ヨーロッパでは、パブリッシャーたちが「ログインアライアンス(login alliances:ログインのための連盟)」を次々に形成している。それによってユーザーたちがひとつのアカウント登録で複数のサイトにアクセスできる、というものだ。
各種ブラウザがトラッキングを排除し、オンラインプライバシーの新しい規制が施行されるという最近の流れのなか、ヨーロッパのパブリッシャーたちはマーケットのデュオポリー(複占)状態は、今後さらに強くなってしまうだろうと心配している。ユーザーとの関係性を維持し、自社データを集め、オーディエンスを広告主へとオファーするうえで、パブリッシャーにとってはオーディエンスの情報登録が主要な戦略となっている。その結果、パブリッシャーたちが「ログインアライアンス(login alliances:ログインのための連盟)」を次々に形成している。それによってユーザーたちがひとつのアカウント登録で複数のサイトにアクセスできる、というものだ。
ログインアライアンスはスイス、フィンランド、フランス、ポルトガル、ドイツといった国パブリッシャーのあいだで形成されている。これらのアライアンスのなかには、広告主に対して広告ターゲティングのオプションを提供するレベルにまで拡張しているところもある。しかし、競合他社がコラボレーションをする際によくあることだが、全体的な進捗は比較的遅い。これは競争上の懸念や技術上の混乱、そしてデータシェアに関する不合意などが原因だ。
それでもメディア・コンサルタント企業であるADZストラテジーズ(ADZ Strategies)のファウンダーであるアレサンドロ・デ・ザンチェ氏によると、方向性を考えると、現状のウェブのオープンマーケットプレイスよりも好ましいとのことだ。
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「アライアンスを組むことがメディア経営者にとっての未来だと思う。パブリッシャーたちの異なる特徴を『平均化する必要がある』というわけではない。独占状態になるというわけでもない。厳しいスタンダードを持った環境を持つことだ」と、デ・ザンチェ氏は言う。
参照点としてのドイツ
ログインソリューションという点ではドイツのマーケットが今日、もっとも発達しているといえるだろう。
ドイツの放送局であるRTLグループ(RTL Group)とプロジーベンザット1メディア(ProSiebenSat.1 Media SE)は、インターネット・サービス・プロバイダのユナイテッド・インターネット(United Internet)と協力して、2017年に統合ログインサービスを作るためにパートナーシップ関係を結んだ。翌年、独立した団体としてヨーロッパ・ネットIDファウンデーション(European Net ID Foundation)が設立され、2018年11月に消費者に向けて公式にログインソリューションがローンチされた。
現在、70ほどの企業がネットIDログインを利用しており、25社以上が導入プロセスに取り組んでいる最中である。ネットIDの広報担当者は現在のユーザー数を明らかにしなかったが、潜在的にはドイツ単独で、参加ウェブサイトを合計すると、3800万人のユーザーにリーチできると答えた。
ドイツマーケットのほかを見てみると、ヴェリミ(Verimi)がある。ヴェリミは2017年にローンチされたサービスだが、パブリッシャー向けのログインアライアンスというよりは、インターネット・ユーザーのデジタルIDを保管するための金庫のような役割として自らを捉えている。銀行口座を開いたり、政府関連のオンラインサービスにアクセスするときに使用する、といった具合だ。アクセル・シュプリンガー(Axel Springer)、ドイチェ・テレコム(Deutsche Telekom)、そしてアライアンツ(Allianz)などが株主に名を連ねている。ヴェリミの広報担当者もユーザー数を明かさなかった。
ポルトガルのパラドックス
ポルトガルは大きなマーケットではない。インターネット・ユーザーが650万人しか存在しないポルトガルでは、パブリッシャーたちは分断したアプローチを採る余裕はない。そのため、2017年にポルトガルのトップ6のパブリッシャーたちがプロジェクト・ノニオ(Project Nonio)の名のもとにアライアンスを組み、ユーザーの統合サインインを作り、広告主向けには統合されたデータプールを提供することになった。しかし、管理権やテックの委託先に関する議論は予想以上に長引いて、進捗は遅い。
