音声とテキストによるチャットサービス Discord はごく一般的なマーケティングチャネルではないかもしれないが、販促に利用するブランドが増えている。StockXや、英アパレルのオールセインツ、米メキシカンファストフードのチポトレといった人気ブランドが自身のDiscordサーバーでイベントやQ&Aを行っている。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、小売業の変革の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です。
音声とテキストを使ったチャットの場として人気のサービス、Discord(ディスコード)は、ごく一般的なマーケティングチャネルではないかもしれない。だが、自社商品の販促に利用するべく、その可能性を探るブランド勢が増えている。
リセールサイト、StockX(ストックX)は、6月にDiscordの「サーバー」を立ち上げており、英国発のアパレルブランド、オールセインツ(AllSaints)や米国発のメキシカンファストフードチェーン、チポトレ(Chipotle)、同じく米ファストフードチェーンのジャック・イン・ザ・ボックス(Jack in the Box)といった人気ブランドも、それぞれ自身のDiscordサーバーでイベントやQ&Aを行っている。各社ともに、基本的には既存のファンとエンゲージメントを続けるための一手段と捉えているのだが、なかには新規顧客を招き入れるための方策として、まだ小規模ではあるが試しているところもある。
Advertisement
ゲーマーのためのクローズドなチャット機能だった
Discordでのキャンペーン展開は容易ではない。そもそも、TikTokやインスタグラムのようなソーシャルネットワークとして開発されたプラットフォームではないからだ。確かに、月間アクティブユーザーは1億5000万人を越えるかもしれないが、彼らは細々とした数千ものサーバーに散在しており、そのためブランドによるリーチは困難を極める。また、Discordにはディスカバラビリティ(発見可能性)やバイラリティ(拡散性)を上げる機能も一切なく、それゆえ周到に準備したキャンペーンでさえ、ブランド自身が立ち上げたサーバー以外では、マーケティングに弾みを付けることも、ビジビリティ(視認性)を上げることも難しい。さらに、Discordは広告を認めていない(月額有料会員制度ナイトロ[Nitro]の会員費だけで賄っている)。
このようにきわめてクローズドな分散型エコシステムは一見、ブランド勢が目を向けるところには思えないのだが、この数カ月間、Discordを試しはじめたブランドが、ゲーミング業界以外のところも含めて、急増している。
「あくまで個人的な意見だが、もしもゲーミング業界やゲーマーコミュニティを相手にするのが初めてなら、Discordは選択肢のトップに置くべきではない」と断言するのは、ゲーミング業界に特化したマーケティングコンサルタント企業トゥーファイブシックス(Twofivesix)の創業者、ジャミン・ウォーレン氏だ。ただし、「一般に、ファネルのボトムとしては優れたツール」であり、つまり、特定のブランドにすでに傾倒しており、そこからの購入を考えている人々とのエンゲージメントには有用だという。Discordはそもそも、ブランドの新規オーディエンス発見を支援するためのものではないと、氏は指摘する。
Discordは2015年に登場して間もなく、ゲーム中にほかのプレイヤーとの意思疎通を図る手段として人気を博したのだが、同社は当初から、これをゲーマーのためのコミュニケーションハブ以上の存在にしようと努めてきた。2020年5月以来、同社はさまざまな関心を持つユーザーの獲得を公言しており、新CMOテサ・アラゴネス氏の言葉を借りれば、「クリエイティブなコラボレーションから、数学の家庭教師、ポッドキャスト、アボカドスムージーに至るまで、全領域を網羅する」プラットフォームを目指している。先ごろ、同社による初のブランドキャンペーンの一環として、オークワフィナとダニー・デヴィートを起用したテレビCMも打ったほか、7月にはアラゴネス氏の主催で「エージェンシーデー(Agency day)」と題したイベントを開き、マーケター勢に初めてDiscordを紹介した。
ブランド勢による現在のDiscord利用状況
Discordをはじめるブランドはこれまでのところ、大半が自身の「サーバー」を設立している。「サーバー」とは、専用のランディングページのようなもので、そこにトピックごとに分かれる複数のチャネルがあり、各々でテキストと音声の双方のチャットができるようになっている。これらを利用することで、ブランド勢は既存ファンの呼び寄せに努めている。
ジャック・イン・ザ・ボックスのDiscordキャンペーンを代行したマーケティングエージェンシー、カシミア・エージェンシー(Cashmere Agency)によれば、Discordのおもな利点は、ブランドが「共通の関心とリアルタイムでの議論を軸にファンとの関係性を構築する」ための力になりうる点だと指摘する。同社はNFTを競売で売り、発売間近の新製品への関心を煽るキャンペーンをDiscord限定で実施し、最初の週末終了までに7664人の会員を集めたという。
