NFTが単なるギミックなのか、それとも分散型デジタル世界の未来を表しているのか、いまも激しく議論が交わされているが、明白なのはブランドが実験という名のもとですばやくNFTを採用していることだ。こうした実験の結果、NFTを利用するための3つの戦略が明らかになっている。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
ビューティブランドがNFTをローンチするときの3つの大きな戦略と、半永久のタトゥーという急成長中のカテゴリーについて紹介する。
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この8カ月で非代替性トークン(non-fungible tokens、以下NFT)はインターネットとビューティ業界を急速に席巻した。NFTの可能性が生み出す興奮やNFTをめぐる議論によって、ジバンシイ(Givenchy)などのラグジュアリーブランド、クリニーク(Clinique)といったプレミアムブランド、そしてE.l.f.コスメティクス(E.l.f. Cosmetics)を含むマスブランドがこぞってこの分野へと積極的に参入することとなった。
NFTが単なるギミックなのか、それとも分散型デジタル世界の未来を表しているのか、いまも激しく議論が交わされているが、明白なのはブランドが実験という名のもとですばやくNFTを採用していることだ。こうした実験の結果、NFTを利用するための3つの戦略が明らかになっている。物理的な製品のマーケティングとしてのNFT、エンゲージメントとロイヤルティツールとしてのNFT、そして企業の社会的責任として活用するNFTである。
以下ではそれぞれの戦略について、どのブランドがどのアプローチを用いて、どのような成功を収めたかを解説する。
フィジタルNFT
NFTのローンチの焦点が慈善活動やエンゲージメントに関するものであっても、ほとんどの場合、物理的な製品がその一部と組み合わされる。しかし、物理的な製品に対するバズを生むことを第一の目的とするブランドもある。一般的にそうしたブランドは、その製品にインスパイアされたNFTを作り、NFTを購入した人には投資に加えて実際の商品を提供する。
フィジタルNFTの体験を採用したブランドには、E.l.f.コスメティクスとシアテ・ロンドンがある。シアテ・ロンドンのケースでは、Netflixの番組『セリング・サンセット 〜ハリウッド、夢の豪華物件〜(Selling Sunset)』の出演者クリスティン・クイン氏とのコラボレーション商品に基づくフィジタルNFTに挑んでいる。シアテ・ロンドンは、10ドル(約1150円)から1000ドル(約11万5500円)までの4種類のNFTを制作・販売し、購入者には実際の商品コレクションも提供した。物理的な製品パッケージと、NFT2点はニューヨークを拠点とするストリートアーティストの1Penemy氏によるデザインである。ほかの2点のNFTは、クリスティン・クイン・コレクションからヒート・トランスフォーミング・リップクリーム(Heat Transforming Lip Cream)とアイシャドウのパレットをデジタルで表現したものとなっている。シアテ・ロンドンは、NFTのドロップによるカーボンフットプリントをオフセットするにあたってサステナビリティ・プラットフォームのエアリアル(Aerial)と提携しており、一次販売の収益の残りをブランドに分配した。
NFTは何よりもまずコミュニケーションツール
シアテ・ロンドンはプラットフォームのビツキ(Bitski)でNFTを販売したが、これによって購入者は暗号通貨ではなく不換通貨(米ドルなど)を使用できるようになり、潜在的購入者の数を拡大している。シアテ・ロンドンのマーケティング・ディレクターであるノラ・ズカウスカイテ氏によると、ビツキを選択したのはまさにそれが理由であり、シアテ・ロンドンの顧客はもちろん、クリスティン・クイン氏や1Penemy氏のファンに対し、より「入手しやすく民主的な」NFT体験を提供するためだという。
「新しいオーディエンスとの関係も築きたかったし、クリエイティブなインスタレーションを通じて、おそらくブランドをよく知らず、美容のファンでもないNFTの購入者に私たちの製品を紹介したかった」とズカウスカイテ氏は言う。「NFTは何よりもまずコミュニケーションツールなのだ」。
