NBAやNFLに次ぐほどの人気eスポーツタイトルである「リーグ・オブ・レジェンド」で自動車分野の独占スポンサーを務め、若年層へのブランディングに成功しているのがホンダだ。車とは無縁のゲームにおいてなぜホンダは成功を収めたのか。そこにはメーカーや配信プラットフォームとの綿密な連携と、的確な投資が不可欠だ。
自動車業界の調査・コンサルティング企業であるストラテジック・ビジョン(Strategic Vision)の調査によると、2011年以来米国のミレニアル世代のあいだでもっともよく売れている自動車は、ホンダ(Honda)の「シビック(Civic)」だという。実際、ホンダは初めて自動車を買う若者たちが最初に思い浮かべるメーカーになるべく、2014年からeスポーツやビデオゲームのスポンサーを務めるという戦略に乗り出し、それ以来この分野への投資に注力してきた。
この夏には、ライアット・ゲームズ(Riot Games)が主催する「リーグ・オブ・レジェンド・チャンピオンシップ・シリーズ(League of Legends Championship Series:LCS)」において、9月まで実施される「サマー・スプリット(Summer Split:夏シーズン)」トーナメントの自動車分野における独占パートナーを務めている。
また、昨年もプロのeスポーツチームであるチーム・リキッド(Team Liquid)と自動車メーカーとして独占スポンサーシップ契約を結び、チームは年間総合3位の成績を残した。ホンダ以外にこのチームのスポンサーを務めていたのは、ソフトウェア開発企業のSAP、ゲーミングPCメーカーのエイリアンウェア(Alienware)、エナジードリンクメーカーのモンスターエナジー(Monster Energy)といった企業だ。
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NBA、NFLに次ぐ人気
ホンダは8月13日から、LCSの公式放送中にゲーム内アリーナバナー(ゲーム内で掲示されるブランロゴの入った紋章旗)のスポンサーを務める初めての企業となった。この公式放送を配信したのは、Twitch(ツイッチ)とYouTube、そして比較的新しいライブストリーミングプラットフォームであるトロボ(Trovo)だ。さらに、ホンダは昨年からLCSのMVP(最優秀プレイヤー)賞と、新人発掘のためのトライアウトとして開催されている「スカウティング・グラウンズ(Scouting Grounds)」のスポンサーも務めている。
eスポーツは、従来のスポーツほどたくさんのマーケターから支持されているわけではないが、確実にリーチを提供している。ニールセン(Nielsen)が2019年に集計した1分あたりの平均視聴者数で見ると、米国の18~34歳のあいだで3番目に人気の高いプロスポーツリーグがLCSで、LCSを上回っていたのはNBAとNFLだけだった。
今年のLCSのサマー・スプリットでは、決勝戦を控えた週末の1分あたり平均視聴者数が昨年比25%増の18万2000人に達していたと、eスポーツのビジネスインテリジェンス企業であるストリーム・ハチェット(Stream Hatchet)は発表している。人気チームのTSMとC9が対戦したプレーオフマッチではピーク時の視聴者数が52万人に達し、昨年のピークより40%もの増加となった。
「ほかの媒体でスポット広告を流すこともできるが、(eスポーツ団体と緊密に連携したときのような)情熱を感じたりゲーム業界との強いつながりを得たりすることはできない」と、ホンダとアキュラ(Acura)のメディア戦略マネージャーを務めるフィル・フルスカ氏は述べている。
フルスカ氏によれば、eスポーツは従来のスポーツと比べ、追加のコンテンツを作るために広告主がプレイヤーと接触できる機会が多いという。「プレイヤーはファンとの接点だ」と同氏は語った。
いかにブランドを受け入れてもらうか
もっとも、「リーグ・オブ・レジェンド」の世界観が自動車メーカーとぴったりフィットしているわけではない。このマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナで、自動車がゲームプレイ中にフィーチャーされることはないからだ。
「業界と直接関係がないスポンサーにとっては、パートナーと信頼関係を築くことが重要になる」と、フルスカ氏は話す。「ホンダが届けるメッセージを人々に受け入れてもらえるようにするには、パートナーを信頼することが有効だということを我々は学んだ」。
フルスカ氏は、人々に受け入れてもらえた例として、Twitchやレディット(Reddit)でLCSについて語り合うプレイヤーやファンが「ホンダMVP」という言葉を使うようになったことを挙げた。
