ワシントン・ポスト(The Washington Post)とUSAトゥデイ(USA Today)は、AR技術を活用し、7月23日に開幕したスポーツの祭典、東京2020オリンピック関連ニュースへの注目を集めていく。 いず […]
ワシントン・ポスト(The Washington Post)とUSAトゥデイ(USA Today)は、AR技術を活用し、7月23日に開幕したスポーツの祭典、東京2020オリンピック関連ニュースへの注目を集めていく。
いずれの試みも、エマージングテクノロジー(新興技術)の可能性を拡大するとともに、今後、同様のプロジェクトをより迅速に動かしていく下地を作るためのテストだ。
言い換えれば、そうした実験に必要な資金と人材を有する巨大パブリッシャーのみに許された、ストーリーテリングの比較的新たな形態の実用化に向けた一歩でもある。
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USAトゥデイは7月19日、東京2020に関連する、以下ふたつのAR体験を同社モバイルアプリに加えた。
- ひとつでは、プロスケートボーダーのトム・シャー氏が今回のオリンピックで使用される競技コースを案内し、スケートボードのトリック(技)を実演するとともに、氏のキャリアも簡単に紹介する。
- もうひとつでは、USAトゥデイの記者トム・シャッド氏とオリンピックに出場するスポーツクライマー、カイラ・コンディ氏を起用し、後者がボルダリングについて、採点やホールド(人工壁に取り付けられた、手/足がかりになる突起物)の種類を含めて説明する。また、各壁の攻略法をコンディ氏が自身の過去の映像を交えて解説。アニメーションで、グリップの握り方も教える。
いずれの狙いも、新種目の「競技中における注目ポイントや競技の形態/ルール、採点法をオーディエンスに広く知ってもらうこと――そして、プロアスリートにそれらを紹介する声になってもらうこと」にあると、USAトゥデイの親会社ガネット(Gannett)のエマージングテック部門シニアディレクター、レイ・ソト氏は語る。
この種のストーリーテリングに関して、USAトゥデイにはすでに実績がある。ARストーリーは同紙およびほかのローカルアプリにおいて、インプレッション1500万回と閲覧数150万回を達成していると、ソト氏は断言する。
「インタラクティブ(双方向)体験へのエンゲージメントは増加の一途をたどっている」とソト氏は言う。
ワシントン・ポストは一方、同じく今回のオリンピック新種目であるスポーツクライミングとスケートボード、さらにサーフィンに焦点を合わせた、3つのAR/実験的動画を7月20日に投入した。
- ひとつは、オリンピック選手ブルック・ラバトゥ氏が高さ15メートルの壁を約10秒で登って見せるというもので、ユーザーはスマホカメラで同ストーリー内のQRコードを読み取ることで、どこにいても目の前でこれを体験できる。
- もうひとつでは、オリンピック選手のスケートボーダー、ヘイマナ・レイノルズ氏がジャンプした状態での180度の視野体験をユーザーと共有する。
- 残るひとつでは、オリンピック選手のサーファー、キャロライン・マークス氏が波の乗り方を、段階を追いながら注釈付きのスローモーション動画で見せる。
スポーツクライミングのAR体験にモーションキャプチャ技術を利用するのは、ポスト紙にとって初の試みだ。戦略イニシアチブ部門ディレクター、エリート・トロング氏いわく、この戦略は「モーションキャプチャとアニメーションを視覚的解説ツールとして活用する」という同社の姿勢の現れでもある。これを実現するべく、編集者らはラバトゥ氏が壁を上る姿を撮影した写真から、実際の動きを再現する3Dモデルを作成した。スケートボードとサーフィンの動画については、アクションカメラGoPro(ゴープロ)を36台使用し、ユーザーが動画を途中で止め、アスリートの周囲180度の景色を見られるようにした。
一方、編集者にとってはやはり、重要視したのはストーリーテリングだという。