シアテ・ロンドンは現在、NFTをブランドのロイヤルティプログラムに関連づけることを検討中だ。クリニークなどのブランドも同様の戦略を採用している。将来的にはNFT空間における女性の参加と認知を促進するために、シアテ・ロンドンが女性アーティストと提携する可能性もある。ロレアル・パリ(L’Oréal Paris)など、ほかのブランドも同じことを行っている。
「新しい分野なので、現時点では何が正しいとか間違っているといったことはない」とズカウスカイテ氏は述べている。
エンゲージメントとロイヤルティのためのNFT
クリニークのグローバルコンシューマーエンゲージメントのバイスプレジデントであるロクサーヌ・アイヤー氏は、NFT分野に参入する際、10代からベビーブーマー世代まで、幅広いクリニークの消費者を意識したという。NFTを入札や購入ではなく、懸賞に結びつけることで、NFTの世界に参加するためのより簡単でやりやすい方法を顧客に提供した。アイヤー氏はまた、クリニークがなぜNFT世界に参加し、その対話に顧客を引き入れることを選択したのかを顧客に理解してほしかったと述べた。
ローンチの動機について「ロイヤルティを近代化して、現在の消費者データベースへのアプローチ方法を見直す方法があるならおもしろいと思った」とアイヤー氏は言う。「NFTは新しい会員制度になる。航空券がNFTになるかもしれないし、ブランドとのユニークな関係がNFTになるかもしれない。私にとっては、それが未来だ」。
懸賞に応募するには、まだロイヤルティプログラムに加入していなければ、まずはそれに登録することになる。そしてインスタグラム、Twitter、TikTokのいずれかで、ハッシュタグ#MetaOptimistを使って、ホリデーの時期に喜びを与えてくれた人について投稿する。その後、審査員とともにもっとも感動的な投稿をした人が選ばれ、最終的には3名がクリニークの分子にインスパイアされたNFTを獲得した。また当選者には10年分に相当するクリニーク製品も贈られている。クリニークは、グローバルブランドアンバサダーのエミリア・クラーク氏とメリッサ・バレラ氏を使って、2021年12月2日にクリニークのソーシャルメディアアカウント全体で動画投稿によって当選者を発表した。
分散型メタバースとWeb3の重要な柱
このロイヤルティプログラムへの参加者数についてアイヤー氏は明言していないが、10月19日から11月2日までの間に、同プログラムへの初回登録者数が15~20%増加したと述べた。またソーシャル・エンゲージメントは20%増加し、クリニークのオンライン検索が60%増となった。コンテストに参加した人数についてもアイヤー氏は言及を避けたものの、クリニークで以前行ったこの規模のコンテストと比較すると5倍の応募があったと説明している。
「当社の大きなメッセージは『あなたがクリニークの消費者なら、私たちは何よりもあなたを大切にする』というものだった」とアイヤー氏は言う。「おそらくそれは、当社がメタバースに参入する際の継続的な戦略となるだろう」。
NFTをコンテストの賞品として活用する際のユニークな要素は、金銭的な価値が設定されていないことだ。アイヤー氏によると、クリニークの分子のNFTの価値を決定する際、クリニークは顧客側にコントロールを提供したかったのだという。彼女はこれを分散型メタバースとWeb3の重要な柱だと考えている。NFTが二次市場で安値で売られてブランド価値が下がるというリスクを思えば、これは大胆な行動である。アイヤー氏は、将来的にクリニークはNFTを収益源として検討する可能性があると述べている。しかし米Glossyの調査によると、NFTがビューティの領域で有望なマネタイズの機会となるかどうかはいまだ不明瞭であり、いまのところこのアプローチを試みているビューティブランドはない。
いつもとは違う方法でエンゲージメントを向上
ヘアケアブランドのIGKも最近、家庭用ヘアダイコレクション発売の宣伝のためのエンゲージメント戦術としてNFTを活用している。このケースでは、IGKは2021年12月中旬にデジタルスカベンジャーハントを開催した。このハントをクリアした人は、NFTが当たるコンテストに参加することができる。インスタグラムやTikTokのブランドのアカウントや、ブランドアンバサダーが共有したヒントを見つけた人は、カラーラインについて学ぶためのマイクロサイトに誘導され、特別な報酬のロックを解除するためにメールアドレスを入力するよう促される。25点のNFTは「But first, coffee」や 「Astrobabe」など、同ブランドの25種類のヘアダイのシェード名にインスパイアされたものだ。