今回の買収に向けた動きは、事業の幅をより有意義な形で広げ、競争力をつけるためだろう」と、調査会社フォレスター(Forrester)のシニアアナリスト、コリン・コルバーン氏(Collin Colburn)は言う。
2. TikTokにとって買収のマイナス影響は?
マイクロソフトが傘下におさめようとしているのは米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのTikTok事業。米国内ユーザー数は1億人超と言われ、買収によるサービス規模の縮小は幅広いオーディエンスに訴求したい広告主からの収入減少を招く可能性があり、TikTokの事業成長の足かせとなりかねない。「ほかのソーシャルメディアアプリはどれも全世界のオーディエンスを対象にサービスを提供している。グローバル志向が強い今の若者にしてみれば、TikTokが突然、限られた国でしか使えなくなったとしたら、かなりの違和感をおぼえるだろう」と、市場調査会社イーマーケター(eMarketer)のプリンシパル・アナリスト、デブラ・アホー・ウィリアムソン氏(Debra Aho Williamson)は語る。
また、クリエイターのTikTok離れのおそれもある。クリエイターとはチャーリー・ダメリオ氏、アディソン・レイ氏、ザック・キング氏など、10代から20代の若者のあいだでTikTok人気が高まるきっかけを作った有名投稿者たちだ。米国内でTikTokが使用禁止になる可能性がささやかれるやいなや、一部のクリエイターはインスタグラムやYouTubeなど、ほかのSNSのアカウントにフォロワーを誘導した。また、ブランドのなかにはTikTok向けインフルエンサーマーケティング施策の緊急時対応計画を作成した企業もある。
そんななか、インスタグラムは今月、TikTokに対抗すべく、ショートビデオ投稿用の新機能「リール」(Instagram Reels)をリリースした。同様にSnapchatも、動画に音楽を追加して投稿できる機能を今年中に実装する計画だ。
マイクロソフトは、消費者向けメディアプラットフォームの分野ではXboxをのぞき、特筆すべき成功をおさめていない。同社は今年6月、ゲーム配信プラットフォームのミクサー(Mixer)のサービスを終了すると発表した。ミクサー強化をはかるべく、Amazonが運営するTwitch(ツイッチ)で人気を博したゲーマーのNinjaことタイラー・ブレヴィンス氏を引き抜いてから1年も経たないうちの撤退となる。
3. マイクロソフトはTikTokへの投資を続ける意図があるか?
TikTokの買収価格は数十億ドル(数千億円)規模とみられる。しかしそれは事業参入コストにすぎない。親会社のバイトダンスはこれまで毎年、TikTokに巨額の投資をしてきた。ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)によれば、ユーザー拡大のための広告費として2018年に10億ドル(約1065億円)近くを投じているが、翌年の投資額はその4倍に達した(メディアレーダー(MediaRadar)調べ)。広告宣伝費に加え、動画を投稿するクリエイターへの支払報酬料として向こう3年間で10憶ドル以上を支出する見込みだと公言している。これは米国事業のみの支払予定額であり、全世界ではこの2倍にのぼる。
6月30日時点でのマイクロソフトの貸借対照表によると、現金および現金同等物は136億ドル(約1.4兆円)、総資産は3013憶ドル(約32兆円)。TikTok事業への成長投資用の手元資金には余裕がありそうだ。しかし巨大企業であるマイクロソフトは投資が必要な事業部門を多く抱えており、予算の取り合いは避けられないだろう。ユーザー基盤と広告事業の拡大が続けばTikTokは有望な投資先とみなされるかもしれない。ただし、親会社からの資金は無条件に投入されるわけではない。まずは広告で成果を上げ、ユーザーを獲得(または再獲得)して事業を成長させることが期待される。
4. マイクロソフトは広告事業を刷新して推し進めるつもりか?
