2020年の12月末、アディダス(Adidas)は、素材の一部に菌糸体を用いたシューズを開発中だと発表。菌糸体(マイセリウム)を大まかに説明すると、菌糸の集合体で、菌類のクモの巣状の部分をいう。
アディダス(Adidas)が、キノコ菌で作る新しいシューズの開発に乗り出している。
2020年の12月末、アディダスは、素材の一部に菌糸体を用いたシューズを開発中だと発表。菌糸体(マイセリウム)を大まかに説明すると、菌糸の集合体で、菌類のクモの巣状の部分をいう。この菌類からなるバイオ素材を、小売業界の主要商材に育てようという試みが広がるなか、アディダスの取り組みは、もっとも注目度の高い事例のひとつとなっている。
ここ数年、菌類に着目するスタートアップ企業は着実に増えている。この新素材を支持する企業によると、菌糸体は非常にユニークな素材のようだ。堆肥として土に還る性質を持ち、天然に豊富に存在するばかりか、防水性や耐熱性にも優れているという。建築資材から植物由来の代替肉(例としてプライムルーツ[Prime Roots]が生産する、菌類を原料としたベーコンなどがある)、さらには微生物の働きで分解される素材の棺桶まで、多くの新興企業がさまざまな分野で菌糸体を活用しはじめている。
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菌糸体をもてはやす声は、とりわけファッション業界に集中している。2020年、ルルレモン(Lululemon)、アディダス、ステラマッカートニー(Stella McCartney)、グッチ(Gucci)を含む大手ファッションブランドが、スタートアップ企業のボルトスレッズ(Bolt Threads)と共同で、菌糸体を素材とする衣類や靴を生産するために数百万ドル(数億円)を投資すると発表した。ボルトスレッズは、菌糸体を原料とする、マイロ(Mylo)というレザーを専門に扱う新興企業。サステナビリティやアニマルライツにまつわる懸念もあって、皮革業界が低迷し続けるなか、こうしたスタートアップたちは、環境に優しい代替素材として菌糸体を盛んに売り込んでいる。
また、主要なハイテク投資家がはやい時期から資金注入を行っていることも、明るい展望を支える一因となっている。たとえば、ボルトスレッズはすでに約2億1300万ドル(約221億円)の資金を調達し、菌糸体レザーで競合するマイコワークス(MycoWorks)も、シリコンバレーの投資家や、女優のナタリー・ポートマン、ミュージシャンのジョン・レジェンドらから4500万ドル(約47億円)を確保した。
疑問は尽きない
一方、このブームに懐疑の目を向ける者たちもいるが、それには理由がある。ルルレモンのような企業からの先行投資と、店舗で実際に販売されている菌類素材のアパレル商品とのあいだには、大きな温度差がある。いまのところ、菌類素材の商品展開の大半は、実験段階というのが現状だ。アディダスも、以前の取材で、製品に対する顧客の反応を探るため、当初は数量限定で市場に投入する考えだと述べていた。
確かに、アディダスが菌糸体を使ったレザーを積極的に採用したことで、この近未来的な服飾素材に対する注目度は一挙に上がった。とはいえ、カリフォルニア大学デービス校でデザインを研究するエルディ・ラザロ氏は、菌糸体素材の衣類は、実際に展開する上でまだ不確かな部分が大きいと指摘する。たとえば、菌糸体を活用した素材は、毎週着用した場合、期間的にどのくらい保つのだろうか。ラザロ氏によると、耐久性の面ではほかの素材に引けを取らない性能を持つようだが、「2年保つとか、4年保つとか、あるいはそれより若干長く保つといえるまでには、もう少し時間がかかるだろう」とラザロ氏は語る。
スタートアップ企業たちは、菌糸体の「環境に優しい」という特性にいちはやく着目しているが、サステナビリティに関しては、その定義によって評価が変わる。いま現在、菌糸体を栽培するには、加湿器と植物育成用の照明装置を備えた大規模な施設を建設しなければならない。菌類は、ある程度高温に保つ必要があるからだ。「菌糸体の栽培では、エネルギー消費量がばかにならない」とラザロ氏はいい、どのスタートアップ企業もエネルギー消費を効果的に抑制する手段を、まだ見いだせていないと指摘した。「私にいわせれば、サステナブルとは完成品だけを指していうものではなく、製造や栽培の工程も含めて持続可能でなければ意味がない」。
さらに、菌糸体の栽培をフル稼働させるためのエネルギーコストは、少なくとも短期的にはレザーなどの素材よりも、高くつく可能性が高い。実際、アディダスはすでに、菌糸体素材の製品は、ほかの素材を使った製品よりも価格が高くなると述べている。とはいえ、生産量が増えて、効率が改善されれば、従来の皮革と競争できる価格設定も可能だろうとラザロ氏は見ている。同氏によると、加湿器の使用はコストがかさむ反面、菌類の栽培は容易だという。少なくとも1年半、レザーのように牛にエサをやり、世話をするほどの費用はかからない。
大量流通にはまだ遠い
菌糸体素材が本格的に出回るまでには、いましばらく時間がかかるだろう。少なくとも現状のサプライチェーンでは、菌糸体素材の大量生産に対応できるとは思えない。「現段階での課題は、製品の大量製造というニーズを満たせるだけの生産体制を構築することだ」と、コーネル大学の繊維科学、およびアパレルデザイン学科のターシャ・ルイス教授は語る。同氏によると、菌糸体を繊維化できる施設は、まだ少数に限られているという。
菌糸体の服地は、仮に流行すれば、生産スピードで優位性がある。大手ファッション企業と手を結ぶボルトスレッズは、ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の取材に対して、「菌糸体は8日から10日もあれば育つ」と語っている。牛を育てるのに1年以上かかるため、通常の皮革素材と比べると桁違いの速さである。しかも、菌類は豊富に存在する。多くの企業が菌糸体の将来を楽観したくなるのも無理はない。こうした期待もあり、流行の波はファッション以外の領域にも及んでいる。たとえば、IKEA(イケア)は、スタートアップ企業のエコヴァティブデザイン(Ecovative Design)と提携を結び、廃棄物を削減するための取り組みとして、微生物の働きで分解される菌類素材で配送用の梱包材をつくっている。
ラザロ氏は、数年後には菌糸体を用いた服地が店頭に並ぶだろうと確信している。菌糸体素材のパンツがルルレモンのベストセラー商品とはならないまでも、衣服に耐熱性や防水性を求める人々にとって、菌糸体素材はひとつの有力な選択肢となりそうだ。「実際に、この素材を使った商品を店頭で見かけるまでに、5年はかからないだろう」と、ラザロ氏は語った。
[原文:Why some brands are betting on mushroom-based fabrics]
MICHAEL WATERS(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)
Photo from Adidas press release