[ DIGIDAY+ 限定記事 ]エージェンシーへの支払期限の引き伸ばしは、これまで長年くすぶっていた問題だ。この問題が、ここにきて大きな騒ぎとなっている。だが、問題はこれだけでない。業界内でマーケターがエージェンシーらに対して柔軟な対応を求めすぎており、このままではエージェンシーとブランド各社の信頼が損なわれかねないと危惧しているのだ。
[ DIGIDAY+ 限定記事 ]エージェンシーへの支払期限の引き伸ばしは、これまで業界で長年くすぶっていた問題だ。この問題が、ここにきて大きな騒ぎとなっている。
米大手食品会社のゼネラルミルズ(General Mills)は5月、新たにクリエイティブエージェンシーを探していると発表した。現在のRFP(提案依頼書)について、これまでエージェンシーのあいだでは、実にさまざまな問題点が論じられてきた。たとえば営業で披露したクリエイティブに関するアイデアの所有権、営業プロセスへの報酬の欠如といった問題は広告メディアのAdweek(アドウィーク)でも報じられたとおりだ。なかでも120日という支払期限は、とりわけ大きな問題となっている。ゼネラル・ミルズのCMOは、これについて6月初旬に出した声明のなかで「不快に感じている関係者がいる」ことを認めている。
それと同時に同社は、ほかにも複数の大手マーケターが同じ支払期限を設定していると主張している。だが、この件についてエージェンシー各社が問題視しているのは、支払期限の長さだけではない。業界内でマーケターがエージェンシーとベンダーに対して柔軟な対応を求めすぎており、このままではエージェンシーとブランド各社のあいだの信頼が損なわれかねないと危惧しているのだ。
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支払期限が長引き、エージェンシーにとって負担になるのは、いまにはじまったことではない。大手マーケターのなかには、ここ10年のあいだ支払期限をどんどん引き伸ばしてきた企業も存在する。引き伸ばしがはじまったのは、2008年の金融危機がきっかけだ。キャッシュフローのためにはじまったこの引き伸ばしは、いつしかマーケターの常套手段へと変化していった。この引き伸ばしがとりわけ多く見られたのが、消費財分野でマーケティング予算が5億ドル(約550億円)を超えるような大手企業だ。
そして、ここ6〜7カ月で、大手ブランド企業がさらなる引き伸ばしを要求するようになった。事情に詳しい関係者によると、クライスラー(Chrysler)は昨年秋に支払期限を180日間にまで伸ばすことに成功したという(クライスラーはこの件について回答を拒否した。また、昨年12月に同社の北米メディア事業を買収したスターコム[Starcom]も回答を拒否している)。さらにアメリカ広告業協会(American Association of Advertising Agencies、略称4As)によれば、ある大手ブランド企業はこれと時期を前後して、異常とも思える1年もの支払期限を要求しており、複数のクリエイティブおよびメディアエージェンシーから苦情が寄せられたという。エージェンシー各社は最終的にこの条件を拒否した。だが、同企業は書面上、この1年という支払期限について、エージェンシーが同意したようにも見える契約にこだわったといわれている。
長い支払期限を要求するブランド企業は、エージェンシーと健全な関係にあると主張している。ゼネラル・ミルズは声明のなかで、複数のエージェンシーと「素晴らしい関係」を築いており、提携を続けていると述べている。120日間の支払期限を要求した製菓メーカーのモンデリーズ(Mondelez)は、「全体として互恵関係を確実に維持」するように気を配っているとしている。
だが、エージェンシー側はこの問題を危惧しつづけている。4Asのプレジデント、マーラ・カプロウィッツ氏は「前の契約よりもさらに良い条件を引き出したいという欲求があるのだろう」と分析する。「それがやがて、限界まで要求しようという姿勢に変化していった」。
待つ価値はある?