「最初の段階では、誰もが完璧なソリューションを探すものだが、完璧なものなんてのは存在しない。前に進み続けるしかない」と、ポルトガルのパブリッシャー、インプレサ(Impresa)のデジタル・ディレクターであるホアオ・パウロ・ラズ氏はプロジェクト・ノニオを指して「モナリサのトラップ」と形容した。
現在、150万人ほどがプロジェクト・ノニオに登録している。これはポルトガルの月間インターネット・マーケットの1/4以下だと、ラズ氏は述べる。しかし今月からは、参加パブリッシャーのウェブサイトにおいてトップページ、もしくはふたつ以上の記事にアクセスしようとした場合、ユーザー登録が必須となるため、ユーザー数が大幅に増えると考えられる。
プロジェクト・ノニオのコマーシャル・インフラストラクチャーをどの様にデザインするか、も大きな判断のひとつだ。プロジェクト・ノニオの広告セールス部門は四半期ごとにひとつのパブリッシャーから次のパブリッシャーへとローテーションで担当するようになっている。しかしアライアンスとしてはよりひとつのマーケットプレイスとしてのオファーを検討している。しかし、ここにも欠点がある。すべてのコンテンツはプレミアムではないが、プールされた在庫では通常、すべてが平等だと捉えられるのだ。
フレンチ・コネクション
フランスではパブリッシャーたちはより軽量なモデルを試している。ニュース・パブリッシャー、ラジオ、放送局からなるフランスの10のメディア企業がリソースを共同で出し合って、今年前半、パスメディア(PassMedia)の取り組みを開始した。これによってフランスのインターネットユーザーたちは参加企業のオンラインサービスにひとつのログイン情報でアクセスすることができる。フランスの出版業界団体ル・ゲスト(Le Geste)のプレジデントであり、ル・フィガロ(Le Figaro)のニュース部門責任者であるバートランド・ジェ氏によると、今年年末までに消費者向けにパスメディアのテストを開始することが狙いだ。
他のアライアンスとは対照的に、パスメディアは「可能な限り軽量なシステム」を目指している。広告目的でパブリッシャー間でシェアするための複雑なデータベースを作るのではなく、ただeメールを集めるだけだと、ジェ氏は説明する。
「フランスのメディア状況を鑑みると、アイデアを大きくし過ぎることはプロジェクト失敗にすぐに繋がってしまうだろう。eメールは完璧ではない。しかし、どのスクリーン出会っても同じeメールを使うという点で、クッキーよりは、はるかに良い」と、ジェ氏は言う。
それでも克服しなければいけない技術的な課題は存在する。すでに特定のウェブサイトにおいてログイン登録やサブスクリプション登録をしているユーザーとのあいだで摩擦がない形でパスメディアをどう組み込むか、というのはそのひとつだと、ジェ氏は語る。パブリッシャーたちが自分たちのサイトを使って、メディアパスのメリットをユーザーに向けて完全に説明する、というのももうひとつの課題だ。
スイスのサインイン
スイスでもっとも大きなパブリッシャー、トップ4社は10月中旬にログインアライアンスをローンチした。彼らのアプローチも迅速だとは言えない。
EUに加盟していないスイスは、GDPRや今後のeプライバシー規制は、それほどの懸念事項ではない。それでもパブリッシャーたちはサイト上のユーザー体験の改善、広告のためのオーディエンスとのダイレクトな関係性の構築を目的として、アライアンスを組んでいる。
スイスの民間メディア企業としては最大のパブリッシャーである、タメディア(Tamedia)はアライアンス参加企業のひとつだが、そのCTOであるトーマス・グレシュ氏によると、これまでのところ、1日に1万人のペースで登録が進んでいるという。これは予測を上回っているとのことだ。
