Amazonは5月26日、独立系の映画・テレビスタジオであるMGMを買収すると発表した。007シリーズを生み出した同スタジオの買収予定価格は84.5億ドル(約9200億円)。これにより、Amazonはストリーミング戦争の主役に躍り出ることになる。今後のAmazonの動向についてはさまざまな憶測が飛び交っている。
AT&Tは5月17日、ワーナーメディア(WarnerMedia)とディスカバリー(Discovery)の合併計画を発表した。ディズニーやワーナーブラザーズ(Warner Bros.)、NBCユニバーサル(NBCUniversal)などをクライアントに抱えるコンサル会社プロフェット(Prophet)のパートナー、ユーニス・シン氏はこのニュースを聞いて「さて、Amazonはどう出るだろうか?」と思ったという。ストリーミングでNetflixに勝負を挑む存在として、最近ではもっぱらディズニーやワーナーメディア・ディスカバリーが話題となった。一方で、当初は対抗馬と目されていたAmazonの存在感は薄かった。
だがその状況を覆す出来事が起きた。それが5月26日にAmazonが発表した、MGMの買収だ。007シリーズを生み出した同スタジオを84.5億ドル(約9200億円)で買収するという。これにより、Amazonはストリーミング戦争の主役に躍り出ることになる。
今後のAmazonの動向についてはさまざまな憶測が飛び交っている。本稿では、そういった疑問をひとつひとつ紐解いてみよう。
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1. MGMのコンテンツは、ほかのプラットフォームで見られなくなるのか?
MGMはこれまで独立系の映画・テレビスタジオとして、制作コンテンツの放映権を映画館やテレビネットワーク、ストリーミングサービスなどに販売することで収益を上げてきた。しかし、Netflixやディズニーを筆頭に、サブスクリプションのストリーミングにおいては「どれだけオリジナルコンテンツがあるか」が非常に重要になっている。たとえばディズニープラス(Disney+)のローンチに先立ち、ディズニーは映画や番組の多くをNetflixから引き上げている。Amazonも同様の動きをするのであれば、競合他社、とりわけディズニーから人気コンテンツを引き上げることは十分に考えられる。MGMはHulu(フールー)で『侍女の物語(The Handmaid’s Tale)』を、ABCで『シャーク・タンク(Shark Tank)』を、FXで『ファーゴ(Fargo)』を配信している。いずれもディズニー傘下のプラットフォームだ。
ただし、すでに結んでいる契約条項や、コンテンツの引き上げによる金銭面のメリット・デメリットによっては、ほかのプラットフォームでの配信を継続することも考えられる。だがAmazonプライム・ビデオ(Amazon Prime Video)にとってのメリットを考えれば、少なくともいくつかのコンテンツが引き上げられる可能性は高い。この1年間で、1億7500万人のAmazonプライム会員がAmazonプライム・ビデオでストリーミング視聴を行っている。しかしながら、「会員はPrime Videoにどれくらいの価値を見出しているのか?」、そして「会員はオンデマンドの有料コンテンツなどと同じくらい価値があると考えているのか?」といった点は、結局のところ不明なままだ。
「Amazonはいまだ戦略を見出せずにいる。オスカー受賞作品などを揃え始めたものの、視聴数は低迷した。その後、莫大な予算をかけてテレビ番組の制作・配信などにも手を伸ばしたが、それもうまくいかなかった」とあるエンタメ企業の幹部は指摘している。
2. MGMの映画は、これからも映画館で上映されるのか?
結論から言えば、上映されるだろう。だが上映期間は短縮されるかもしれない。デッドライン(Deadline)によると、ボンド映画の次回作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die)』を皮切りに、MGMの2021年の映画作品は劇場公開される予定だという。映画の劇場公開や国際的な配給契約が収益確保の手段として非常に有効なことに変わりはなく、MGMのほかの大作についても劇場公開される可能性は高いだろう。また、Amazonはオスカー受賞作の『マンチェスター・バイ・ザ・シー(Manchester by the Sea)』をはじめ、自社スタジオが制作した映画も劇場公開してきた。
一方で、これはハリウッドに認められ、トップクラスの監督や脚本家、俳優・女優にアピールするための手段に過ぎないという見方もある。実際のところ、Amazonはすでにハリウッドにおいて一定の評価を得ていると言って良い。2020年にはオスカーを受賞したスティーブ・マックイーン、レジーナ・キング、バリー・ジェンキンスらが監督した映画や番組をリリースした。つまり、今回の買収の狙いは、ハリウッドへさらに食い込むことではなく、自社のストリーミング事業へハリウッドの人材およびコンテンツを取り込むための第一歩と見ることもできる。もしそうであれば、よりドラスティックな方法として、従来の劇場公開という戦略を捨て、Amazonプライム・ビデオでMGMの映画を配信することでAmazon プライム(Amazon Prime)のメンバーに最大限のメリットを提供するということも考えられる。
