概して、バーチャルイベントはつまらない。コロナ禍を背景に、各種イベントのオンライン化が進み、イベントビジネスが大きく変容してから8カ月が経ついま、少なくともそれが参加者と広告主双方の感想だ。
概して、バーチャルイベントはつまらない。コロナ禍を背景に、各種イベントのオンライン化が進み、イベントビジネスが大きく変容してから8カ月が経ついま、少なくともそれが参加者と広告主双方の感想だ。
リアルイベントが提供できる高揚感や期待感を補完するため、一部のパブリッシャーはハイブリッドなイベントの限界に挑戦しはじめた。たとえば、旅行メディアのアトラスオブスキュラ(Atlas Obscura)は、旅先としてはあまり一般的ではない場所への国内長距離ドライブ旅行を企画している。また、女性向けライフスタイルメディアのポップシュガー(PopSugar)は、ロサンゼルスのドライブインシアターでプレミア試写会を開催した。さらに体験型メディアを展開する、ポップアップマガジン(Pop-Up Magazine)は、観客席と舞台を隔てる見えない壁、いわゆる「第四の壁」をバーチャルイベントから取り払うべく、屋外でのアクティビティーを取り入れたり、読者の自宅に特別なアイテムを郵送するなどして、臨場感を味わえる演出を試みている。
「どうしたらバーチャルな体験を楽しんでもらえるか。私たちはここしばらくその解を探ってきた」。こう語るのは、エクスペリエンシャルマーケティングエージェンシーのセンスニューヨーク(Sense New York)のプレジデント、サラ・プリーストマン氏だ。「コロナ禍中の生活には、偶然の出会いや発見が欠落している。自宅での生活は予見可能で摩擦も少ない。そして仮想空間で作られる多くのイベントも同様だ」。
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プリーストマン氏によるとリモートなイベントが増えた結果、現在人々のあいだでは「Zoom疲れ」という負の影響が生じているという。オーディエンスは目の前の画面をじっと見続けるだけで、そこにはインタラクティブな要素や講演者との一体感を味わえる要素はない。プリーストマン氏は、「驚きも喜びもまったくない」という。
ドライブを組み込む
アトラスオブスキュラのウォーレン・ウエブスターCEOによると、日産は同社が展開するSUV車、ローグ(Rogue)のプロモーションとして「冒険心に訴える」ようなイベントへの回帰を模索していた。そこで企画されたのが、ローグルート(Rogue Routes)というイベントで、参加者は5種類の旅程からひとつを選び、2020年秋から2021年冬の数日をかけて目的地を目指す。現地では車外へ出ることなく、アーティストやミュージシャンのパフォーマンス、自動車業界の識者による講演などを楽しむことができる。
このイベントへの参加は車100台から200台に限られ、4人ひと組のグループごとに55ドル(約5700円)の登録料が必要となる。ウエブスター氏によると、米国内の遠隔地(オレゴン州キャンプコルトン、カリフォルニア州ジョシュアツリー国立公園、ニューハンプシャー州ノースウッドストック、コロラド州ファウンテン)で開催されるこのイベントは、バーチャルだけでは実現できないスケール感を、世界中のオーディエンスに楽しんでもらうために無料でライブ配信されるという。
ポップシュガーも同様のアプローチを採用し、10月13日、ドライブインシアターに読者を集め、米ABC放送のリアリティ番組『バチェロレット(Bachelorette)』のプレミア試写会を開催。会場の収容人員は200人で、車内の観客にタキシード姿のウエイターが、ブランドのロゴ入りスナックを配って歩いたという。
なお、同イベントに事前申込者は無料で入場可能。また、実際に参加した数百人だったが、イベントの認知を広げるためにSNSに投稿したくなるようなエクスペリエンスの構築に力を注いだ。
ポップシュガーの親会社であるグループナイン(Group Nine)のジェフ・シラー最高収益責任者によると、現時点では、「対面型とバーチャルのハイブリッドというコンセプトに、前向きなクライアントは少数派だ」という。「とはいえ、クライアントもただバーチャル化すればよいとは考えていない。私たちも頭ひとつ抜きん出るために、引き続き何ができるか検討している」。
