拡張現実(AR)は、デジタルリテールにおけるフリクションポイント(ユーザーにとっての障壁)を取りのぞくカギとなるだけでなく、新たなハードウェアのサポートにより、ショッピング体験やユーザーを引き寄せる無限の方法をファッション業界に提供している。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
拡張現実(AR)は、デジタルリテールにおけるフリクションポイント(ユーザーにとっての障壁)を取りのぞくカギとなるだけでなく、新たなハードウェアのサポートにより、ショッピング体験やユーザーを引き寄せる無限の方法をファッション業界に提供している。
AR技術で返品問題を解決
全米小売業協会(National Retail Federation)によると、米国で消費者が返品した商品価値は、2020年には4280億ドル(約48兆8600億円)に達しており、これは小売業の総売上高の10.6%に相当する。一般的にAR(拡張現実)のアプリケーションは、スナップチャット(Snapchat)で行っているルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)やラルフ・ローレン(Ralph Lauren)など、さまざまな小売業者でバーチャル試着やトライオン体験に活用されているが、返品に関してもとても実用的である。
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正確なサイズと寸法があればユーザーは購入前に衣料品を試着することができ、よりよいユーザー体験を得られる。ショッピファイ(Shopify)によると、48%のユーザーが、オンラインショッピングをもっとも敬遠する理由は試着ができないことだと考えている。スナップ(Snap)がフォーサイトファクトリー(Foresight Factory)とともに行った調査では、購入前にARを利用するZ世代の買い物客は5年以内で57%増加するとしている。ショッピングでARを利用したことのある消費者の56%は、それが購入の後押しになったと話している。
日常にARを取り入れることで慣れてもらう
より多くのユーザーにARの利点に気づいてもらう重要な手法のひとつは、日常的な場面にARを取り入れることで、消費者にその技術に慣れてもらうことだ。1年前に設立されたドレスX(Dress X)では、Google Meet(グーグル・ミート)にARによるファッションを統合、ユーザーは通話によってバーチャルな服を着ることができる。ドレスXの創業者ダリア・シャポバロワ氏は次のように述べる。「とくに最近のFacebookによるメタバースでの未来の構築に関する発表もあり、現在よりもさらに速く進化していくのは間違いないだろう。ますます多くの人が使用事例を理解し始めるはずだ。私たちはすでにGoogle Meetを通じて通話中のARをベータ版でテストしており、来年にはより広く活用を始める予定でいる」。
バーチャルデザイナーやクリエイターに新たな可能性を提供
ソフトウェアプラットフォームのClo3Dで独自の3Dの衣類をデザインできたり、初のデジタルガーメントを市場に送り出したバーチャルデザイナープラットフォームのザ・ファブリカント(The Fabricant)がオンラインクラスを開講したりと、テクノロジーがより普及していくにつれて、AR空間はこれまでファッション業界にアクセスできなかったバーチャルデザイナーやクリエイターに新たな可能性を提供している。スヌングロー(Sununguro)の名で活躍しているARアーティストのナイジェル・マトンボ氏は、過去にはARスペースのイメージ制作は行っていなかった。しかし一連の実験とインスタグラムのタグがきっかけで、数週間もしないうちに彼はヴァージル・アブロー氏とルイ・ヴィトンのために初のARエフェクトをインスタグラム上でデザインすることになった。「最初の大きなプロジェクトはインスタグラム経由で起こった。テストしていたエフェクトをひとつ、アップルストアに出勤する途中で投稿した。そのためにウーバー(Uber)の中でスマホを接続しなくてはならなかった。その際にルイ・ヴィトンとヴァージル・アブロー氏をタグ付けした。とくに何かを期待してはいなかったけど、驚いたことにヴァージルから返事がきた」とマトンボ氏は話す。ARの世界はまだ初期段階にあるが、新たなデモグラフィックを開拓する若いクリエイターたちと関わるチャンスをブランドに提供している。
3DのARアプリケーションでショッピング体験を再現
実店舗の小売業者も、ユーザー体験の向上のためにバーチャルストアを統合している。11月19日、ダイソンデモVR(Dyson Demo VR)のショールームでは、消費者がVRヘッドセットを使ってオキュラス(Oculus)内の仮装空間を歩き、ダイソンの美容ツールに触れることができた。仮想店舗では、ARをさまざまに統合してユーザーが空間内を物理的に移動できるようになれば、ブランドはメタバースへと拡張できるようになるだろう。