「高さ50メートルの壁を10秒という速さで登る凄さを、長い文章でしっかりと説明することはできる。しかし、50メートルがどれほど高いのかを、オーディエンスに、しかも目の前で見せるのはどうしたらいいのか、今回はそこに注力している」とトロング氏は語る。ポスト紙はこの記事の――そして同紙の――人気を示す具体的な数字は開示しなかった。
パブリッシャー勢によるARストーリーテリングへの投資
エマージングテクノロジーは依然、パブリッシャー勢の投資先として比較的新しい分野であり、多くの企業は実験に必要なリソースを持たない。だが、こうした新興技術はいつか「ごく当たり前の存在」になると、トロング氏は断言する。「メインストリームでの利用を目にする機会はますます多くなっていくと思う」。
広告主側においても、関心が相当に高まっている可能性はある。ブランド勢は実際、「様子見の段階から、かなり高額の投資をする段階に」すでに移行していると、デジタルエージェンシーのプリティ・ビッグ・モンスター(Pretty Big Monster)のマネージングパートナー、ジェイソン・スタインバーグ氏は指摘する。同社はこれまでに、映像大手ソニー・ピクチャーズ(Sony Pictures)といったブランドとウェブベースのAR/VR体験開発に携わっている。
USAトゥデイとワシントン・ポストの試行はいずれも、読者へのAR体験の提供を軸としている。後者のAR記事へは現在、記事内のQRコード、同紙のアプリ、iOSおよびAndroidのモバイル機器でアクセスできる。これまで、こうした体験は同紙のアプリ上に限られており、それがうかつにも、アクセシビリティに背を向ける「ウォールドガーデン的な状況を生んでいた」と、トロング氏は認める。
USAトゥデイは一方、アプリ内ARパフォーマンスを改善する諸機能を追加中だ。AR体験は現在、同紙のモバイルアプリ上限定だが、ソト氏によれば「ウェブAR体験も提供できるよう尽力している」という。
両パブリッシャーの開発チームの人員構成
エマージングテクノロジーの実用化に取り組む両パブリッシャーの開発チームは、いずれも5人のメンバーで構成されており、各人の背景はプロダクトデベロップメントからデザインまで多岐にわたる。両社ともに、今回の試行に関する具体的な予算額は開示しなかった。
トロング氏いわく、ワシントン・ポストの開発チーム、リード・ラボ(Lede Lab)は、年間4~6の大規模プロジェクトに試行錯誤をくり返しながら取り組んでいる。今回のオリンピックプロジェクトには「巨額の予算」が付き、完成までに約5カ月を要したという。具体的な投資額は明かさなかったが、この実験を通じてすでに同チームには「10程度の小規模の学びがあった」と、氏は語る。
USAトゥデイも同様の目標を掲げている。今年1月6日、米連邦議会議事堂襲撃事件後、同紙のエマージングテクノロジーチームは同事件に関するAR記事を約8時間で作り上げた。このように、よりいっそう真相に迫ることができる、奥深くまで切り込んだ数多くのストーリーをUSAトゥデイの定期購読者だけのプレミアムコンテンツにすると同時に、最新ニュースに関するAR記事を誰もがアクセスできる無料コンテンツにすることが、同紙の理想だという。
ただ、こうしたAR/VR実験については、まずはオーディエンス側の需要のほどを「大企業たち」に見定めさせてから、ほかのパブリッシャー勢は動くべきだと、オーディエンスデベロップメント/マーケティング企業であるトウェンティ・ファースト・デジタル(Twenty-First Digital)の創業者/CEO、メリッサ・チャウニング氏は語る。「コストがかかり過ぎるため、オーディエンスが本当に望んでいるのかどうかもわからないまま手を出すのは危険だ」と氏は指摘し、大半のパブリッシャーの場合、「資金が潤沢にあるところに(中略)まずは利用させてみる」のが賢明な策だろうと示唆する。
[原文:How news publishers are using the Olympics and AR to flex their emerging tech storytelling]
SARA GUAGLIONE(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU