永続的な仮想世界を想像してみよう。デジタルアバターをカスタムデザインして、デジタルマーケットプレイスでデジタルアイテムを売買し、世界中の人々のデジタルアバターと交流する。これぞ未来のビジョンと思うかもしれないが、本当にそうなのだろうか。そうとは言い切れない。なぜならこれらは30年以上も存在しているからだ。
この記事は、DIGIDAY[日本版]のバーティカルサイト、ビューティ、ファッション業界の未来を探るメディア「Glossy+」の記事です。
永続的な仮想世界を想像してみよう。デジタルアバターをカスタムデザインして、デジタルマーケットプレイスでデジタルアイテムを売買し、世界中の人々のデジタルアバターと交流する。これぞ未来のビジョンと思うかもしれないが、本当にそうなのだろうか。
そうとは言い切れない。なぜならこれらは30年以上も存在しているからだ。
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メタバースに存在する矛盾とは
これは、昨年テクノロジー分野で定着したメタバースの進化の中心に存在する矛盾である。メタ(Meta、元Facebook)のような企業は、仮想通貨の投機家のグループとともに、ブランドにとって新しい広大な可能性を解き放つ概念としてメタバースを支援してきた。そして、この新しい機会に魅了されたファッション業界はこのビジョンに全身全霊取り組んでいる。
しかし、メタバースの基本概念は新しいものではない。それは何年も前からビデオゲームでは理解されている。ワールド・オブ・ウォークラフト(World of Warcraft)は、2004年からプレイヤーがカスタマイズ可能なアバターで永続的な世界を探索できるようにしている。また、イブ オンライン(EVE Online)では完全に機能するプレイヤー主導の仮想経済が実現されており、2003年以降セカンドライフ(Second Life)では仮想コンサートに参加したり、仮想土地を売買したりできるようになっている。
「セカンドライフはまさにこの新しい『メタバース』だったので、興味深い事態になっていると思う」と述べるのはカーク・ハミルトン氏だ。同氏は、元ゲームジャーナリストで現在はビデオゲームポッドキャスト「トリプルクリック(Triple Click)」のホストを務めている。
プレイヤー主導の仮想商品の経済は、2000年代後半、セカンドライフの全盛期に繁栄した。ユーザーは仮想土地の区画を売買してはその土地を好きなように開発したり、仮想商品を制作して販売したり、社会的空間を行ったり来たりして新しい人々と知り合うことができるようになっていた。
ハミルトン氏は次のように述べている。「ずっと前に、セカンドライフによってこのモデルが機能することが証明されている。なので、私は何十年も可能だったことに、なぜブロックチェーンが必要なのかということに懐疑的になるのだ」。
また、多くの場合、ゲームからいろいろなアイデアを取り入れたブロックチェーンベースのバージョンは実行面ではゲームにはるかに遅れをとっている。
メタバースファッションウィークでの失望
デジタルファッションスタートアップのハッチ・アンド・スティッチ(Hatch and Stitch)の責任者、アン・クリスティン・ポレット氏は、メタバースプラットフォームのディセントラランド(Decentraland)で3月24〜3月28日に開催されたメタバースファッションウィークに参加したあと、ディセントラランドのユーザーエクスペリエンスに対して感じた失望について、LinkedInに次のように投稿した。
「いまはまだ初期段階にあるのはわかっているが、あのデジタル世界をナビゲートするのは困難だった! あんなにひどい階段や通路をいったいどうやって進めというのか? 私のアバターはどんな段差でもまったく上れなかった」。
ビジュアルは90年代のようであり、それはポジティブな意味ではないというコメントも寄せられた。
ナイキ(Nike)の3Dアパレルデザインマネージャー、チャーリー・ニャラ氏はこの意見に同感だ。「なぜこの『未来』が古臭く感じられるのかと疑問を抱いていたのは自分だけだと思っていた」。
ゲームと比べてブロックチェーンのメタバースが劣る点
ディセントラランドをはじめほかの最新のブロックチェーンベースのメタバースは、低質なビジュアル、貧弱なナビゲーション、途切れやすいフレームレートなどが批判の的になってきた。一方、ゲーム分野においてはこれらは何年にもわたって必要最低限の要素であった。
たとえば、フォートナイト(Fortnite)は当初は伝統的なビデオゲームだったが、長年にわたり「メタバース」的な要素を徐々に導入してきた。それらには、フォートナイトがバレンシアガ(Balenciaga)やモンクレール(Moncler)、1017 Alyx 9SMのようなブランドとバーチャルコンサートやブランドイベントを開催してきたことが含まれる。また、そのビジュアルは多くのブロックチェーンベースのメタバースよりもはるかに高品質である。そして、体験の質についても、ほかのメタバースを悩ませているバグやグリッチ、古臭いビジュアルなどはほとんど無縁である。
ブロックチェーンのメタバースはNFTを売るためだけのスペースか
ディセントラランドのようなメタバースのブロックチェーンテクノロジーは投資家や仮想通貨の投機家にとって魅力的であるが、平均的なユーザーにとってはゲームのほうが魅力がある。フォートナイトのようなゲームは顧客にとって具体的な価値、つまりゲームをプレイする楽しさがあり、しかもその上にブランディングと商取引の機会もある。一方、ハミルトン氏によれば、ブロックチェーンメタバースは主にNFTを販売するために存在しているようだという。
