2018年末が近づくなか、ミレニアル世代をターゲットにしたニュースメディア企業マイク(Mic)は、かつて一世を風靡しながら悲惨な結末を迎えた企業の仲間入りをした。ほとんどのケースで、引き金を引いたのはFacebookだったが、それだけを責めるのは安易だ。一見目些細な戦略ミスが、自らをたびたび苦しめていたのだ。
2016年ごろ、ミレニアル世代をターゲットにしたニュースメディア企業マイク(Mic)の動画チームは、ミーティングでいつも奇抜なアイデアを求められていた。
当時は、Facebookライブ動画がメディアの世界で存在感を見せはじめたころだった。そんななか、BuzzFeedがスイカを爆発させるというくだらないライブ動画で非常に大きな注目を集め、マイクの幹部らを大いにうらやましがらせた。それからほどなく、マイクの動画チームは、ライブ動画戦略はどうなっているのかと尋ねられるようになった。そんな戦略はなかったが、チームは注目される動画のアイデア作りに奮闘し、ついに馬鹿げた内容の動画を広めることに成功した。その中身は、セントラルパークで風船を使っておもちゃの小さな家を浮かべるというものだった。
結局、このような節操のなさがマイクの特徴となってしまった。7年近く、デジタルメディアに旋風を巻き起こした同社は、これまで驚くほど何度も取り組みや戦略を変えてきた。プラットフォームや広告主、そして投資家の気まぐれに対応するためだ。そのときどきの状況に合わせて、彼らは政治、ミレニアル、バーティカルメディア、Facebook動画、ストリーミング番組など、さまざまなものを手がけてきたのだ。しかし、ついに万策尽きてしまった。資金繰りが危機的な状況に陥ったマイクは、バッスル・デジタル・グループ(Bustle Digital Group)に投げ売りされてしまったのだ。売却額は500万ドル(約5.6億円)以下だったという。マイクの共同創設者であるクリス・アルトチェク氏がわずか1年前、シリーズCラウンドで2100万ドル(約24億円)を調達した際に、自社サイトの価値を「数億」ドル(数百億円)と述べていたことを考えると、実にわずかな金額だ。60~70名ほどいたスタッフの大半はすでに解雇され、わずかに残ったブランデッドコンテンツ担当と製品担当のスタッフが、バッスルに移ることになった。
Advertisement
2018年が終わりに近づくなか、マイクはマッシャブル(Mashable)、リトルシングス(LittleThings)、アップワージー(Upworthy)など、かつて一世を風靡しながら悲惨な結末を迎えた企業の仲間入りをすることになった。ほとんどのケースで、引き金を引いたのはFacebookだった。とはいえ、Facebookだけを責めるのは安易に過ぎる。一見目立たない戦略上のミスが、これらのパブリッシャーをたびたび苦しめていたのだ。
度重なる戦略転向
マイクは設立当初から、戦略転向を行ってきた。2012年にポリシー・マイク(Policy Mic)としてスタートした同社は、若い世代の関心が高い政治的問題を取り扱う進歩的な政治系メディアだった。だが、2014年にその方針を転向し、「若者にとってもっとも重要なニュースメディア企業」になることをミッションとして掲げた。いわゆる「ミレニアルメディア」市場の独占を目指す企業のひとつとなったのだ。
多くのパブリッシャーと同じく、マイクはFacebookのトラフィック拡大による恩恵を受けていた。もっとも好調なときには、複数の資金調達ラウンドでベンチャーキャピタルから合わせて6000万ドル(約68億円)を調達し、すべてのプラットフォーム合わせた月間ユニークユーザー数が6500万人に達していた。彼らは、ことあるごとにFacebookを活用して成功した企業として自社を宣伝し、ミレニアル世代を狙ったサブブランドをいくつも立ち上げた。ごく最近では、プレミアム動画を制作し、FacebookやNetflix(ネットフリックス)に売り込もうとしていた。
だがいまや、状況は大きく変わってしまったようだ。コムスコア(comScore)の調査によると、2018年10月時点で、マイクの月間ユニークユーザー数は550万人だった。2018年では2番目にユーザー数が多い月となったが、1800万人近いユーザーを獲得していた2016年11月と比べれば、ごくわずかだ。また、クラウドタングル(CrowdTangle)のデータによると、もうひとつの大きな柱であるFacebookでの動画視聴数は、この1年間で90%以上減少している。
