広告の本質とは何か――。これは、マス広告に関わる広告主やエージェンシーだけに投げかけれられた問いではなく、デジタル広告に関わるすべての人にも問われている課題だ。 一般社団法人デジタル広告品質認証機構(以下、JICDAQ) […]
広告の本質とは何か――。これは、マス広告に関わる広告主やエージェンシーだけに投げかけれられた問いではなく、デジタル広告に関わるすべての人にも問われている課題だ。
一般社団法人デジタル広告品質認証機構(以下、JICDAQ)の小出誠事務局長は、「広告の本質は届いた人の心を、行動を動かすものであり、昨今のデジタル広告の傾向にみられるような、リーチ効率がよいものがよい広告というわけではない」と話す。また、「デジタル広告市場でも本質を見失わないために、『デジタル広告の買い方改革』をどう取り組むかが重要だ」とも説明する。
デジタル広告市場における「質」にかかる問題
デジタル広告の買い方を改革するとはどういうことなのか。そもそも、現状の買い方の難点は何なのか――。経済産業省のデジタル取引環境整備事業で行われた「広告主を対象としたデジタル広告の買い方に関するアンケート(広告主企業400人が対象、2023年3月2〜7日実施)」によると、回答者の過半数近くが「デジタル広告市場における質にかかる問題」について、課題感を抱いているという。つまり、ブランド価値を損なうようなサイトへの広告出稿やアドフラウドの問題について、問題意識を持っているということだ。
Advertisement
これは、日本のデジタル広告の品質が諸外国と比べて低いというわけではなく、広告主の買い方の問題ともいえる。同アンケートでは、「運用型広告に介在している事業者や、その費用の配分を把握している」という広告主は、全体の10%台に留まっていることもわかった。また、コストが増加することのネックから、アドベリフィケーションなどの対策ツールを利用している広告主がわずかしか存在していない、という事実も浮き彫りになっている。
調査では、そうした事実を鑑み、運用型広告の透明性(携わる事業者や費用配分など)について把握している意識の高い広告主層(12%)にも焦点を当て、回答を回収。それによると、意識の高い層とそうでない層では、アドベリフィケーションの利用率に大きな違いが出たという。さらに、効果検証の容易さや購買に直結する点をデジタル広告の利点と考え、 獲得単価を極めて重視している事から、広告パフォーマンスには非常にシビアな姿勢がうかがえたようだ。
なお、意識の高い層は運用型広告出稿においてエージェンシーだけではなく、デジタルプラットフォーム事業者とも契約する傾向が強く、より契約の内容を熟知していることに加え、デジタル広告運用を内製化している比率も高いという。
広告主の買い方を改善するしかない
経済産業省は6月30日、同調査結果について報告・議論する「デジタル広告の買い方」に関するオンラインセミナーを実施した。セミナーには、経済産業省商務情報政策局情報経済課デジタル取引環境整備室の日置純子室長、JICDAQの小出誠事務局長、三井不動産株式会社広報部ブランドマネジメントグループの松島佳奈主任が登壇し、「デジタル広告の『買い方改革』の必要性と、広告主がとるべき対応とは?」というテーマに沿い、行政、業界団体、そして広告主の立場からデジタル広告の買い方についてパネルディスカッションが行われた。
まず、「なぜいまデジタル広告の買い方の改革が求められているか」ということについて、経産省の日置室長は行政の立場から、「質の悪い掲載元に出稿してしまうことは広告主にとってリスクであり、そこにお金が流れている状況は社会問題とも言える。デジタル広告の市場規模が急速に拡大するなかで、悪意のあるサイトに広告が流出してしまう状況は、政府として見過ごすわけにはいかない」と話し、「この状況を変えるのは、広告主の買い方を改善するしかない」と指摘した。
確かに、悪意のあるサイトはジェネレーティブAIの台頭によって、さらに増え続けている。それは、諸外国においても、日本においても同じだ。
JICDAQの小出事務局長はこれについて、アドフラウド未対策の割合が世界と比べて日本が最低レベルであることを説明しつつ、「数値だけで見れば、日本の広告は100万回中5万回くらいはリスクのある掲載元に出てしまっている」と強調し、広告主に向けてさらなる啓蒙が必要であることを訴えた。また、この状況を改善するためにJICDAQが立ち上がったことや、広告主の買い方改革の提案として、JICDAQ登録やJICDAQ認証の業務についても紹介した。
