世界中に何百万人もコレクターもいる高級時計業界は、希少な限定版やNFTの文化を受け入れる特異な立場にある。本記事では、ルイ・モネといった老舗の取り組みから、ゲーム業界との親和性まで、さまざまな角度から高級時計ブランドは次はどこに目を向けるべきかを探る。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
高級時計業界は、希少な限定版やNFTの文化を受け入れる特異な立場にある。時計のコレクターは世界中に何百万人もいるからだ。そこで、高級時計ブランドは次はどこに目を向けるべきか?
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一次市場から中古市場まで、人気が高まる高級時計
パンデミックが始まって以降、人々は時計の研究に時間を費やし、時計を貴重な資産クラスとみなすようになって、ハイエンドな時計の需要が急増している。スイス時計協会FH(The Federation of the Swiss Watch Industry)の報告によると、2021年には3200ドル(約37万円)以上の時計輸出が全時計カテゴリーの中でもっとも伸びており、2019年と比較して14.8%増となっている。このような状況のため高級時計が品薄となり、ロレックス(Rolex)やオーデマピゲ(Audemars Piguet)といった従来の主力モデルは、専門店での有名なウェイティングリストを介しても入手できない状況だ。一般的に現物の時計は、記念品への投資として大切に保管されるが、NFTの時計はメタバースで着用したり、NFTのアートコレクションのインベントリに保管したりと、さまざまな使い道がある。
最高級の時計への関心の高まりは中古品市場にも及んでおり、一次市場の品不足から、eBayを含む再販業者や機敏なスタートアップ企業、個人コレクターの間での売上が伸びている。マッキンゼー(McKinsey)は、中古時計の売上は2019年に180億ドル(約2兆829億円)に達し、2025年には300億ドル(約3兆4714億円)を上回る可能性があると推定している。パンデミック中の予想外の成長によって希少な現物の時計が入手困難になるにつれて、多くの時計ブランドはNFTや暗号コレクティブルズを含む時計産業の次の章を革新・開発するために時間をかけている。
NFT時計のコレクターコミュニティが形成されつつある
初の時計のNFTが販売されたのは昨年3月、オープン・シー(Open.Sea)上でのことだった。ビッガーバン・オールブラック・トゥールビヨン・クロノグラフ・スペシャルピース(The Bigger Bang All Black Tourbillon Chronograph Special Piece)は、業界の重鎮であるジャン-クロード・ビバー氏が、スイスの企業ワイズキー(WIseKey)とともにデジタルツインイメージのNFTとして提供したものだ。しかし、このNFTには何の機能も付加されていなかった。若いNFTコレクターのコミュニティを引き込むには、さらなる開発が必要である。つまりそうしたコミュニティは、その時計の伝統とコレクターの要求に沿った独占的なアクセスやゲーム環境での相互運用性といったメリットのある、より洗練された機能を期待している。
そのオークションに続き、サザビーズ(Sotheby’s)は4月にレサンス・スパイマスター(Ressance Spymaster)の時計とCG映像のNFTを出品、NFTのオークションを行う初のオークションハウスとなった。だが、時計のNFT分野はその後数カ月間は空白の状態だった。ようやく今年になって、より革新的な時計ブランドがこの分野に参入し、NFT時計のコレクターコミュニティを形成し始めたのである。デジタルエージェンシーのヒュージ(Huge)でコマース責任者を務めるホーデン・ベイル氏は、グッチ(Gucci)のようにNFTで没入型のストーリーテリングと体験を生み出しているほかのブランドから学ぶべきだと述べている。「ある日、グッチがある美術館を閉鎖し、販売したこれらのトークンを持っている人たちだけに開放することにしたと理解してみよう。まだそんなことはやっていないが、そういうことが期待できる」。
メタバースの領域へと踏み込むジェイコブ