このように自社製品へのフォーカスを重視する企業がある一方、関心分野が多岐にわたる人々を惹きつけるべく、自社ブランドとは直接関係のないトピックの「サーバー」を作るところもある。その好例が、音楽およびポップカルチャーグッズを販売する米チェーン店ホット・トピック(Hot Topic)で、同社は先ごろ、アニメにフォーカスしたDiscordサーバー、アニメ&ビヨンド(Anime & Beyond)を立ち上げた。
「オーディエンスはおそらくDiscordをすでに利用している。したがって彼らに新たな行動を起こすよう求めるわけではない」とウォーレン氏は語る。ただ、Discordサーバーを新設するブランド勢に対しては、「長期的計画を立てる必要がある」と指摘し、ブランドの「サーバー」の寿命についても、疑問を呈する。「いまから1年後、それらがどこに向かっているのかは、何とも言えない」。
独自の「サーバー」を一から立ち上げるのがもっとも理に適った手法だとは思われるが、なかには別の戦略を試すエージェンシーもいる。たとえばマーケティングエージェンシーのDRPCRDは、Discord上で人気ネットワークを構築済みのクリエイターらと提携し、彼らの「サーバー」を自社商品の発表や紹介の場として利用している。
DRPCRDがDiscordで初めて紹介したのはチョコプレッツェルブランド、フリップス(Flipz)の商品であり、使ったサーバーはごく少数(当初はわずか6つ)だった。その際、DRPCRDは各サーバーに配備されている自動化ゲームを利用し、景品として同商品を提供した。どのサーバーでも、ユーザーはDiscordのボットを相手にいわゆるジャンケンをし、勝つとフリップスを1袋もらえた。DRPCRDはこのジャンケンゲームを1日に3回、午後3時、午後7時、午後9時半に催すとともに、ほかのサーバー内ゲームやアクティベーションも実施した。
「Discordの設計はもともと、ブランドを相手にすることを想定していない」と、DRPCRDの共同創業者ティム・ミッチェル氏は指摘する。「これまでサーバーの運営を始めたブランドをいくつか見てきた」が、氏の知る限り、いずれにおいても、ブランドが「期待するような会話は見られない」。
ソーシャルプラットフォームの異種
広範囲にわたってその人気をますます高めるインフルエンサーベースのこのマーケティング手法には、いくつか課題もある。人気Discordサーバーを有するクリエイターの大半は、YouTubeやTikTok、インスタグラムといったほかのプラットフォームからオーディエンスを引っ張ってきている。つまり、彼らはあくまで、ファンベースとのより直接的な相互交流の場としてDiscordチャンネルを提供している。であれば、特定のクリエイターと提携をしたいブランドは、そのクリエイターのたとえばYouTubeチャンネルに登場できるのであれば、わざわざDiscordサーバーにまで顔を出す理由が必ずしもあるわけではない。
さらに言えば、Discordでの商品紹介自体にも課題がある。誰が参加したのかがピンポイントで掴めるデータを取りづらいのも、そのひとつだ。たとえば、先述のフリップスのアクティベーションはUK限定で行なわれたものであり、DRPCRDは主にUKを拠点とするサーバーへのフォーカスを試みたのだが、UKユーザーだけが見られるようにするジオターゲティングの術はなかった。「必然的に、ターゲット年齢層よりも上と下の人々にも、さらにはそのキャンペーンの対象から完全に外れている国の人々にもリーチすることになる」と、ミッチェル氏は指摘する。
メトリックスの算出も困難だ。DRPCRDの場合、特定のゲームをプレイした人数と各ユーザーのプレイ回数、各Discordサーバーにおける週間アクティブユーザー数と当該サーバーの全ユーザーにおけるゲーム参加者の割合については、トラッキングできる。だが、それ以外の数字は見えにくい。とはいえ、ミッチェル氏は初期段階に特有のこうした課題をすべて、マーケティングプラットフォームとしてのDiscordの魅力の一部と捉えている。「整備されていない、いわば荒地という状態は、そこにチャンスがあることを示している」と、氏は断言する。
Discordがマーケティングに打ってつけの場かどうかはともかく、DRPCRD共同創業者のひとり、ウィル・クックソン氏によれば、この数カ月、企業からの問合せが日を追って増えているという。「Discordの利用法を訊ねてくるクライアントも多い」。もっとも、きわめてパーソナルな分散型プラットフォームであるため、場を荒らす侵入者と見なされないよう、注意もしていると、氏は語る。「さあパーティに行こう、ブランドをパーティに連れて行こう、ただし節度は忘れずに、楽しんでもらえるようにしよう、というのが我々の理想とするモデルだ」。
[原文:Brands are tiptoeing into Discord]
Michael Waters(翻訳:SI Japan、編集:戸田美子)