eスポーツと直接関係のないブランド勢はこれまで、eスポーツ業界とのパートナーシップをゲーミングコミュニティに存在感を確立するための機会と捉えていた。だが2022年、ブランドはさらに一歩を踏み出し、エンゲージメントおよびROIに関する具体的な数字の要求を始めている。
eスポーツ組織とブランドパートナーとの関係は、もはや蜜月期とは言えない。eスポーツと直接関係のないブランド勢はこれまで、eスポーツ業界とのパートナーシップをゲーミングコミュニティに存在感を確立するための機会と捉えていた。
だが2022年、ブランドはさらに一歩を踏み出し、エンゲージメントおよびROIに関する具体的な数字の要求を始めている。
「ブランドはますますeスポーツに精通しつつあり、彼らはたとえばこう言ってくる。『これが、我々のマーケティング支出に確かなリターンをもたらす基準線であり、これを越えられるという証明が欲しい』」と、エンスージアスト・ゲーミング(Enthusiast Gaming)のCEOエイドリアン・モンゴメリー氏は2月第2週、米DIGIDAYに語った。「つまり、たとえ大量のオーディエンスデータを収集していても、そうした裏付けを提供できないなら、そのデータはもうP&Gには売れないし、バカルディ(Bacardi)にも、コカ・コーラ(Coca-Cola)にも売れない、ということだ」。
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ここ数年間はeスポーツ企業にとってまさに大豊作期であり、多くのeスポーツチームがブランドパートナーシップのサイズとスケールにおける記録を次々と打ち立ててきた。たとえば2021年6月、TSMは仮想通貨取引所FTXと10年にわたる2億1000万ドル(約231億円)の契約を締結し、社名をTSM FTXに変更した。同年1月には、チーム・リキッド(Team Liquid)が同様に、PCブランドであるエイリアンウェア(Alienware)と10年に及ぶパートナーシップを取り付けている。
ゲームがエンターテイメントの中心へとその勢力を徐々に拡大するなか、それに伴い急増するゲームオーディエンスにリーチするべく、ブランドはeスポーツに目を向けている。「ブランドはZ世代の関心を引く方法が完全に変わったことにようやく気づき始めたんだと思う」と、ラヴェル・ホアン氏は話す。同氏のカレッジeスポーツプラットフォーム、ブラグ・ハウス(Brag House)はマクドナルド(McDonald’s)やコカ・コーラといった有名ブランドとパートナーシップを結んでいる。
ブランドがよりeスポーツへとのめり込むなか、その投資に対するリターンの具体的な数字は存在しないに等しい。リサーチ企業ニールセン(Nielsen)と有力eスポーツチームであるフナティック(Fnatic)が共同で発表した最新の報告書には、eスポーツ組織とのパートナーシップにおけるブランドの利点の一部が記されている。米DIGIDAYはこのたび、ニールセン、フナティック、およびほかの専門家に取材し、この報告書の調査結果と調査方法の一部を入手した。
報告書のポイント
- 同報告書はニールセンとフナティックが共同で作成したものだが、調査自体はニールセンが実施しており、フナティックの立ち位置はディレクターのグレッグ・ミード氏によれば「独立した第三者」としてのものだという。ニールセンのトラッキング手法は、eスポーツ配信内におけるブランドロゴの確認を基本としたものであり、アルゴリズムを用い、当該ブランドロゴが画面に登場した時間と画面に占めた割合からパートナーシップの価値を数値化している。
同報告書はさらに、eスポーツファンの調査結果も載せているが、サンプルサイズは明記されていない。「それには数多くの要素が存在する。具体的な方法論が存在するかどうかについては、何とも言えない」とニールセン・スポーツ(Nielsen Sports)のストラテジー部門トップ、フェラン・ヒル氏はコメントした。「あくまでもサイズとスケールの理解であり、それを一定の基準に従って評価したまでだ」。
- 同報告書の中核は視聴者数といったメトリクスのトラッキングであり、なかでもeスポーツイベントの平均同時視聴数、最高同時視聴数、合計視聴時間は注目に値する。報告書によれば、2021年のリーグ・オブ・レジェンド・ワールドチャンピオンシップス(League of Legends World Championships)の平均同時視聴数は3060万人であり、これは同年の米プロバスケットボールリーグNBAファイナルズを観た990万人を大きく上回る。
ただ、この数字は有望ではあるものの、これはあくまで全体像の一部でしかない。平均同時視聴数のトラッキングにおいては、分母を常に頭に入れておく必要がある――つまり、対象オーディエンス数だ。リーグ・オブ・レジェンドの平均同時視聴数は、どう切り取ろうが素晴らしい数字であることは間違いないが、対象となる全オーディエンスに占める割合がNBAファイナルズのそれと比べて、おそらくはるかに小さい点も忘れてはならない。