「ホンダMVPという言い方をファンに受け入れてもらえたのだとすれば、これは素晴らしい成果だ。ホンダの姿をファンに見てもらう方法は、ロゴを掲示する以外にもさまざまある」と、フルスカ氏は語った。ホンダはまた、ニールセンやミルワード・ブラウン・デジタル(Millward Brown Digital)とも提携して、ターゲットオーディエンスのセンチメント分析を行っている。認知する、親しみを感じる、購入を検討するといったオーディエンスの感情を示すシグナルを調査し、LCS、チーム・リキッド、およびTwitchとの提携が生み出しているパフォーマンスを把握するためだ。
「ゲームは安全に投資できる場所」
世界各地でロックダウンが実施された影響で工場が閉鎖を余儀なくされ、消費者がディーラーに足を運ばなくなったことから、ホンダも自動車業界も新型コロナウイルスの影響を早くから感じていた。日本のメーカーであるホンダは、今年の北米での売上が前年比で16%減少し、450万台になるとの見通しを8月に示している。だが、アジアで需要が回復し始めていることから、年間の自動車販売は2019年と比べて最大で8%増加の見込みだ。
コロナ危機は、eスポーツを利用したホンダのマーケティングプランにも混乱をもたらした。たとえば、カスタムラッピングを施した車をたくさん登場させる予定だったLCSのリアルイベントが、ロックダウンのために次々と中止に追い込まれた。そのため、ライアット・ゲームズはバーチャルスタジオを開設し、広告パートナーにオンラインの機会を提供した。
そこでホンダは、もともとリアルイベントでアリーナに掲げる予定だった、「スプリング・スプリット(Spring Split:春シーズン)」のホンダMVPをフィーチャーしたウォールラップをそのバーチャルスタジオで再現した。また、リアルイベント用のメディア資産の一部を売却し、リーグ・オブ・レジェンドのeスポーツポッドキャスト「ザ・ダイブ(The Dive)」のスポンサーを務めることにした。
「新型コロナウイルス感染症の影響でとりわけ明らかになったことがある。それは、(キャンセルや延期の憂き目に遭いやすい従来のスポーツと比べて)ゲームとeスポーツが比較的安全に投資できる場所だということだ」と、ライオットゲームズで北米eスポーツのパートナーシップおよび事業開発責任者を務めるマシュ・アルシャンボー氏はいう。「我々が活動を継続できたのは、トーナメントを開催するためにプレイヤーが競技会場に集まる必要がないためだ」。
eスポーツ業界のトップと手を組み連携する
市場調査会社IDCとeスポーツ配信分析プラットフォームのeスポーツ・チャーツ(Esports Charts)が7月に公開したレポートによると、Twitchのeスポーツトーナメントの視聴時間はこの5月に17億2000万時間に達し、2019年12月に記録した8億6700万時間の2倍近くに増えたという。
Twitchでスポンサーシップ事業および戦略担当ディレクターを務めるカトリーナ・パランカ氏は、ホンダがeスポーツで大きな成功を収めているのは「点と点をつないでいる」からだと述べている。
「ブランドがeスポーツ分野に参入する場合、その場限りのきわめて限定的な戦略や戦術を採用すれば簡単だが、それで成果が得られることはない」と、パランカ氏はいう。「(ホンダが)実行したことは、チーム・リキッドとライアット・ゲームズ、そしてメディアサイドのTwitchと連携したことだ。彼らは業界のリーダーと手を組み、お互いの資産をうまく活用することで、ブランドのメッセージが大きく広まるようにした」。
また、広告主はゲームのオーディエンスが裕福であることにたいてい気づいていない。メディアエージェンシーのマインドシェア(Mindshare)が2016年に発表したレポートによれば、eスポーツ愛好家の43%は年収が7万5000ドル(約785万円)を超えていた。にもかかわらず、eスポーツは従来のスポンサー契約より基本価格が低いのが普通で、複数年契約が不要なことも多いとピュブリシス・スポーツ・アンド・エンターテインメント(Publicis Sport & Entertainment)のビジネスディレクター、ジェームズ・アンダーソン氏は指摘する。
ただし、この分野はまだ生まれて間もないため、「IP(知的財産)の利用や提携にはグレーな点もある」という。「そのため、難しい状況に陥る可能性があるうえ、非公式な形で参画するブランドは、そのグレーゾーンに対処する事が必要になる」と、アンダーソン氏は付け加えた。
[原文:‘A credible voice’: Why Honda is doubling down on esports]
Lara O’reilly(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)