アメリカの時計販売会社ジェイコブ(Jacob&Co)は、伝統的な時計製造の分野において、かなり革新的なアプローチをとることで知られている。同社は、アストロノミア・メタヴェルソ(Astronomia Metaverso)という高級時計のオーダーメイドコレクションを発表する予定だ。これには現物とNFTのデジタルフォーマット両方のスタイルが含まれている。このコレクションは太陽系からインスピレーションを得ており、これまで時計業界では比較的手つかずの状態にあったメタバースの領域へと踏み込んでいる。同社の創業者で会長のジェイコブ・アラボ氏が個人的にデザインしたこのメタバースのコレクションの目玉となるのは、8つの個性的な時計だ。
ジェイコブのデジタルウォッチはまだリリースされていないが、ドルチェ&ガッバーナ(Dolce&Gabbana)のジェネシスコレクション(Collezione Genesi)が565万ドル(約6億5234万円)という記録的な価格で落札された高級NFTマーケットプレイスのUNXDで販売される予定だ。デザインの詳細はまだ明らかにされていないものの、デジタルの制約がないことから、現物よりもインタラクティブ性が高く、3D効果も可能になるだろうと思われる。高級時計業界がその価格を上昇し続けるなか、NFTなら熱心なコレクターが資産価値の上がる可能性の高いスタイルを自分のコレクションに加えることができるようになる。UNXDでのドルチェ&ガッバーナのNFTコレクションが、DAO(分散型自立組織)と個人コレクターの両方から引き続き注目を集めていることを考えれば、時計収集の新たな人気によってその価格が上昇することは間違いない。
ルイ・モネのユニークなNFTコレクション
高級時計のNFTを発表している企業はジェイコブだけではない。高級時計ブランドのルイ・モネ(Louis Moinet)は、同社のスペースレボリューションウォッチ(Space Revolution Watch)にインスパイアされたオリジナルNFTコレクションを発表するべく、プレミアムNFTマーケットプレイスのエクスクルーシブル(Exclusible)と、NFTを含むアバターやデジタルウェアラブルの大手制作会社タフィ(Tafi)と提携した。「過去数年間、新しい種類の機能性を提供するコネクテッドウォッチやデジタルウォッチによって、時を刻む新たな方法が業界に浸透してきた」と話すのは、アトリエ・ルイ・モネのCEOジャン-マリー・シャラー氏だ。「NFTとその固有の性質は、新たな技術的フロンティアを用いて、ルイ・モネのクリエイティブなルーツを表現する別の方法を提供している」。
8モデルのみリリースされ、設計に3年を要し、隕石の一部をフィーチャーしているルイ・モネのスペースレボリューションウォッチ(小売価格38万ドル、約4385万円)にインスピレーションを得たNFTは、1000点限定で独自の体験型ユーティリティが特色となる。発売は2022年初頭を予定している。NFTの時計にはアバターが付属するため、デジタルフットプリントを拡大し、ザ・サンドボックス(The Sandbox)のようなゲーミングプラットフォームで時計を身につけられるようになることを望むコレクターにとって、ユニークなものとなるだろう。
NFTを活用してコミュニティと長期的に関わる
もっとも重要なのは、このブランドがメタバースで存在感を示すことに価値を認めていることだ。同ブランドは、分散型メタバースゲームプラットフォームであるザ・サンドボックス内のエクスクルーシブルのラグジュアリーディストリクト(Luxury District)にローンチしている。また、同ブランドは、NFTの実用性と価値に基づくNFTドロップをより多くリリースすることで、長期的なコミュニティとの関わりに注力したいと考えている。異なる機能を持たないかぎり、追加のNFTはオリジナルの価値を下げる可能性があるため、これは議論の的となるかもしれない。同ブランドは、次のドロップが何を特徴とするのか、まだ明らかにしていない。現時点でこのコラボレーションは、NFTのホルダーに向けてApple Watchの文字盤やコミュニティ内での賞品のコンペティションなどへと拡張される予定だ。
このコラボレーションについてエクスクルーシブルの共同設立者でCCOのオリビエ・モワンジョン氏は、ゲーミフィケーションはファンとより深く、より長く関わる方法であり、ブランドとそのユーザーや顧客との間に新たな種類の感情的な関係を作り出していると述べている。「最終的には、NFTコレクションのパワーは、ブランドがそのコミュニティのために開発するユーティリティにも大きく依存することになるだろう」と彼は言う。「したがってNFTは、ブランドが物理的、体験的、またはデジタル的な活性化を通じて充実させることができるプライベートクラブへのアクセスキーとみなすことができる」。これは、ブランドがクリエイティビティを刷新し、革新しつづけることが可能となるさらなる方法だ。また、芸術的なコラボレーションを通じて、あるいは製品にインスパイアされた独自のジェネレーティブNFTを作成することによって、NFTを利用して自社の視点や遺産を表現することもできる。