エージェンシーに長い支払期限を受け入れてもらうには、より良い契約を提示する必要があることに気づいたブランドのなかには、新たなインセンティブを導入した企業も存在する。
これまでブランド企業は、支払期限が来るまでのあいだ、エージェンシーに対して銀行が提供するサプライチェーン・ファイナンスを使って収益の一部を確保することを提案してきた。だがこの場合は手数料がかさんでしまう。そんななか、エージェンシー側の事情に詳しい関係者によると、ここ数カ月のあいだにマーケターのあいだで新たな動きが出てきたという。支払期限の延長に合意したエージェンシーに対し、上記の手数料を払い戻す企業が表れたのだ。
だが、同関係者はこの申し出も後で取り消されるかもしれず、エージェンシーにとっては大きなリスクを抱えることになると指摘している。
この提案を行った企業のなかにゼネラル・ミルズとモンデリーズが含まれているかは不明だ。両社は支払期限の長期化によるエージェンシーの負担を軽減する財務ツールやソリューションを用意していると主張している。だが、この具体的な内容を訊ねてもモンデリーズは返答せず、ゼネラル・ミルズは回答を拒否した。支払期限が長いことで知られる大手ブランドはほかにもP&Gやアンハイザー・ブッシュ(Anheuser-Busch)、コティ(Coty)、マース(Mars)などが知られているが、いずれの企業もこの件に関するコメントを避けており、ケロッグ(Kellogg’s)は回答を拒否している。
4Asのエージェンシー管理サービス部門でエグゼクティブバイスプレジデントを務めるトム・フィナラン氏は「このなかには透明性の改善を声高に叫んでいる企業もあるのに、支払期限の引き伸ばしやサプライチェーン・ファイナンスの話になった途端に口をつぐむ」と、皮肉交じりに語った。
いずれはどこかが合意する
こうしたインセンティブがあろうがなかろうが、支払期限の引き伸ばしに合意するエージェンシーはいずれ出てくる。そうすれば連鎖反応が起きてしまう。支払期限の引き伸ばしは報道されているほど業界に広まってはいないと主張するエージェンシー関係者もいる。だがこれ以上、引き伸ばし契約の締結に成功したブランドが増えれば止めるのは難しくなる。あるメディアアドバイス企業の役員によると、なかには営業の話を聞く前に、120日間の支払期限への合意を求めるブランドすら出てきていると明かす。
調査企業のAARパートナーズ(AAR Partners)でプレジデントを務めるリサ・コラントゥオノ氏は「少しでも譲歩すれば、要求はどんどん大きくなる一方だ」と嘆く。同氏は、4Asや全米広告主協会(ANA)が協力して、この問題に断固たる姿勢を見せるべきだと主張する。「支払いは少しずつ引き伸ばされる一方だ。これから我々にどうしろというのか。仕事をして、支払いは半年待てと?」。
エージェンシー関係者らは、ブランドが支払期限の引き伸ばしを要求するのは、キャッシュフローの柔軟性を高めるためだと指摘している。だからこそ、エージェンシーは難しい立場にある。とはいえ、業界のなかにはこれはクライアントの問題であって、エージェンシーがそこまでする必要はないと考える者も多い。
ヤング&ララモア(Young & Laramore)のCEOであるポール・クナップ氏は、米DIGIDAYへのメールのなかで「大企業だからといって、まるで当然の権利かのように大手をふるったエージェンシーいじめが正当化されるわけがない」と、指摘する。「エージェンシーは断固として『ノー』を突きつけなければならない。それか、ブランドに対して健全な範囲で価格を上乗せすべきだ」。
止まらない負の連鎖
エージェンシーが引き伸ばしに合意した場合、その影響はさらに波及していく。コンサルティング企業メタフォース(Metaforce.co)の共同創設者、アレン・アダムソン氏は次のように指摘する。「もし大手エージェンシーがクライアントに搾り取られたとして、そのまま黙って受け入れるわけがない。エージェンシーが今度はサプライヤーから搾り取るのだ。上流から下流へと負の連鎖は続いていく」。
以前に米DIGIDAYが報じたように、支払期限の長期化による影響を受けているのはパブリッシャーとアドテクベンダーも同様となっている。とりわけ深刻なのはサプライサイドプラットフォーム(SSP)だ。SSPは従来どおり30日の支払期限でパブリッシャーに支払わなければならず、支払いの回収はデマンドサイドプラットフォーム(DSP)次第となっている。
あるSSPの役員は「余裕はあまり残されていない」と明かす。「DSPとの供給関係がコモディティ化するなかで、供給は替えがきくものになりつつある。つまり支払期限について騒ぎ立てたとしても、DSPからすれば引き伸ばしに同意する他社に乗り換えれば良いだけなのだ」。
高まる緊張感と関係性のコモディティ化
支払期限への要求が厳しさを増す現状について、より重大な問題の兆候だという指摘がある。それがエージェンシーとクライアントの関係、エージェンシーとベンダーとの関係で生じつつある問題だ。
アダムソン氏は「クリエイティブのコモディティ化が起きている」と指摘する。「エージェンシーがクライアントから搾取しているのは、それができる状況だからだ。支払期限はこれからも伸び続けるだろう。他社と差別化できる要素がなければ、価格面で競争するほかないからだ。一度その競争に巻き込まれれば、あとは底辺への競争だ」。
メディア業界におけるコモディティ化はもっと以前から進行しつつあったという意見もある。あるSSPの役員は「多くのメディアが隠しているが、サービスはコモディティ化してしまったのだ」と語る。「ほかのエージェンシーと差別化できているエージェンシーは本当に少ない。どこも自分たちがいかに魅力的な条件を提示できるかを誇示している。だが実際はどこも同じ条件なのだ。プロセスひとつひとつに至るまで同じものになっている。エージェンシーだけでなく、DSPをふくめてこの業界はどこだって同じだ。だからこのエコシステムで競争できるのはもはや価格しかない」。
エージェンシーとベンダーのコモディティ化は、企業提携におけるより大きな問題の兆候だと捉える関係者は多い。
360iの創設者、ジャレッド・ベルスキー氏は米DIGIDAYへのメールのなかで「支払期限の長期化は鉱山のカナリアだ」と指摘する。「提携において大切なのは信頼関係だ。アイデアや品質、チーム、透明性、効果測定についてクライアントからたくさんの要求があるのはこちらも望むところだ。
だが、もし提携をはじめる前に、クライアントが『これから半年のあいだ無料で働いてくれ』と要求してきたら、エージェンシーはクライアントにこう問いかけるべきではないか。『これは結婚のようなものだ。結婚生活をそういった要求でスタートして、本当に幸せになれるだろうか?』と」。
Kristina Monllos(原文 / 訳:SI Japan)