Cookieの終焉に向けて、代替案をめぐる競争が激化している。そんななか、パブリッシャーは次のような懸念を抱いている。Cookieの代替となる閲覧追跡用の識別子(ID)がシステムの過負荷を招いて、Cookie廃止で処理能力が上がった分が帳消しになり、サイトのパフォーマンスが低下するおそれがあるというのだ。
先にGoogleが発表したChromeでのサードパーティCookieのサポート停止に向けて、代替案をめぐる競争が激化している。そんななか、パブリッシャーは次のような懸念を抱いている。Cookieの代替となる閲覧追跡用の識別子(ID)がシステムの過負荷を招いて、Cookie廃止で処理能力が上がった分が帳消しになり、サイトのパフォーマンスが低下するおそれがあるというのだ。
ID技術ベンダー各社はCookieの代替となるユーザー識別技術の採用を期待して、パブリッシャーに対して盛んに売り込みをかけている。ベンダーの主張によるとサイトを運営するパブリッシャーは、デジタルID利用にあたって自社サイトに所定のコードを追加すればよいだけで、保守料を支払う必要がない。ID導入によりパブリッシャーが享受できる主なメリットは広告収入増だという。自社サイトにおいて認証済み訪問者の識別が可能になれば、そういった訪問者をターゲットとしたい広告主にアピールできるからだ。しかしパブリッシャーは、ID技術ベンダーにオーディエンス関連データの主導権を握られることに対して警戒感をもっている。加えて、多数の新規ID追加により、自社サイトの表示速度が遅くなる可能性も懸念している。
「サイトに閲覧追跡用IDを多数導入して、そのうちどれかがうまくいけばいいと願うなど、ありえない」と、デジタルメディア企業ドットダッシュ(Dotdash)で広告・パートナーシップ部門のシニアバイスプレジデントをつとめるサラ・バドラー氏は主張する。ドットダッシュは健康関連情報サイトのベリウェル(Verywell)やインテリア・ガーデニング・DIY情報サイトのスプルース(The Spruce)の運営会社である。バドラー氏は米DIGIDAYの取材に応えて次のように語った。「ID技術ベンダーによると、ページにデータ取得のためのタグを設置すれば、サイトへの負荷は最小限に抑えられるというが、現実はそうはいかない」。新たな技術要素を取り込むとページ読み込み時間が長くなりパフォーマンスが低下する可能性があり、Cookieを利用しないのIDを導入する際の「最大のハードル」になる、とバドラー氏はいう。
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「検索からの流入トラフィックへの影響を考えると、ページ読み込み時間は重要な指標だ」とバドラー氏は指摘する。ドットダッシュサイトでは、トラフィック全体の85%が検索を通じて流入しており、サイトの表示遅延は検索ランキングを左右する要因となる。Googleは2020年5月、ユーザー体験の測定指標として、ページ表示速度を含むコアウェブバイタル(Core Web Vitals)を導入する計画を発表した。この指標はGoogle検索順位を決める要因のひとつになるため、パブリッシャー各社はIDの導入が自社サイトのパフォーマンスにどんな影響をおよぼすかを見きわめようとしている。まずはサイトの表示速度、ひいてはトラフィックおよび、成果としてもたらされる広告収入への影響を精査することになるだろう。
「我々はありとあらゆるIDソリューションを試している。これはパブリッシャー各社の収益拡大に貢献するためだけでなく、コアウェブバイタルなどの測定指標をもとにウェブサイトのパフォーマンスを評価するためでもある」と語るのは、小規模パブリッシャーの広告マネジメントを手がけるカフェメディア(CafeMedia)でエコシステム・イノベーション部門のバイスプレジデントをつとめるドン・マーティ氏だ。
サイトが重くなるのを避けたいパブリッシャー
ID技術ベンダーはIDの運用に際して、パブリッシャーが自社サイトに「クライアントサイドコード」(クライアント・サーバー・システムのクライアント側で実行されるプログラム)を実装するよう求めている。しかしこれは、「単なる要求を超えている。その種のコードをクライアントサイドに追加することは、自宅の鍵を他人に渡すのと本質的には同じだからだ」とバドラー氏は指摘し、同社がとってきた慎重な対応の一例をあげた。「当社では、ユーザーのデータ取得・利用に同意を得るためのコンセント・マネジメント・プラットフォーム(CMP)のツールも、今年になってようやく導入した。これはツール追加でウェブサイトが重くなりパフォーマンスが低下する懸念があったためだ」。