なお、前述の調査では「デジタル広告の質の健全化に取り組むべき事業者は誰か」という問いに対し、「広告代理店」と答える広告主(59%)がもっとも多く、「デジタル広告の出稿プランや効果改善をリードすべき事業者は誰か」という問いに対しても、「広告代理店」と答える広告主(47%)がもっとも多かった。もっともリスクを被るのは自分たち自身であるにもかかわらず、広告主自身がデジタル広告の買い方改革について、自分ごと化できていない様子がみてとれた。
アドベリフィケーションツールを導入した事例
では、広告主の考えは実際どうなのだろうか。三井不動産の松島主任は、「デジタル広告の出稿量はエージェンシーからのレポートで把握していたが、質を計測するツールはなく、そこに課題を持っていた」と話す。大手プラットフォーム内に掲載されていた不動産関係のマイナスな内容の記事のなかに、自社グループの広告が掲載されていたケースもあったという。
そこで同社では、まずデジタル広告の質に関する課題を数値で把握したうえで、対策実行や広告効率を改善させるため、2021年12月からアドベリフィケーションツールを導入したようだ。これは、「発注先(エージェンシー、広告会社など)とのコミュニケーション強化や、デジタル広告のPDCAをしっかりと回していくという意味でもある」と、松島氏は導入について振り返る。
しかしながら、「品質を重視すればするほど、パフォーマンスが落ちてしまうのではないか」と懸念し、デジタル広告事業で設定したKPIとにらみ合ってしまう広告担当者も多いだろう。品質を加味したKPIの設定について松島主任は、「企業ブランド価値の向上の最大化、あるいはインクリメンタルリーチの最大化ということを念頭において実施している」と話す。実際に、アドベリフィケーションツールの導入でデジタル広告の質が数値で可視化され、対策を実行することで広告予算を効率的に使えるようになったという。
また、ツール導入によるコストの懸念については、「ツールの導入で有効インプレッションの伸び率が向上したことは間違いない。コストとこの数字を天秤にかけて、導入を決定している」とした。
本当の買い方改革とは
アドベリフィケーションツールを使えば、一定の防止対策にはなるだろう。しかしながら、ツールの使用の有無だけが、広告主の買い方改革ではない。
小出事務局長は、「デジタルコミュニケーションのすべてがデジタルで始まりデジタルで終われば、確かに、すべて測定して効率のよさを求めるのは合理的だ」としたうえで、「我々が生活するなかで、リアルなコミュニケーションやリアルな購買は発生している。結局のところ、デジタルとリアルが複雑に絡み合っていることを忘れてはならない。効率がよいから、すべてを賄えるというわけではない」と話す。
また、「マス広告とインターネットにおいて主流になっている運用型広告では、出稿の状況が大きく違うということを、マーケターはもちろん、企業のトップもしっかりと認識するべきだ」と言う。
運用型のデジタル広告では、偏った成果指標だけがクローズアップされ、広告主の意図に沿って正しく広告を届けられていない可能性があるということだろう。
「一番大切なことは受け手の受容性の視点であり、リーチ効率の高さが高い広告効果を生むのではなく、広告に生活者が接触した際のタイミングを大切にしないといけない」と小出事務局長は語り、「デジタル広告はリーチ効率の高さでいろいろなことが判断されてしまい、世の中の経済状況や掲載媒体という部分が置き去りになっている。広告が届く際の質的側面を大切にしないといけない」と警鐘した。
すぐにでもできる行動
セミナーでは最後に、広告主に向けて広告の質におけるすぐにでもできる行動として、以下の対策が報告された。
- デジタル広告のリスクに自社が対策できているのかを確認する
- 今、起きている(かもしれない)デジタル広告の問題を経営層にも知ってもらう
- 何を避けるべきか、を決める
- 気をつけたいポイントを広告担当者や広告代理店に伝えて注意を払っていく
デジタル広告の買い方改革とは何なのか。これを改善しないままデジタル広告市場がさらに拡大すれば、デジタル広告の信頼度がさらに落ち込むことも考えられる。マス広告市場を上回る市場として、いま一度課題を自分ごと化し、考えていかねばならない時期なのかもしれない。
Written by 島田涼平