マイクロソフト(Microsoft)は次の四半期に、ニュースおよび検索サービス分野の広告売上のさらなる成長(「10%台半ばから後半」)を見込んでおり、その間にザンダー(Xandr)の自社メディア製品への統合も進める予定だ。このような動きに対し、広告業界の眠れる巨人の覚醒かと見る向きが出始めている。
マイクロソフト(Microsoft)が先ごろ行った決算発表によると、同社の2021年の広告売上は100億ドル(約1兆1500億円)を超え、ニュースおよび検索サービス分野では前年同期から32%増加した。
マイクロソフトは次の四半期に、同分野の広告売上のさらなる成長(「10%台半ばから後半」)を見込んでおり、その間にザンダー(Xandr)の自社メディア製品への統合も進める予定だ。このような動きに対し、広告業界の眠れる巨人の覚醒かと見る向きが出始めている。
マイクロソフトはこの数週間のうちに、それぞれの分野でトップクラスと目される2社に対して、計700億ドル(約8兆円)近い小切手を切ることで合意した。ゲーム大手のアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)と、かつて独立系アドテク企業の雄と評されたザンダー(旧アップネクサス:AppNexus)だ。
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690億ドル(約7.9兆円)でのアクティビジョン・ブリザードの買収計画は、Xboxの生みの親であるマイクロソフトのゲーム業界における足場をより強固にするものだが、AT&Tから10億ドル(約1150億円)とされる買収額でアップネクサスを獲得することは、マイクロソフトにとって(おそらく)広告への再挑戦につながる。
アップネクサスはどのように活用されるのか
両社はすでによく知った間柄であり、マイクロソフトのアップネクサスへの投資は2010年までさかのぼる。2010年代半ばには、マイクロソフトのO&O(owned-and-operated:自社で所有し運営する)プロパティにおけるプログラマティックアクティベーションを、このアドテク企業に事実上アウトソーシングしていた。
マイクロソフトの広告製品は現在、同社の検索エンジンBing(ビング)での広告掲載のほか、CBSスポーツ(CBS Sports)やフォックス・ビジネス(Fox Business)などのプロパティにネイティブ広告ユニットをプログラマティックに配信するMicrosoft Audience Network(マイクロソフト・オーディエンス・ネットワーク:以下、MAN)など、O&Oネットワークでのプレースメントを含む複数のサービスで構成されている(同社ウェブサイトの情報を参照)。それに加えて、リテールメディア製品のプロモートIQ(PromoteIQ)も有する。
同社のPR会社が米DIGIDAYに寄せた声明によると、マイクロソフトは広告ビジネスに対する「大胆な野心」を「特にデータとオーディエンス関連」で有しており、また国際的な拡大計画もあるという。
声明はさらに「我々の大きな目標は、強力なデータガバナンスと消費者プライバシー保護へのコミットメントを着実に実行しながら、顧客、広告主、パブリッシャー、プラットフォームの誰にとっても信頼できる、自由でオープンなウェブを構築することだ」と述べている。
ポストCookieに向けたプラン
同社のバイサイドサービスMicrosoft Customer Experience Platform(マイクロソフト・カスタマー・エクスペリエンス・プラットフォーム)における大きな目標は、マーケターがオンライン広告業務をサードパーティCookieから切り離すのを支援することだ。「我々は、マーケターが自社の顧客データの管理を強化し、プライバシーセーフな方法を通じて我々のデータで充実させることにより、顧客の意思決定ジャーニーに沿って際限なくパーソナライズ、自動化、最適なオーケストレーションができるよう支援する」と声明は述べている。
さらに、マイクロソフトは自社のネイティブネットワークであるMANを「仕事と生活が交差する領域」に位置づけることで、ほかのセルサイドサービスとの差別化を図りたいと考えており、同社はそのようなオーディエンスを「勤務日の消費者」と表現している。「これらのオーディエンスは高い購買力を有し、オンラインで購入する可能性が高く、また広告を通じて新製品を発見する可能性が高い」と声明は記している。