しかし実店舗だけが、おもしろいショッピング体験を小売業者が再現できる唯一の方法とは限らない。ブラックフライデーに向けて、イギリスの小売企業ブーフーマン(BoohooMAN)は先週「Hack Friday(金曜をハックしろ)」というスローガンのもと、イギリスと米国にQRコード付きのポスターやビルボードを設置し、初のAR(拡張現実)キャンペーンを開始した。ブラックフライデーのプロモーションのディストピア的なビジョンが描かれたこのキャンペーンでは、デジタルハッカーのロビンがファッション業界に潜入し、ロビン・フッドのように消費者全員に割引を提供して「ハッキング」する様子が示される。また、このキャンペーンはそのハッカーが消費者にさらに割引をくれるAR体験も特色となっている。
ウェアラブルは、すべての人にリアリティの新たな構造をもたらす
スナップは携帯電話向けのテクノロジーに多額の投資を行っているが、そのほかのウェアラブルも、ユーザーの製品への関わり方を強化するために、現実のレイヤーを重ね合わせることに取り組む可能性がある。スナップによると、2億人以上のスナップチャットユーザーがほぼ毎日AR(拡張現実)と関わっており、スナップチャットでは毎日平均60億回以上のARレンズ(AR Lens)が再生されている。Z世代はモバイルリテラシーがとても高く、ARに関与する可能性が高いが、主要なテクノロジー企業が総合的な空間のためのウェアラブルを創造すれば幅広い統合が可能になるだろうと専門家は考えている。
スナップのグローバルAR製品戦略および製品マーケティングを率いるキャロライナ・ナヴァ氏は次のように語る。「業界や市場というチャンス、物理的なものやデジタル的なものを購入できるかもしれないという意味でのチャンスだけでなく、クリエイティビティの完全な復興という意味でもチャンスがあるエキサイティングな時期だ。これまでそうしてきたからといって、コストや製造の実用性、本物の衣服を使用しなければならないといったことにもはや縛られることはない」。
これまでのところ、スナップスペクタクルズ(Snap Spectacles、2021年5月にローンチされたが、購入はできない)では、ARカメラをメガネのハードウェアに統合している。スナップスペクタクルズには、最近バーチャルグッズに関する独自の特許を申請したナイキ(Nike)も関心を寄せている。ほかのブランドもAR空間で後に続くであろうことは疑いようもないが、専門家は適用が主流になるまでにはおよそ10年はかかるだろうとみている。
アップルのARグラスは世界を変えるか
モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)のレポートによると、アップル(Apple)のARグラスは、「アップルの特許ポートフォリオは、ウォッチのローンチまでの期間と酷似し始めている」としており、より早く消費者の使用に向けてローンチされることになるかもしれない。拡張現実対応の雑誌「CYBR」の創設者であるジェイムズ・ジョセフ氏は次のように話す。「我々は皆、アップルのメガネのために作っている。そうだよね? アップルのメガネができて、初期のマスマーケットにそれが投入されて誰もが身につけるようになれば、すぐにでもARのコンセプトは人々の心の中で解き放たれるだろう。我々が注目しているのは、10年以内にスマートフォンを使わなくてもどこでもデジタルリアリティを楽しめるようになるということ。何百万人もの人々が同時に現実の中でARのレイヤーを使用するようになり、その時にはアバターやデジタルファッションなど、その世界のすべてがかなり意味のあるものとなる。なぜなら信じられないような不可能なシーンやファッションを投影することができるからだ」。
現在もエルメス(Hermès)がアップルウォッチのストラップで提携するなど、アップルにはファッションブランドとの製品コラボレーションを行ってきた長い歴史がある。新しいウェアラブルは、ブランドにとってARの統合にメリットがあるだけでなく、ブランドのカスタマイズにも新たな側面を提供することになるだろう。
バーチャルリアリティを身近にするコンタクトレンズ
この技術はまだ出発点に立っている段階であり、数年後にはバーチャルリアリティをより身近なものにするコンタクトレンズの動きもある。VRレンズメーカーのモジョ・ヴィジョン(Mojo Vision)のプロダクトおよびマーケティング・シニアバイスプレジデントのスティーブ・シンクレア氏は、同社が取り組んでいるコンタクトレンズに搭載された不可視ディスプレイについて語った。同社はこれを11月に開催された最近のディズニー・アクセラレーター(Disney Accelerator)で紹介している。
「規制当局の認証次第だが、数年先の話になるという感触がある」と彼は言う。「いったん世に出れば、我々の目標はモジョレンズ(Mojo Lenz)がハイエンドのスマートフォンの価格帯になることだ。片目にひとつずつ、両目でふたつのレンズを装着し、それらがリレーアクセサリーと呼ばれるものと通信する。これはネックバンドやネックレスのように身につけるアクセサリーで、インターネットやクラウドに接続できるようになる。スマートフォンとも接続することが可能になるだろう」。
[原文:What will the future of fashion look like with AR?]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)