3. AmazonはMGMのコンテンツをどのような形で配信するのか?
やはりサブスクリプションのストリーミングサービスである、Amazonプライム・ビデオがメインになるだろう。
MGMのコンテンツがAmazon プライム会員の維持・増加につながると考えて、今回の買収に至ったのは言うまでもないことだが、ほかにも広告付きの無料ストリーミングTVサービスであるIMDb TVで配信することも想定される。
実際、AmazonはすでにIMDb TVで往年の映画やテレビ番組のライセンスを取得している。MGMの作品がそこに追加されてもまったく不思議ではない。またそれだけにとどまらず、MGMがIMDb TVのためにオリジナル作品を制作することさえ考えられる。MGMは以前、Amazonのライバルであるウォルマート(Walmart)と提携して、同社のストリーミングサービスであるブードゥー(Vudu)向けの作品を制作していたという経緯がある。さらには、IMDb TVで配信するために、MGMの映画作品の上映期間を短縮するという戦術に出るかもしれない。
IMDb TVのオーディエンスの多くは、ほかのストリーミングサービスを利用しているだろう。しかし現時点では、主要な広告付きの配信プラットフォームとしてIMDb TVは順調に業績を伸ばしている。実際、広告主もインベントリーを購入してオーディエンスに大規模にリーチするにあたって、アグリゲーターを使わなくても済む状況となっている。「質の低いストリーミングサービスが多く、購入対象として検討に値するサービスは簡単に10程度に絞り込める」と、あるエージェンシーの幹部は明かす。
そのなかで、Amazonと競合するロク(Roku)のように、広告付きの無料ストリーミングサービスにとってオリジナル作品を有することの意味は大きい。IMDb TVは1年以上前からオリジナルコンテンツの数を増やし続けている。そしてMGMのコンテンツも、この作品群に加わっていくだろうと考えられている。
今後、MGM作品を映画館で上映、あるいはVOD配信したあとに、早い段階でIMDb TVで再配信すれば、オーディエンスや広告主への大きなアピールになるだろう。たとえば『ノータイム・トゥ・ダイ』をAmazonプライム・ビデオとIMDb TVで同時配信しても、収益面で大きなメリットはあまりないように思える。その一方で、MGMの『アダムス・ファミリー2(Addams Family Values)』のように、低予算かつそこまでのメガヒットが見込まれない作品の場合に、むしろ効果を発揮するかもしれない。
4. AmazonのMGM買収を契機に、今後、買収事案が加速する可能性はあるか?
「ストリーミング戦国時代」とも言われる昨今、焦点となっているのはコンテンツをいかに拡大していくかだ。そのなかでMGMはいまだ独自の配信プラットフォームを持たない数少ない独立系スタジオだった。そして同様の老舗スタジオはほかにもある。ソニー・ピクチャーズ(Sony Pictures)だ。AmazonによるMGM買収が発表されたあと、ソニーの吉田憲一郎CEOは「ソニー・ピクチャーズの売却やスピンオフは考えていない」と述べている。しかし事業を進める以上、企業価値として各社に付される価格は、以後舵をどう動かすかの大きな判断材料になる。スパイダーマンの最新作で成功したばかりのソニー・ピクチャーズに付く価格はかなりのものになるだろう。ディスカバリーとワーナー・メディアの統合、AmazonによるMGM買収と、大規模な統合が続くなか、NBCユニバーサル(NBCUniversal)やバイアコムCBS(ViacomCBS)、さらにはAppleなどもコンテンツ拡大へのプレッシャーを感じているはずだ。
「結局のところ、主要なプレイヤーの数は4〜5社だ。Netflix、ディズニー、AmazonそしてHBO。残りは有象無象といっても良い」と、ある業界関係者は述べている。
5. Amazonは、本当にMGMを買収できるのか?
AmazonはMGMとの合意に至ったものの、まだ買収を完了させたわけではない。米国では、議員らのあいだでGAFAの独占禁止法への抵触について議論や活動が活発になっており、とりわけ巨大コングロマリットの統合が進むなか、Amazonによる映画・テレビの大手スタジオ買収は規制当局にとって心象が良くないだろう。Amazonに対しては、すでにワシントンDC司法長官のカール・ラシン氏から独占禁止法違反として提訴されている状態だ。また、民主党上院議員のエイミー・クロブカー氏は早速、一部の共和党議員と共に司法省に対して今回の買収について調査を求めている。
[原文:5 questions about Amazon’s plan to acquire MGM]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:長田真)