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なぜ『アフターデジタル2』は 執筆過程をネット公開したか? : UX 時代における書籍制作の DX 実験

本記事は、書籍『アフターデジタル』シリーズ(日経BP刊)の著者であり、株式会社ビービットにて執行役員CCO兼東アジア営業責任者を務める、藤井保文氏による寄稿となります。

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あまり知られていないと思うが、2020年7月に出版した拙著『アフターデジタル2 UXと自由』(現在電子書籍も併せて5.7万部)は、発売の5カ月前にあたる昨年2月、全5章のうち2章程度まで書いた段階で執筆中のGoogle Docsをオンラインで公開した。いまだに閲覧が可能になっていて、ご覧いただければわかるが、末尾には本編から外したボツ原稿も載っている。

書かれたブログを書籍にしたり、執筆後に無料公開するケースはすでに多く存在するが、「10万部を超える書籍の続編の【執筆過程】をすべて公開する」というのは、あまり前例がないのではないだろうか。

「執筆過程の公開」なので、リアルタイムで私が筆を進めたり消したりしているような「一文字レベルでの変化」も見ることが出来る。ときには自身のTwitterで「明日、全体の構成を入れ替えるので、現在の状態で読めるのは今日までです」「明日不要な細かい情報を大きく削除するので、今のうちにどうぞ」といったツイートをして、読者とコミュニケーションを取った。

編集者の知人には「よく販売元が許してくれましたね」と言われたし、物書きの知人には「よくそんな原稿遅れの言い訳が出来なくなるような真似できるね」と言われた。この記事では、なぜそんなことをやることにしたのか、そしてどのような良いことがあったかを書いていきたい。

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アフターデジタル2 UXと自由』(日経BP刊)

アフターデジタルという言葉の持つ「無機質さ」とは裏腹に

アフターデジタルという言葉は、あらゆる生活局面がオンライン化し、デジタル前提になった社会を指す。今まではリアルでの買い物も飲食も移動もオフラインだった。しかし、アプリやIoTを通じて、リアルでの「元オフライン行動」がどんどんオンライン化し、膨大な行動データが出てくるようになっている。

行動データが大量に出てくると、ユーザー理解の解像度が高まり、出来る価値提供も大きくなるため、行動データを持っていない、または活用できていないプレイヤーはどんどん負けていく。そうなると、単純に商品を作って売っているだけでは時代を生き抜けない。ユーザー・顧客に対し、サービスやソリューションを通して価値を提供し、なるべく高頻度に接点が取れているビジネスの方が優位に立つことになる。

これを踏まえると、ビジネスのコアバリューは製品力からUX(ユーザエクスペリエンス)に移行していることが分かるし、今の時代に成長している企業が、UXを経営レベルで重視していることは間違いのない事実だ。面白いことに、技術革新のおかげで行動データが重要になる時代において、「行動データを得よう」としてビジネスを作ると、どんどんビジネスもサービスも、ユーザーに振り向いてもらえないようなつまらないものになり、結果行動データは一向に得られない。価値のあるUXを提示でき、ずっと使い続けてもらえてこそ、初めて時代に対応できるのだ。

つまり、アフターデジタルという言葉が持つ「無機質さ」とは裏腹に、「ディストピアになるか、より自分らしさを追求できる善いUXに溢れる社会になるかは、私たちにかかっているのだから、UXを重視しないDXはもうやめにしよう」というのがアフターデジタルというシリーズで一貫しているメッセージである。これは私が所属するビービットが、今まさに日本社会に訴えたいことであり、UXを企画するという技術と、それによってより社会を自由にしていくという精神が、これからの世の中を作っていくはずだと信じている。

今、書籍執筆はどうあるべきか

「より自分らしさを追求できる善いUXに溢れる社会になるかは、私たちにかかっている」。

少しかっこいいことを言ってみた。しかし…

こんなことを言っているのにも関わらず、はじめての書籍執筆となった『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』では、普通に原稿を書いて納品し、普通に紙の書籍を出した。そうせざるを得なかったし、自分が書いていることとやっていることのつじつまが合っているのか、ということまで考える余裕はなかった(もっとも、こんなにもいろんな人に読んでいただけるなんて、当時は思っていなかったわけだが…)。

偉そうなことをいう割に、これは、あまりかっこよくはない。

日本において「書籍」という形式が、特にビジネスの文脈では影響力を持ちやすいと認識し、書籍化したわけだが、それにしても、デジタル前提の世の中になると言っているのに、「世界観を提示し、それをUXとして具体化する」と言っているのに、普通に紙の本の書いて出版。そんなことがあるだろうか。

実際、もともとウェブライティングに慣れていた私からすると、書籍執筆に違和感を感じる部分があった。固定的で更新性に乏しく、書き終えてから発売までにも時間がかかるため、特に旬な時事ネタでは情報が更新されてしまう、などである。

それであれば、と思考を巡らせた結果、

 

  • 書き終えてから書籍化するまでにかかる時間を待つことなく、先んじて人にお伝えすることができる
  • 発売後であっても、新たに起きたことに合わせて、更新を反映することができる
  • どこで悩むのか、何を書き換えるのかなど、執筆の思考過程をもコンテンツ化し、宣伝効果を持ちうる

 