マイクのメインサイトと同社の看板ニュース番組「マイク・ディスパッチ(Mic Dispatch)」のFacebookにおける月間動画視聴数(出典:クラウドタングル)
「剣を取るものは剣で滅びる。かつて@facebookが我々の成長を牽引していたのは、彼らが外部リンクを、そしてのちには動画を優先するようになったからだ。そして、そのFacebookが我々を衰退させてもいるのは、彼らがフィードのアルゴリズムを変更したからだ」と、マイクの投資家であるジェレミー・リウ氏はツイートしている。
また、度重なる戦略転向のおかげで、マイクはブランドを競合他社との差別化が簡単にできなくなってしまった。そのため、マイクのサイトのマネタイズが困難になり、広告主を惹きつけることが難しくなってしまったと、事情を知る複数の広告エージェンシーが述べている。
「非常に残念なことだ」と、かつて編集スタッフとして働いていた人物はいう。「だが、誰もがかなり前から、このような日が来ることを恐れていた」。
戦略の転向その1:Facebookファースト
マイクの初期の成功は、Facebookでのコンテンツ配信によって実現した。社会正義に関する問題、それに国家の話や政策にフォーカスすることで、ミレニアル世代向けのニュースパブリッシャーとして急速に成長を遂げたのだ。2015年には、シリーズBラウンドで1700万ドル(約19億円)を調達し、3000万人の月間ユニークユーザーを獲得したが、その70%以上がFacebookからの流入だった。
こうした成長に加え、人種差別やLGBTQの権利といった社会正義の問題に正面から向き合うことで、メディアの世界で注目を集め、早いうちからきわめて高い信頼性を獲得した。バラク・オバマ大統領に米国とイランの関係などの問題を尋ねたインタビュー動画まで公開するほどだった。
だが、マイクの成功と、その成功を繰り返すためのシステムは、編集者のあいだに緊張感をもたらすことになった。過去に高いパフォーマンスをあげた見出しと記事のフォーマット(彼らは「フレームワーク」と呼んでいた)を重視していたため、編集者たちは、微妙な問題を適切なニュアンスで伝えることではなく、クリックベイト(釣り記事)を大量生産しているように思え、フラストレーションを感じていたのだ。「我々は怒りの文化のなかでトラフィックを稼いでいた」と、ある情報筋は2017年の段階で、ニュースサイトのアウトライン(The Outline)に語っている。
戦略の転向その2:検索エンジン最適化
しかし、その成長スピードはついに衰えはじめることになる。Facebookが2015年にクリックベイト対策として行ったニュースフィードの改変が、参照トラフィックに影響を及ぼしたからだ。マイクは、失われたトラフィックを取り戻すために、検索トラフィックの獲得に注力するようになった。
やがて、かつて自社サイトにもFacebookページにもなかったような、検索エンジン対策を施したキーワードだらけの記事が、マイクの編集記事の大部分を占めるようになった。2017年には、SEO対策を施したコンテンツが、マイクが毎日公開する記事の90%以上を占めるようになったと、別の元編集スタッフは述べている。
マイクは、この戦略を成功させるため、サイトを複数のテーマに分割した。美容サイトの「ザ・スレイ(The Slay)」や、パーソナルファイナンスに特化した「ザ・ペイオフ(The Payoff)」などだ。そして、取り上げるテーマをさらに増やしていった。さらに、シリーズCラウンドで2100万ドル(約24億円)を調達すると、すぐにビデオゲームに特化した新たなサイトを立ち上げた。そのころすでに、ゲーム関連の記事がマイクの月間ユニークユーザー数の3分の1以上を占めていた。
だが、この戦略も行き詰まることになる。2017年8月17日、マイクは20人のスタッフを解雇した。そのほとんどが、SEOチームのメンバーだった。そして今度は、ビジュアルジャーナリズムのリーダーになるという新しい計画を正式に発表した。
戦略の転向その3:動画
