この2年間、コロナ禍で計画を変更する必要が生じると、パブリッシャー各社はそのつど対処方法を考えて行動に移してきた。しかし2022年、状況はいまだ不透明ながら、メディア企業は事業の長期計画策定にあらためて取り組む必要がある。米DIGIDAYが2022年のメディア業界における主なビジネスチャンスと課題を考察した。
この2年間、コロナ禍で収支計画や勤務場所を変更する必要が生じると、パブリッシャー各社はそのつど対処方法を考えて行動に移してきた。予期せぬ問題が急浮上し、優先的に対応せざるを得ないケースも多かった。しかし2022年、状況はいまだ不透明ながら、メディア企業は事業の長期計画策定にあらためて取り組む必要がある。
本記事では、米DIGIDAYのメディア担当チームが、本サイトで取り上げるトピックの候補となる、2022年のメディア業界における主なビジネスチャンスと課題を考察した。
2022年のメディア業界の主な動向:
- パブリッシャー各社は、サードパーティCookieのサポート終了後に向けた戦略を確立する必要に迫られるだろう。
- SPAC(特別買収目的会社)上場によるM&Aの手法は、メディア業界ではトレンドとして持続しないかもしれない。
- リモートワーク中心で組織を運営する試練は2022年も続く見込み。
- パブリッシャーにとって、2021年実験的に販売されたNFT(非代替性トークン)の技術を応用してビジネスチャンスにつなげる可能性が広がった。
ID技術の今後が注目される年
Googleがあらためて発表したChromeブラウザにおけるサードパーティCookieのサポート終了まであと1年余り。期限延期によりパブリッシャーは、Cookieの代替ソリューションを模索する時間的猶予を与えられた。しかしそれも束の間、パブリッシャーは2022年には、自社の対応方針を固める必要に迫られるだろう。早めに手を打っておけば、サードパーティCookieが公式に廃止されるころには、Cookieに依存した収益構造から新たな収益構造への移行が完了しているはずだ。
Advertisement
パブリッシャーがまず取り組むべきは、Cookieの代替となるID(広告識別子)技術ベンダーを評価し、どのベンダーを採用するか決めることだ。
「我々にとってはいま、驚くほど多数の選択肢がある。しかし、すべての技術を試す時間はないため、適切なパートナー企業を選ぶ方法を検討している」と、あるパブリッシャーの経営幹部が匿名を条件に語った。「大手ベンダーが開発した(Unified ID 2.0などの)技術が有力候補だが、最適なソリューションとして今後使い続けられるかというと、確実ではない」。
そこで、やや不穏な空気を漂わせながら登場するのが、Googleが提唱するCookie代替案、プライバシー・サンドボックス(Privacy Sandbox)だ。現在、英国個人情報保護監督機関(Information Commissioner’s Office)と英国競争・市場庁(Competition and Markets Authority)からの指摘を受けて技術の改善が進められている。デジタル広告におけるプライバシー保護がふたたび個人情報保護当局の関心を引いていることから、プライバシー・サンドボックスをめぐる当局の判断いかんによって、今後利用できる代替ソリューションの方向性が示されるかもしれない。パブリッシャーは、Cookie廃止後の計画を立てるにあたり、当局の神経を逆撫でしないようなソリューションを選ぶ必要があるだろう。— Tim Peterson
SPACの普及は進まず、従来型のM&A手法が選ばれる?
米DIGIDAYのティム・ピーターソン記者が2021年末に執筆した記事はメディア業界の1年を振り返り、BuzzFeed、フォーブス(Forbes)、グループ・ナイン(Group Nine)といった業容拡大をねらうパブリッシャーによるSPAC(特別目的買収会社)設立やSPACを利用した上場について報告している(SPACとSPAC上場の違いについてはこの記事を参照)。
一部のメディア企業が、2020年の経済的打撃による苦境から救い出してくれそうな親会社候補を探すなか、低金利環境も手伝って、2021年にはM&A(合併・買収)が活発に行われた。SPACの活用が、必要な資金を調達して事業を存続させ、成長させるための新たな手法として注目された。
しかしSPACを介して上場を果たしたBuzzfeedの停滞ぶりを見ると、2022年、SPACの普及は期待できないかもしれない。デジタル・パブリッシャーのBuzzfeedは2021年12月、ナスダック(NASDAQ)上場直前に、合併先のSPACの投資家が次々と出資金を引き揚げたため、調達した2億8750万ドル(約317億円)の94%を失った。同社の株は上場後の初値で10ドル(約1100円)をつけたあと値下がりし、現在5ドル(約550円)台で推移している。それでも、SPACの今後について楽観的な見方をしているメディア企業幹部もいる。SPACを利用した上場を検討中だというBDGのブライアン・ゴールドバーグCEOは、Buzzfeedの成功を期して同社の株式を大量に買いつけたと述べている。
一方、SPAC上場の可能性を以前から公言していたフォーブスとグループ・ナインは両社とも、2021年年末の買収合意により当初のIPO計画を変更した。SPACによる合併を検討していたはずのフォーブスは、投資会社のGSVに企業価値評価額6億2000万ドル(約682億円)で売却される運びとなった。また、ボックス・メディア(Vox Media)がグループ・ナインを買収すると発表した(金額は非公開)。
こうして脚光を浴びたSPACが新たな資金調達手段として定着するかどうかはまだわからない。しかし現状を見ると、そう簡単には普及しないと思われる。— Kayleigh Barber
メディア企業の社員、働き方に変化
