日常生活がデジタル空間にますます移行している。消費者はバーチャルコンサートに熱狂を見せ、企業はそれを活用して彼らに「メタバース」の概念を紹介している。Fortniteなどの既存のプラットフォームを活用するだけでなく、バーチャルコンサート専用プラットフォームを提供する企業も登場し、仮想空間は活況を呈している。
日常生活がデジタル空間にますます移行している。消費者はバーチャルコンサートに熱狂を見せており、企業はそれを活用して彼らに「メタバース」の概念を紹介している。
9月8日、ヘビーメタルバンドのペンタキル(Pentakill)がライブを行い、大勢のファンがステージを取り囲んで熱狂した。炎に包まれた会場でバンドが激しく暴れ演奏をすると同時に、観客たちが踊り悪魔の角を示す「メロイックサイン」を掲げる様子が、ステージを囲むスクリーンに映し出された。
しかし、頭を激しく振りライブを楽しんだ観客たちと彼らの熱狂は現実のものだったが、彼らが参加していたイベントは完全にバーチャルなものだった。ペンタキルはゲーム「リーグ・オブ・レジェンド(the League of Legends)」の登場人物からなるバンドで、リードボーカルのカーサスは「死霊」、ギタリストのモルデカイザーは「好戦的なネクロマンサー」となっている。
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ライオット・ゲームズ・ミュージック(Riot Games Music)の責任者であるトウ・ダン氏は、「私たちは、音楽、ビデオゲーム、ストーリーテリングが交差するこの分野で、どうやってさらに可能性を広げられるのか模索している」と語った。「音楽パフォーマンスはファンが自分以外の気の合う観客とつながり、一緒に音楽を聴くための素晴らしい方法だ。より深い親密さを持った繋がりを生む」。
アートとテクノロジーの融合
ペンタキルのような「バーチャルバンド」には、長い伝統がある。1960年代に放送されていたアメリカの人気カートゥーン「アーチーでなくちゃ!(The Archie Show)」のキャラクターたちで結成された、ザ・アーチーズ(The Archies)は1968年から1971年の間に6枚のアルバムを発売した。最近では、アニメーションで作成されたバンドマンたちを中核に据えるゴリラズ(Gorillaz)がニューヨークのマディソンスクエアガーデン(Madison Square Garden)とロンドンのO2アリーナ(O2 Arena)でショーを開催し、チケットは完売している。
これらのバンドのなかには、過去にはプロジェクションマッピングや大画面での映像を使って物理的な空間で演奏(しているように表現)したものもあったが、最近ではメタバースとそれに対応する技術の台頭によって、企業は(架空の)演奏者たちが存在している仮想世界にファンを招き入れることが可能になった。
ミュージシャンたちはテクノロジーを使ってライブを再現しようと現在進行形で取り組んでいる。彼らがバーチャルコンサートに取り組むのは、ミュージックビデオやビジュアルアルバムといったイノベーションの進化を鑑みると、論理的かつ自然な流れだとバーチャルコンテンツ制作を手掛けるウェーブ(Wave)のCOOジャード・ケネディ氏は述べる。
同氏によると、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)の技術を利用することで、アーティストはライブのビジュアルを現実世界における安全性や物理的な制限から解き放つことができるという。「ゲームエンジンを組み込むことで、アーティストは自分たちの全体的なビジョンを考え、以前であれば不可能だった方法で表現する機会を得ることができる」とケネディ氏は続ける。「アートとテクノロジーの組み合わせは非常に理にかなっていると思う」。
マーケティング手法としてのバーチャルコンサート
これまででもっともよく知られているバーチャルコンサートはフォートナイト(Fortnite)で行われている。昨年、1200万人以上のプレイヤーがゲーム兼メタバースのプラットフォームとなったフォートナイト内におけるトラヴィス・スコットのバーチャルコンサートに参加し、先月は数百万人がアリアナ・グランデのフォートナイト・バーチャル「リフト・ツアー(Rift Tour)」に参加した。ライオット・ゲームズのペンタキルがバーチャルであることを活用したように、これらのコンサートもフォートナイトのゲームエンジンを利用し、アーティストであるスコットを超高層ビルサイズで登場させるなどといったすばらしい演出を導入した。
O2のブランド・消費者マーコム部門責任者、サイモン・ヴァルカーセル氏は「フォートナイトは絶大な人気を獲得したことからも、非常に素晴らしいコラボレーションプラットフォームとなった。無料のゲームだが、少し前なら50ポンド(約7500円)は支払わないとプレイできなかったスタンダードとクオリティの体験を提供している」と述べた。
