ニューヨーカー(The New Yorker)は、読者からの収益が広告主からの収益を上回る数少ない雑誌のひとつだ。同誌ではもっとも多い購買形式は紙とデジタルのバンドルとなっており、そのバンドルの価格を20%値上げして120ドル(約1万2000円)としたにもかかわらず、昨年の実売部数は12.3%増加している。
ニューヨーカー(The New Yorker)は、読者からの収益が広告主からの収益を上回る数少ない雑誌のひとつだ。知識層むけの週刊誌であるニューヨーカーではもっとも多い購買形式は紙とデジタルのバンドルとなっており、そのバンドルの価格を20%値上げして120ドル(約1万2000円)としたにもかかわらず、昨年の実売部数は12.3%増加している。現在、同誌の収益のうち実に65%が読者からの売り上げとなっている(ニューヨーク・タイムズ[The New York Times]の読者からの収益は60%)。
また、トランプ・バンプ(トランプ大統領に関するニュースが多くのメディアで取上げられたこと。日本で言うところの「トランプ旋風」に近い)の影響で、ニューヨーカーは2017年1月に同誌史上で月間購読者数の最高の伸びを記録した。こうした結果を受けて、ニュースと文化について発信している同誌の幹部と、親会社であるコンデナスト(Condé Nast)は、2023年までに同誌の購買者数を倍にできると考えている。
ほかのパブリッシャーは、広告収益が低迷するなか、いかに読者を獲得してコンテンツを買い支えてもらうかに苦心している。コンデナストでもワイアード(WIRED)がペイウォールを導入したほか、ヴァニティ・フェア(Vanity Fair:VF.com)も導入予定となっている。ニューヨーカーが高額な料金を設定できる根底には、同誌にとりわけ熱烈なファンベースがあることが挙げられるだろう(そして誰もが欲しがるトートバッグも)。だから、同誌にできたことを、そのままほかのパブリッシャーが真似できるとは限らない。
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ニューヨーカーの副編集長、パム・マッカーシー氏は「3桁の料金を設定するのは怖かった」と2016年にバンドルを100ドル(約1万円)に値上げしたときのことを振り返る。だが同氏は、「そこで思ったのは、私たちはこうして値上げしようとしているが、20代だってNetflixの料金を払っているということだ。それに(ニューヨーク・)タイムズの成功にも勇気づけられた。ワシントン・ポストの成長にも。この5年間を見て学んだことは、自分たちの価値を低く見積もるべきではないということだ」という。
両方で積極的な姿勢
そんなニューヨーカーの成長戦略を率いているのが、コンデナストのコンシューマーマーケティング部門でエグゼクティブバイスプレジデントを務めるモニカ・レイ氏だ。同氏は、興味のあるテーマにひかれた、新たな消費者を基盤とした成長が大部分を占めるだろうと予測している。たとえば、データによればニューヨーカーの読者の多くは、同誌がとりあげる政治や文化に関する記事を求めている。これを理解しておくことで、編集上の決定を伝えやすくなった。購買収益の増加によって、ニューヨーカーは昨年、同誌のウェブサイト向けに15人の記者を雇い、(ウェブ専門と、ウェブ重視の記者をあわせて)合計40人体制とした。さらに今年10人増やしてワシントンや健康といった分野に力を注いでいく予定だ。同誌は人員削減を行っておらず、目標は読者により多くのものを届けることだという。コンテンツを読めば読むほど、読者は多く支払ってもよいと考えることが分かったからだ。
「ニューヨーカーは積極的な成長を狙っている。これはパブリッシャーのなかでかなり少数派だ」と指摘するのは、購読戦略でパブリッシャーを支援するピアノ(Piano)で戦略部門のシニアバイスプレジデントを務めるマイケル・シルバーマン氏だ。そして同氏は続けて「もしこれで同誌がデジタル一本だったらさらに驚くところだが、紙とデジタルの両方でもやはり素晴らしいことに変わりはない。紙媒体も全体から見れば縮小傾向にあるのだから」と語る。
ニューヨーカーは、9つのeメールニュースレターから収益を得ている。なかでも最大なのがデイリー(Daily)で、その購読者数は100万人を超える。取り上げる分野も政治やビジネス、食事などに拡大し、同社のサイトでもパーソナライズされたターゲティングにより読者と購読者数を増やしている。そしてなによりも同誌を後押ししたのが、FacebookやGoogleのアフィニティグループに向けたターゲティングのうまさだ。レイ氏によると、ニューヨーカーはスポンサード投稿やスポンサードした検索キーワードで、潜在的にオーディエンスになりうる人たちの目に記事が触れるようにしてきたという。ニューヨーカーは、ほかのパブリッシャーのようにFacebookで購読セールサービスを試すことも検討しているが、実行には至っていない。
レイ氏は、「こうしたデジタルチャネルはニューヨーカーの可能性を広げた。消費者へのリーチの仕方を変化させた」と分析する。
海外展開は今後の課題
ニューヨーカーの成長の背景には、海外での拡大も挙げられる。海外展開は同誌がこれから模索していく分野だ。アメリカのほかのパブリッシャーと同様に、ニューヨーカーもまずイギリスで展開し、順次、ほかの英語を話す国へと展開していくという。同氏はロンドンを拠点とするライターのサム・ナイト氏を雇うとともに、イギリスのオーディエンスに向けて記事のターゲティングを行っている。だがニューヨーカーには海外支局がないので、代わりに取材の現場に記者を送っており、ほかの市場向けにコンテンツをローカライズすることもない。
ニューヨーカーにとって広告がいまでも重要なことに変わりはない。昨年の広告収益は堅調だった。そして「なによりも、販売部数の伸びは広告主に対して絶大なセールスポイントとなっている」とコンデナストの最高業務責任者であり、ニューヨーカーの責任者でもあるクリス・ミッチェル氏は語る。同氏は、「販売部数はこれまでプレゼンで脚光を浴びるような話題ではなかったが、いまでは当社をひっぱっていく存在となっている。広告のサイクルや波は大きい。ビジネスのバランス面でも安定感が増したのは喜ぶべきことだ」と述べた。
アメリカのほかのパブリッシャーと同様に、海外で拡大するためには知名度とコスト障壁の問題がある。現在ニューヨーカーの購読料は世界中で均一に設定されている(海外からの購読では輸送費の分だけ利益が少なくなる)が、アメリカ国内ほどの知名度がないことを考慮して、海外では料金を引き下げる可能性もある。
ニーズを満たすことが大事
いまのところ購読者が料金の値上げに反発している様子は見られないが、今後どうなっていくかはわからない。レイ氏は、コンバージョン率を犠牲にせず、さらに値上げできる余地はあると見ている。ニューヨーカーには独自の記事があるし、ペイウォールの導入前に試しに無料で読める記事の数を6本から4本に減らした際にもコンバージョン率はむしろ増加したためだ。
レイ氏は次のように語る。「最終的に重要なのは記事の内容であり、ほかでは決して読めないような記事を書ける記者を見つけ出すことだ。私たちにとって重要なのは購読者に自分たちの価値を示すことであり、読者のさまざまなニーズを満たす、さまざまなやり方を見出し続けることだ」。
Lucia Moses(原文 / 訳:SI Japan)