メディア業界で働く人々の職場環境は2021年、さまざまな形で激変に見舞われた。報道機関では、オフィスが再開されたかと思うとまた閉鎖されるなど、復帰計画の変更が相次いだ。ジャーナリストのなかには燃え尽き症候群に悩まされている者もいる。労働組合結成の波がメディア企業に押し寄せ、人材の多様性の欠如に対する経営側の責任を問う声が上がっている。こうしたトレンドの勢いは2022年も衰えそうにない。
フォーブス、クォーツ(Quartz)、アクシオス(Axios)などパブリッシャーの多くはすでに、柔軟な働き方が可能なハイブリッド勤務体制への移行を約束している。ただし、そのためには企業文化を維持する方法を考案し、リモートで働くスタッフ支援に向けて技術とソリューションを導入する必要がある。ハイブリッド勤務体制は、人材採用にも影響を与えるだろう。募集対象がオフィス通勤圏内に居住する人々以外にも広がるからだ。パブリッシャー各社がさまざまな国と地域から人材を登用するようになれば、応募者や給与レベルも多様化せざるを得ない。また、2022年は勤務日も従来とは違う設定になりそうだ。一部のパブリッシャーでは、自社オフィスビルでの出社勤務は火曜から木曜までに限定している。メディア企業の経営幹部からは、フルタイムでのオフィス完全復帰の可能性を示唆する発言はまだ聞かれない。
しかし、ハースト(Hearst)やコンデナスト(Condé Nast)は2022年中に社員のオフィス復帰を実現する意向を表明した。これは社員の反発を招き、労働組合も、中途半端なオフィス復帰計画では社員の健康と安全に対する懸念が残ると指摘している。ただしそういった計画も、新型コロナウイルスのオミクロン変異株による感染急増の影響で予定を狂わされそうだ。コロナ禍3年目に突入しようとしているいま、「通常」の勤務体制に近い形に戻れるだけでもよしとしなければならないのかもしれない。ただ、会社の指示を素直に受け入れる社員ばかりではないようだ。米労働省が発表した雇用動態調査によると、2021年11月の自発的離職者数は450万人を超え、統計を取り始めた2009年以降、最多となった。この現象の一因は、同じ会社で働き続けるより転職を繰り返すほうが早く給料が上がることだと、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)は報じている。今後、組合が経営側と交渉を続けてきめ細かいオフィス復帰計画を策定させ、柔軟な働き方を実現できるか、それとも社員が不本意ながらも出社勤務に戻るかは、まだ定かではない。
労使交渉といえば、ワイヤーカッター(Wirecutter)や「ニューヨーカー(New Yorker)」誌の労働組合によるストライキは、社員の積極的な行動が勢いを増してきたことを示している。クォーツのザック・セワードCEOは2021年、米DIGIDAYの取材に応えてこう語った。「会社が下す重大な決定に関して、社員は以前に比べてより自由に意見を主張し、反対の声を上げるようになった」。北米最大のジャーナリスト組合であるニュースギルド(The NewsGuild)には2021年、26社から1542人のジャーナリストが加盟した。一方、ニューヨーク・タイムズの技術系社員が結成を申請した労働組合は、いまだ会社側に認められていない。
メディア業界では今年、労働組合の結成が増え、既存の組合の活動はますます盛んになると予想される。自らの権利を主張する社員は、昇給と待遇の改善を求めて行動を起こすだろう。— Sara Guaglione
メンバーシップ事業で付加価値を生み出すNFT(非代替性トークン)
予想外の収益源として2021年に盛り上がりを見せたNFT(非代替性トークン)。関連の技術をビジネスにどう活かすか、パブリッシャー各社は2022年以降の展開を模索中だ。
NFTを用いた実験的プロジェクトは2021年年末までに相当数行われていた。具体的にはNFTゲーム、NFT関連のコンテンツ制作スタジオ、メタバース用コンテンツ制作などだが、2022年はさらに多くのオーディエンスを対象に、ブロックチェーン技術を利用した商品への課金を促す施策が増えそうだ。ブランド、セレブ、ゲーム、テレビ番組などの熱心なファンの情熱を原動力として、ブロックチェーンを運用基盤とする商品やサービスを販売する新たな試みとなる。
「ファンは『参加の証明』を得ることを喜ぶ。好きなテレビ番組の最初のエピソード限定のNFTを購入すれば視聴を証明できるし、そのNFTが新たな価値を生む可能性もある。持っているだけで人に自慢できるアイテムになるからだ」と説明するのは、フォックス・エンターティンメント(Fox Entertainment)傘下のブロックチェーン・クリエイティブ・ラボ(Blockchain Creative Labs)のCEO、スコット・グリーンバーグ氏だ。「つまり、(NFT購入は)特別なクラブのメンバー向けの特典を手に入れるのと同じ考え方だ。たとえていえばディスコード(Discord)の専用チャンネルへのアクセス権や、番組のエピソードを自分のものとみなす感覚に似ている」。
主にテレビ番組と動画関連のNFTに力を入れているグリーンバーグ氏だが、氏のアイデアはメディア業界のほかの分野でも通用する。パブリッシャーはNFTの有用性(実際に使えること)とNFTの純粋価値の違いを理解しはじめた。NFTは、セキュリティを確保したソフトウェアのプログラミングによりトークン内のデータが保護され、改ざんや複製が不可能という特性があり、イベント参加のための譲渡不可のチケットや、コンテンツへの独占アクセス権などに応用できる。
そういった特別感は、商品・サービスの付加価値を高める効果をもつ。購読者数の伸びが鈍化しはじめたパブリッシャーが2021年から注力している定期購読とメンバーシップ事業に必要なのは、まさにその付加価値だろう。— Kayleigh Barber
[原文:Media Briefing: What challenges and opportunities await the media industry in 2022]
(翻訳:SI Japan、編集:長田真)