「ニューノーマル」という言葉の新鮮さが失われ、疲労感がパブリッシャーに広がりつつある。「組み合わさった不透明感が従業員を参らせている」と、あるCEOは語る。パブリッシャーがいままさに対処している過酷な縮小は、存在することへの疑問を提起している。ーー米DIGIDAY編集長のブライアン・モリッシーによるコラム。
「ニューノーマル」という言葉の新鮮さが失われ、疲労感がパブリッシャーに広がりつつある。「組み合わさった不透明感が従業員を参らせている」と、あるCEOは語る。
パブリッシャーがいままさに対処している過酷な縮小は、存在することへの疑問を提起している。第一は「生存」だが、次の瞬間にその疑問は「どのようにして企業は乗り越えられるのか?」へと変わる。多くのパブリッシャーが事業は永続的に縮小すると見ているが、おそらくは長期的には良い方向に進むと考えている。肥大化し、かろうじて持ちこたえている状態よりは、スリム化して、うまく採算の取れる体質になったほうがいい。
「これによって、フルタイムの従業員は何人ぐらい必要なのかが問われることになるだろう」と、前出のCEOは話す。「若手よりも、ベテランのほうが在宅勤務を安心して任せられる。今後は、戦略と遂行を両方こなせる、専門知識を持った少ない人材だけを残す企業が増えてくるのではないか。経験とプロ意識、献身的な姿勢が、かつてないレベルで改めて測られることになるだろう」。
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「経験に代わる圧縮アルゴリズムなどない」
デジタルメディアのスケール時代は、経験の浅い若手の群れをコンテンツの鉱山に送り込むことを前提としていた。GoogleとFacebookが広告市場の大半を支配し、Amazonが残りのほとんどを平らげる。辛抱強く若手を育てるパブリッシャーなど、ほとんどなかった。彼ら若手には、リスティクル(「○○のための10の方法」等、箇条書きの記事)を量産したり、人々を憤慨させるツイートを埋め込んだり、キム・カーダシアン関連のニュースを再燃させたりすることで、チープなクリックと束の間の最高ページビューというエンプティカロリー(強力ではあるが実が少ないもの)への、デジタルメディアの飽くなき欲望を満足させる仕事が任された。
こうしたパブリッシャーのニュース編集室の編成が20代・30代に偏っている理由に対する辻褄合わせの説明は、フィーチャーフォンをいつまでもいじっていたり、インスタグラム投稿の埋め込み、ワイヤレスマウスのしくみの理解にまごつくヨボヨボのベテランよりも、若手のほうが「デジタル化されているから」だった。彼ら35歳以上は恐竜のような存在とみなされ、その一方でミレニアル世代による将来有望なニュースパブリッシャーはベンチャーキャピタルの金を使い果たし、何ら利益を生み出さず、大した成果もあげられないこともしばしばだった。こうしたニュースパブリッシャーの一部は破産し、一部はいまもノロノロ運転を続けている。2019年に発表した多様性に関するレポートのなかで、BuzzFeedは同社スタッフの「半分以上」が30歳超えであることを得意げに報告している。
そしてやがて、パブリッシャーの管理職は若手社員でいっぱいになった。良い時には、弱点の多くが覆い隠される。一方、悪いときには、欠点が情け容赦なくあらわにされる。パレードの先頭はいつも、見た目が良い集団だ。だがいまは、また別のトップメディア企業の幹部の言葉を借りれば、難しい決断を下し、チームに火のなかをくぐらせるには、ニュース編集室内に「大人」が必要なときだ。Amazon・ウェブ・サービス(Amazon Web Services:AWS)CEOのアンディ・ジャシー氏が述べているように、「経験に代わる圧縮アルゴリズムなどない」のだ。
金を払うに値するコンテンツ
メディア企業はいま、このことを嫌というほど思い知らされている。
「やるべきことが明らかなときには、やるべきことを理解しているスタッフは大勢いる」と、前出のメディア企業CEOは語る。「だが、やるべきことが明らかではないいまは、それをわかっているスタッフはほとんどいない。スタッフは困惑・混乱している。過去に経験していなければ、何が重要なのかをどのように把握すればよいのかがわからない。どのようにそれらを優先し、ほかを無視すればいいのかもわからない。若手の大半は、こうしたさまざまなことのボリュームに圧倒されてしまうのだ」。
我々がいま直面しているような厳しい不況を勝ち残れるメディア企業は、ほとんどないだろう。つまるところ、世界経済のほとんどが閉ざされ、商品・サービスに対する総需要、そして総供給にもカスケード効果を及ぼしている。いまなお大半のパブリッシャーにとって不可欠な存在である広告市場も、その影響を強く受けている。この経済的混乱は、彼らのコマース事業にも影響を及ぼす。ライブイベントは消え、まだしばらくは行われることはないだろう。