- eスポーツコミュニティにおけるブランドのアクティビティに起因する当該ブランド名の認知度の向上も、有望な数字のひとつだ。報告書によれば、eスポーツファンの87%がeスポーツイベントスポンサーを少なくとも一社は挙げることができ、もっとも認知度の高かったのがレッド・ブル(Red Bull)、ナイキ(Nike)、Xboxだった。この背景には、ブランドアクティベーションを後押しするeスポーツ組織の努力もある。
「ストーリーテリングが介在しないパートナーシップは考えられない」とミード氏。「ブランド勢は自然な、嘘偽りのない、有意義なかたちで、各々のストーリーを伝えたいと考えている――つまり、いまやもう、ユニフォームに社名を載せたり、そのほかさまざまなものにロゴをベタベタと貼りつけたり、といった手法を誰も求めていない。それは基本的に、従来のスポーツにおいてすら時代遅れの考え方だ」。
ブランドとのポジティブな関係性
報告書の注目点はほかにもある。そのひとつが、eスポーツスポンサーに対するファン感情のトラッキングだ。概して、eスポーツファンは従来のスポーツファンに比べて、イベントのブランドパートナーに対してポジティブな感情を抱く傾向が高いと思われる。「eスポーツイベント内に登場するブランドに対してファンが抱く感情は、平均で55%がポジティブであることが判明した。これは我々にとって非常に重要な結果だ」とミード氏は語った。
報告書には実際、平均で55%がポジティブな感情だった旨が記されている。米市場と英市場のファン感情のポジティブ度を比較すると、前者の方がやや高く、後者はやや低い。もっとも、これらの結果はフナティックおよびリーグ・オブ・レジェンド・ヨーロッパ・チャンピオンシップのファンともっとも関係の深い市場、つまりアメリカ、フランス、ドイツ、イギリスに限定したものだ。全世界のオーディエンスの85%はこれらの市場以外におり、全オーディエンスの3分の1近くは中国に存在する。
ただ、だからといって、この数字が世界的基準から必ずしも大きく外れているわけではない。中国にはeスポーツ企業が数多く存在しており、したがって同市場におけるファンのブランド認知および感情も同じく高いことが予想される。
パワフルなソーシャルリーチ数
eスポーツチームはスポンサーの支援に自身の莫大なソーシャルメディアフォロワーを利用できる。同報告書はその好例として、フナティックのソーシャルメディアフォロワー総数760万人を挙げている。この数字に含まれるのは同社ブランド名を冠する公式アカウントのフォロワーだけであり、フナティックチームメンバーのそれは入っていない。「そこまで含めてしまうと、フォロワーの動向はとても不規則になるため、調査にかなりの変数を考慮しなければならなくなる」とヒル氏は語っている。
実際、著名インフルエンサーであるチームメンバーを失えば、eスポーツ組織のフォロワー総数に有意な減少が生じ得る。ただし、ブランドのエクスポージャー計測に関してもっとも重要となるのは個人アカウントも含めたフォロワーの総数であり、eスポーツ組織が自身のソーシャルリーチ力をパートナーに売り込む際にしばしば利用するのも、同じく総数だ。
ゲーミングおよびeスポーツデータプラットフォーム、ジーアイキュー(GEEIQ)によれば、フナティックの公式アカウントには792万のフォロワーがいる――だが、その総ソーシャルリーチ数はプレイヤーのアカウントも入れると、3300万に上る。つまりこの点において、同報告書はeスポーツチームの潜在的ROI価値の重要な一面を過小評価していることになる。ミード氏は「我々の見方では、エコシステム全体が魅力的でパワフルなのであり、オフィシャルチャネルだけの話ではない」と語った。
海にはまだたくさんの魚が
報告書はブランドとeスポーツチームとのパートナーシップの高ROIにフォーカスしているが、ブランドがeスポーツコミュニティに入り込む手だては、eスポーツチーム・組織との提携だけではない。たとえば、主要eスポーツリーグも例外なく、ブランドとパートナーシップを結んでいる。さらに、BMWやフォード(Ford)といったブランドはロケットリーグ(Rocket League)などの人気タイトルで実施される、小規模イベントのスポンサーシップでも成功を収めている。
eスポーツ組織とのスポンサー契約が強力なアセットになり得るのは確かだ。ただし、十分に資金のあるブランドは最初から海を目指す−−つまり、比較的広いファン層にリーチできるリーグ自体とのパートナーシップ締結という手もある。
[原文:The Rundown: Crunching the numbers on brand ROI demands from esports activations]
ALEXANDER LEE(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)