米ナイキが#betterforitというハッシュタグを使い、女性をターゲットにしたアパレルキャンペーンを展開。キャンペーン動画は配信後、1日で34万9000回近く視聴された。いまや男性の市場を上回る、女性向けスポーツウェアの売上。ナイキの試みは、さらなる女性ユーザーを取り込めるか。
各スポーツウェアブランドによる女性ユーザーの囲い込み合戦は、加熱化する一方だ。そこへ新たに真打ちナイキが参戦した。
2015年4月12日、ナイキはMTV映画祭の期間中に#betterforit(やってみる価値はある)という世界規模のビデオ・キャンペーンを開始。ヨガのストレッチやランニングを日課とする女性に対して、いつもより少しエクササイズ量を増やすなど、自分の殻を破るような体験を味わってほしいと説いた。
このビデオ・キャンペーンでは、エクササイズに励む女性のさまざまな挑戦と葛藤を見せている。ある女性は、ヨガのクラスで一心不乱になっている周囲の参加者を見ながら「ここの人たちはまるで他人を気にしていないみたい」と呟き、ひそかに「彼女たちみたいになれるのかしら」と考え込む。ある女性ランナーは「ハーフマラソンを走るだけなんて恥ずかしいわ」と、自分を叱咤する。このキャンペーン動画は、YouTubeでの配信後、24時間以内に34万9000回近くも視聴された。
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広がる女性のスポーツウェア市場
ナイキのCEO、マーク・パーカー氏は直近の四半期の業績発表で、女性向けトレーニングウェアおよびランニングウェアの売上が2桁成長を遂げ、男性向けアパレルの売上を追い抜いたと発表。また、女性向け事業の売上が、2017年にはさらに20億ドルも増えるとの見通しを示した。
これまで、スポーツウェアブランド界では、女性向け製品は二の次扱い。マーケティング活動の多くは、人気男性プロスポーツ選手の起用が一般的だった。そうした流れが変わったのは、ヨガウェアブランドのルルレモン・アスレチカや、女性ファッションブランドのヴィクトリアズ・シークレットによるスポーツウェア市場への参入によるところが大きい。こうしたブランドのスポーツウェアは、カラフルでときにはセクシーさを感じさせるのだ。そこで、女性の購買意欲に訴えかけるデザインが多くリリースされるようになった。
こうした背景を踏まえて、急成長しつつある分野にナイキが競合として参入するのは不思議ではない。ナイキによると、自社のアプリやナイキの各種ソーシャルプラットフォームなどのデジタル・コミュニティには、約7000万もの女性ユーザーを抱えている。こうしたコミュニティの女性たちは、スポーツやエクササイズに関する質問をナイキに投げかけ、コミュニティの成長を促しているという。北米でNike+というランニング・アプリを使うユーザーのほとんどは女性。さらに、世界的に見ても女性のNike+ユーザーは増加し続け、アプリ参加率のペースは、男性のそれを上回っているそうだ。
ナイキのマーケティング部本部長で、NikeWomen/Women’s Trainingキャンペーンを手掛けるケリー・ホイトパック氏は、「『#betterforit』キャンペーンを展開していくうちに、我々は若い女性がフィットネスに積極的で、関心をもっていながらも、ブームとなるまでには至っていないと認識した」と、米DIGIDAYの取材に答えた。同氏は「『やってみようかな』と思わせ、結果はどうであろうと、誰しも新しい挑戦には意味があると気づかせることが重要だ。このハッシュタグにはそんな意味合いが込められている」と話した。
同キャンペーンでは、今後も新しいビデオシリーズを展開。それらをNike.comのサイトで閲覧できるようにし、Tumblerやインスタグラム、Twitterなどでプロモーションしていく予定だという。また、このようなSNS拡散はビデオの閲覧数を助長するだけでなく、女性トップアスリートを紹介していくことで、世間の女性と幅広く対話できる場を作っていく。ナイキはさらに「90-day better for it challenge」というキャンペーンを開始。Nike+のトレーニング・アプリとランニング・アプリのエクササイズ結果をシンクロさせ、女性にさらなるエクササイズを促すような取り組みも始めた。
広告業界での評判は賛否両論
ブランドコンサルティング企業であるビバルディ・パートナーズのCMO、アガサ・ブランチョン・エァスゥム氏は、次のように語る。「ナイキはレベルの高いキャンペーンプロジェクトを行っている。女性の日常的な習慣をうまくキャンペーン運営の文脈に落とし込み、さらに新しい挑戦を促した。コンプレックスや改善したい点に対して、広告的なアピールができている」。
年間で280億ドルも売り上げ、アスレチック系のアパレルで首位を保っているナイキ。しかし、売上をナイキに近づけつつある競合ブランドは、女性に注目したマーケティングで、さらに同社に迫り寄る。
Adidasを押しのけ、全米第2位のスポーツ・ブランドとなったアンダーアーマーが良い例だ。アフリカ系バレエ・ダンサーのミスティ・コープランド氏やスーパーモデルのジゼル・ブンチェン氏にスポットを当て「なりたい自分になる」という女性に焦点をあてたキャンペーンを成功させた。
そのキャンペーンを担当した世界的な広告代理店、ドルガ5(Droga5)のクリエイティブ・ディレクター、ジョン・メケルビー氏は「世間の期待に媚びず、他人からの評判という雑音をものともしない女性」を肯定してみせたからこそ、大きな反響を呼んだと話している。
一方で、ナイキのキャンペーンが女性の心の琴線に触れるほどの影響は与えないだろうと話すのは、米広告代理店ピッチのCEO、レイチェル・スピーゲルマン氏。なぜなら、ナイキは女性のサクセスストーリーに訴えかけるよりも、不安感を増幅するようなアプローチをしたと認識されかねないからだ、と述べる。
「ナイキやDoveのような企業が、社会に反抗的な姿勢のキャンペーンをプロモーションするのは、時代遅れ的な印象を与えかねない」とスピーゲルマン氏は指摘。「人生においてのつまずきや葛藤は、それまでの自身の歩みに必要なものであるはずだ。自分たちの弱みを強調されるのは、余計なお世話ではないか」と厳しいコメントを述べた。
Tanya Dua(原文 / 訳:南如水)
Photo from Nike Tumbler