新型コロナウイルス感染症の大流行は、メディアの世界にいくつもの派生的なトレンドを生じさせた。そのひとつとして、パブリッシャーの定期購読者数と、それにともなう収益のあいだに、深まるばかりの溝が生じている。そしてその溝に横たわるのは、成長と人員削減の双子という残酷な矛盾だ。
新型コロナウイルス感染症の大流行は、メディアの世界にいくつもの派生的なトレンドを生じさせ、古いビジネスの規範と新しい潜在顧客の現実に乖離を生んでいる。そのひとつとして、パブリッシャーの定期購読者数と、それにともなう収益のあいだに、深まるばかりの溝が生じている。そしてその溝に横たわるのは、成長と人員削減の双子という残酷な矛盾だ。
メディア企業全般で、定期購読者数が急伸しているにもかかわらず、ほかの収益部門が崩壊しているため、サブスクリプションで稼ぐ体力のあるパブリッシャーでさえ、経営的に盤石とは言えない。たとえば、デニスパブリッシング(Dennis Publishing)に話を聞くと、同社の収入の3分の2はサブスクリプション収入だが、従業員の15%(60人)削減を計画しているという。また、アトランティック(The Atlantic)は、3月以来、9万人の定期購読者を新規に獲得したにもかかわらず、編集部、ライブイベント、マーケティング部門の人員を17%(68人)削減しなければならなかった。さらに、2019年12月現在で160万人の定期購読者を擁するエコノミストグループ(The Economist Group)でさえ、イベント事業、クライアントソリューション事業、および傘下のマーケティングコミュニケーションエージェンシーで、7%(90人)の人員削減を余儀なくされた。
厳しい広告市場と世界的な景気後退とは別に、新規購読者獲得の経済性が働いている。新規読者の獲得は、既存読者の維持よりコストがかかる。高い獲得コストと高い解約率が相まって、顧客の生涯価値と収益の低下を招き、支払能力も収益力もあるサブスクリプション事業が、好調であるにもかかわらず、厳しい戦いを強いられている。
Advertisement
リテンションという大きな問題
サブスクリプションプラットフォームの「ズオラ(Zuora)」によると、今年の3月から5月にかけて、定期購読者1人当たりの収益増は、12カ月前と比べて59%減速した。パブリッシャーたちはこぞって、「12カ月で12ドル」のような、無料またはタダ同然の安値でトライアルを提案した。一方、同じくズオラによると、デジタルニュースのサブスクリプションの成長率は110%増という。
サブスクリプションの安売りを止めようにも止められないパブリッシャーたちにとって、この数カ月はパーフェクトストームさながらだった。情報を渇望する読者と、定期購読を促すパブリッシャーの自社広告が、いまも出稿を控えるブランドの穴を埋めている。
「トラフィックは従来の5倍、定期購読契約の成約率は10倍増だ」。サブスクリプションプラットフォームの「ゼファー(Zephr)」で最高経営責任者(CEO)を務めるジェイムズ・ヘンダーソン氏はそう語る。「だが、半年から1年先には、リテンションという大きな問題が待ちかまえている。新規読者の獲得が減速し、差別化性の薄い製品ならば、契約する端から解約ということもある。メディア業界全般に言える、旧来の問題だ」。
「理想的には、定期購読者の新規獲得にかけるコストは、平均的な顧客生涯価値の3分の1以下にとどめるべきだ」とヘンダーソン氏は言う。顧客のニーズに合わせて製品をつくり、価格を設定すれば、リテンションを改善できる可能性は高くなる。たとえば、コロナ関連記事の読者層を特定し、有料会員登録する理由を分析する。そして、イベントへのアクセス、有料会員限定の動画、ポッドキャスト、パズル、あるいは料理アプリなどの補助的な製品を通じて、付加価値を構築する。解約したユーザーの呼び戻しも、これまで見逃されていた機会かもしれないと、ヘンダーソン氏は言い添えた。
サブスクリプション経済の現状
