ワクチン接種完了者にとって、リアルイベントはもう目の前だ。メディア企業の日程やブランドのメディア予算に、いつ再び組み込まれてもおかしくない状況だ。だが、パブリッシャー各社にとって、リアルイベントの再開はそのままバーチャルイベントからの撤退を意味するものではない。
ワクチン接種完了者にとって、リアルイベントはもう目の前だ。
アメリカではすでに、メディア企業の日程やブランドのメディア予算に、リアルイベントがいつ再び組み込まれてもおかしくない。だが、パブリッシャー各社にとって、リアルイベントの再開はそのままバーチャルイベントからの撤退を意味するものではない。
パブリッシャーのリアルイベント再開予定の現状と、イベントのバーチャル的な要素の今後について、各社に話をきいた。
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業界の主な反応:
- ブランドは、再び盛り返しているイベント予算を大いに活用しようと意欲的。オーディエンスと対面で集う機会を求めている(ほとんどこればかりだ、と話すパブリッシャーも)。
- 一方、この15カ月間バーチャルなオーディエンスに対象を絞ったイベント事業への転換を進めてきたパブリッシャーとしては、ここで手放したくないエンゲージメントツールもあれば、再開が始まったときにリアルイベントで実践に適用してみたい新しい知見もある。
- ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)、BDG、コンプレックス・ネットワークス(Complex Networks)、アトラス・オブスキュラ(Atlas Obscura)のパブリッシャー4社は、リアルイベントの再開に向けた戦略を練りながら、新しく有効性が実証されたバーチャル要素を加えた、ハイブリッドなイベントモデルを構築しようとしている。
コンプレックス・ネットワークスのCRO、エドガー・ヘルナンデス氏は次のように語る。「世界が再び開かれつつあるからといって、バーチャル[イベント]がなくなるということにはならない。むしろ、いまや[全体的なエンゲージメント体験を創り出す]中心に位置付けられたといってもいいだろう。真に個性的でクリエイティブなアクティベーションやパートナーシップに対する需要が鬱積している。現在、それが[ブランドとの]話し合いの多くを占めるようになってきている」。
なぜパブリッシャーはバーチャルイベントを好むのか
バーチャルイベント最大の強みは、そのスケールの大きさである。
- ニューヨーク・タイムズは、2020年に150件を超えるバーチャルイベントを開催し、120カ国以上から約150万人の参加があったという。マネージングディレクター代理兼イベント制作・プログラム管理責任者のケイト・キャリントン氏による情報だ。キャリントン氏は昨年のイベント収益に関する具体的な数字は明かさなかった。ただ、2020年初めに、イベント関連の広告契約があったスポンサーがすべてほかの用途で予算を全額消費し、確約されたイベント収入をニューヨーク・タイムズが失うことはなかったと話した。
- BDGは、2020年と2021年で20件以上のバーチャルイベントを主催し、合計5万人以上の参加者があった。CROのジェイソン・ワーゲンハイム氏によると、特に2020年はバーチャルイベントが700万ドル(約7億7000万円)から800万ドル(約8億8000万円)の収益を上げたという。
- コンプレックス・ネットワークスは、2020年に初めて開催したコンプレックスランド(ComplexLand)で70万人以上の参加者を集め、総エンゲージ時間は320万分、5日間開催された同イベントの1日当たりの平均訪問者数は12万5000人に上った。
- アトラス・オブスキュラが単発で行なったオンライン体験には、パンデミック中に4万人が参加している。一部の体験はチケット制。また、複数のセッションから成るオンラインコースを修了した人も4000人を超える。
ニューヨーク・タイムズ:購読者重視の戦略
ニューヨーク・タイムズは2021年末までにすでに2つのリアルイベントを予定している。同社が主催するチケット制のディールブックカンファレンス(DealBook conference)と、実際の観客の前で行うクッキング番組の撮影だ。キャリントン氏は、おそらくはどちらのイベントにも動画のライブ配信、または録画配信という形でバーチャル要素が盛り込まれることになるだろうと話す。
キャリントン氏によると、ニューヨーク・タイムズの昨年のバーチャルイベント参加者150万人のうちの約半数は購読者だが、もう半数は非購読者だ。ニューヨーク・タイムズは有料購読者に対する特典として限定イベントを開催しているため、将来的なハイブリッドイベント戦略におけるバーチャルの役割を考えたときに、クッキング番組などのリアルイベントのライブ配信を購読者限定にする可能性は大いにあるとキャリントン氏はいう。ある程度スケールを制限してしまうことにはなるが、ニューヨーク・タイムズは購読更新の推進と解約率の低減を図るため、有料購読者に対する特典拡大に取り組んでいる。
キャリントン氏は、ハイブリッドイベントモデルの別のやり方として、ライブイベントに関するオンライン記事の有料チケット制、または完全無料公開などが考えられると述べ、具体的な戦略は開催イベントごとに異なるものになるだろうとも付け加えた。重要なのは、どちらのオーディエンスにも十分なお得感を感じてもらうことなのだ。
アトラス・オブスキュラ:リアルイベント主要のアプローチ
