トランプ政権を支える陰謀論「QAnon(キューエーノン)」を支持するインフルエンサーが増えている。彼らは、いっけんきらびやかな生活をひけらかしながら、ブランドからの仕事を受ける一方、根拠のないデマを広めている。なぜそんなインフルエンサーが増えているのか、どのようにデマを流布しているのか、を紐解く。
キム・コーエン氏の色鮮やかなインスタグラムのフィードは、ハワイやタイのような熱帯地方で花冠や流れるようなドレス、ビキニを披露し、典型的なミレニアル世代のインフルエンサーのものらしく見える。
「リボルブ(Revolve)のアンバサダーなので、すばらしい服が絶えず無料でたくさんの手に入る」と旅行や健康、ライフスタイル専門のインフルエンサーであるコーエン氏は、6月4日にインスタグラムのストーリーズで語っている。コーエン氏はそのストーリーズのなかで、購入用のリボルブのリンクを張って、水色のフリル付きドレスを紹介した。
だが、コーエン氏の主要なフィードは、トゥルムのビーチで黄色のサンドレスのモデルをしていたり、タホで金色のジャケット姿でスキー場のリフトに乗ってポーズをとっていたりする写真で構成されているものの、コーエン氏の保存されたストーリーズは、「QAnon(キューエーノン:参考 ニューズウィーク日本版)」陰謀論だらけだ。
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白人警官に殺された黒人男性のジョージ・フロイド氏はまだ生きているかもしれない。ポップ歌手のブリトニー・スピアーズ氏は闇の国家の秘密結社から逃げようとして、マインドコントロール実験の実験台にされた。ポートランドにある職人技のドーナツショップは人身売買組織の一味だ、といった具合だ。
ブリトニー・スピアーズの陰謀論に関する投稿
リボルブが抱え込んだ矛盾
これは、QAnonや新型コロナ陰謀論の動画「プランデミック(Plandemic:参考 MITテクノロジーレビュー)」など、あらゆるものに関する陰謀論を投稿してきたライフスタイル系インフルエンサーたちの一例に過ぎない。「彼らはまだ、ナイキ(Nike)やノードストローム(Nordstrom)のような世界最大手のブランドや小売業者についても投稿している。ブランドはインフルエンサーマーケティングにより多くの資金を投入しており、陰謀論を押しつける者たちと意図せずに結びつくリスクを冒している。これは、ブランドが大勢の中間層のインフルエンサーと協業することを可能にするアフィリエイトやインフルエンサーのネットワークが原因だが、これらのネットワークは問題のあるコンテンツをブランドと結びつけるリスクも冒している。
「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター:黒人の命は大切だ)」への支持を企業として最近表明したリボルブの宣伝に加えて、コーエン氏は、米国を席巻するBlack Lives Matterの最近の抗議デモに関する自身の見方を共有してきた。
「ほぼ2週間になると思う。そう。なのに、人々はまだ、通りで忌々しいことをしている。ふざけてんの?」。コーエン氏は6月7日、頭に黄色の花冠を載せた風変わりなアニメーションを加えたフィルターを利用しながら、10万5000人のフォロワーに問いかけた。「皆が仕事に戻って、ほとほとうんざりしないようにすること。米国がオープンである必要があるのは、それが理由」。コーエン氏はさらに、ジョージ・フロイド氏殺害に関する自身の考えも付け加えて、「この人はマーティン・ルーサー・キング牧師じゃないよね? むしろ正反対でしょ。私は嫌な女になりたくない」と述べた。
また、コーエン氏は、ここ数週間のあいだにQAnonのアカウントによって広まってきた説を共有し、「彼が死んでいないことを願いたいし、そう信じたい」と語った。
リボルブは最近、人種に対する不平等と闘うため、100万ドル(約1億円)の出資を約束して財団を立ち上げたが、コーエン氏がまだブランドのアンバサダーであるのかどうかについてはコメントを避けた。最近になって、インスタグラムで次のように述べている。「当社のインフルエンサーやモデル、デザイナーが黒人コミュニティによりインクルーシブであるよう全力を注ぎ、今後、措置を講じはじめる」。
キム・コーエン氏のストーリーズ
経済困窮による生き残り策という面も
QAnonの陰謀論を支持しはじめたインフルエンサーの波については、ここ数カ月のあいだに、インサイダー(Insider)やハフポスト(HuffPost)、マザー・ジョーンズ(Mother Jones)が取り上げてきた。
インフルエンサーエージェンシー、タクミ(Takumi)のCEO、メアリー・キーン・ドーソン氏は、次のように語る。「これらの多くのライフスタイル系インフルエンサーは、かなり良い暮らしをしてきて、すばらしいライフスタイルだったが、新型コロナウイルスのパンデミック以来、おそらく経済的な面でもっとも打撃を受けて苦しんできただろう。タレントマジメントエージェントになりすまして、これらのインフルエンサーに対して、フォロワーを増やせるようにポピュリズムの波に乗るよう誤った助言をしている人々の例がかなりある。彼らは、陰謀論と新型コロナウイルスへの効果を謳ったインチキ治療法を宣伝して、マネタイズできると考えている」。
