英国の新聞業界団体のニューズワークス(Newsworks)の推計では、もし現在のパンデミックが6月末まで続く場合、英国のニュース系パブリッシャーはコロナウイルス関連の広告ブロックによって5000万ポンド(約67億円)の収益を失うことになるという。「このシステムには大きな欠陥がある」と、同組織の代表は指摘する。
トレイシー・デ・グルース氏は1996年に、ベルギービールのステラ・アルトワ(Stella Artois)の英国担当ブランドディレクターに就任した。同氏はフランス映画の『愛と宿命の泉(Jean de Florette)』に触発された「高価で確かな品質(Reassuringly Expensive)」キャンペーンを受け継ぎ、ジャックという名の花売りが主人公のストーリーを展開した。
当時、ビール企業が大勢の男性オーディエンスにリーチしたいときはサッカーの試合や10時のニュース番組のCMを利用するのが一般的だった。だが、同氏はこの映画的なCMは、そういった番組には適さないと考え、メディア計画を1から見直すことにした。ステラのチームは広告がエンパイア(Empire)のような映画雑誌やテレビで放送される映画のみに登場するようなキャンペーンを立ち上げた。マーケティング・マガジン(Marketing Magazine)が記載するACニールセン(AC Nielsen)のデータによれば、1997年時点でステラは英国の食料品分野において23番目に大きな企業だったが、1999年には5番目にまで躍進している。
「全体としてコンテクストを重視したキャンペーンだった」と、デ・グルース氏は語る。「映画を見るとき、オーディエンスの心のありようは普通とは違う」 。
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それから20年が経ったいまも、デ・グルース氏にとってコンテクストはもっとも大切な要素となっている。同氏はいま、英国の新聞業界団体のニューズワークス(Newsworks)で代表を務めている。3月に同氏は、信頼できるニュースブランドをブランドセーフティのブロックリストに入れないようマーケターらに対して訴えるキャンペーン「ブロックではなく支援を(Back Don’t Block)」を立ち上げている。ニューズワークスの推計では、もし現在のパンデミックが6月末まで続く場合、英国のニュース系パブリッシャーはコロナウイルス関連の広告ブロックによって5000万ポンド(約67億円)の収益を失うことになるという。「このシステムには大きな欠陥がある」と、デ・グルース氏は指摘する。
コンテクストの優先順位
コロナウイルスのキーワードブロックはより大きな問題をはらんでいる。オーディエンスベースでデジタル広告を購入する流れができ、調達においてなるべくCPMを抑えながらできる限りインプレッションを高めようとするなかで、現在のメディア計画においてコンテクストの優先順位は低くなっている。すべての「リーチ」を同じように扱う広告主は多い。だが、コロナウイルスの話でもちきりのいま、たとえばニューヨーク・タイムズ(The New York Times)のウェブサイト上で購読者にリーチできないのであれば、代わりにGoogleやFacebookを通じて、同じユーザーにリーチできる(隣接関係が問題にならない場合)。このように、特定のオーディエンスをほかの場所でも見つけ出すにあたって、コンテクストの力は大きい。
ピュブリシス・メディアEMEA(Publicis Media EMEA)の前CEO、イアン・ジェイコブ氏は「メディア計画ではいつ、どこで、誰が、何をしたかについて考える。だが『どこで』がなぜか抜け落ちている場合がある」と語る。「広告主を責めているわけではないが、もともとメディア計画の基礎であった部分をいつのまにか見落としているのではないか」。
「広告が不適切な場所に掲載されてしまう」というのは、デジタルメディアの台頭よりはるかに以前からあった問題だ。飛行機事故の記事のすぐ横に航空会社の広告が載ってしまうといった例は昔からあった。だが、2017年にタイムズ・オブ・ロンドン(The Times of London)がYouTubeにおけるこうした問題を報じたことで、大手ブランドは改めてその危うさを認識し、マーケターにとっても頭痛の種となってきた。ブランドセーフティは大きな問題として業界から一躍注目を浴びることになった。大手企業の広告が、ウェブのあらゆる場所で不適切なコンテンツの横に掲載されていることがさまざまなメディアで報じられたのだ。とはいえ、オンラインで広告を出して厄介なコンテンツのそばに配置されるというのは、まるで映画『カサブランカ』で行われていたギャンブルを咎めたルノー署長のような今更感も受ける。対抗策として、広告主は避けたい用語やカテゴリーを指定してブロックするコンテンツのリストを作成した。なかには数千にわたる項目を指定したところもある。不適切に掲載された広告のスクリーンショットが記事になり、役員会議で問題になるのを恐れたためだ。だが、質より「効率(つまるところ安さ)」を追求してきた広告戦略全体を真剣に見直した企業は少ない。
ニュース業界の皮肉
皮肉なことに、いまもっとも悪影響を受けているのはこの問題に光を当てたニュース業界だ。実際には近くに掲載される広告を出した広告主にとって悪影響となるような記事はほとんどなく、リスクを恐れるあまり過剰な予防策が取られているのが現状だ。
グループ・エム(GroupM)はクライアントに対し、コロナウイルスのキーワードをブロックしないよう求めており、ニュースサイトのどこに広告を出すかを慎重に検討することで、莫大な数のインベントリーが生まれるとアドバイスしている。4月20日にグループ・エムは大手広告主クライアント80社を対象に調査を行ったところ、92%が「内容に応じた洗練された回避策」を採用して、死に関連する記事などの暗いニュースだけをブロックするか、一切の記事をブロックしていないことが判明した。グループ・エムのグローバルブランドセーフティ担当EVPを務めるジョン・モンゴメリー氏によれば、これら広告主のうち28社が、同社のアドバイスを受けて回避戦略を変更していたという。
「質には、より高い金を払うだけの価値がある」と、モンゴメリー氏は語る。
技術を洗練させること
コロナ禍が拡大を続けるなかCFOはマーケティング予算の詳細な見直しを進めており、コスト削減と結果を出すことが求められるマーケターへの重圧はかつてないほど大きい。一方エージェンシーも、メディアから15%の手数料を得ることが難しくなったことで資金不足に悩まされている。モンゴメリー氏は、メディア計画を担当しはじめた頃、ユニリーバ(Unilever)の南米におけるメディア計画を6週間でまとめるよう求められたという。同氏はユニリーバと方向性が一致するかどうか、新聞編集者に編集ビジョンについてインタビューを行うなどした。
だが、デジタルが台頭したことで、このプロセスは明らかに複雑さを増すとともに、技術によって処理時間も短縮化された。パブリッシャーはオープンマーケットプレイスに広告資金を投じるようになり、自分たちで収益化を制御しづらくなった。技術を洗練させることなく、優れた業績をあげるのは困難なのだ。
LARA O’REILLY(原文 / 訳:SI Japan)