アトラス・オブスキュラは、パンデミック初期からブランド各社とハイブリッドイベントモデルのあり方の可能性を探っている。たとえば2020年秋冬には日産ローグと提携し、終点にソーシャルディスタンスに配慮したライブパフォーマンスを用意した5つのドライブコースを参加者に提供し、そのライブパフォーマンスをストリーミング配信で無料公開した。
アトラス・オブスキュラのCEO、ウォーレン・ウェブスター氏は、「最終的にブランドが求め、そして当社も求めているのは、最大限のインパクトだ。私たちはリアルでやったことをあとで広く配信すればいいのだということに気付き、それがうまくできるようになって、全員によい結果がもたらされている」と話す。
現在、コロナ禍からの回復に関して世界の多くの地域が米国の一部地域と同レベルにはなく、規制が敷かれたままであることを考慮し、アトラス・オブスキュラではポルトガルなどへの同社のガイド付きツアーを除き、リアルイベントは米国内のみで開催している。
BDG:2つの世界をつなぐのは「コマース」
BDGは従来からのリアルイベントにどうバーチャル要素を組み込むべきか、今も模索中だ。たとえば、先月ブルックリンのインダストリーシティで開催されたロンパー(Romper)のキャンプ・ロンパー(Camp Romper)。終日開催のこのイベントには約1000人の参加者が集まり、BDGのリアルイベント復活を大々的にアピールするものとなった。スポンサーはパラマウントプラス(Paramount+)の「ラグラッツ(Rugrats)」だったが、バーチャル要素に関してはイベント終了後に当日の様子をソーシャルメディアとウェブサイトに掲載するにとどまった。
ワーゲンハイム氏は、フェイスペインティングのブース、食べ物、パフォーマンス、その他のアクティビティなど、キャンプ・ロンパーのように触感に訴え、参加者が直接的に関わる要素の多いイベントの場合、これらの直接的な関りの一部をバーチャルなチュートリアルや家庭でできるハウツーに仕立てることで、ニューヨーク以外の幅広いオーディエンスを巻き込むことができるのではないかと話す。
また、バーチャルイベントとリアルイベントを結び、ハイブリッドイベントモデルの誕生を助けるものの1つとして、ワーゲンハイム氏はコマースを挙げる。
「成功するには、両プラットフォームをつなぐものが不可欠だ。商品販売など、2つの形態をつなぐものがあれば、そこからハイブリッドイベントモデルを考えていくことはとてもよい方法だ」と同氏は語る。
多くのパブリッシャー同様、BDGは昨年、コマースプラットフォームの構築と、こうした収益分野への重点的な取り組みを進めてきた。秋には、D2Cブランドを扱うニューヨークのデパート、ショーフィールズ(Showfields)との提携をさらに拡大する。新学期用品と秋ファッションに関連する店内体験を仕掛け、それをデジタル化したバーチャルイベントを開催し、マンハッタン外の人々が自宅にいながら同じコレクションのショッピングを楽しめるようにする計画だ。
コンプレックス・ネットワークス:リアルな世界での課題を解消
コンプレックス・ネットワークスのコラボレーション・エクスぺリエンシャル部門責任者のニール・ライト氏も、同社のショッピングフェスティバル「コンプレックスコン(ComplexCon)」とそのバーチャル版「コンプレックスランド」のハイブリッド構築の鍵は今のところコマースにあると話す。
コンプレックスコンは今年の11月にリアルイベントとして再開される予定だ。来場者は、コンプレックスランドのテクノロジーを活用し、イベント専用の新アプリを利用できる。これは、過去のイベント参加者のアンケート調査から浮かび上がったリアルイベントの課題に対応している。その課題の1つとして、商品購入時の長い待ち行列がある。
ライト氏は、コンプレックス・ネットワークスのイベントチームが「2020年をある意味仕切り直しの年ととらえ、社内体制を見直し、ブランドのポジショニングに若干の調整を加え、そのほとんどがテクノロジー関連のものである2020年の学びを[2021年のイベント戦略に]組み込んでいく作業を進めている」と語る。
先述の課題を解消するため、アプリではARを活用し、来場者がカンファレンス会場内のどこにいても商品を「ドロップ」する。つまり、スマホを見たりカメラを使ったりしていると、自分のいる場所の天井から商品が落ちてくる様子がスマホ画面に表示される。特定のブースやショップに行かなくても、その場でその商品を購入できるのである。
ライト氏は「コンプレックスランドは、商品の発売という観点からは、購入者の立場の平等化を完全に果たしているが、それをもっとアナログな方法でどう実現するかについて以前から探っていた」と話す。
前出のヘルナンデス氏は、同社のチームが、特にコンプレックスコンとコンプレックスランドに関連して、現時点ではバーチャルイベントとリアルイベントを別物としてとらえていると述べたが、テクノロジーの進歩に伴い両者が「強化されて融合する」と予想している。
ヘルナンデス氏は「バーチャルイベントが今後どうなるかはまだほんの初期段階であり、これからもブランドの総合的な計画の中で大きな部分を占めていくだろう」と、語る。
[原文:Media Briefing: How publishers are preparing for the return of in-person events]
TIM PETERSON(翻訳:SI Japan、編集:小玉明依)
Illustration by IVY LIU