多くのパブリッシャーがサードパーティCookieの代わりとなるアイデンティティ技術の模索を続けるなか、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の商品担当SVPを務めるアリソン・マーフィー氏は「ユニファイドID 2.0を含め、いかなるアイデンティティ技術も採用する予定はない」と公言している。
多くのパブリッシャーがサードパーティCookieの代わりとなるアイデンティティ技術の模索を続けるなか、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は違うアプローチを採用している。今回、米DIGIAYは同社の商品担当SVPを務めるアリソン・マーフィー氏にインタビューを行った。驚くことに、マーフィー氏は「業界標準のオープンソースな開発ツールとして注目されるユニファイドID 2.0(Unified ID 2.0:以下、UID)を含め、いかなるアイデンティティ技術も採用する予定はない」と公言している。
「UIDが主流になるという予測もあるが、必ずしもそうとは限らないと思う。少なくとも現時点のニューヨーク・タイムズにとってそこまで優先度は高くない」とマーフィー氏は語る。「我々はサブスクリプションファーストでやっているので、Cookieの代替技術はそこまで重要ではない」。さらに「結局のところ、ほかの技術でもユーザーの行動データについてユーザーの分からない方法でやり取りするという点は変わっていない。これはあまり良いことではないだろう」と指摘する。
サードパーティCookieが消えようとしている今、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)やライブランプ(LiveRamp)、ブライトプール(BritePool)、イプシロン(Epsilon)、ニュースター(Neustar)といったデータコンサルタントやブローカーなどの大手企業が次々に、いわゆる代替識別子の提供を開始している。なかにはメールアドレスなどの個人情報を使い、暗号化されたID信号を作成し、オンライン上でユーザーを追跡してプログラマティック広告のターゲティングや測定を行うところもある。これらの企業はユーザーの同意を前提にしたデータを使用するとしているが、この『プライバシーファースト』の主張には疑問も投げかけられている。
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ニューヨーク・タイムズは、ほかのパブリッシャーからすれば夢のようなレベルの収益化を達成している。ベースとなっているデジタル版および紙媒体の購読者は750万人にも及び、その直接的なつながりによる膨大なファーストパーティデータを保有する。マーフィー氏は、「エージェントを通さない広告の直接販売など、ファーストパーティデータを活用した広告サービスを提供しているが、ほかにもより状況に応じたターゲティングサービスの検討も考えている」と明かす。
NYTにとってのリスク
デジタルコンサル企業のプロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)でグローバル戦略責任者を務めるスコット・ベンダー氏は、「ニューヨーク・タイムズが別の識別子を採用しない予定と聞き、たいへん驚いた」と語る。実際、米国内の購読者が同じく飛び抜けて多いワシントン・ポスト(The Washington Post)は、UIDの導入を公言している。
同社の商業技術担当VPを務めるジャロッド・ディッカー氏は3月に行われた米DIGIDAYのインタビューで、「UIDの導入を進めている」と述べている。「まだどの技術にするか最終決定したわけではないが、UIDなどの代替アイデンティティ技術の導入は、早い段階から検討している」。
「パブリッシャーがこの種の技術をテストするのは悪いことではない。逆に、代替技術を検討しないのは、先々を見据えれば、リスキーと言わざるを得ない」とベンダー氏。たしかに購読者が多く、ファーストパーティデータを豊富に保有するニューヨーク・タイムズだが、もしアイデンティティの正確な紐付けを構築できなければ、広告インプレッション収益への悪影響は避けがたい。さらに、購読・登録をしていないオーディエンスもかなりの割合でいると考えられ、その場合は代替アイデンティティ技術なしにリーチするのは困難を極める。そうなれば広告主のニーズを満たせない可能性も出てくる。「ユーザーやインベントリー全体の半分もカバーできない可能性すらある」とベンダー氏は指摘する。「もちろんファーストパーティデータを利用できる部分もあるだろうが、特に利用されずに残った大量のインベントリーはどうするつもりなのか?」。
また、オンラインのオーディエンス全体のターゲティングや測定が行えなければ、とりわけパブリッシャーが一般に採用しているようなアプローチが使えず、広告主にとって不満が残るサービスになってしまうおそれもある。「怖いのは、広告主との提携におけるミッシングリンクになってしまうことだ」とベンダー氏。「一方、ライバル企業はアイデンティティのソリューションを活用し、一貫性のあるレポートやオーディエンス分析を提供してくる可能性がある」。
NYTだけではない
多くのパブリッシャーがアイデンティティ技術のテストを行っているのは確かだが、不使用を決めているのはニューヨーク・タイムズだけではない。インサイダー(Insider)でプログラムおよびデータ戦略担当SVPを務めるジャナ・メロン氏は4月初旬に行われた米DIGIDAYのインタビューにおいて、「ウェブサイトにアイデンティティ技術を導入する予定はない」と話している。「インサイダーのオーディエンスデータを含むインプレッションについて、十分な意思決定力を発揮できない」というのが、その理由だ。「管理できないままオープンウェブに委ねてしまうと、ルックアライクやモデルの模倣などに使われてしまうおそれもある」。
Googleは3月に、販売している広告インベントリーをクロスサイト追跡するための代替識別子をサポートしないと発表している。だがパブリッシャーがGoogleのアドテクを使う場合は例外とされており、またChromeのブラウザでこういった技術の利用を制限することもないとしている。
NYTがID技術による収益確保に消極的な理由
ニューヨーク・タイムズが抱える巨大な購読者数がメリットというのは疑いの余地はない。一方、サードパーティCookieベースの広告収益に依存している企業への打撃は大きい。「ニューヨーク・タイムズは、毎四半期、収益をあらゆる手段を講じて搾り取る必要はない」とマーフィー氏。「パブリッシャーのなかには、そういう決定ができる企業も存在している」。
パブリッシャーに対し、オンラインのオーディエンス収益の確保を支援しているバイアファウラ(Viafoura)でプレジデント兼COOを務めるマーク・ゾーハー氏は次のように述べている。「大規模な購読者や登録者を抱えるパブリッシャーにとって、サードパーティCookieの廃止による打撃は相対的に小さい。反対に痛手を被るのはファーストパーティデータが少ないパブリッシャーだ。実際、いまファーストパーティデータの確保に奔走しているパブリッシャーは多い。市場全体にわたって、サブスクリプションや登録者を増やすための戦略は明らかに活発化している」。
[原文:The New York Times says it won’t use identity tech like Unified ID 2.0]
KATE KAYE(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
ILLUSTRATION BY IVY LIU