全地球的な健康危機に際して、パブリッシャーたちはメディアを公共サービスとして位置づけ、ペイウォールの中断にも踏み切った。シアトル・タイムズ(The Seattle Times)は、米国でいち早く新型コロナウイルスの危険を察知した地域の地元紙らしく、無制限のアクセスの必要性を認め、ペイウォールの条件を緩和した。
「サブスクリプション経済に属する誰もが、死活的に重要な情報へのアクセスを、もっと幅広く提供するにはどうしたらよいか、と考えている」。ズオラでサブスクリプション戦略部門を率いるグローバルバイスプレジデントのエイミー・コナリー氏はそう語る。「情報共有が必要とされているときに、読者関係の構築は最優先事項だ」。サブスクリプションプラットフォームの「ピアノ(Piano)」によると、初期の集計値を見るかぎり、パブリッシャー全体のリテンション率は期待の持てる数字という。
ズオラによると、この4月、無料トライアルやサブスクリプションプランを提供するパブリッシャーの数は18%に増加した。既存の定期購読者に関しては、サブスクリプションを(退会や解約するのではなく)一時的に利用停止にしたり、延長したりする人が4倍に増えた。サブスクリプションの支払猶予を提供する企業も従来の2.5倍となった。累積的な結果として、定期購読者の生涯価値と収益額は減少している。
俗に言う「3のルール」の優位性
無料トライアルを提供して、読者予備軍を集める手法には有力な論拠がある。フィナンシャル・タイムズ(The Financial Times)が、2016年のブレグジット(英国の欧州連合離脱)に際して、ある期間ペイウォールを解除したところ、定期購読者が600%増加した。
大幅な値引きをしなくても、賢い価格設定は可能だ。ブルームバーグメディア(Bloomberg Media)は、特別にエンゲージメントの高い読者を対象に、2年間のサブスクリプションを割引価格で試験的に提案するという。顧客の平均生涯価値を伸ばすことで、この提案の経済性を担保する。いずれにしても、(月単位と年単位のサブスクリプションに)3番目のオプションを追加することで、俗に言う「3のルール」が働き、1年間のサブスクリプションという中間のオプションが、より魅力的に見えるのではないか。ブルームバーグメディアでサブスクリプションとコンシューママーケティングを統括するリンゼイ・ホリガン氏はそう語った。
新型コロナとは関係なく、幅広いパブリッシャーでユーザー当たりの平均売上額が増加している。英国のニュースパブリッシャー、テレグラフ(The Telegraph)の場合、サブスクリプション当たりの平均収入額は、1月の194ポンド(約2万5839円)から、4月には22.96ポンド(約2万6811円)に上昇した。ちなみに、同社はこの1月、メディアの発行部数を公査するABC協会(Audit Bureau of Circulations)を退会し、公称部数の発表に切り替えた。また、先週には、黒字を確保し、3月に定期購読者が200%増の50万人に達したことを受けて、英国政府から給付を受けた一時帰休者向けの雇用維持助成金を返還すると発表した。
パブリッシャーの引く一線
どのコンテンツにどれだけ課金し、何を公共サービスとするか。その判断により、パブリッシャーの引く一線は上下する。
ビジネスインサイダー(Business Insider)は、「ボナペティ(Bon Appétit)」のスタッフが経験した不平等に関する記事を、ペイウォールの後ろに置いて課金対象とし、その理由について、ほかのどの記事よりも多くの定期購読者を獲得したためと説明した。これは編集部に対するメッセージともなっている。ビジネスインサイダーは月額10ポンド(約1335円)を適用するに先立って、1カ月間1ポンド(約133円)のトライアルを提供している。
「文化的な変化もあるし、技能的な変化もある」と、ズオラのコナリー氏は言う。「皆、有料購読を促進する要因を、これまでの経験や知識に基づいて推測している。その推測は、月日を重ねるにつれて、徐々に改善されるだろう」。
LUCINDA SOUTHERN(原文 / 訳:英じゅんこ)