コーエン氏のフィードにも、ドナルド・トランプ米大統領が服用したと語った抗マラリア薬「ヒドロキシクロロキン」は新型コロナウイルス感染症への「治療効果が証明されている」と述べている投稿がある。
「ブランドとの関係をほぼ切り捨てて、陰謀論を四六時中宣伝している者もいるが、これらのインフルエンサーの多くは、ブランド向けのコンテンツを制作し続けてきた」と語るのは、トライブ・ダイナミックス(Tribe Dynamics)の共同創業者でプレジデントのコナー・ベグリー氏である。
多くのインフルエンサーが一度にブランドのアフィリエイトリンクプログラムを利用するのも、そのひとつの方法だ。たとえば、リボルブは、インフルエンサーが応募できるアンバサダープログラムなど、さまざまな資格でおよそ3500人のインフルエンサーと協業している。
温床になりつつあるアフィリエイト
QAnon関係のコンテンツと商品リンクの両方を宣伝している別のインフルエンサー、レベッカ・ファイファー氏(@luvbec)は、保存されたインスタグラムのストーリーズに「Q」セクションがある。ファイファー氏はこのセクションで、新型コロナウイルスを「詐欺デミック(scamdemic)」と呼び、「人々の心をかき乱して分断する」のに「人種間戦争」が利用されていると語る投稿を共有し、2016年にワシントンD.C.のピザ店での銃撃事件につながった「ピザゲート」陰謀論を紹介する動画「Fall of Cabal」を紹介している。
レベッカ・ファイファー氏の陰謀論に関する投稿
ファイファー氏はその間ずっと、5万人を超えるインフルエンサーのネットワークがある「ライク・トゥ・ノウ・イット(Like To Know It)」のような、アフィリエイトリンクプラットフォームでブランドを宣伝してきた。最近の宣伝には、ショップボップ(Shopbop)で販売されているカルトガイア(Cult Gaia)のバッグ、ルルレモン(Lululemon)のレギンス、ノードストロームの麦わら帽子、ナイキのスニーカー、エアリー(Aerie)のワンピースやタンクトップの購入用リンクが含まれている。ライク・トゥ・ノウ・イットとファイファー氏にコメントを求めたが、いずれも回答はない。
ファイファー氏が利用する「ライク・トゥ・ノウ・イット」
「美容市場では特にそうだが、ますます多くのブランドが小売業者を排除してトラフィックや販売を伸ばす手段を模索しているため、アフィリエイトリンクやアフィリエイトを利用したキャンペーンがますます増えると思う。エージェンシーとブランドがプロらしい振る舞いをし、これまで見てきた『開拓時代』のような状態にしない場合に限り、うまくいくだろう」と、タクミのキーン・ドーソン氏は語る。
リスクにさらされたブランドたち
一部のインフルエンサーは、少数の陰謀論関係コンテンツを、24時間で自動消滅するインスタグラムのストーリーズに限定し、ブランドとの直接的な提携関係を失わないでいる。230万人のフォロワーがいるカーメラ・ローズ氏は、5月に陰謀論の「オバマゲート(参考 NHK)」やプランデミックのほか、反ワクチン関係のコンテンツを投稿していたのを、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の記者に曝露された。ローズ氏はそれ以来、イプシー(Ipsy)やアロー(ALO Yoga)の宣伝を行い、5月26日にはアローのインスタグラムアカウントでフィットネス関連のライブ配信を行った。トライブ・ダイナミックスによると、ローズ氏はアローが抱えるトップクラスのインフルエンサーのひとりで、1~4月には同ブランドに73万9000ドル(約7942万円)超のアーンドメディアバリュー(Earned media value:EMV)をもたらしたという。イプシーとアローにコメントを求めたが、いずれも回答はない。
カーメラ・ローズ氏とコラボしたアローヨガ
Facebookやレディット(Reddit)、YouTubeなどのプラットフォームは、QAnon・グループやプランデミック動画を含む、陰謀論関係のコンテンツを削除してきた。QAnonは、ピザゲートの銃撃事件後、FBIのメモで、「団体や個人の過激派を誘導して犯罪や暴力行為を実行させる」陰謀論のひとつに指定された。
ブランドは、インフルエンサーがインスタグラムで投稿しているコンテンツにもっと気を配るべきだ、と語るのはフォール(Fohr)の創設者であるジェームズ・ノード氏だ。
「これらの人々は(ブランドの)広報を担当することになるので、彼らを理解する必要があるし、その逆もまた同様だ。ブランドはその人物と結びついているだけでなく、ブランドのメガホンにさせている。そのせいで、ブランドは多くのリスクにさらされやすくなる」と、ノード氏は語る。