ペンタキルやトラヴィス・スコットのコンサートのようなイベントは、ゲームメーカーが資金を提供し制作しているが、イベントそのものが利益を上げる音楽ビジネスとして意図されたものではない。むしろ、これらのイベントは新規ユーザーからの人気を集め、ゲームへの関心をかき立てることを意図した効果的なマーケティング費用である。
とはいえ、バーチャルコンサートは従来のイベントと同じ収益手法の多くをあてはめることで、収益源になる可能性がある。先日ローンチした仮想イベント会社のステージバース(Stageverse)は、ペンタキルとフォートナイトで見られるようなファンタジー要素を避け、2019年にマドリードで行われたミューズ(Muse)のライブのような現実世界のイベントを3Dカメラで撮影し、没入感溢れる仮想世界に変換している。
現実との結びつきを持った仮想空間
従来のコンサートのように、これらの仮想空間はチケットや商品の販売に利用できる。しかし、バーチャルベントの主な費用は、従来のコンサートのように「上演する」ことではなく、「構築する」ことに費やされる。ステージバースのCEOティム・リッカー氏によると、これによりユーザーは、これまでは価格や距離の理由で参加できなかったコンサートに参加できるようになるという。
「何万人、何百万人もの人々がこの(バーチャル)空間に降りてくることができる」と同氏は言った。フォートナイトやマインクラフト(Minecraft)などのプラットフォームにおける既存のスペースで開催される仮想コンサートもあるが、ステージバースは独自の仮想プラットフォームを利用してコンサートを開催し、アバターなどいくつもの機能をユーザーに提供している。
ステージバースのようなプラットフォームはあまりファンタジー(あるいはゲーム内世界的な)要素を持っていないことから、現実の人々や空間との結びつきが強まる。そのことは、仮想コンサート空間に参加しようとしているブランドにとっても恩恵となる。フォートナイトやリーグ・オブ・レジェンドをベースにしたコンサートでは、ゲーム以外のブランドにとってオーガニックな参入ポイントは必ずしも用意されていないが、ステージバースのイベント再演は、現実世界におけるイベントと同じブランドタイアップの可能性を秘めている。
同プラットフォームのミューズのライブでは、フランスの高級ブランド、バルマン(Balmain)のカスタムバーチャルコスチュームを展示し、商品やブランデッドNFTを使ったeコマースへの扉を開いている。「多くの人が『(バーチャルで)何か注文して、実際の商品を配達してもらうことはできるのか』と質問するが、その答えはもちろん、イエスだ」とステージバースのCOO兼CMOであるクレア・サイドラー氏は言う。
今や誰もがバーチャルコンサートに乗り出す
音楽(イベント)は往々にして目で見て楽しむものであるが、同時に深い社会的な側面を持った体験でもあり、ステージバースのリッカー氏をはじめとする専門家たちは、バーチャルコンサートが仮想的な存在に懐疑的なユーザーにメタバースを披露したい企業にぴったりだと考えている。ステージバースには空間オーディオが実装されており、ユーザーはキュレーションされたグループに集まることができる。エリック・リード氏が率いるロア・スタジオス(Roar Studios)では、ミュージシャンが仮想空間で一緒に演奏する方法を開発している。「ミュージシャンがオーディエンスを増やし、バーチャルな世界でファンを見つけられるようなプラットフォームを作ることは、ミュージシャンが現実世界で活動するにあたっても非常に必要だ」とリード氏は言った。
バーチャルコンサートは、ほぼすべてのプロトメタバースのプラットフォーム上で増えつつある手法だ。バーチャルイベントプラットフォームのオープン・ピット(Open Pit)はマインクラフトでコンサートを開催している。トゥウェンティ・ワン・パイロット(Twenty One Pilots)は9月中旬、ロブロックス(Roblox)での最新ツアーを開始し、何百万人ものユーザーがバーチャルコンサートスペースを訪れた。アバ(ABBA)でさえ、来年にはバーチャルコンサートツアーを開始する予定だ。HTC傘下のVR端末ブランドであるVIVE(ヴァイヴ)は9月に入り、コンサートに特化したメタバースプラットフォーム「ビートデイ(Beatday)」の開発を発表した。
2020年、トラビス・スコットがフォートナイトのイベントで口火を切ったとき、バーチャルコンサートが目新しいだけで終わるものなのか、それとも今後も続くイノベーションなのかについては、まだ結論が出ていなかった。1年後、音楽、特にライブ音楽が、成長するメタバースの不可欠な要素であることが明らかになっている。バーチャルコンサートは今後も存在し続けることは確かだろう。
[原文:Why companies are using virtual concerts to introduce their users to the metaverse]
ALEXANDER LEE(翻訳:塚本 紺、編集:分島 翔平)