ライブ配信中に独占商品を販売するアプリ NTWRK はエンゲージメント率を高めるべく独自の番組作りに投資中だ。2021年末までにインストール数を400万~500万回に上げるのが目標というがその成功は米国におけるライブコマースのさらなる普及と必然的に結びついており流行がいつまで続くのか現時点では何とも言えない。
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ライブ配信中に独占商品を販売するアプリ、NTWRKはエンゲージメント率を高めるべく、独自の番組づくりに投資している。
自社スタジオも開設
同社が洗練された番組群を制作・発信しているのは、LAに建つオフィスの1階に構えた自社スタジオ。そのなかには複数のセットが組まれ、それぞれに複数台のカメラが用意されている。各番組に最大35人のスタッフを擁すると、NTWRKプレジデント、モクシャ・フィッツギボンズ氏は語る。この新事業に割く予算は年間7ケタ(数億円)に上るという。
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NTWRKはiOSとAndroid、いずれのスマホでも使えるアプリで、約250万回インストールされたという。オリジナル番組制作という賭けに勝ち、2021年末までにその数を400万~500万回に上げるのが目標だという。ただし、同社の成功は米国におけるライブコマースのさらなる普及と必然的に結びついており、この流行がいつまで続くのか、現時点では何とも言えない。
同社の独自番組が対象とするのは、コレクターやハイプビースト、つまりストリートウェアカルチャーおよびインフルエンサーを熱狂的に追う人々を中心とした若年オーディエンスだ。番組は、スニーカー専門の「ソールド・アウト(Soled Out)」、コミックブック専門の「メルトダウン(Meltdown)」、スポーツトレーディングカード専門の最新番組「ワイルド・カーズ(Wild Cards)」などがある。なお、買い物とデートに特化した番組「アンヒンジド(Unhinged)」は、現在休止中となっている。
先行する中国勢との相違点
ライブコマースは中国ですでに、数百万人がエンターテインメントとして観るほどの大ブームとなっている。その人気を受け、NTWRKをはじめとするアプリ勢はオリジナル番組を武器に、世界中の新たなオーディエンス獲得を狙っている。コンサルティングおよびリサーチ企業、マッキンゼー(McKinsey)およびアイリサーチ(iResearch)の分析によれば、2020年度の中国ライブコマース市場の価値は1710億ドル(約20兆円)に上った。かたや米国では、動画とコマースを融合するプラットフォームが不足しているわけではないが、メインストリームでの成功を収めるには至っていない。
NTWRKの最新オリジナル番組「ワイルド・カーズ」は、高品質の動画と「バズる」トピックがあれば、オンライン上に溢れかえるユーザー生成コンテンツ群との差異化が可能であることを示す一例だ。番組ホストを務めるのは、2018年に一世を風靡したクイズアプリのHQトリビア(HQ Trivia)で一躍人気者になったスコット・ラゴウスキー氏。そのラゴウスキー氏がスポーツトレーディングカードの袋を開け(番組用語では「ブレイク」し)、お宝を見つけていく。
番組は毎回、多彩なゲストも迎えており、最近では元MLB選手ハロルド・レイノルズ氏が登場した。自称クリエイターがYouTubeやTwitch(ツイッチ)にアップする素人動画とは雲泥の差があると、ラゴウスキー氏は自負する。「向こうはどれも、カードの袋を開ける誰かの手をオーディエンスがじっと見ているだけだ。一方NTWRKは、TVの高いクオリティとライブモバイル動画の双方向性を融合させている。この番組は、言うなれば、トークショーに近い。我々はスポーツファンへのリーチに努めている、対象はコレクターだけではない」。
ライブコマース番組制作に多額の予算を注ぎ込むNTWRKの姿勢は、低予算が当たり前の中国勢のそれとも大きな隔たりがある。タオバオ(Taobao/淘宝網)といった後者のショッピングアプリはどこも、使い捨てのコンテンツで溢れ返っているからだ。「中国のプラットフォーム勢はスケール至上主義にほかならない」と、世界有数の広告代理店ピュブリシス(Publicis)のチーフコマースストラテジーオフィサー、ジェイソン・ゴールドバーグ氏は説明する。「番組ホストは創造的なことをほぼ何もしない、ただただ売りまくる。あれはその場の45秒のためだけに存在する、二度と見返されることのないコンテンツだ」。
