米通信大手のAT&Tは2018年のアップネクサス(AppNexus)買収の果実ともいえるザンダー(Xandr)の売却をかなり以前から検討していたが、このことは業界の誰もが知る事実といっても過言ではない。そしてさきごろ、マイクロソフト(Microsoft)によるザンダー買収が発表された。
米通信大手のAT&Tは2018年のアップネクサス(AppNexus)買収の果実ともいえるザンダー(Xandr)の売却をかなり以前から検討していたが、このことは業界の誰もが知る事実といっても過言ではない。
そしてさきごろ、マイクロソフト(Microsoft)によるザンダー買収が発表された。かつてアドテク業界にその名を馳せたアップネクサスは、この一報をもって二度目の幕引きを迎えることとなった。マイクロソフトへのザンダー売却は、規制当局による審査など、通常の買収完了条件を満たした後に完了する。買収合意の声明で、ザンダーのエグゼクティブバイスプレジデント兼ジェネラルマネジャーを務めるマイク・ウェルチ氏は、同社の技術がマイクロソフトのデジタル広告およびリテールメディアの能力向上に貢献するだろうと述べている。なお、買収金額は公表されていない。
マイクロソフトでウェブエクスペリエンス担当プレジデントを務めるミハイル・パラキン氏も、同じ声明のなかで、「プライバシーに関する消費者の選択を尊重し、パブリッシャーと消費者の関係を正しく理解し、広告主の目標達成を支援できるようなデジタル広告の取引市場を構築したい」と述べている。
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複数の買い手候補が買収競争に参戦
マイクロソフトはアップネクサスの立ち上げ当初からの投資家であり、2018年にAT&Tに売却される以前は、同社といくつかの重要な戦略的パートナーシップを結んでいた。この旧知の間柄にもかかわらず、今回の買収はすんなりと決まったわけではない。ここ数カ月、インモビ(InMobi)を筆頭に、数社の買い手候補の名が上がっていた。
ザンダーが提供する製品は、実質的にモジュール型のアドテクスタックで、バイサイドおよびセルサイドの両側に対応する多数のツールから成る。ザンダーは、アップネクサスのブランドネームをテコに、Googleが運営する高収益のアドスタックから、パブリッシャーたちを引き剥がすことに全力を傾けた。
複数の関係者が米DIGIDAYに語ったところによると、ザンダーの売却話が最初に取り沙汰されてから、このたびの買収発表に至る長い期間に、複数の買い手候補がザンダー買収を模索していたという。そこには、新規株式公開(IPO)で資金を調達した、ザンダーと競合するセルサイドのアドテク企業も含まれていた。
また別の関係者によると、コムキャスト(Comcast)もザンダー買収の可能性について社内で協議したが、正式な交渉には至らなかったという。
ザンダーがたどった紆余曲折
マイクロソフトによるザンダー買収のほかにも、アドテク業界では年の瀬にありがちなM&Aの駆け込み合意が相次いだ。3億8000万ドル(約436億円)で成立したクリテオ(Criteo)によるアイポンウェブ(IPONWEB)の買収や、ガムガム(GumGum)よるプレイグラウンドXYZ(Playgroun XYZ)の買収は特に大きな注目を集めた。このM&Aラッシュの背景には、昨年に相次いだアドテク企業の上場がある。たとえば、IPOで資金を調達したアウトブレイン(Outbrain)は5500万ドル(約63億円)でビデオインテリジェンス(Video Intelligence)を買収した。
2021年の半ば、ニュースメディアのアクシオス(Axios)は、ザンダーの売却話の背景に「膨らむ赤字」があると報じた。2020年当時のザンダーの財務状況を知るある関係者は、米DIGIDAYの取材に対して、「深刻な状況だ」と語った。AT&Tが売却を模索しはじめた当初、なかなか買い手が見つからなかったのも、この財務状況が主な理由だった。
さらに、AT&Tが運営する超優良なメディア資産とザンダーの切り離しは、AT&T傘下のワーナーメディアとディスカバリーの統合による新会社設立の一環だという分析も一部にはある。そうなれば、ザンダーは主要な差別化要因を失う。同社が運営する動画広告マーケットプレイスの「コミュニティ(Community)」も、業界での評価は芳しくない。
一方、ザンダーの関係者は、同社のプラットフォームで支出される広告費がリニアテレビとCTVを合わせて10億ドル(約1147億円)程度にのぼること、よって2021年には売上高の復活が期待されることを強調している。
どこで間違えたのか?
3年前、アップネクサスの収益の大半は、ディスプレイ広告が稼ぎ出すものだった。ところが、複数の関係者が米DIGIDAYに語ったところによると、近年、同社のマージンが縮小しているという。その背景には、同社のプラットフォームを利用する広告主が、より高い透明性を求めるようになったことがある。
AT&Tによるザンダーの売却を、米国の通信事業者のあいだで頻発するアドテク事業からの撤退を象徴するものだと見る向きもある。かつて彼らはアドテクに大金をつぎ込んだ。ベライゾン(Verizon)がAOLと米ヤフー(Yahoo)を統合してオース(Oath)を立ち上げ、その直後にAT&Tがアップネクサスを買収した。
これほどの戦略的投資を行っておきながら、なにゆえ通信事業者たちはいまさらアドテクに背を向けるのか? 答えは簡単で、「社内政治」に尽きる。
メディア事業への野心を削ぐプライバシー問題
結局のところ、通信事業者は基本的に加入者収入に依存する企業だ。そしてその利益に比べれば、メディア事業で稼ぐマージンははるかに見劣りする。
昨年、AT&Tの経営トップが交代した。ワーナーメディアとザンダーの買収を主導した最高経営責任者(CEO)のランドール・スティーヴンソン氏が同職を退任し、ジョン・スタンキー氏が新CEOに就任した。スタンキー氏はメディア事業への投資は株主の利益に沿わないと考えているという。さらに、プライバシーに関する懸念も増大している。2018年にハンス・ヴェストバーグ氏がベライゾンのCEOに就任すると、同社がオース(Oath)に託したメディア事業への野心は急速に萎(しぼ)んだ。オース凋落の核心には、プライバシーに関する懸念があったといわれている。
実際、多くのアドテク企業がプライバシー違反を指摘されるリスクに直面していることは、最近のOpenX(オープンX)の事例ひとつを見れば明らかだ。米連邦取引委員会(FTC)は同社が児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)に違反したとして、200万ドル(約2.2億円)の罰金を科した。
主要幹部の退任
ザンダーにとって、主要な経営幹部の退任も大きな痛手となった。アップネクサスのAT&Tへの売却完了からほんの数週間後に、CEO(当時)のブライアン・オケリー氏が同職を退いた。2020年には、AT&Tのアドテク事業を統括していたザンダーのブライアン・レッサーCEO(当時)が退任し、同社のメディア事業の持続可能性に疑問符が付いた。
レッサー氏の退任後まもなく、ザンダーをワーナーメディアの傘下に組み入れる計画が発表されたが、ふたつの事業部門の統合が困難で、この計画はまもなく放棄された。
ザンダーのマイクロソフトへの売却がほぼ完了したいま、マイクロソフトはメディア領域への新たな進撃を開始するのだろう。業界はその成り行きをじっと見守っている。
[原文:Microsoft buys Xandr, ending AT&T’s ad tech bet that never really paid off]
RONAN SHIELDS(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)