1月15日に発表された当選者には、好きなシェードのIGKアットホームカラーキット(IGK At-Home Color Kit)、IGKのコア商品となるケア製品のバンドル、オンラインのIGKアドバイザーによるパーソナルカラーまたはスタイリングのコンサルテーションも贈られた。また、このキャンペーンの応募者全員に、IGKHair.comでの初回のホームカラーキットの15%割引を提供している。IGKのオーナーでラグジュアリー・ブランド・パートナーズ(Luxury Brand Partners)の社長であるダン・ランガー氏は、NFTを一般にアクセスしやすくすることは、この活動の楽しさの一部であり、IGKがデジタル世界の最前線にいることを示すものだと述べている。
「ただのマーケティングや宣伝ではなく、もう少し斬新な方法で、顧客との継続的な関係を築くことができた」と、ランガー氏は言う。「このブランドのシェードや声を顧客に届けることができた」。
慈善事業と認知度向上のためのNFT
ビューティブランドが採用している3つ目の大きな戦略が、慈善事業と認知度アップだ。最近では、ヴァルデ・ビューティ(Valdé Beauty)が、純粋なクリスタルを手作業で彫って作った新しい詰め替え用リップスティックシステムを記念して、NFTの提供を計画している。NFTオークションの収益は、同ブランドのNFTアーティストやラテンアメリカ系の新進美容起業家を支援するために活用される。ヴァルデは、1月27日にVRプラットフォームのディセントラランド(Decentraland)のエインズリーギャラリー(Ainsley Gallery)でNFTのローンチパーティーを主催する予定だ。
男性中心の分野における女性アーティストの支援
女性アーティストの支援は、認知度向上や慈善活動のNFTに共通するテーマである。たとえば、ナーズ(Nars)とロレアル・パリ(L’Oréal Paris)は、男性中心の分野への女性の参加率を高める手段として、女性アーティストが制作したNFTを鋳造してオークションに出品し、収益の一部をそのアーティストに寄付している。アート市場分析企業のアートタクティック(ArtTactic)の11月の報告によると、NFTアート市場に占める女性アーティストの割合は16%に満たず、NFTの売上は5%に過ぎない。
12月13日、ロレアル・パリは5人の女性アーティスト(アンバー・ヴィットリア氏、アリーナBB、ヒューマン氏、リリー・タエ氏、パックス氏)にNFTアートの制作を依頼した。どの作品も、11月に発売されたロレアル・パリの新しい口紅シリーズであるレッズ・オブ・ワース・バイ・カラー・リッシュ(Reds of Worth by Colour Riche)の赤いシェードからインスピレーションを得ている。オークションは12月13日から16日まで、NFTのオークションサイトであるオープンシー(OpenSea)で行われた。アーティストたちは一次売上の100%を手にした。一方、ロイヤリティといえる二次市場の売上の50%は、ロレアルの慈善活動である「Women of Worth(ウィメン・オブ・ワース)」に1年間寄付されることになっている。
ロレアル・パリのマーケティング・シニアバイスプレジデントであるモード・ブランシュウィッグ氏は、「規模の大小を問わず、影響を与えることができるスペースを特定し、私たちの価値観で導いていくことが重要だと感じている」と述べている。「私たちは、ほかの(男性が支配する)分野に対してNFT(だけ)を考えているのではない。ロレアル・パリが、美と価値からインスピレーションを得た新たな技術を消費者に提供しつつ、称賛されるべき価値ある女性たちを高める手助けができると考えた、ひとつのホワイトスペースの機会に過ぎない」。
各NFTの開始価格は1500ドル(約17万円)で、それぞれが1.65~4WETH(イーサリアムに相当するオープンシーの暗号通貨)で売却された。12月16日のイーサリアムのフィアット価値は約4000ドル(約46万円)だった。
マイノリティとブランド両方に注目を集める新たな機会