2017年は、「動画への転向(pivot to video)」という言葉がよく聞かれた年だった。だが、マイクはもっと前から動画に取り組んでおり、Facebookが動画への関心を高めていた機会をうまく活用したパブリッシャーのひとつだった。エリザベス・プランク氏がホストを務める「フリップ・ザ・スクリプト(Flip the Script)」のようなシリーズが成功を収め、2015年の時点で数千万件のビューを獲得していたのだ。
マイクは2017年、テキスト記事のスタッフを解雇して、動画に未来を託すことを宣言した。そのころまでに、マイクは毎月数億の動画ビューを獲得し、かつて広告主向けの短編動画を制作していた編集室で、ブランデッドコンテンツを手がけるようになっていた。ブランドにとって重要な話題をたくさん取り上げることが大きな差別化につながるというのが、マイクが年初に考えていたことだと、同社のブランデッドコンテンツ部門と数十万ドル(数千万円)規模の契約を交わしていたある広告主は語る。
だが、Facebookが動画への取り組みを変更したことで、この戦略は難しくなっていった。Facebookがパブリッシャーのコンテンツの優先度を下げ、長編動画を優先しはじめたために、マイクの動画へのリーチが失われたのだ。クラウドタングルのデータによれば、2017年12月から2018年10月のあいだに、Facebookでの1カ月あたりの動画ビューは90%以上下落した。「短編動画は完全に終わったのだ」と、元動画エディターのひとりは述べている。
戦略の転向その4:ディスパッチ
マイクはFacebookから、Facebook Watch(ウォッチ)向けの長編動画に取り組むよう求められた。そのためにマイクが開始したマイク・ディスパッチは、同社のFacebookに対する最後の大きな賭けとなった。報道によれば、マイクはFacebookと500万ドル(約5.6億円)の年間配信契約を結んだという。Facebookは2018年春、週単位で動画を配信するニュースメディアへの大規模な投資を行っており、マイクとの契約はその一環だった。マイクは、テキスト記事部門の人材募集を凍結する一方で、ディスパッチのために複数のスタッフを雇い入れた。
ディスパッチのスタッフは素晴らしい仕事をし、懸命に動画を制作した。ディスパッチ担当していた元従業員によれば、撮影スタッフはたいてい、1本の動画の取材に1週間以上の時間をかけ、あちこちを飛び回って撮影していたという。30~40分のコンテンツを毎週配信してほしいというFacebookの要求に応えるため、30名以上のスタッフがこのチームで働いていた。
この動画シリーズはそれなりのオーディエンスを集め、エピソード1件あたりのビューは10万ほどだったと、この元従業員はいう。だが、Facebookはさらに多くのビューを要求した。Facebookの担当者は、話し合いの席上で、ビューの平均をエピソード1件あたり50万に近づけるよう求めたようだ。
だが数カ月後、Facebookはマイクに対し、ディスパッチの契約を更新しないことを告げた。マイクは、貴重な収益源を絶たれることになったのだ。
戦略の転向その5:知的財産
2018年前半、マイクの共同創設者であるアルトチェク氏は、自社のイメージアップに精を出していた。メディアやテック系の報道機関を訪れ、Facebookのニュースフィードへの依存からいかにして脱却し、プレミアム動画に注力しているかについて語っていたのだ。その内容は、5名のスタッフから成るマイク・プロダクションズ(Mic Productions)という新しいチームを結成し、NetflixやHulu(フールー)などのプラットフォームにニュース動画を売り込むというものだった。マイクは、数分間の宣伝用動画をいくつも制作しては企業に送っていたと、この件に詳しい情報筋は述べている。
ただし、このような宣伝動画を作っていたのは、マイクのスタッフではなかった。マイクはNetflixに動画を売り込んだり、コメディーセントラル(Comedy Central)などのチャネル向けに宣伝動画を作ったりしていたが、実際の制作は外部の企業に委託していた。そしてこれが、多くの動画制作スタッフの士気をくじくことになっていた。
「このビジネスモデルは、知的財産を作り出すというものだった」と、元動画スタッフは振り返る。「だが、動画チームの誰もが、『では、自分たちはこれからどうなるのだろう』といぶかしがるようになっていた」。
Max Willens(原文 / 訳:ガリレオ)