マイクロソフトは、新たに獲得した広告スタック、すなわちアドエクスチェンジ(Xandr Marketplace[ザンダー・マーケットプレイス])、アドサーバー、DSP(Xandr Invest[ザンダー・インベスト])、およびSSP(Xandr Monetize[ザンダー・マネタイズ])を今後どのように統合するつもりなのか、さらに詳しく聞きたいとした米DIGIDAYの取材要請を拒否した。
新たなウォールドガーデンの登場か
情報筋の多くは、マイクロソフトによるアップネクサス買収の目的を、購入プラットフォーム、固有のインベントリー(在庫)、永続IDのレイヤー、独自のデータを備えたウォールドガーデンを構築することだとみている。
グループエム(GroupM)でビジネスインテリジェンス部門のグローバルプレジデントを務めるブライアン・ウィーザー氏は、ザンダー買収により、業界第4位のメディアオーナーとしてのマイクロソフトの地位がより強固になると指摘する。「買収した事業は、2021年の取引高がおそらく20億ドル(約2300億円)を超え、約4億ドル(約460億円)の純売上高を上げている。(中略)ザンダー絡みのさらなる動きは、マイクロソフトを他社から一層引き離すだろう」とウィーザー氏はいう。
グッドウェイ・グループ(Goodway Group)のプレジデント、ジェイ・フリードマン氏は米DIGIDAYに対し、Googleのクラウド技術が同社の広告モデルの事業を支えていると多くの人がみているのと同様に、マイクロソフトのクラウドインフラAzure(アジュール)が、同社の広告分野での野心を刺激する可能性がある点は、注目に値すると述べている。
またコンサルティングサービス、アドプロフス(AdProfs)の創設者ラットコー・ヴィダコヴィック氏は、マイクロソフトがザンダーのスタックを丸ごと吸収することが、いかにシナジーをもたらすかを指摘する。「マイクロソフトは、統合に伴う多くの面倒ごとを回避できる。別々のシステムをつなぎ合わせる必要がない」
コンサルタント会社アップ・アンド・トゥ・ザ・ライト(Up And To The Right)のパートナー、ジョン・ドナヒュー氏は、次のように話す。「Pinterest(ピンタレスト)のような企業を見ると、彼らの広告売上は急速に伸びているが、それは主に検索ビジネスであることが理由だ。今やBingは米国でナンバー2の検索エンジンであり、そのサーチインテントデータをアップネクサスに統合できるようになることは、大きなチャンスだ」。
変革のための買収か
一方、グッドウェイ・グループのフリードマン氏は、「それ(ザンダー)はマイクロソフトにとって、これまでに行った多くの買収をつなぐ重要なパイプとして、広告に利用できると同時に、アイデンティティと体験を結びつける役割を期待されているとみている」と話す。
コンサルタントサービス、プログラマティック・センセイ(Programmatic Sensei)の創設者で最高経営責任者(CEO)のエレン・パーカー氏は、マイクロソフトがここ数カ月、自身のような実務者を獲得するために、「社内外でかなりの投資を行った」と指摘する。「マイクロソフトは、最新の技術アップデートを非常に意図的かつ計算して行っているため、UIとテクノロジーがアップデートされると予想している」と同氏はいう。「Cookieの廃止、買収の増加といった状況のなかで、この業界が必要とするディスラプター(破壊者)になる可能性がある」
またフリードマン氏は、「Bingは単にGoogleではないというだけで(広告主のメディアプランにおいて)有利になることが」あり、その製品がもつ「ソーシャル」要素には独自の売りがあることを指摘し、LinkedIn(リンクトイン)を「計り知れない価値がある」と評する。
そのほかヴィダコヴィック氏は、マイクロソフトのブランドが加わることは、広告製品を現在のマーケットリーダーに取って代わる、信頼できる存在として位置づけるためのカギになりうると指摘する。「歴史が教えてくれることがあるとすれば、GoogleやFacebookに正面から対抗することは、単にアドテクを手に入れて固有のインベントリーやデータをちょっと付け足すよりも難しいということだ」と同氏はいう。「成功するためにはもっと多くの要素が必要であり、現実的に対抗できる企業はごくわずかしかない。しかし、マイクロソフトは間違いなくそのうちのひとつだ」
