マーチン・ソレル氏がWPPを離れたことはひとつの時代の終わりを告げる出来事かもしれない。ソレル氏は、非常に露骨な発言をし、露出の多い広告業界人のひとりだっただけでなく、持ち株会社という概念そのものを代表するような人物だった。
マーチン・ソレル氏がWPPを離れたことはひとつの時代の終わりを告げる出来事かもしれない。ソレル氏は、非常に露骨な発言をし、露出の多い広告業界人のひとりだっただけでなく、持ち株会社という概念そのものを代表するような人物だった。
持ち株会社は、過去数十年の間に増えてきたもので、表向きは規模の経済を理由に作られたが、実際のところは、対立が生じるような状況を回避し、エージェンシーのグループが同じセクターに属する複数のクライアントを持てるようにするための方法として考え出された。より大きなマーケティングのパイを目当てに多くのエージェンシーが集まる。その持ち株会社のエージェンシーは、クリエイティブだったり、メディアだったり、アドテク関係だったりする場合もある。持ち株会社はさらに、たとえばデュオポリー(複占)に取り組む過程で交渉力を持ちたがる。
ディープフォーカス(Deep Focus)の創設者で前の最高経営責任者(CEO)であるイアン・シェーファー氏は、「我々はいま、持ち株会社という構造ではうまく処理できないと想定されたあらゆることが、実際にうまくいかなくなる状況に直面している」と語る。統合の欠如から効率性を求めるコンサルティング企業との競争激化まで、うまくいかない問題は後を絶たず、ソレル氏のWPP退社は、持ち株会社モデルの終焉のサインかもしれない。
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退任の理由となったもの
シェーファー氏は、持ち株会社の創世記には、ひとつにまとまり、複数のオフィスを統合することが「効率性」につながると思われていたと話す。だが結局は、効率性は値引きの形で実現されたに過ぎなかった。「たくさん値引きをすれば、クライアントにつけ込まれることになる」と、シェーファー氏はいう。
持ち株会社が苦悩していることは誰でも知っている。WPP自体も、ソレル氏が「いい1年ではなかった」と言っているように、2009年以来最悪の売上となり、アーニングス・ガイダンスを達成できなかった。アナリストによると、特にクライアントが予算を削減し、エージェンシーからのクリエイティブサービスへの需要が落ち込んでいるなかで、WPPの第1四半期の成長はマイナス予測となっている。
そうなる理由のいくつかは市場にあるが、もちろんそれだけではない。大手の消費財企業は、パフォーマンスを重視した広告費支出を望み、必ずしもエージェンシーを通さない、新しいお金の使い方を生み出した。そこでもまた、彼らのマージンを減らす動きが続いている。
WPPの元幹部は、マージンに関する特定の圧力が持ち株会社にもっとも打撃を与えていると語る。この人物は「厳しい財政状況がマージンの管理につながっている」と述べる。持ち株会社が自社の財政を管理する方法も時代遅れだという。利益と損失が通常はオフィスレベルで測られているためだ。
「ソレル氏はクライアントの支出削減についてとめどなく話し続けるが、そうした企業のバランスシートを実際に見てみると、彼らは支出を切り詰めているわけではないとわかる――使う場所が変わっているだけだ」と、WPPの元幹部は話す。
本当の意味での脅威
コンサルティング会社の脅威も続いている。持ち株会社と比べて、コンサルティング企業はパワーも規模も大きい。コンサルティング会社はエージェンシーの領域に忍び寄っていて、2017年は統合に焦点が当てられていたが、2018年、コンサルティング会社の多くはその守備範囲に、完全なメディアバイイングではないものの、メディア戦略を加えはじめている。
クライアントとの関係にダメージがおよぶことを避けるために名前は伏せるよう希望した検索コンサルタントによると、クライアントは積極的に「エージェンシー持ち株会社」から離れようとしている。この人物は、全体として、ひとつの持ち株会社の傘下にある、あるいはソレル氏が好む「チーム」としてのアプローチやほかのアレンジメントのもとにある複数のエージェンシーのオフィスで広告を制作することは、クライアントにとって価値のないことだと話す。「コンセプトは機能しているが、企業の文化がそこに近づくには時間がかかる。持ち株会社が犯した間違いは、それぞれがまだ別々の損益計算書を持っていて、商売のことがよくわかっていないことだ」。
ソレル氏は、MECとマクサス(Maxus)を組み合わせてメディアエージェンシーのウェーブメーカー(Wavemaker)を創設したように、WPPのビジネスを統合する取り組みを裏で誘導した立役者のひとりだった。このアイデアは、「ホリゾンタリティー(水平であること)」と銘打たれ、WPPの仕事を簡素化することを狙ったものだった。だが社内では、ビジネスはサイロ化されたままだった。「彼らは、エージェンシー同士や地域間のコラボレーションを主張しているが、ボーナスを計測する場合は、オフィスごとに測られている」と、WPP元幹部はいう。
「一時代の終わり」のあと
持ち株会社以後の時代には何がおきるだろう? 大手銀行バークレイズ(Barclays)による「一時代の終わり(End of an Era)」と題したソレル氏についてのリサーチノートには、企業パフォーマンスに関して、WPPの組織再編によって業界の諸問題が解決される可能性があることが、もっともよい変化だと書かれている。その方法のひとつがエージェンシーの合併だろう。
別の選択肢もある。WPPが事業の外殻として単に「持つ」ためだけに存在し、調整のためのエージェンシーになることだ。リサーチノートには「WPPが配信マシンだった30年以上のあいだ、拡大はよいことだった。我々は、これはもはや最適ではないと考えており、進化に固執するよりWPPに革命を注入することを支持する」とある。
業界のベテランは、もうひとつの可能性として、ソレル氏の退社で個々のネットワークやそのネットワークのリーダーにより多くのスポットライトが当たる点を指摘する。「彼の退社は、WPP本社にいる人間を整理、改革するための機会になるはずだ。強力なリーダーシップと、エージェンシーのマイクロマネージメントという彼のスタイルから解放されるときだ」と企業経営コンサルタントであるウェイポイント・パートナーズのパートナー、アンディー・マーヘル氏は語る。
別のWPP従業員も同じ考えを持っている。「エージェンシーは、WPPの考え方に縛られるのを止め、自分自身で会社を運営していくときがきた」。
持ち株会社モデルは残る
もちろん、エージェンシーはしぶとく生き伸びるし、ここに書いたことは、言うのは簡単だが実行は難しい。WPPは存在し続けるだろう。WPPの分割は本当に難しい。コンサルティング会社リザルツ・インターナショナル(Results International)のパートナーであるジュリー・ラングレー氏は、「WPPの未来についてあれこれ思いを巡らせるのは自然なことだが、WPPほど巨大で複雑な持ち株会社の再編は至難の業だ」という。
「持ち株会社は大きすぎて解体できないので、持ち株会社モデルは残っていくだろう」と、カレイド・インサイツ(Kaleido Insights)のメディア業界アナリスト、レベッカ・リーブ氏は語った。
Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)
Seb Joseph and Lucia Moses contributed to this report.