サードパーティCookieの代替ソリューション候補として、さまざまな広告IDが提案されてきた。しかし、代替IDが話題に上っただけで気分を害するパブリッシャーさえいるという。無理もない。恩恵を得るのはパブリッシャー自体より、ID技術を有するアドテクベンダーである場合が多いからだ。
サードパーティCookieの代替ソリューション候補として、さまざまな広告IDが提案されてきた。しかしどんな状況下でも、自社のコントロールがきかない代替IDを断固として拒否するパブリッシャーはかならずいる(アドテクベンダーには悪いが、それが実態だ)。
なかには、代替IDが話題に上っただけで気分を害するパブリッシャーさえいるという。無理もない。パブリッシャーが運営するサイトのオーディエンスから恩恵を得るのはパブリッシャー自体より、ID技術を有するアドテクベンダーである場合が多いからだ。
パブリッシャーにしてみれば、オーディエンス情報の扱いについて何も知らされないまま、自社保有データを広告主に渡せと言われたかのように感じるのかもしれない。しかしアドテクベンダー各社は、自前のIDソリューションの詳細情報を開示したがらない。この状況が変わらないかぎり、パブリッシャーは立場を譲らないだろう。
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Cookieの二の舞を避けたいパブリッシャー
デンマークのニュースパブリッシャー大手、エクストラ・ブラデット(Ekstra Bladet)の営業/アドテク担当ディレクターを務めるトマス・ルー・ライツェン氏はこう述べている。「以前、パブリッシャーの収入源が、報道、ジャーナリズム、社会貢献に対する報酬でなく、ユーザーのプロファイリングやターゲティングに役立つCookie提供能力に対する報酬だった時期があった。そんな過去にまた戻りたいとは思わない」。
そうした事態の再来を防ぐためエクストラ・ブラデットは、サードパーティCookieの代替として、メールベースの決定論的IDやフィンガープリントベースの確率的IDなど、ほとんどのID技術を認めない姿勢を貫いている。代わりに同社は、ザンダー(Xandr)のIDまたはパブリッシャー提供のIDソリューションを用いて、サードパーティCookieに頼らずに、キャンペーンのフリークエンシーキャップ(ユーザー1人に対する広告表示回数の上限)を設定したり、暗号化ターゲティングをおこなったりしている。
エクストラ・ブラデットがザンダーのIDとパブリッシャー提供のIDを選択した理由は単純で、これら2つのIDであれば、同社保有のデータがどう扱われるかを把握できるからだ。ルー・ライツェン氏によれば、IDは契約で管理されるため、アドテクベンダーにデータ取引で搾取される心配がないのだという。
「『1対1関係のID』なら将来性がある」とルー・ライツェン氏はいう。「これはパブリッシャーが暗号化済みIDを個々のサプライサイドプラットフォームやデマンドサイドのパートナーと共有するもので、IDは特定の目的以外には使えず、当事者以外に提供できず、そのためサードパーティによるユーザープロフィール作成が防げる。このIDに対応した技術ソリューションが、広告業界における勝者になるだろう」。
ファーストパーティIDはどうか
ノルウェーに本社を置くメディアグループ、シブステッド(Schibsted)の幹部も同様の意見を述べている。
「一時期、一部の広告在庫において確率論的IDソリューションが機能するかに思えたが、規模と透明性の点で十分でなかった」と、グループ傘下の広告事業会社、シブステッド・マーケティング・サービシズ(Schibsted Marketing Services)でデータ担当部長を務めるクリステル・リヨネス氏はいう。
それ以外のソリューションでリヨネス氏が注目しているのがTrustIDだ。TrustIDはヨーロッパの四大通信事業者であるドイツテレコム(Deutsche Telekom)、オレンジ(Orange)、テレフォニカ(Telefónica)、ボーダフォン(Vodafone)が共同開発に関わるソリューションで、IPアドレスをもとに生成した仮名化トークンを使って広告の収益化を図る。またリヨネス氏は、以前から複数パブリッシャーのサイトを横断したログインにも関心を寄せているが、この方法もサブスクリプションのバンドルサービスを容易にすると期待される。