という成果を、「Google Docsで公開する」という手法であれば、圧倒的にコスト低く、簡単に実現できる、ということを思い立った。なお、一般読者や特定の著名人から、原稿に直接コメントを付けてもらう、というインタラクティブかつ集客効果がありそうなことも思いついたが、これは作品が商業的になったり、迎合したものになったり、コミュニケーション負荷で執筆が遅延するだろうと考えて、やめておいた。

この手法は、書籍で言い表したいメッセージをその制作過程にまで反映し、UXとして読者や社会に提供するなら、どのようなことがやり得るのか、という考え方から生まれているため、すべての書籍において同じ方法を取るべきだ、ということではまったくない。書籍を売ること(製品販売)が目的なのではなく、あくまで来るアフターデジタル社会において、より善いUXを追求することが当たり前になることが目的だとすると、書籍そのものと同様に、その執筆プロセス自体も、メッセージを発信し、世界観を示すためのコンテンツになり得る、ということを示したかった。

予想外の収穫、「発売前の読書会とフィードバック」

この方法の良いところは、「普通の執筆と比べて、特に作業負荷とコストが変わらない」うえに、一定の認知拡大効果が見込める、という点だろう(人によっては精神的負荷が大きいかもしれないが、私は楽しめた)。

しかし、それだけではない収穫がいくつもあった。

取り組みそのものに共感し、面白いと思ってくださる方がいらっしゃり、それはデジタルトランスフォーメーションやビジネス書に興味を持つような方ではない場合が多かった。どうしても書籍タイトルだけでは「デジタル関連の本」と思われてしまいそうなところを、「新しい書籍や出版の在り方の提起」と捉えていただけることで、本当に伝えたいことが伝わる方が増えたのだ。

一番驚いたのは、グロービス経営大学院における有志の勉強会で、「出版前に『アフターデジタル2』を輪読しよう」という機会があることを、その勉強会の主催の方から教えていただいたことだ。私は前半ひっそりオブザーバーとして参加し、後半で登場して質疑応答に答えていった。結果、特定の場所はまだまだ伝わりづらいのだ、と気づくことができ、いくつか事例や表現を変更した。いわゆるUX作りの手法である「プロトタイピングテスト」を、まさにターゲットとなるような方々と一緒に共創アプローチで実現できたことは、非常に有意義な出来事だった。この場を借りて、勉強会を開き、参加してくださった方々に感謝したい。

惜しむらくは、もっとうまく宣伝ができていれば、この手法の面白さに目を向けてくれる方々は増えたのだろうと思う。この取り組みを知っている方々からは面白いと感じていただけるのに、本当にごく一部の方々しかこの無料公開を知っている方がいないのは、展開までのプランニングが十分でなはなく、非常に残念なことであった。その心残りこそが、私がここであらためて書いている理由なのかもしれない。

次なる取り組みは「ネタ帳を公開する」こと

実は、今は「アフターデジタル3」ともいうべき活動を行っている。

「L&UX2021」という、UXとテックの祭典ともいうべきオンラインフェスである。

『アフターデジタル2』で出てくるような、中国やアメリカ、北欧や東南アジアで実際にビジネスやサービス、UXを作っている方々を集めて、私の執筆というフィルターを通さずに直接目の当たりにするオンラインフェスだ。執筆過程のオンライン公開が「プロセスを見せること」だとするならば、この「L&UX2021」は「ネタ帳を公開すること」に等しい。なぜなら、アフターデジタルシリーズは、こうしたグローバルリーダーの方々からヒアリングした生の声がふんだんに盛り込まれていて、それが「なかなか世に転がっていない情報」になっている側面があるためだ。

5月17日から2週間、毎日1本、対談動画が公開されていく。海外だけでなく、日本側もかなり錚々たるメンバーにご参加いただけることになっており、多くのセッションは海外リーダーと日本のリーダーによる対談だ。書籍の章を作るつもりで、すべての対談のブッキングとテーマ作りを行った。こんな対談が見られるオンラインイベントは、これまでもなかったのではないだろうか。

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オンラインフェス「L&UX2021

これはさすがに無料ではなく、有料登録が必要だが、すでに収録した内容を観ると、そのまま書籍にできそうなくらい刺激的な内容になった。デジタル浸透社会を生き抜くための「ネタ帳」を、是非のぞきに来ていただきたい。

世界観、UX、テクノロジー

私自身は、書籍の執筆が本業なのではなく、UXのコンサルティングが本業だ。UXというとすぐに「UI・UX」としてまとめ、デザインやインターフェースの話だと思う方がいるが、そうではない。ビジネス、デザイン、テクノロジーを結合させて、人々の生活に新たな価値をもたらす体験を創ることがUXである。

あらためて自分の活動を振り返ると、結局は書籍であろうと、コンテンツ作りであろうと、同じことだと感じる。つまり、以下の3つを追求し、順番を間違えないことだ。

 

    1. 社会や人々に価値を感じてもらえる「世界観」
    2. これを具現化し、楽しむことができる「UX」
    3. その楽しみを最大限大きくするための「テクノロジー」

 

これは、DXであろうと、組織変革であろうと、メディアやコンテンツ作りであろうとすべて同じだろう。単にコンテンツを排出するのではなく、あらためて、このフレームを意識して、コンテンツ作りやマーケティングを捉えなおしてみると、「より自分らしさを追求できる善いUXに溢れる社会」を創るために、一歩踏み出すことが出来るのではないだろうか。

Written by 藤井保文