ラッパーのトラヴィス・スコットがゲーム「フォートナイト(Fortnite)」内でライブイベントを開催したのは、1年以上前のことだ。だが、この出来事が音楽業界の人々の頭から離れたことはない。実際、英通信事業者O2のマーケターらにとって、トラヴィス・スコットのライブはインスピレーションの源となっている。
ラッパーのトラヴィス・スコットがゲーム「フォートナイト(Fortnite)」内でライブイベントを開催したのは、1年以上前のことだ。だが、この出来事が音楽業界の人々の頭から離れたことはない。
実際、ロンドンにある大規模多目的アリーナ「O2アリーナ」の命名権を保有する英通信事業者O2のマーケターらにとって、トラヴィス・スコットのライブはインスピレーションの源となっている。「フォートナイトのようなプラットフォームを使って、アーティストが自分たちのイベントに命を吹き込むことができれば、イベントに関わったすべての人の分け前が大きくなる」という仮説を確かめる場として、O2はこのライブに注目していた。そしていま、自分たちの手でこの仮説を検証しようとしている。
フォートナイト内にバーチャルO2アリーナを建設したのだ。
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期間限定のマーケティングキャンペーン
6月24日から数日間、このバーチャルアリーナでアイランド・レコード(ISLANDS RECORDS)所属のポップバンド、イージー・ライフ(easy life)のライブイベントを開催し、ファンがライブ前からバーチャル会場の周りを探索できるようにした。
ファンはライブが始まるまで、アリーナ近くに設けられた複数のイベント会場で、ミニゲームに参加したり、乗り物に乗ったり、友人たちと過ごしたりすることができた。ライブが始まると、ファンは20分間のインタラクティブライブに参加し、イージー・ライフのデビューアルバム「ライフ・イズ・ア・ビーチ(Life’s A Beach)」の収録トラックにちなんだ6つのエリアを訪れることができた。また、すべてのエリアをコンプリートしたファンがフォートナイト限定のトラックを入手できる仕掛けも用意されていた。
ライブイベントが終わったいま、バーチャルアリーナは閉鎖されている。このような1回限りの体験ではタイミングが重要になると、O2でブランドおよび消費者マーケティングコミュニケーション責任者を務めるサイモン・バルカルセル氏はいう。このイベントの開催期間を6月24日から27日までとしたのはそのためだ。
実際、ブランドとフォートナイトによるタイアップイベントの多くは、期間を限定することで、早く参加しなければという切迫感をプレイヤーに与えている。しかも、O2のような企業のマーケターにとって、この手の期間限定イベントは、さまざまな形のタイアップをテストするチャンスでもある。どのような成功が見込めるのか、どのパートナーがゲーム内でもっとも高い集客力やけん引力を発揮するのかを、より詳しく把握できるからだ。
「音楽が多くの人にとってバーチャルなオンデマンド体験になったいま、ライブイベントもこのような形に移行するのは自然なことだ」と、世界的なマーケティングサービスネットワークのトゥー・ニル(Two Nil)でCOOを務めるグレッグ・カストロヌオーヴォ氏はいう。「このような経験や人生の楽しみ方を、自分の好きなアバターに変身できるデジタルプラットフォームの世界にもたらすことができるのに、リアルの世界に限定する必要があるだろうか。音楽業界にとって、自社のターゲットにきわめて近いオーディエンスを大勢抱えるフォートナイトのようなプラットフォームは、自社製品(ライブ)をファンに提供する革新的で新しい機会を見つけ出すのに効果的な場所だ」。
「ゲームに近い体験を提供する」
バルカルセル氏によれば、O2のイベントはライブがメインだったが、単なるライブのストリーミング中継にならないようにすることが重要だったという。そのうえで、フォートナイト内にO2アリーナを作ったからこそ、より豊かで奥深い体験が可能になったと付け加えた。「現実の世界のなかにもうひとつの世界を構築し、ゲートをくぐってやって来た人々が遊びやファンタジーを楽しめるようにした。そのような場所で過ごす時間はいつもの現実を忘れさせてくれるため、とても印象深いものとなる。オンラインゲームの世界と同じようにだ」と、バルカルセル氏は語った。
こうした取り組みがもたらすマーケティングの可能性は軽視できない。楽曲の賞味期限が短くなったストリーミングの時代にあって、アーティストがビヨンセのようなスターダムに上り詰めるのはかつてないほど困難だ。ほとんどのアルバムは、次々と報じられるニュース記事のように現れては消えていく。フォートナイトのような場所は、音楽ファンとゲームファンの両方をカバーしているため、ブランドを露出させる絶好の機会をもたらす。O2のバーチャルアリーナはイベント終了後に閉鎖されたが、永遠に閉鎖されることはないだろう。O2の広告パートナーであるVCCPが関与していることを考えれば、再開される可能性は高い。
「我々が建設したO2アリーナは、いまもフォートナイト内にある。もちろん、現時点ではスイッチをオフにした状態だが、コードはまだ残っており、一般公開していないだけだ。したがって、再びスイッチをオンにして新たな体験を提供することがこれからの目標になるだろう」と、バルカルセル氏はいう。いまのところ、今後の取り組みはすべてマーケティング関連となり、O2ブランドとアーティスト双方のためのマーケティング活動が行われる予定だ。
だが将来的には、あらゆる活動が開始されることになる。なんといっても、フォートナイトはゲームプラットフォームであり、ユーザーに最適な体験を提供するだけでなく、効果的なマネタイズを実現しているからだ。広告モデルではなくマイクロペイメント(少額決済)モデルをベースとしているため、ユーザー行動が変化しやすく、ユーザーがお金を払うのはユーザー体験を向上する場合に限られるなど、現実世界に近い環境が作られている。
「トラヴィス・スコットのライブの統計データや関連商品から得られた収益を見れば、ゲームに近い体験を提供したときにもたらされる今後の可能性がわかる」と、バルカルセル氏は語った。
バーチャル環境の潜在力
バーチャルライブ自体は目新しいものではない。これを最初に広めたのはセカンド・ライフ(Second Life)だ。オンラインゲームプラットフォームのロブロックス(Roblox)に似たこの仮想世界は、20年近く前に音楽業界の注目を集めていた。
そしていまは、そんなバーチャル環境で過ごす時間が増えた若者たちのあいだで、バーチャルライブのようなアイデアがより広まっているに過ぎない。スコットのライブは、バーチャル環境でどこまで体験を拡大できるのかを試すものとなった。その結果、「アストロノミカル(Astronomical)」と銘打たれたこのバーチャルパフォーマンスは、開催中に合わせて1230万人以上の「フォートナイト」プレイヤーを呼び込んだ。
ITVが6月初めに放映した人気テレビ番組「ザ・マスクド・ダンサー(The Masked Dancer)」の最終回が400万人弱の視聴者数(ピーク視聴者数は500万人弱)だったといえば、この数の大きさがわかるだろう。
[原文:‘The code is still there’: Why O2’s Fortnite gig is just the start of a brand extension]
SEB JOSEPH(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)