コロナ禍による「制限」で一気に加速
これまでのところ、オリジナル番組群の反響は上々だと、フィッツギボンズ氏は語る。オーディエンス層に関する問いに答える代わりに、同氏は高いエンゲージメント率を挙げた。「フランチャイズ番組は一般にエンゲージメントが高い。視聴から購入へのコンバージョン率は最低でも10~15%、最高は70%に上る」。さらに、コミックブック専門番組「メルトダウン」はAmazonプライム・ビデオで配信されており、eコマース界の巨人という強力な後ろ盾がついている。フィッツギボンズ氏はエンゲージメント率とオーディエンス層のメトリクスについて、それ以上は語らなかった。
ブリタニー・スカイ氏はライブコマース界への転身組だ。DJでありインフルエンサーでもある同氏は、スニーカー番組「ソールド・アウト」を共同で任されるまで、番組MCの経験はないに等しかった。現在は、NTWRKのソーシャルチームと協力して、自身のソーシャルで相互に利用できるコンテンツを作成している。「NTWRKで配信する前に、TikTokに投稿してフォロワーに広める」と、氏は語る。スカイ氏はファンに対し、同アプリのことをあえて大げさに「わたしとみんなのQVC」と称している。
コロナ禍はある意味、ライブコマース界に必要な後押しだったと言える。実際、より多くの企業がこのフォーマットを歓迎しており、たとえばノードストローム(Nordstrom)やウォルマート(Walmart)といったリテーラー勢は店舗の臨時休業中にライブ動画を試し、Amazonといった大手やFacebookおよびTikTokといったテック勢も次々に参入した。
加えて、コロナウィルス絡みの諸々の制限は、デジタル決済サービスの急速な普及も促した。なかでも注目すべきは、こうしたサービスを毛嫌いしていた米消費者も取り込んだ事実だと、ゴールドバーグ氏は語る。たとえばクレジット大手VISAは、2021年3月の発表によれば、タッチ決済総額が前年比30%増を記録した。
「中国の消費者は全員、デジタルウォレットを持っている。つまり、テンセント(Tencent/騰訊)もアリババ(Alibaba/阿里巴巴)も、人々の銀行情報を握っている、ということだ」とゴールドバーグ氏は指摘し、「それゆえ、ライブ配信で買いたいと思うものを見つけた際に、人々が購入プロセスで躓くことは中国ではほぼない」。
巨額投資の先にあるもの
この変わりゆく買い物習慣に注目しているからこそ、リテール界の投資家、大手銀行、スポーツ界、そしてエンターテインメント界はいま、こぞってライブコマース専門プラットフォームに融資している。NTWRKはこれまでに6000万ドル(約66億円)の調達に成功しており、支援者リストには金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、グッチ(Gucci)やサンローラン(Saint Laurent)といったハイブランドを有するケリング(Kering)、人気ラッパーのドレイク氏、NBA界きってのスター選手レブロン・ジェームズ氏(最近、特別枠で同アプリに登場)、世界最大級のライブエンタテイメント企業ライヴ・ネイション(Live Nation)、スポーツウェア小売大手フット・ロッカー(Foot Locker)などが名を連ねている。
ただ、裏を返せば、こうした巨額投資は非現実的な野心を生む、という見方もできる。「ベンチャーキャピタルから巨額の資金を得ているということはつまり、数百万ドル規模の企業になることを期待されている、という意味でもある」とゴールドバーグ氏。「おそらく、彼らプラットフォーム勢はとてつもない離れ業での着地を狙っているのだろう」。
ゴールドバーグ氏はこう続ける。「たとえば、この流行と評判を巧みに利用して、どこかに買ってもらうのも一手だ。投資家らに向けて、デジタルネイティブであることを装うために、ライブ動画プラットフォームまたはその類のコンポーネントが欲しくてたまらない、手詰まりのリテーラーなどは、売却先候補だ」。
[原文:NTWRK is taking a pricey gamble on original livestream shopping shows]
Saqib Shah(翻訳:SI Japan、編集:戸田美子)