ID技術ベンダーとしては、ライブランプ(LiveRamp)、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)、ブライトプール(BritePool)、ID5などがあげられるが、そうしたベンダーが提案する技術をパブリッシャーが評価する際の項目のひとつが、サイトの遅延である。スポーツ・イラストレイテッド(Sports Illustrated)とストリート(TheStreet)を運営するメイヴン(Maven)や、オンラインメディアのBuzzFeedといったパブリッシャーの経営幹部もその点、同意している。「(遅延は)絶対に考慮に入れるべき項目だ」と、メイヴンの最高執行責任者、アンドリュー・クラフト氏も認めており、今後、複数のID技術ソリューションを試験運用してみたいと語った。
ピュブリシス・グループ(Publicis Groupe)傘下のデータ・マーケティング会社、イプシロン(Epsilon)の社長兼最高執行責任者であるエリック・エラート氏も、「ページ読み込み時間は広告主にとっても、パブリッシャーにとっても気になるところだ」と述べている。イプシロンは4月8日、ザ・トレード・デスクと提携関係を結んだことを発表した。リリースから10年が経過しているイプシロンのCore IDを、ザ・トレード・デスクが開発した業界共通のUnified ID 2.0と連携し、相互運用できるようにする。エラート氏は、パブリッシャーが広告需要を喚起したいあまり「落とし穴にはまり、自社サイトのIDを多くの外部サービスと同期させたがる」と注意を喚起する。ID同期をすればするほど、ページ読み込みに時間がかかり表示速度が遅くなるおそれがあるからだ。
しかしイプシロンが提供するCore IDの場合、同社の規模の大きさからすればサイト遅延は起こらない、とエラート氏は主張する。世界最大手のデータブローカーであるイプシロンは多数のパートナーとの提携により、消費者、ブランド、パブリッシャー間の、日に4000億回ものデータのやりとりを可視化する。多くのサイトと頻繁に接続してログイン中の情報を取得するため、ユーザーIDの確認が常時可能になる。「点と点を結ぶようにデータの紐づけができる我々の支援によりパブリッシャーは、対象ユーザーの情報を得るために17回も確認しなくてもすむようになる」とエラート氏は語った。
Cookieの同期には時間がかかる
カフェメディアのマーティ氏によれば、同社と取引のあるパブリッシャーの大半はIDの実装に起因する遅延を経験したことがないという。「どんなコードでも、時にはテストの過程でパフォーマンスの問題が生じる場合がある。しかし見つかった問題については当社がID技術ベンダーに報告し、大規模運用開始前に必要な改修をしてもらっている」。
多くのIDソリューションが、サードパーティCookieによるトラッキングの代替手段として開発されたのは言うまでもない。確かに、パブリッシャーのサイトに広告IDを実装すればページ読み込みに負荷がかかるかもしれないが、IDを追加する一方でCookieを排除するため、差し引きするとサイトの表示速度が上がる可能性もある。「サードパーティCookieの同期はサイトのページ読み込み時間に大きな影響を与える」と語るのは、HIJコンサルティング(HIJ Consulting)に技術コンサルタントとして勤務するブレンダン・リオルダン=バターワース氏だ。同氏はパブリッシャー、広告主、テクノロジー企業向けにID技術の評価を担当しているが、パブリッシャーへの提言として次のように述べている。「パブリッシャーが精査すべきことは、IDを実装したコードがページ読み込み時間におよぼす影響と、それにともなう遅延だ。サイト遅延は、ページへのアクセス要求前のリダイレクトのプロセスにより起こり、そのプロセスは一部のIDソリューションで採用されている。ただし、自分が調べたIDソリューションの多くには、ページ読み込み時間を短縮する仕組みがある」。
テストに次ぐテスト
マーティ氏と同様、メイヴンのクラフト氏もこう語っている。「サイトのパフォーマンスは検索ランキングに影響するといわれるが、サイトに負荷をかけずにIDソリューションの効果をテストする方法がある。当社は多くのID技術ベンダーをテストする予定だが、サイトの1ページごとにベンダー提供の全コードを呼び出すわけでも、入札・広告配信前にすべての対象にアクセスするわけでもない」。その代わりにクラフト氏は、地域、ドメイン、ブラウザ、モバイル広告、デスクトップ広告といった属性にもとづいてベンダー提供コードのダイナミック挿入を行うことにより、当該IDのパフォーマンスを評価するつもりだという。「重要なのはテストを行い、結果のデータを分析することだ。そして各IDソリューションの専門と重点分野を把握する。IDソリューションは一部に共通点があったとしても、基本的にはそれぞれ異なった特徴をもっているからだ」。
[原文:Why some publishers worry identity tech could slow down their sites]
KATE KAYE(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
ILLUSTRATION BY IVY LIU