Appleによるアプリ内トラッキング制限の影響で、企業の広告予算の配分に明らかな変化が起きている。背景にはプライバシー保護方針の一環としてAppleが導入したATTが、すでに一定の普及率に達した事実がある。広告予算はAndroidへと流れつつあり、モバイルマーケティングはもちろん、CPM価格も変化している。
Appleによるアプリ内トラッキング制限の影響で、企業の広告予算の配分に明らかな変化が起きている。
その背景には、プライバシー保護方針の一環としてAppleが導入したATT(App Tracking Transparency:アプリトラッキング透明性)のシステムがある。このATTに対応したiOSのバージョン(14.5.1、14.6、14.7)が、すでに一定の普及率に達しているのだ。
新興モバイル・アドテクベンダー、ブランチ(Branch)提供のデータもそれを裏づけており、最新3バージョンのインストール率は6月20日時点で70%となっている(下記グラフ参照)。
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もはやATTからの逃げ場はなし
ATT対応のiOSを搭載したデバイスが増えれば、より多くのユーザーがアプリを開いた際にモバイル広告識別子(IDFA)を利用したトラッキングに関する質問を目にすることになる。「本アプリがあなたのデータをほかのアプリやウェブサイトを横断して追跡することを許可しますか?」――そんなふうに聞かれれば、データの共有を拒否するユーザーが増える可能性も出てくる。
この現象は、iOSのATT対応バージョンがまだ広く普及していなかったころには問題にならなかった。ユーザーのオンライン行動から自動的に取得したデータをもとにマーケターが獲得する広告インプレッション数は、ATTのプライバシー保護下の広告インプレッション数をつねに上回っていた。多くのマーケターにとって、従来とほとんど変わらない状況がしばらく続いていたのだ。しかし、いまやマーケターには逃げ場がなくなった。ATTの課題に真っ向から向き合うしかない。
この状況を受けて、企業はマーケティング予算配分の見直しをおこなっており、GoogleのAndroid OSを搭載したデバイス向けの広告投資を増やしつつある。Android端末であれば、どのユーザーがどの広告をクリックしたか、広告閲覧がアプリのインストールや商品の購入といったその後のアクションにつながったかどうかなどを、制限を受けずに追跡できるからだ。
モバイルゲームパブリッシャーのティルティングポイント(Tilting Point)でデータ・成長部門のシニアバイスプレジデントをつとめるジャン=セバスチャン・ラヴェルジュ氏はこう述べている。「Androidへの広告支出が増え、広告枠争奪戦が激しくなっているという見方があるが、まったく同感だ」。
増え続けるAndroid向け支出
この傾向は今後、ますます顕著になるかもしれない。100以上のモバイルアプリに投入される年間5億ドル(約550億円)の広告費の動向を分析したモバイル分析プラットフォームのアップシューマー(Appsumer)によると、同社のクライアント企業の広告支出はATTの導入以前、60対40の比率でAndroid向けが多かった。ところがその比率は、今年5月31日から6月13日の2週間には62対38になっていた。
アップシューマーの調べでは、予算配分のシフトにひと役かっているのは小規模クライアントで、2021年初からATT導入までのiOSへの支出は平均で広告費全体の31%だったが、ATT導入後には7ポイント減少した。また、中規模クライアントもiOSへの支出を抑制しており、減少幅の平均は11ポイントだった。ただしこの平均値は、iOS上の広告がATT導入前に急増したため、導入後の実績よりやや高めに出ている。
このように広告費がAndroidへ流れている現象自体は驚くべきことではない。
ターゲティングと広告効果測定が難しくなったiOSから、宣伝活動がより容易なAndroidへ予算の一部を振り替えることは、広告主にとっては必然的な展開だった。総合メディア&イベント会社のアドエクスチェンジャー(AdExchanger)によれば、Appleが当初発表していた2020年9月のATT導入予定を見すえて、8月にはもう予算配分を変更した企業もあった。導入が2021年春に先送りされると決まったあと、予算振り替え傾向が強まり、時が経つにつれてますます顕著になった。
どのように施策の最適化をはかるか?