次のステップは共有のテックプラットフォームを構築すること。そして、どのように複数のパブリッシャーのデータを集めた物をマネタイズするかについて判断を下すことになる。たとえば、共同でセールス部門をローンチするのか、といった項目だ。グレシュ氏によると、来年、スイスの放送局もアライアンスに加盟することになっており、こういった決断はそれまで下されないだろう。参加パブリッシャーのすべてが広告面でのコラボレーションをしたがっているわけではないと、彼は付け加えた。
フィンランドでも現在進行形
アルマ・メディア(Alma Media)、サノマ・メディア・フィンランド(Sanoma Media Finland)、MTV、そしてYleというフィンランドでもっとも大きいパブリッシャーと放送局4社が、昨秋、統合ログインのコンセプトを作った。暫定的なブランド名は「メディアキー(Media Key)」となっている。
アルマ・メディアのデジタル広告オペレーションと開発部門ディレクターのジョハンナ・ヴァルティアイネン氏によると、消費者向けのローンチは来年の予定だ。
メディアキーの大きな課題は、ふたつの要素から成る。ひとつはデータ保護。もうひとつはすべての参加者にとってベストな顧客ID管理プロバイダを選べる適切なソリューションとニーズを定義することと、ヴァルティアイネン氏はeメールで回答した。「もちろん、これを施行することには投資もかかるだろう」と、彼女は付け加えた。
世界規模でのコラボレーション
世界的な規模でログインアライアンスが機能するかどうかは不明瞭だ。ひとつの言語に集約されており、より集中的なマーケットにおけるアライアンス結成でパブリッシャーたちの取り組みがすでに遅々として進んでいないこと、そのなかで世界規模で展開すると複数の言語や国ごとの規則の存在を扱わなければいけなくなるからである。
一方、ドイツのネットIDは、2020年に世界展開の予定だ。
ヨーロッパ・ネットIDファウンデーションのCEOであるスヴェン・ボーネマン氏は、「我々が対処するトピックは欧州全体を通じて重要だ。(Google、Apple、Facebook、Amazon)に立ち向かい、現実的かつ信頼がおける代替策を提出するためには、ヨーロッパ全体での共通のアプローチを見つけることが必要不可欠だ」という。
来年から、ネットIDは、パートナー企業がユーザーから合法的なGDPR同意を得るための新製品を、クッキーのバナーをポップアップ表示するのではなく、ログインソリューションを通じて提供する計画だ。そのデータは次に、ユーザーごとのコンテンツや広告を提供するのに活用することができると、ボーネマン氏は言う。
英国とアメリカの競合パブリッシャーや放送局は、広告セールスとデータ関連のアライアンスをこれまでも組んだことがある。(アメリカはカリフォルニア州消費者プライバシー法に備えている所だ)。しかし消費者向けのログイン・ソリューションは実現しないかもしれない。
アメリカと英国ではより多くの、より巨大なパブリッシャーたちが存在している。彼らにとっては協力をするインセンティブが低い。そして独立系メディアアナリストのアレックス・デグルート氏によると、特に自社のデータ管理プラットフォーム(DMP)やテックスタックへの投資は、競争優位の源だと考えているパブリッシャーたちにとっては、インセンティブが低いだろう、とのことだ。
広告バイヤーの視点
GoogleやFacebookといったプラットフォームから広告予算がログインアライアンスへと流れるということは、まだこの段階では起きないだろう。しかし、広告バイヤーのなかには、サードパーティのクッキー・アクセスが停止された環境に備え、こういった動きを詳しく観察している人たちもいる。
WPPメディア・エージェンシーのエッセンス(Essence)でEMEAプログラマティック部門バイスプレジデントであるマット・マッキンター氏は、こう言ったパートナーシップは大手プラットフォームから自分たちを守るためにパブリッシャーたちができる明らかな対策に思えるかもしれないが、現時点では「パブリッシャーたちと直接協働するよりも、アライアンスを組んだ方が良いと思わされるような大きなプレッシャーは存在していない」と述べた。
「在庫やオーディエンス・ターゲティング・データへの合法なアクセスの市場がもう少し締め付けられれば、パブリッシャーアライアンスを組んでいる企業たちにとって、その価値は証明されてくるだろう」と、マッキンター氏は言う。
Lara O’Reilly(原文 / 訳:塚本 紺)