「車ありき」はコスト高
アトラスオブスキュラとポップシュガーのいずれのケースでも、従来の対面型イベントとバーチャルイベントでは、重視される指標にも変化が見られた。従来、重視されていた集客数だけでなく、オンライン中のオーディエンス数も重視されたのだ。
それだけではない。グループナインのシラー氏によると、米ABCが主催した『バチェロレット』のプレミア試写会では、参加できる人数には限りがあったため、インスタグラムをはじめとしたSNSでの拡散数も主要な指標のひとつに定められていたという。
「ハイブリット型のイベントは、我々にとって今回がはじめての挑戦だった」と、アトラスオブスキュラのウエブスター氏は語る。このスポンサーシップ契約では、最近開催したどのバーチャルイベントよりも高い料金を請求できたという。ただし、具体的な金額は明らかにされなかった。
誰もが車を所有しているロサンゼルスだからこそ、ドライブインモデルは有効だと、センスニューヨークのプリーストマン氏は指摘する。他方、車の所有が一般的ではないニューヨークのような大都市圏ではコストが高く、実現するのが難しいという。また、規模にもよるが、ドライブインモデルのイベントは従来型のイベントと同じくらい、あるいはそれ以上に費用がかかることもある。
こうした理由から、日産ローグのプロモーションやバチェロレットの試写会をはじめ、ハイブリッド型のイベントはスポンサード用に企画されることが多い。
プリーストマン氏によると、「物理的なインフラに頼らなくても、自宅かつ少ない予算で多くを成し遂げるもっとシンプルな方法もある」という。たとえば、読者の自宅に事前に商品を郵送したり、画面から離れて何かをさせてもよい。
ポッドキャストとの併用
ポップアップマガジンが採用しているのは、まさにこのアプローチだ。味覚や嗅覚を動員したパフォーマンスを主催したり、雑誌コンテンツを舞台上で演じるなど、斬新な企画で知られる同誌にとって、バーチャルへの移行は視覚と聴覚以外のすべての感覚を封じられるのは大きな痛手だ。
そこで同誌は、10月に発行された秋号で読者に行動を起こさせるようなアクティビティを展開。共同創刊者でありプレジデントのクリス・エドワーズ氏によると、その内容は世界各所の400人に、パソコンの画面から離れて、一緒に散歩に出かけようと呼びかける、というものだったという。
参加者はまず、散歩に出かける前にZoomで互いに自己紹介をして、自分の(仮想の)散策路を披露する。そしてZoomのカメラを切り、みんなでポップアップマガジンのポッドキャストを聞く。その後再びオンラインで集まって、先ほど聞いたポッドキャストの内容について議論するという座組になっている。
料理したくなる仕掛け
それだけではない。ポップアップマガジンは、雑誌に命を吹き込む斬新な手法を編み出し、さまざまなアクティビティやアイテムを雑誌とともに展開している。その取り組みのひとつが、イシュー・イン・ア・ボックス(Issue in a Box)だ。これは70ドル(約7200円)で販売されている。食をテーマとしたこの号には、ナプキンやコースターなどの小道具と、料理がしたくなるような仕掛けが施されている。
たとえばある企画では、読者は料理家のサミン・ノスラート氏に電話をかけることを求められる。電話の向こうから聞こえてくるのは、世界各地のシナモンについて語るノスラート氏の音声だ。読者は物語を聞きながら、各地のシナモンを味わうことができるという。
エドワーズ氏によると、このような感覚的な要素が魅力となって、食料品の即日配達サービスを展開するインスタカート(Instacart)がイシュー・イン・ア・ボックスのスポンサーについたという。結果的にこの特別号が稼いだ広告費は、ポップアップマガジンのデジタル動画広告よりもはるかに高額になった。
「単なるコマーシャルやロゴではなく、インタラクティブな体験を通じて読者と繋がり、行動を促す記事やコンテンツを提案できれば、スポンサーにとっては価値のある機会になるだろう」。
KAYLEIGH BARBER(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)