にもかかわらず、パブリッシャー各社は相次いで自社のサブスクリプションビジネスを褒め称えている。その多くはプロモーションのオファーや安価なFacebook広告を購入することで、サブスクライバー数を大きく伸ばしているのだ。とはいえ彼らは、ほかのほとんどの商品と違って、明らかに高まっているニュースコンテンツに金を払いたいという需要をいままさに収穫している。ただし問題は、金を払うに値するコンテンツは、多くの場合、層の厚いベテランジャーナリストたちによって作られるということだ。これは、業界が長らく固執してきた若手中心のラインナップに反している。
ヘレンは大晦日から取り組んでいた
いまをときめく「スタット(Stat)」のケースを見てみよう。ボストン・グローブ(The Boston Globe)のオーナーであるジョン・W・ヘンリー&カンパニー(John W. Henry & Company)傘下に属する同ニュースサイトに、筆者(米DIGIDAY編集長のブライアン・モリッシー)は自分勝手な理由でかなり前から興味を持っていた。健康にフォーカスしている点は別として、そのモデルは米DIGIDAYのそれとよく似ているのだ。いままさに人々が求めているニュースこそ、スタットの得意分野である。同サイトに対する人々の関心は急激に高まっており、トラフィックは急増している。1年前のスタットなら、月に150万人の訪問者を獲得できれば上出来だった。それが今年の3月は、2400万人の訪問者を獲得した。サブスクリプション事業も急成長している。今年これまでの正味加入件数は、2019年全体の加入率を60%上回るペースで進んでいる(とはいえ、さすがのスタットも無傷なわけではない。今年の秋に450人規模のイベントを予定していたが、その開催は現在未定となっている)。
スタットのサイトを訪れたら、15人のレポーターを紹介するプロフィールページをのぞいてみてほしい。そのなかの1人がヘレン・ブランズウェル氏だ。同氏は20年のキャリアを持つベテランのヘルス系ジャーナリストで、これまでに鳥インフルエンザやH1N1(新型インフルエンザ)、エボラ出血熱、ジカ熱、SARSなどについて報じてきた(これは筆者のでっちあげではない)。したがって、ブランズウェル氏が感染症を報じるのは今回がはじめてではない。ほとんどの「コンテンツクリエイター」が大晦日のパーティーの準備をしているころ、同氏はのちに新型コロナウイルスと名づけられる病原体の記事に取り組んでいた。
ヘレン・ブランズウェル
@HlenBranswell
これが常軌を逸したことでなければいいのだが。しかし、中国の「原因不明肺炎」について書かれた @PutMED_mail の投稿は、 #SARS の悪夢を蘇らせる。
4:20 PM – 2019年12月31日
ブランズウェル氏のほかには、マット・ハーパー氏もいる。筆者とハーパー氏は20年前にコロンビア大学でジャーナリズムをともに学んだ間柄だ。スタットに移籍する前の同氏は、フォーブス(Forbes)で20年近くにわたって科学・医療関係の記事を執筆していた。さらには、ウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)で製薬業界のニュースを20年にわたって報じてきたベテラン、エド・シルバーマン氏、キャリア25年を誇るバイオテック系ライターのアダム・フォイアスティン氏もいる。
「我々が市場評価をまとめていたときの基本理念のひとつは、スタットはハイクオリティなジャーナリズムとサブスクリプションモデルをめざすということだった」と、スタットの最高売上責任者を務めるアンガス・マコーリー氏は語る。「必要なのは、こうしたニュースを10~20年にわたって追ってきたジャーナリストだ」。
読者売上の世界で勝つためには
これはつまり、婉曲的には「経験豊か」と称されるグループのことだ。中年には、家のローンや育児、授業料など、中年ならではの頭痛の種がある。そのため、彼らを雇うには金がかかる場合が多い。ここに影響を及ぼしているのが経済状態だ。広告市場の完全コモディティ化により、運営コストに関する「底辺への競争」が引き起こされてきた。そして、パブリッシャーにとってのトップコストは人件費だ。
サブスクリプション主導の世界では、これが機能しない。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)やフィナンシャル・タイムズ(The Financial Times)、ウォール・ストリート・ジャーナル、ブルームバーグ(Bloomberg)はなぜ、1周差をつけてライバルたちをリードし、サブスクライバー数だけでなくサブスクリプション売上も大きく積み上げているのか? デジタル新興企業のサブスクリプションビジネスは、大きく後れを取っているか、存在すらしていないかのいずれかだ。ニューヨーク・タイムズへの人材の流出(元BuzzFeedのベン・スミス氏、元クオーツ[Quartz]のケビン・デラニー氏、元ボックス[Vox]のキャラ・スウィッシャー氏)は、その経済状態によって引き起こされている。「保守派」のサブスクリプションビジネスは、デジタルメディアのプログラマティック広告やコンテンツスタジオ事業を打ち負かしている。読者売上の世界では、勝つのはクオリティと経験なのだ。
Brian Morrissey (原文 / 訳:ガリレオ)