若いマイノリティのエグゼクティブとしての日々は厳しく、いろいろな意味で士気が失われ、憂鬱なものだという。ほかの業界と同じように、広告業界でも、キャリアを切り拓こうとしている民族的に多様な背景を持つ人たちは、それまで彼らが考えていたよりもはるかに多くの意識的そして無意識的な人種差別に直面しているのだ。
ほぼ3年間、大手広告代理店に勤めているうちに、黒人のオリ・オラニペクン氏はクライアントにとって「事情通」として、彼自身がしばしば引き合いにだされていることに気がついた。
「見た目のせいで、そうした人物像に祭り上げられることにうんざりしている。彼らが仕掛けたギミックのようだ。若者文化についてのブリーフィングのたびに、クリエイティブディレクターがやってきて、『オリはあいてるか?』と聞いてくる。まるで、160人もいるエージェンシーで自分だけが意見を持っている人間だとでもいうように」と、オラニペクン氏は語った。
クライアントたちがオフィスに来たときは、必ずこの同じクリエイティブディレクターが、クライアントに挨拶するように彼に依頼してきたのだが、それがオラニペクン氏にとってより不快感を抱く場面だった。つまり、エージェンシーは実際よりもより多様性があるように対外的に見せようとしているということだからだ。
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うんざりして、オラニペクン氏はこのエージェンシーをやめて、自身でエージェンシー、スーパーインポーズ・スタジオ(Superimpose Studio)を設立した。
オラニペクン氏のようなエージェンシーの専門職にとって、人種的マイクロアグレッション(悪意のない小さな差別)は彼らの職業生活のなかで避けられないものとなり、多くの場合、同業界の末端へ追いやる、または業界から完全に彼らを追い出してしまうストレス源となっている。あからさまな事例は減少しているようだが、いっぽうで、マイノリティであるという理由だけで、その部屋のなかで「さまざまな意見」を代表しているかのように見なされるといった問題につながる可能性が高いと、従業員たちは述べている。
人種的ステレオタイプが若い広告エグゼクティブたちに、どのようにいまだに影響しているのか
この記事でインタビューをした9人によると、若いマイノリティのエグゼクティブとしての日々は厳しく、いろいろな意味で士気が失われ、憂鬱なものだという。彼らが語ってくれたのは、ほかの業界と同じように、広告業界でも、自分自身のキャリアを切り拓こうと志している民族的に多様な背景を持つ人たちは、それまで彼らが考えていたよりもはるかに多くの意識的そして無意識的な人種差別に直面しているということだ。
「大学時代から広告代理店で働きたいと思っていた。ついに大手エージェンシーのひとつで職を得たとき、自分は恵まれていると感じた」と、元エージェンシー幹部は、将来のキャリアの見通しを損なうことを恐れて匿名で語ってくれた。「この業界でこんなに簡単に客寄せパンダ扱いされることを誰も教えてくれない。最高の自分になることができるとは思えなかった。私の雇用主は多様性を示したかったが、やりがいのある仕事を与えようとはしなかった」。
オラニペクン氏と同じように、この幹部は露骨な差別よりもより見えづらいこの嫌がらせをはねのけた。それでもなお、彼女が経営陣にこの問題を提起すれば、人事担当役員から彼女自身でそれを解決するよう圧力をかけられる感じをいつも受けた。彼女は1年後にそのエージェンシーを去り、それ以来、別のエージェンシーで働いたことはない。「より規模が大きく、一般的にはもっと進んだ考え方をもつと考えられているクリエイティブ企業のひとつがこの調子だから、ほかの企業では状況はもっと悪いだろう」と、彼女は言った。振り返ってみて、彼女は黒人女性であることで職業的成功が損なわれていると確信している。
「ドアを開けてなかに入ると、面接官の目に失望感が表れた。彼らは期待していたのとは違う人物が入って来たと感じている」と、黒人で経験の浅い、あるフリーランスクリエイティブは述べた。
そこから先のステレオタイプを確信できるとき、それを受け入れることには痛みがともなう。別のエージェンシーのエグゼクティブが匿名を条件に明らかにしたように、「私には自信が足りず、それを『インド人女性は自信を持つことができないのだ』ということを理由にしていると、ある人間は決めつけた。私の上司のひとりは、この分野で自分自身を再教育しない限り、これから先のキャリアは望めない、といった」。
「難しいダイバーシティの問題をどう扱っていいか知らない人もおり、私は自分のキャリアの選択をあきらめるつもりはない」と、彼女はいう。しかし、彼女を取り巻く者たちを教育し、環境を変えるために同様の人種・民族の人々とチームを組むことを期待して、より大きなエージェンシーに転職した。「これまでに小さな専門広告エージェンシーで働いていただけなので、彼らは分担制などの制度にしばられていないのだと推測している」と、そのエグゼクティブは述べた。
多様性に関してこの業界は業界内部が思うほど進んでいない
事態はかつてほど悪くないが、その進捗は主にエントリーレベルに集中しているのが事実だ。「私が所属するメディアエージェンシーに来て、すべての黒と褐色の肌のエグゼクティブたちを目にすれば、そこでは多様性と一体性が非常によく反映されていると思うだろう」と、米DIGIDAYによる取材が認められなかった、ネットワークグループのひとつで働く、とある中堅幹部は語った。「しかし、ある一定のレベルに達すると、そこはみな白人だ。どうしてそれが可能なのか?」。
広告業界には多様性の遺産がなく、職場文化を変えることはもっとも難しい。なぜなら、近道はないからだ。
DIGIDAYリサーチによると、エージェンシーで働く人間の39%が差別を経験しており、そのうちの20%が人種差別だという。
リーダー職における性別の不均衡に対処する取り組みは、現在たくさん実施されているが、いっぽうBAME(黒人、アジア人、少数民族)個人を対象にした不均衡への取り組みはそれほど多くない。
数字がこれを証明している。業界団体、イギリス広告業協会(IPA)がイギリスのメンバーを対象にした研究によると、BAMEを背景に持つ人々のすべてのエージェンシー職における割合は、2018年で2割に満たないが(13.8%)、前年の12.9%からは上昇している。経営幹部レベルでは、その動きはいっそう遅く、BAMEをバックグラウンドにする人々の割合はわずか5.5%、前年は4.7%だった。
問題は、エージェンシーのボスたちが通常白色人種の男性と白人女性の「クローン」を雇うことにある、とあるネットワークメディアエージェンシーでBAMEをバックグラウンドに持つシニアエグゼクティブはいう。「たくさんの白人女性が雇われているからといって、それは多様性に対する肯定的なサインにはならない。それではまったく何も変わらない」と、そのエグゼクティブは述べた。
ただし、BAME2020、カルチャー・ヒーローズ(Culture Heroes)、アドバタイジング・ダイバーシティ・タスクフォース(Advertising Diversity Taskforce)など、BAME従業員向けにロールモデルやメンターを雇うことで問題への認識を高める取り組みがあるいっぽうで、クリエイティブ・イコールズ(Creative Equals)は、BAMEのバックグラウンドを持つ人々がどのような扱いを受けているか、そして、それについてどう感じているかに関するデータを有している。
「組織がその責任をHRチームに押し付けると不満がたまる。これは、シニアリーダーシップの問題であり、トップダウンで推められる必要がある」と、IPAのダイバーシティ担当責任者、レイラ・シディッキ氏はいう。
BAMEマイノリティたちが根本的に違うのに、一緒くたにされていることにも同じように「いらいらする」と、シディッキ氏は述べる。シディッキ氏にとって、交差性の概念はここでは重要だ。「たとえば、すべての女性の問題について、彼女たちがひとつのまとまりであるという前提で話すことはできない。黒人女性は白人女性や障害をもつ女性たちとは異なる課題に直面している。」
不寛容の文化
広告業界における多様性に対する居心地の悪さを、オラニペクン氏がしたやり方で、自分の力を引き出す機会に変えることが誰でもできるわけではない。エージェンシーの従業員にとって、最終的に報われることとは適合性であり、これは、人々の行動、服装、および癖に反映されている。
若いマイノリティのエグゼクティブたちの一部にとって、この業界の期待を満たすことは、生き残るために不可欠だ。そのため、なかには白人のようにふるまう者もいると、ネットワークメディアエージェンシーのBAMEエグゼクティブはいう。「自分の発音が、気取ったパブリックスクール環境で育まれたものではない事実を認め、公営住宅で育った、または貧しかった事実を認めるべきであり、自分自身ではない誰かを真似すべきではない」。
この業界が真ん中から上の段階へと向かうために、多様な人材を見い出すことが十分に促進されていない。まれに、そこにたどり着くかもしれないが、BAMEエグゼクティブたちは、自分の立場を使って他人を助けることができると常に感じているわけではない。
「マイノリティのシニアエグゼクティブは数名いたが、彼らは部下たちを気にかけている様子はなかった。実際に一部のBAME従業員たちが白人スタッフを好み、自分と同じ肌色の人々を無視する、または避けていることに自分は気づいていた。優先事項だったダイバーシティグループは最終的に消滅した」と、現在フィンテック業界で働く、元シニアマーケターは語った。
しかし、前の世代ではエージェンシーのほかには道が絶たれていたが、現在の人材はスタートアップやテック企業でそのスキルを活用することができる。それによって、マーケターのなかには彼らが一緒に仕事をしていくことができないロストジェネレーションの人材に対して懸念を持つ者もいる。
「広告業界で多様性に関する数字が改善しているとしても、一体性がその一部として扱われているとは思えない。広告業界で働いているのだから、同じように考え、ある特定のやり方で行動する必要があると人々に信じ込ませるだけでは、多様性の恩恵は完全に失われてしまう」と、住宅金融組合のネイションワイド(Nationwide)で社外コミュニケーションを担当する元エージェンシーエグゼクティブ、タニヤ・ジョセフ氏は述べた。
それが人事問題であるのと同様に、ネイションワイドのジョセフ氏は、マーケターが予算を管理しているので、彼らがその課題を促進するべきだと考えている。たとえば、ディアジオ(Diageo)は、より一体的な職場を創出するために、エージェンシーたちに彼らの戦略を共有することを求めるようになっている。マーケターは、多様性と一体性のある会社とはどうあるべきかという期待において、もっとはっきりとした立場を示す必要があるとジョセフ氏は述べ、エージェンシーを訪問して、彼らの仕事文化を目の当たりにするために、売り込み過程のなかで追加の時間を充てることを提案している。また、マーケターが自分のチームで同じ問題に取り組む助けになるよう設計された一連の取り組みについて、広告主の業界団体ISBAと協力している。
「なかに入ってみて、誰もがいまのベストを尽くせると思えるエージェンシーは多くないと感じている。ある者たちはうんざりして、自分自身でスタートアップを起こすために会社を辞める理由も理解できる。しかし、彼らがそうした選択をしなくてすむような企業を創り出す手助けを我々にさせて欲しいと思う」と、ジョセフ氏は語った。