「NFTが芸術作品であるかどうかは重要ではないようだ」とハミルトン氏。「要は何かを売ればいいということ。NFT全体は投機的な市場として設定されているように感じられる。そのうちに機能的なゲームに移植されるかもしれないが、現時点ではこのような仮想世界の多くは単にNFT事業を進めるための空間であると思われる」。
念のために記しておくが、ディセントラランドは批判について認識している。Glossyのゾフィア・ズウィグリンスカ氏との会話で、ディセントラランドのメタバーススーパーバイザーであるジョヴァンナ・カシミーロ氏は、ユーザーをもっと呼び込むためにはもっと多くのゲーミフィケーションや優れたカスタマイゼーション、スムーズな体験が必要であることを認めている。
ユーザー数が示すゲームプラットフォームの魅力
主にNFT向けに設計されたソーシャルスペースと比較して、最初は単なるゲームだったがそのうちにブランドパートナーシップと取引の機会を持つようになったゲームのほうがはるかに人気があるという点は、数字によって裏付けられている。各プラットフォームの制作者が公開しているデータによると、最大のメタバースであるディセントラランドには80万人、メタのホライズンズワールズ(Horizons Worlds)には30万人のアクティブユーザーがいるが、フォートナイトやロブロックス(Roblox)などのゲームにはそれぞれ数千万人のユーザーがいる。
ブロックチェーンベースのメタバースはビデオゲームよりも新しいコンセプトであるが、フォートナイトとディセントラランドはどちらも2017年にローンチしている。しかし、フォートナイトは何百万ものユーザーを魅了し、ブロックチェーンや仮想通貨に頼ることなく収益性の高いブランドコラボレーションの機会を提供しているのである。
「ブロックチェーンは、どんなことに使えば良いのかというその用途を模索しているテクノロジーだ。大勢の人たちがこれを次の大ブームとして推進すれば、彼らにはメリットがある」と、ゲーム・カルチャーサイト、ファンバイト(Fanbyte)の編集者であるメリット・K氏は述べている。
メタバースの支持者は、異なるプラットフォーム間でキャラクターの衣装などの要素を転送できるようになるため、NFTのようなブロックチェーンテクノロジーがゲームとメタバースを変革すると述べている。しかし、この展望は実際にはむずかしいものである。
基本的に3Dモデルであるバーチャルな服をNFTとして購入するとき、3DモデルとNFTは同じだと考えがちだ。ただし、購入するNFTはモデルそのものではなく、その3Dモデルの所有権を主張する無形の権利にすぎない。その服を別のプラットフォームやメタバースに持ち込みたい場合、服を呼び出して表示するにはそのプラットフォームのコードのどこかに服のモデルが含まれていなければならない。単に所有権を持っていることは、実際のモデルがあらゆるところに存在し、使いたいと思うどんなプログラムの中にも存在するという意味ではないのだ。
「フォートナイトのようなゲームではファッションとのコラボレーションをする余地も前例も確かにあるが、アイテムがNFTであるという説得力のある事例はない」とK氏は言う。「デジタルジョーダン(Jordan)シューズをフォートナイトから人気のマルチプレイヤーゲーム、デスティニー2(Destiny 2)に移行する際の問題点は、所有権を決めることではなく、それらの資産を記号化することなのだ。プレイヤーがゲーム間でアイテムを所有したり転送したりできる夢のようなシームレスな仮想世界に魅力を感じる人もいるだろうが、もし仮に実現したとしたら私にとっては実に憂鬱なことだ」。
ブロックチェーンテクノロジーに対する投資家の感情と平均的な消費者の感情とのあいだには格差があるが、これはファッションにおいてもゲームにおいても顕著である。GSCゲームワールド(GSC Game World)のようなゲーム会社やミーアンディーズ(MeUndies)のようなファッションブランドは顧客の大反発を受けてNFT計画を中止している。一方、ロブロックスやリーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)のようなゲームと提携しているファッションブランドが受けた最悪の反応はとくに良くも悪くもなく、仮想空間への進出に対してような厳しい批判はない。
したがって、仮想世界の探索に真摯な関心を持っているブランドは、消費者がNFTや仮想通貨に対して抱いている否定的な意味合いを避けて、非ブロックチェーンベースの実績のあるゲームプラットフォームにおいて事業を進めるほうがよいかもしれない。
ハミルトン氏は次のように述べている。「オーバーウォッチ(Overwatch)やリーグ・オブ・レジェンドのようなゲームには素晴らしいプレイヤーモデルがあり、膨大な数のオーディエンスがいる(月間アクティブユーザー数はそれぞれ700万人と1億人)。これは、デザイナーが多くの人々に向けて自分の作品を見せる方法としてはもっと優れていると思う。とくに、自分のデザインがどのように見えるかが気になる場合は。稚拙なメタバースと比較して、実際に見栄えするだろうから」。
DANNY PARISI(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)