英国の反トラスト法当局の加勢を機に、Googleのプライバシーサンドボックス構想を巡る風向きが変わるかもしれない。少なくとも、51ディグリーズ(51Degrees)の共同創業者で、最高経営責任者(CEO)を務めるジェイムズ・ローズウェル氏はそう期待する。
英国の反トラスト法当局の加勢を機に、風向きは変わるかもしれない。
少なくとも、51ディグリーズ(51Degrees)の共同創業者で、最高経営責任者(CEO)を務めるジェイムズ・ローズウェル氏はそう期待する。Googleを池に喩えるなら、51ディグリーズはその池で泳ぐメダカのごとき小さなアドテク企業だ。そして、国の競争監視機関の関与が期待されるのは、Googleが旗振り役を務める、Cookieなき世界を見据えたトラッキングおよびターゲティング技術の開発プロセスにほかならない。
ワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(World Wide Web Consortium)は、W3Cの略称で知られる国際的なウェブ標準化団体だ。現在、サードパーティCookieを代替するトラッキング、ターゲティング、効果測定技術の開発をめざし、プライバシーサンドボックス構想を主催している。しかし主催といっても、実質的な推進母体はGoogleだ。そしてこの構想は、(最近になって延期が発表されはしたが)膨大な利用者を擁する同社のChromeブラウザで、サードパーティCookieの使用を停止する計画とも連動している。ローズウェル氏ら、中小のアドテク企業の経営者たちは、Googleが関与すれば、デジタル広告の巨人にも喩えられる同社の支配下において、プライバシーサンドボックスの開発過程に歪みが生じるのではないかと懸念している。
Advertisement
しかし、このパワーバランスは変化するかもしれない。というのも、英国の競争・市場庁(Competition and Markets Authority:CMA)は、Googleのプライバシーサンドボックス構想が市場競争に与える影響について調査を行っており、6月11日には、同構想へのCMAの参加を積極的に進めることにGoogleが合意したことが明らかになった。ローズウェル氏は、CMAの関与は、プライバシーサンドボックスの公平性に資するだろうと期待する。同氏は「マーケターズ・フォー・アン・オープン・ウェブ(Marketers for an Open Web)」という、「20人に満たない」匿名会員からなる小規模な業界団体の主宰者でもある。
ローズウェル氏によると、CMAはGoogleに対して一定の影響力を持っているという。同氏は、マーケターズ・フォー・アン・オープン・ウェブの代表として、CMAに対しても、Googleの活動をもっと積極的に監視すべきと働きかけてきた。というのも、Googleが進めている計画は、51ディグリーズのようなアドテク企業が、広告目的で個人データを収集し、利用するための技術的な基盤を改変することになるからだ。ローズウェル氏は、米DIGIDAYの取材でこう述べている。「CMAの関与は、W3Cを含む業界全体とGoogleの力関係に変化をもたらすだろう。サッカー用語を借りるなら、CMAは、ピッチにいて、ファウルを宣告し、レッドカードを出せる、いわば審判のような存在だ」。
CMAは「多大な投資」を行っている
プライバシーサンドボックスの取り組みにおいて、Googleの透明性、開放性、公正性が認められれば、CMAが同社に対する調査活動を終了することも考えられる。Googleは6月24日に、サードパーティCookieの全面廃止を延期すると発表した。この決定にも、CMAのプレッシャーが働いたと思われる。CMAがGoogleのプライバシーサンドボックスの内容を吟味した結果、「市場関係者のなかには、Googleと利害関係者の関わりはW3Cを通じたものであり、制限があるうえに技術的な性質が強く、第三者がGoogleの提案に参加したり、これを検証したりするにも限界があると主張する者もいる」という。
Googleは、自社の事業に有利で、他社には不利な新しい広告技術を業界に強要しないこと、そのために必要な措置を講じることをCMAに約束した。CMAがこの約束を認めれば、それは法的な拘束力を持つことになる。約束のなかには、次の内容が含まれている。「Googleは、CMAから要請があれば、W3Cその他で行われるプライバシーサンドボックスの議論にCMAの参加を促すよう努める」。
CMAのディレクター、シメオン・ソーントン氏によると、CMAはプライバシーサンドボックスの取り組みを継続して監督するために、データサイエンティストなどの人員の拠出を含め、すでに「多大な投資」を行っているという。欧州経済に影響を与えるさまざまな問題について研究する非営利団体、経済政策研究センター(Centre for Economic Policy Research)が6月7日に開催したデータプライバシー政策に関するカンファレンスで、ソーントン氏はこう述べている。「Googleの約束に基づいて、CMAは、試験運用を含むあらゆる機会を通じて、プライバシーサンドボックスの開発、導入、監視などに密接に関与する意向だ」。
W3Cは政府の関与を歓迎するが、一部は懐疑的
しかし、W3Cの戦略責任者で顧問弁護士でもあるウェンディ・セルツァー氏によると、W3Cでプライバシーサンドボックス技術の開発を担当する部会に、CMAの代表者はまだひとりも派遣されていない。目下、CMAはGoogleの約束の中身を精査しつつ、W3Cにどのような形で参加すべきかについて、関係当事者から意見を募っている。
W3Cは政府機関ではないが、世界各国の政府とつながりを持っている。W3Cの本来の目的は、会員組織、専任スタッフ、そして「一般市民」からなる国際的なコミュニティとして機能することだ。セルツァー氏はこう語る。「W3Cは政府機関や省庁の参加を歓迎する。彼らはW3Cが策定する各種標準のユーザーであり、その結果に利害関係を持つ公共のステークホルダーであり、評価を行う人々だ」。しかし、W3CがCMAに対して、プライバシーサンドボックス技術に関する最終的な意思決定に特別な影響力を認める意向はないようだ。
とはいえ、W3Cによる過去の標準策定に政府が関与した例はある。たとえば、米国の連邦取引委員会とEUのデータ保護指令第29条作業部会(Article 29 Working Party)は、トラッキング防止(Do Not Track)技術の標準策定に参画した。しかしいまのところ、W3Cでプライバシーサンドボックス構想を監督する部会「ウェブ広告事業改善グループ(The Improving Web Advertising Business Group)」に、政府関係者の姿は見られない。
W3Cには、英国、米国、中国などの政府や政府機関がメンバーとして参加している。米国の複数の政府機関とともに、英国政府(一覧には「女王陛下の政府[HM Government:HMは、Her Majesty’sの略]」と表記されている)も会員一覧に名を連ねる。さらにW3Cは、欧州委員会や米国保健福祉省など、政府機関から資金提供も受けているという。
ただ、W3Cには公開の会議を認めないなどの問題もあるとされており、CMAの関与についても、開かれた政府を提唱する市民団体などの調査の対象になることも考えられる。匿名を条件に話を聞いたあるプライバシー技術者は、「W3Cの会議は会員以外には非公開で、後日、議事録が公開されるのみである。これは問題だ」と指摘する。この人物は、CMAがGoogle監視の一環として、プライバシーサンドボックスに関するW3Cのプロセスに関与するのであれば、このプロセスは公開されるべきだと主張する。そしてその理由として、「CMAから派遣される人の給料を負担するのは納税者で、この人は企業の利益を代表する人々が集まる会議に出席し、そこで政策が策定されるからだ」と説明した。
KATE KAYE(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)