ナーズもまた、NFT空間における女性アーティストに世間の注目を集めたいと考えていた。2021年7月、資生堂傘下のこのブランドは、プラットフォームのトゥルーシー(Truesy)において、女性アイデンティティのアーティストによる3つの委託NFTアート作品から成るコレクションとともに、ヒーロー製品であるチークのオーガズム(Orgasm)を祝うNFTキャンペーンをローンチした。ヴォーグビジネス(Vogue Business)によると、トゥルーシーは典型的なNFTクラウド以外の消費者にアピールしようとしている小規模なNFTマーケットプレイスである。米Glossyでも以前、報道したが、最初の作品は、コンテンポラリーコラージュとクリスタルのアーティストであるサラ・シャキール氏によるもので、7月下旬から数に制限なく無料で利用できるようになった。続いて2021年8月上旬には、ファッションデザイナーでマルチメディアアーティストのアゼデ・ジャン=ピエール氏による別のオープンエディション作品が50ドル(約5800円)で販売された。そして8月4日には、エレクトロニックミュージックアーティストのニーナ・クラヴィッツ氏による500ドル(約5万8000円)のリミテッドエディションの作品が発売されている。
ジャン=ピエール氏とクラヴィッツ氏の作品を購入すると、実際のメイクアップ製品が付いてくる。50ドルのNFTでは、購入者にリミテッドエディションのジャンボサイズのオーガズムのチークとリップバームが贈られた。また500ドルの作品には、「ジ・アルティメイト・オーガズム・バンドル(The Ultimate Orgasm Bundle)」と呼ばれる、チーク、リップ、アイメイクのセットが含まれている。
ナーズに先立ち、ジバンシィ・パルファム(Givenchy Parfums)は、ジェンダーやマイノリティの格差の解消を目的として、2021年6月にロンドンのギャラリーオーナーであるアマール・シン氏や、リワインド・アーティスト・コレクティブと(Rewind Artist Collective)いうアーティストグループと提携している。ヴィヴィ(VeVe)というプラットフォームでデジタルアート作品を1952部販売することを見込んでのことだ。売り上げは、LGBTQ+のチャリティ団体ル・マグ・ジュネス(Le MAG Jeunes)の支援に使われた。すべての作品がわずか数秒で完売となり、最終的に12万8000ドル(約1475万円)が集まった。
「ジバンシィはデジタルに関して前衛的だ」と昨年Glossyに対して述べたのは、ファッションおよび美容マガジンの『エキシビション(Exhibition)』を創刊したエドウィン・スベロ氏だ。スベロ氏はこのプロジェクトで、コンサルタントとして同ブランドと仕事をした。「ジバンシィは探求を愛している。新たな領域を作るのが大好きなのだ」。このNFTのキャンペーンは「同ブランドとデジタル世界にとって、ビューティブランドのために何か違うことをするという新たな機会だった」とスベロ氏は語っている。
勢いを増す半永久的タトゥー
ライターやカミソリ、ペンなど使い捨てコンシューマープロダクツのメーカーであるビック(BIC)は、1月19日、半永久的なタトゥーブランドのインクボックス(Inkbox)を買収した。この6500万ドル(約75億1300万円)の買収により、ビックはスキンクリエイティブのポートフォリオを拡大することになる。ポートフォリオにはすでにテンポラリータトゥーマーカーのブランドであるボディマーク(BodyMark)も含まれている。インクボックスの半永久タトゥーは、肌に安全で簡単に施すことができ、最長で2週間ほど持つ。自分でカスタムデザインを作ることもできるし、あるいはアーティストがデザインした1万点のタトゥーから選ぶことも可能だ。インクボックスは、タイラー・ハンドリー氏とブレイデン・ハンドリー氏の兄弟が2015年に創業した企業で、カナダのトロントに拠点を置く。
「今日の消費者は新しさを渇望し、クリエイティブな自由を求めていて、本物を具体化している」と、ビックのCEOゴンザルヴ・ビック氏はプレスリリースで述べている。「インクボックスのテンポラリータトゥーやマーカーは、個人が常に進化し、流動的な自分自身でいられるような力を与えてくれる。今回の買収は……本当の自分を見せることを恐れない人に、より革新的で高品質なツールをもたらす」。
2021年7月、エフェメラル(Ephemeral)という別の半永久タトゥーブランドが、ローンチから4カ月で2000万ドル(約23億1000万円)の資金を調達した。このブランドは体が代謝する独自のタトゥーインクを提供しており、タトゥーは1年ほどで消える。同社はブルックリンとロサンゼルスの2カ所を拠点としている。
[原文:Beauty & Wellness Briefing: So you want to launch an NFT. Here are 3 ways to do it.]
EMMA SANDLER(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)