マイクロソフトの広告事業はかつての姿をとどめていない。GoogleとFacebookの2社独占が進む前は、デジタル広告業界では大手に数えられていた。MSN上の主要ポータルのひとつを所有する企業として、マイクロソフトはディスプレイ広告市場で大きな役割を果たしていたし、Bing事業のオーナーとして、サーチエンジンマーケティングの分野ではさらに重要な役割をになうようになった。しかし時が経つにつれ、デジタル広告事業のエコシステムにおける同社の存在感は薄くなっていく。2015年にはダイレクトセールス部門をAOLに譲渡し、ディスプレイ広告事業から事実上撤退した。
とはいえマイクロソフトは今でも検索エンジンのBingを所有しており、広告業界から完全に手を引いたわけではない。ただし、イーマーケターの調べによれば、米国における検索連動型広告売上のうち、今年の見込みではGoogleの占める割合が71%であるのに対し、マイクロソフトはわずか6%にすぎない。一方、LinkedInの広告事業では、Xboxのゲームコンソール上に表示される広告商品を販売している。
マイクロソフトは今後、FacebookやGoogleと同様、傘下の媒体(Bing、LinkedIn、Xbox、TikTok)をまたいだ広告枠の販売にも乗り出せるだろう。しかし、それらの媒体のユーザーのなかで広告のターゲット層がどのていど重複しているかは不明だ。
それでもマイクロソフトには、BingとLinkedInにダイレクトレスポンス広告を出稿する企業のニーズに応えてきた経験値があり、それをTikTokの広告プラットフォームに応用すれば、キャンペーンの効果を実証したい広告主向けのビジネスとして展開できそうだ。参考例をあげてみよう。TikTokの広告枠では現在、キャンペーンのアトリビューションウィンドウ(ユーザーが広告をクリック/閲覧後にアクションを起こすまでの期間)が1日間しかない。一方、FacebookとSnapchatに出稿する広告主は、サイト訪問数などコンバージョンに至るまでのデータをキャンペーン開始後28日間追跡把握できる。この情報を提供してくれた広告バイヤーによると「TikTokはプライムタイム広告への準備がまだ整っていないようだ」という。
5. マイクロソフトは動画配信分野の競争に参入するつもりか?
笑わないでほしい。マイクロソフトがTikTok買収をもくろんだ理由が、NetflixとDisney+(ディズニープラス)に対抗するためだったとしたらどうか? TikTokよりモバイル動画アプリのクイビー(Quibi)のほうが低コストで買収できるのに、と言われて失笑を買いそうだ。
しかしマイクロソフトの狙いはむしろ、Xbox事業へのてこ入れではないか。TikTok買収は、XboxがTVストリーミングプラットフォーム大手のロク(Roku)やAmazonのコネクテッドTVプラットフォームと競合できる力をつけるための布石とも考えられる。マイクロソフトは以前、 XboxのコネクテッドTVプラットフォーム化を試みたことがある。2013年に発売したゲームソフトXbox Oneには、従来型テレビ放送をゲームコンソールで視聴する機能が追加されていた。当時は普及しなかったが、今は状況が違う。
各種ストリーミングサービスでさまざまなコンテンツが利用可能になるなか、大きなビジネスチャンスに発展しそうなのが、視聴者向けおすすめ番組を検索しやすくする機能だ。これこそまさにAppleが積極的に推し進めてきたサービスで、戦略の一環として動画配信サービス「Apple TV+」と、ロクを含むほかのプラットフォームでも使えるApple TVアプリを提供している。
ここで、TikTokが誇るコンテンツ推奨アルゴリズムに目を向けてみよう。このアルゴリズムにより視聴者個人におすすめのコンテンツを紹介したFor Youページが表示され、掲載された動画の制作者のフォロワー数が少ない場合でもページ閲覧者の興味を引き、動画を拡散させるきっかけを作れる。今年中にXboxの新型ゲームコンソール発売を予定しているマイクロソフトだが、Appleに追随して、TikTokのアルゴリズムを改良し、Xboxのプラットフォームで配信されるさまざまな制作者による番組や映画を推奨できるしくみを整えるのも一考だろう。
消費者がストリーミング配信を視聴するためだけの目的で数百ドル(数万円)払ってXboxを購入する可能性は低いかもしれない。しかし、Xbox One のゲームコンソール販売数は2019年第2四半期時点で4600万個を超えているという事実に注目したい。ロクとAmazonが公表している月間アクティブユーザー数はそれぞれ4000万人超だから、ユーザー数ではマイクロソフトが上回っている。そうしたユーザーの多くが最新バージョンのXboxを入手するとして、改良されたストリーミング推奨機能が搭載されていれば、Xbox購入者はおそらく、複数あるコネクテッドTVプラットフォームの中でもXbox のプラットフォーム経由でのコンテンツ配信を選択することになるだろう。
[原文:5 questions about Microsoft’s plans for TikTok]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:長田真)