「陰謀論を広める者は誰だろうと、ブランドには勧めない」と、ノード氏は述べ、フォールの契約には、相手方当事者の意見に反対の場合、ブランドやインフルエンサーが契約を打ち切れる「モラル条項」が含まれていることに言及した。
付き合うブランドを変える者も
最近はブランドの宣伝が減っているインフルエンサーもいる。フォロワーが9万5000人を超える子育て・健康系インフルエンサーのアイビー・カーネギー氏は、「Q・ザ・ウェイクアップ(Q the Wake-Up)」というQAnonのアカウントをフォローしており、4月初旬には、QAnon関連の陰謀論者ジョン・マッピン氏が発信した新型コロナウイルスに関する虚偽情報を含む動画を投稿した。6月3日には、ジョージ・フロイド氏をめぐる抗議デモ向けとされる「暴動マニュアル」についての投稿を共有し、「私たちは皆、遊ばれている」と書いた。その写真は、2015年から「再び広まった捏造」だとファクトチェックサイトのスノープス(Snopes)は報告している。カーネギー氏にコメントを求めたが、回答はなかった。それ以来、主要フィードにあるカーネギー氏の唯一のスポンサード投稿は、食事配達企業のものとなっている。
これらのインフルエンサーは、クリーンでナチュラルな美容・健康業界で活発に活動してきた。カーネギー氏は以前、オネストビューティー(Honest Beauty)について投稿したことがあり、リファ(ReFa)やアーバンスキンRx(Urban Skin Rx)、トレスティーク(Trestique)、ウラ・ヘンリクセン(Ole Henriksen)、シード・フィトニュートリエンツ(Seed Phytonutrients)、プレママ・ウェルネス・ビタミンズ(Premama Wellness Vitamins)、ビーキーパーズ・ナチュラルズ(Beekeeper’s Naturals)などの美容・健康ブランドにフォローされている。カーメラ・ローズ氏は、コラ・オーガニックス(Kora Organics)、リボルブ、フェイスジム(FaceGym)、ビオロジックルシェルシュ(Biologique Recherche)、ドクターバーバラシュトルム(Dr. Barbara Sturm)などのブランドだけでなく、ほかのインフルエンサーや有名人にもフォローされている。
こうしたインフルエンサーのなかには、コンテンツの変化に合わせて、宣伝するブランドのタイプを切り替えたように見える者もいる。ハンドルネーム「@heather.rest」のフィードで「ヘザーR(Heather R)」としてしか知られていないある健康専門インフルエンサーは、以前はたくさんの椰子の木や熱帯の花、アボガドが写ったハワイのビーチの写真で知られていた。6月19日の時点で、ヘザーRは、インナーセンス(Innersense)、フォレイン(Follain)、インディー・リー(Indie Lee)、ビーキーパーズ・ナチュラルズ、アントニム・コスメティックス(Antonym Cosmetics)などのクリーンビューティーブランドにフォローされ、オネストビューティー、サマー・フライデイズ(Summer Fridays)、ナチュラ(Natura)、ココフロス(CocoFloss)、サプリメントブランドのファーザー・フード(Further Food)について投稿してきた。オネストビューティーは、その投稿がスポンサード投稿ではないと述べている。
最終的には直接的にグッズ販売
2020年初頭以来、ヘザーRのフィードは、ジョージ・フロイド氏をめぐる抗議デモについて、インスタグラムの美的基準に沿うように椰子の木を背景にして、「人種間戦争のアジェンダ」や「ソロス氏のアジェンダ」、「計画されて金を支払われた偽旗作戦」などのトピックに関する投稿を掲載してきた。ヘザーRの保存されたストーリーズのテーマには、ケムトレイルと「Q」というカテゴリーがあり、「Q」カテゴリーには、ヒラリー・クリントン氏が悪魔崇拝の儀式で子どもの顔を切り落としたという説も含まれている。投稿の政治色が強まったのに合わせて、ヘザーRのフィードは美容ブランドに関する投稿の掲載を止めた。だが、ストップボックスUSA(Stopbox USA)というガンボックスメーカーのスポンサード投稿は掲載している。コメントを求めたところ、ヘザーRは名誉毀損で法的措置を取ると脅してきた。
ヘザーRの人種差別に関する投稿
これらのインフルエンサーは、当初はブランドの宣伝に力を注いでいたが、新しい形のマネタイゼーションにも手を広げている。たとえば、キム・コーエン氏は、シャツやマグカップなど、QAnon関連商品を扱うショップを開設した。また、「私の美しい#QAnonを愛している!」と説明に書き、サブスクリプション付きの「QAnon・パトレオン(QAnon Patreon)」を開設した。
Liz Flora(原文 / 訳:ガリレオ)