代替的なアドサーバーとなるか
今回買収した企業のもうひとつの重要な要素は、アップネクサスのアドサーバーであり、これはどのメディアオーナーにとっても広告スタックの重要なツールとなる。しかし、複数のパブリッシャーサイドの情報筋(いずれも雇用主のPRポリシーにより匿名を希望)は、この分野におけるGoogleのリードは手ごわいと指摘する。
ある情報筋によると、アップネクサスのアドサーバーは2018年にAT&Tに買収されて以降、ほとんど「休眠状態」になっているという。この情報筋はさらに、アップネクサスのアドサーバーの性能は高いが、顧客データプラットフォーム(CDP)などほかの多くのマーケティングテクノロジーは、Googleのアドサーバー向けに最適化されていると述べた。
「多くの人が公然とGoogleをこき下ろしているのを聞くが、(アドサーバーの切り替えに伴う)さまざまな課題を考えると、人々は簡単なほうに落ち着くだろう」と、両方のアドサーバーの利用経験があるという情報筋は述べている。
一方、別のパブリッシャー関係者は、現在メディアプロパティのO&Oネットワークを有するマイクロソフトが、2018年以前のアップネクサスがメッセージの中核としていたように、ザンダーの広告スタックを独立メディアの「中立的」な調停者に位置づけようとすれば、一定の懐疑の目を向けられることになると指摘する。
広告モデルのゲームに恩恵があるか
むろんザンダーの買収は、アクティビジョン・ブリザードの買収に比べれば大海の一滴であり、そもそもふたつの買収のあいだに何らかの共通点を見つけられるのか疑問に思う向きもある。とはいえ、米DIGIDAYが話を聞いた情報筋は、マイクロソフトがすでにXboxネットワーク(旧Xbox Live)に広告を配信しているからといっても、アップネクサスを使ってゲーマー向けのメディアビジネスをさらに拡大するという考えには、慎重にアプローチすべきと考えているようだ。
ゲーマーに焦点を当てた広告ネットワークであるネットワークN(Network N)のCEO、ティム・エドワーズ氏は、アクティビジョン・ブリザードの買収は、ゲーム愛好者の関心と財布を引きつけるという点から、マイクロソフトを広告販売の3大企業(アルファベット[Google]、メタ[旧Facebook]、Amazon)と区別するものではあるが、このオーディエンスに広告を提供するにはバランスが必要だと述べている。「すべてのゲームパブリッシャーが抱える広告の課題は、ページ上のすべてのピクセルが、D2C(Direct-to-Consumer)の売り上げと競い合わなくてはならないことだ。そのような直接購入に最適化すれば、必然的に売り上げと利益は上がる」と同氏はいう。「アドテクにも居場所はあるが、それは連鎖のかなり下流に位置している。だからこそ、ザンダーの買収とアクティビジョン・ブリザードの買収のあいだに、ブランドとしての関連性があるとは思えない」。
トップとの差は大きい
アップネクサスがAT&Tの傘下で果たせなかったことを達成するためには、マイクロソフトのブランドが加わることが大きな力になることは間違いない。しかし、適切な期待値を設定するには、いくつかの事実を考慮する必要がある。
イーマーケター(eMarketer)は2020年に、マイクロソフトが米国のディスプレイ広告費全体の1.5%を獲得し、3大企業、ベライゾン・メディア(Verizon Media)、Twitterに次ぐ6位につけると予測した。一方で、3大企業は2021年にオンライン広告費全体の64%を占めると予測している。この眠れる巨人の前に横たわる課題の大きさを見積もる際には、この数字の差を考慮に入れなくてはならない。
[原文:Microsoft’s ad revenue hit $10B, and it’s investing — is it a sleeping giant about to wake?]
RONAN SHIELDS(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:長田真)