2月2日から7日までのデータを見てみよう。合計で15億ドル超(約1660億円超)にのぼる世界のモバイル広告支出を分析したシンギュラー(Singular)によれば、マーケターはこの間、Androidアプリのインストールを促すキャンペーンに広告予算の56.16%を投入し、iOSアプリの同種のキャンペーンに43.84%をつぎこんだ。
しかし、6月14日から22日のデータでは、Androidが70.29%、iOSが29.71%となっている。この支出比率の変化は、AppleのiOS 14.5リリース前の数週間から数カ月のあいだに、プライバシー保護の厳格化を見込んだ駆け込み需要でiOS上の広告配信が一時的に膨れ上がったことも影響している。
マーケターはiOS広告在庫の買いつけに走り、モバイル広告識別子(IDFA)を次々と取得した。しかしこうした需要の高まりも、業界における大きな流れの一部でしかない。ATTに準拠したiOSを搭載したデバイスの普及を受けて、マーケターは対策を講じる必要に迫られた。
「iOS14.6のリリースでは、Appleからユーザーにバージョン更新を強く促すメッセージが送られたが、14.5リリースの際には広告費に大きな影響は出なかった」とジョナサン・ハロップ氏は振り返る。モバイル広告プラットフォームのアドコロニー(AdColony)でグローバル・マーケティング&コミュニケーション部門のバイスプレジデントをつとめるハロップ氏は、次のように述べている。
「実のところ、Android向け広告支出増のペースは、iOS向け支出の数ポイント減というペースをはるかに上回っていた。これは、企業の広告投資額自体が伸びていることを意味する。OSを最新バージョンに更新するユーザーが増え、アプリ開発者がATTを実装したアプリの改訂版をリリースしつづけるようになれば、広告主も引き続きマーケティング戦略を試験的に実行し、そこから学び、調整をおこなって施策の最適化をはかるだろう。たとえば、SKAdNetworkを利用したキャンペーンの最適化などだ」。
広告入札戦略にも影響
主要OSへの広告支出のバランスが変われば、当然の結果として料金も変動する。
「こういった変動はある程度、想定の範囲内だ。なぜなら我々はアプリ内広告のユニファイドオークションを効率化してCPMを上げるべく、つねに変更をおこなっているからだ」と語るのは、ロケーションマーケティングのグラウンドトゥルース(Groundtruth)傘下で天気アプリを運営するウェザーバグ(WeatherBug)の収益管理シニアバイスプレジデント、マイク・ブルックス氏だ。「とはいえ、AndroidのCPMはいま、感謝祭翌日のブラックフライデー(11月の第4金曜日)より高くなっている。つまり、ATTのおかげで業界エコシステムに起きつつある現象の影響を多少なりとも受けているということだろう」。
モバイルアドテクベンダーのブリス(Blis)が発表した直近のデータもその見方を裏づけている。以下、Android広告のCPMの3カ月間の推移をご紹介する(料金は社外秘のため非開示だ)。
6月6日までの1週間(iOS 14.6の普及が本格化しはじめた週)の数値を、6月20日までの1週間(iOS広告入札件数の約半数がATT対応バージョンのiOS対象)の数値と比べてみよう。Android広告のCPMは全世界で約2%上がり、米国におけるCPMは12%、英国におけるCPMはそれぞれ16%伸びている。
しかし、ATTに関してはこれまで同様、状況は単純ではない。たしかにCPMが上昇傾向にあるのは事実だが、ブリスをはじめとするアドテクベンダーが支払っていた単価は、現在より3月時点のほうが高かった。特定のキャンペーンに起因する単価上昇と思われるが、こういった入札戦略の基準の変更も、ATTと同じくCPMに影響を与える可能性がある。
iOSのビッドリクエストは下降傾向
「広告主が支払うインプレッション料金は、基本的には自ら参加したCPM入札の結果であり、入札条件はキャンペーンごとに異なる」と、ブリスのCTO、アーロン・マッキー氏はいう。買い手側の入札戦略以外に、売り手側がとるアクションもCPMに影響を与えるとみられる。パブリッシャーが送信するビッドリクエスト(サイト内の広告枠募集をマーケターに通知するコード)は、その代表的な例だ。
ブリス提供の折れ線グラフのデータによると、6月20日までの4週間、iOS(全バージョン)におけるビッドリクエストの件数(オレンジ色の線)はAndroidの件数(青い線)とは対照的に、世界全体で下降線をたどっている。
次に、米国の動向を見てみよう。過去2週間のビッドリクエスト件数では、iOSはAndroidを32%も下回っている。これはiOSの件数自体の減少によるものだ。ブリスの調べでは従来、AndroidとiOSの件数はもっと拮抗しており、その差は5%から10%の範囲にとどまっていた。
「英国のビッドリクエスト件数も似たような傾向を示していて、およそ20%の差がある(iOSのほうが少ない)」とマッキー氏はいう。「我々の分析はまだ、この現象の原因をつきとめるまでに至っていない。たとえば、パブリッシャーの一部が収益化戦略を変更した可能性もある。つまり広告配信を取りやめたり、配信件数を減らしたりといった行動の結果かもしれない。あるいはSSP側による、どのタイプの広告在庫に入札するかという選択の結果かもしれない」。
「最適解」はいまだ不透明
いずれにせよ、広告予算配分のこうした変化が恒久的な傾向として定着するかどうかはまだ不明だ。
キャンペーンの成果を重視するマーケターは普通、自社の広告配信先のOSがiOSであろうとAndroidであろうと、大した違いはないと考えている。以前は両方のOSの枠を買いつけ、似たタイプのオーディエンスを対象に広告を表示し、似たような成果を上げていたが、いまやそれが難しくなってきた。マーケターがiOSデバイス上のモバイル広告識別子を取得できなければ、キャンペーンの計測精度が落ち、広告をクリックする可能性が高いユーザーに到達するためのコストが増大する。
iOSとAndroidという2つのOSに対し、それぞれ異なる戦略を取るべきか否か、マーケターたちはいま、自問自答していることだろう。
[原文:As ATT hits critical mass, media spending see-saw from iOS to Android continues]
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)