「IDソリューションをうまく機能させるためには、一定の個人識別子が必要になる」とリオネス氏はいう。「法規制に準拠しながら識別子を取得するには当該ユーザーとのインターフェースの確立が必須で、ブランドとソリューションの価値提案が求められる。Google、Amazon、Facebookおよびパブリッシャーのログインシステムはこの条件を満たしているものの、バイサイドから見ると、相互運用性の課題がある」。
シブステッドも同様のテーマに取り組んでいる。最近、同社が運営するサイトのオーディエンスデータを広告主が購入できるよう、ファーストパーティIDを幅広く提供しはじめた。サードパーティCookieの代替ソリューション選定に手間取る広告主の行動を促すべく、選択肢を示したわけだ。
ただ、この動きが業界全体に広がるとは考えにくい。なぜなら、ファーストパーティID提供のメリットを活かせるのは、豊富な広告在庫と自前のIDソリューションを有し、しかるべき方法でユーザーの同意を取得できるパブリッシャーに限られるからだ。実際、このアプローチに必要な規模の独自データを保有し、ログインユーザーを大量に抱えるパブリッシャーは少ない。
「IDはメリットのない、ろくでないもの」
そんななか、一部のパブリッシャーは自らの立場を堅持している。
某パブリッシャーのデジタル担当幹部(チャタムハウスルールにより匿名)は、ロンドンで最近開催されたあるイベントの場でこう語った。「我々はどんなIDソリューションとも関わりをもたないことにしている。行動の予測がつかないサードパーティ事業者に『王国への鍵』を渡すべきではないからだ。IDソリューションを提案する動きは、長年サードパーティCookieで稼いできたアドテクベンダーが代わりの収入源を確保するための競争にすぎない。彼らは代替ソリューションと称して、Cookieと同様、パブリッシャーにメリットをもたらさない、ろくでもないものを売り込もうとしている」。
同じイベントに出席した別のパブリッシャー幹部は次のように述べた。「当社はIDグラフ(顧客識別グラフ)を支持しないし、確率論的マッピング/識別を扱うIDコーポラティブの取り組みにも参加しないつもりだ。この種のソリューションの寿命は長くない。現行のオープンウェブの再構築を促すだけで、適切なマーケットプレイス整備につながらないと、我々は考えている」。
サードパーティCookieに頼らずに収集するオーディエンスデータの販売に関しては、パブリッシャーの多くが安全策をとって準備を進めているようだ。どの企業もさまざまな決定論的IDと確率論的IDを試験運用しており、6カ月から18カ月間かけて得た知見をもとに、戦略を微調整している。
これらのパブリッシャーもエクストラ・ブラデットやシブステッドと同様、IDを活用した広告収入のチャンスを逃したくないと考えているはずだ。しかし現時点では、ID5やユニファイドID 2.0(Unified ID 2.0)といったソリューションを介して得られる広告収入はさほど多くない。
結局IDに将来性はない?
この現状はしばらく続くだろう。拡張性に富む代替IDソリューションを各社が追求するなか、広告事業をめぐる課題は「ニワトリが先か、卵が先か」の典型的なパターンに陥っている。IDの保有企業は、マーケターに広告IDを利用してもらわなければ事業が活性化しない。しかしマーケターは、プログラマティック広告マーケットプレイスでのID利用を推進するプレミアムパブリッシャーが相当数まで増えないかぎり、その種のIDには関心を示さない。
だからこそパブリッシャーは、IDソリューション導入競争にあえて巻き込まれないようにしているのかもしれない。広告主がIDに対して積極的でないなら、パブリッシャーもID推進を急ぐ必要はないからだ。ただし広告主がID導入に本腰を入れて取りかかるようになれば、パブリッシャーとしても対処しないわけにはいかないだろう。
「メールアドレスベースのIDであれ、確率論的IDであれ、クロスサイトIDには将来性がない」とルー・ライツェン氏は指摘する。「クロスサイトIDの提唱者たちは、議員や規制当局の強力なメッセージや、トラッキングを望まないユーザーが抱く懸念に目をつぶっているようなものだ。我々はパブリッシャーとして業界のエコシステムの期待を担っている。広告配信に必要なデータはユーザーの同意を取得して収集するが、その慣行の根拠を、我々はきちんと説明できなくてはならない。しかし、それができないのが現状だ」。
Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)