ブランドはジェネレーティブNFTや知名度を活かせる
ジェネレーティブNFTとは、さまざまな特徴のある複製を生成したもので、現在もっともよくみられるものだ。ボアード・エイプ・ヨット・クラブ(Bored Ape Yacht Club)やジーザス・カルデロン氏のジェネレーティブウォッチ(Generative Watches)のように、AIを使って顔のパーツや色、質感といった特徴を混ぜて同じデザインで複数のバリーションを生成する。現実の時計と同じように、変化に富んだ価格帯のモデルを開発するために、時計のNFTに希少性の特徴を与えられる。カルデロン氏のプロジェクトは、既存の時計のデザインを用いたデジタルアート作品として提示している点で、メイソン・ロスチャイルド氏の作品、ベビーバーキン(Baby Birkin)と類似している。時計専門誌「ホディンキー(Hodinkee)」のインタビューでカルデロン氏は、有名ブランドの重要な製品にフォーカスしているが、それらがもっとも彼にとって認知度が高く、自分のコミュニティで有利な取引につながるからだと答えている。ブランドがこの分野に参入すれば、NFTプロジェクトの成功の一因である知名度を再利用することになるだろう。
高級時計とゲーム界をつなぐコミュニティ
世界で28億人以上がゲームプレイヤーであるため、NFTとゲームのクロスオーバーはとく
に人気があり、ザ・サンドボックスのようなPlay-to-Earn(P2E、ゲームして稼ぐ)ゲームがその先頭に立っている。ゲームで使用するためにNFTを集めるユーザーがさらに増えれば、ルイ・モネのスペースレボリューションのような時計がメタバースと現実の世界でコレクターズアイテムとなり、ふたつの強力なコレクターグループが一体となる可能性がある。
コミュニティとラグジュアリーの価値観を認めることを共有するクリプトベア・ウォッチ・クラブ(CBWC、CryptoBear Watch Club)のようなクラブは、このふたつの間の結束を利用して、初のメタフィジカルな高級時計コミュニティとゲーム体験を作り出している。クラブメンバーは希少度の異なる1万個のクリプトベアNFTを入手し、HODLingによって自分のNFTロイヤリティを本物の高級時計と引き換えることができる。HODLingとは暗号通貨の価値を長期間保持することで、時計のコレクターがより古い時計を、価値が高まるまで保管しておくのと似ている。
時計のコミュニティはとても結束が強い
CBWCの設立チームは、世界でもっとも高級な時計ディーラーへのアクセスと熱烈なNFTコミュニティへの愛を活かして、ディスコード(Discord)チャンネルと近日公開予定のP2EのMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)体験を通じて高級時計の世界へのアクセスを向上させようとしている。CBWCのチームと話すと、このプロジェクトでもっとも重要なのはコミュニティであることがはっきりとわかる。
近日発売予定のゲーム、Arkoudaでは、物理的なラグジュアリーアイテムを所有するというアイデアが、熊のアバターの「時間をコントロールするパワー」のインスピレーションとなっている。「時計のコミュニティは非常に結束が強い。『時計トーク』をしている我々のディスコードでも、すべてのユーザーがかなり熱心に参加していて、いい感じだ(ウォッチ・クラブには5万人以上のアクティブユーザーがいる)。こうしたユーザーは取るに足らない時計コレクターではないし、たとえ時計を実際に所有していなくても、メタバースの中でだけでも時計を所有したいという動機がある」。
クリプトベアのNFTは、クラブのメンバーシップを兼ねるメタバースに住む3Dのアバターとペアになっており、限定特典およびメタバースのソーシャルクラブ体験へのエントリーのアンロックや、コミュニティイベントへの限定アクセスが追加される。NFTのローンチのホワイトリスト登録は2月17日に開始され、2月18日に一般鋳造が始まっている。
[原文:Luxury watches are launching into the metaverse as NFT collectibles]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)